28話:恐怖を克服するには

「レナータ、元気出せー? シャーロットの言うことなんて気にしなくてもいいぞ」

「……」


 今は朝一番の授業後半、いつもの如く広場で魔物使い達が好き勝手に遊んでいる中、二人の魔物使がは転送の魔法陣の上に立ったまま動かないでいた。

 落ち込んでいるレナータちゃんを、エリーちゃんは励ましているのだ。


「……でも、約束を破っちゃったのは私の方だから」


 今朝のシャーロットとの邂逅は余程堪えたらしく、彼女はうつむいたままで、散歩をする気力もわかないらしい。


「ガフゥ……」


 しかし約束とは、一体なんなのだろうか。

 マンティコアとなって毎日レナータちゃんと共に過ごしている俺でも、レナータちゃんの過去は殆ど知らない。

 というか、マンティコアになってるせいで「ガォー」とか「ガフガフ」としか喋れないから、聞きたくても聞けないのだ。


 そんなわけで俺は、レナータちゃんがシャーロットと以前からどんな関係で、なぜシャーロットがあんな酷い態度で接してくるようになったのか、そして約束とは何なのか、ぜーんぶ分からないからお手上げ状態なのである。


 しかも分かったところでマンティコアである俺に解決できる問題なのかも別の話だし……。

 まあご主人様がずっと落ち込んでいるのは嫌だから、できれば解決してあげたいんだけどね。


「チュゥチュウ」(心配するような野太い声)

「……ガフ!?」


 ボフンボフンと巨大な何かに頭を掴まれ、いや叩かれたような感触に思わずびっくり。

 見上げてみるとジンクスが心配そうに俺を見下ろしていた。

 ……た、多分、これは励ましてくれてるでいいんだよな?


「ほら、ティコもつられて落ち込んでるし……」

「あの、レナータさん? ちょっといいですか?」

「先生……?」


 そんな俺たちに、セラ先生が近づいてきた。

 自由時間なのに何もする様子がない生徒を心配してか、はたまた今朝の騒動の一部始終を目撃していたのか、先生は優しい声音で話しかけている。


「シャーロットさんと、何かあったんですね」

「……はい」

「良ければ、先生に詳しいお話を聞かせてくれませんか?」

「せ、先生! レナータは何も悪く無いのだ! シャーロットがいきなり……」

「大丈夫ですよエリーさん。だーれも悪くないって、先生、分かってますから」


 ニコリ、とセラ先生は不安がるエリーちゃんを安心させるために笑い掛ける、叱るつもりではないらしい。

 どうやら、セラ先生は今朝のトラブルについて詳しく把握したいようだ。

 これは好都合だ、レナータちゃんとシャーロットの関係がわかるかもしれない。


「お話できますか?」

「……元々は、私が悪いんです」


 コクリ、とレナータちゃんは頷いた。

 そこからレナータちゃんは、事の始まりを話し始めた。


 レナータちゃんとシャーロットは友達というより、ライバルの関係だった。

 レナータちゃんがまだ3匹の魔物を従えていた頃、負け知らずだった彼女を相手に引き分けまで持ち込んだ相手がシャーロットで、その戦いが終わった後にある約束をしたこと。

 その約束こそ、「ビーストマスターズで、以前の戦いの決着をつける」というものだった。


 しかし、レナータちゃんはもうビーストマスターズには出場しないと宣言している。

 だからシャーロットは、約束を破られたことに対して怒っているのだと、そう話してくれた。



「ガウウガァ……」(なるほどな……)


 またしてもビーストマスターズ、か。

 この国1番の魔物使いを決める大会、かつてレナータちゃんが優勝する事を夢見たそれが、今度は彼女自身を苦しめる要因になるなんて。


 しかし、これは根が深い問題だ。

 「たかが強さを決める大会、レナータちゃんが気にする必要はない」そう吐き捨てるには、この世界は余りにも厳しいものがある。

 この魔物使いの国は平和に見えるだろう、実際割と平和なのだが、それはこの国の中にしか存在しない平和だ。

 国から一歩外へ出てしまえば、人間の命など吹けば消える、魔物が蹂躙跋扈する恐ろしい世界が待ち受けている。


 この世界には人が暮らす国が多く存在する、まあエルフやらドワーフやらの亜人も含めて、人じゃない奴らの国もあったりするが。

 しかし、世界に国は数あれど、戦争は起きることないし、他国との交流は滅多に行われない。

 それもそのはず、国外に出た人間は他国に辿りつく前に魔物に襲われて死ぬ、戦争で兵を派遣しようものなら敵国に着く前に全滅するのだ。


 だから、どの国でも純粋な力が必要とされている。

 新たな領土と資源を手にするために、力ある冒険者が必要とされている。

 外から襲来する魔物達から国を守るために、力ある軍隊が必要とされている。

 他国と貿易を行う商人たちを守るために、力ある傭兵が必要とされている。


 この世界で生きるためには、まだまだ人は力を手放すわけにはいかなかった。

 おそらく魔物使いの国では強い人間が高く評価されてるのだろう、魔法使いの国で強力な魔法を使える賢者が敬われるように。


 ……これは俺の勝手な予測だが、以前のレナータちゃんは周囲から天才と思われていたのではないだろうか。

 強力な魔物を三匹も従えて、そのうえで植物魔法を使いこなす彼女は素晴らしい魔物使いだと、周りも評価していた。

 そしてシャーロットもまた、そんなレナータちゃんと引き分けたことを誇らしく思っていたのではないだろうか。


 そうだとすると、シャーロットが怒っているのは約束を破られたことじゃなくて――。

 

「レナータさん、ビーストマスターズはまだ出場受付は締め切られていません。貴女がその気なら、約束を守ることだってできますよ?」

「い、いえ、それはっ……」


 実はまだビーストマスターズに出られるらしい。

 セラ先生の提案は僥倖に思えたが、レナータちゃんは青ざめた顔で俺を見る。

 

「それは……私には、もう、無理なんです」

「……ごめんなさい、先生も少し意地悪でした」


 ――レナータちゃんが以前のように戦えなくなってしまったから、それが無性に悔しくて、シャーロットは八つ当たりをしているだけなんじゃないか。


「レナータ……」


 エリーちゃんが悲しそうな表情でレナータちゃんを見つめている。

 レナータちゃんがビーストマスターズに出ないのも、病気で相棒を死なせてしまったことがトラウマになったから。

 セラ先生もその辺りは察していたらしく、すぐに謝っていた。


「大丈夫、大切な家族を失うのが怖いという気持ちは当たり前で、自然な感情です。気持ちに整理がつくのは思った以上に時間がかかります。だから無理して約束を守ろうなんてしなくていいんです」

「先生……」

「はい。シャーロットさんも、レナータさんが心配なんですよ。ライバルだと思っているからあんなキツイ言い方になってるだけなんです。……そのことを今は理解できなくてもいい、知るだけでいいですから」

「はい……はいっ……!」


 セラ先生に優しく諭されて、ぽろぽろとレナータちゃんは泣いていた。

 きっと彼女自身、焦っていたのかもしれない。

 相棒が傷つくのを恐れて戦わずに済む道を模索したりしたものの、周囲から「強い魔物使い」としての自分を期待されていることを、否が応でも感じていたのだろう。

 

「びえぇえぇぇー!!」

「ちゅう!?」(なぜご主人が泣く!? といった感じの重低音)

「エリーさんまで泣いちゃいました!?」

「せ、先生の言葉に感動してるのだぁー……!」


 おいおい、エリーちゃんの方が大泣きしてるじゃないか。

 とはいえまあ、泣きたいときは泣いた方が気分も収まるし、悪い事じゃない。


「ふふっ、なんでエリーが泣いちゃうの」


 もっともエリーちゃんが大泣きしたお陰で、レナータちゃんの涙が引っ込んでしまったっぽいが。

 まあ笑うこともなお良し、である。

 エリーちゃんグッジョブだ。


「レナータさん、話してくれてありがとうございますね」

「はい、聞いてくれてありがとうございました」

「ええ、先生ですから! 生徒からの相談はいつでもお任せです!」


 セラ先生が良い人でよかった。

 まだ若いというのに、なんだかお母さんみたいな優しみを感じてしまったぜ……。

 

「そうだ、先生からレナータさんにアドバイスです。ひょっとしたら貴女が今抱えている問題も、いい方向に進んでくれるかもしれません」

「アドバイスですか?」


 その上、レナータちゃんの抱える恐怖に対処法すら教えてくれるなんて。

 ああなんて素晴らしい人だろうか、今、俺の中でセラ先生株が急上昇している!

 俺の職場にも、セラ先生みたいな人がいたら良かったのになぁ。


「レナータさんは相棒を病気で喪ったという経験から、『また死なせてしまうかも』という状況そのものが怖くなってるんですよね?」

「……はい」

「恐怖、というのは基本的に『よく分からないモノ』に対して発生する感情です。これを克服するには、『恐怖の対象を知ること』が一番効果的だと先生は思います」

「恐怖の対象を知ること……ですか?」


 おお、実にそれらしいアドバイスである。

 この場合、レナータちゃんが恐怖しているのは魔物が死んでしまうこと、という感じか。


「そうです。もう二度と死なせないために、敢えて、病気の原因をもっと詳しく知ろうとする。辛いかもしれませんが、理解してしまえばきっと怖さも和らいでくれると思いますよ?」

「ガフ―……」


 ぱちりとウィンクするセラ先生に、俺は感心しきっていた。

 理解すれば怖いものは怖くなくなる……なんとなくだが俺ですらそんな気がしてくるし、これはとても良いアドバイスではなかろうか?


「病気の原因……。お医者様からは不明って言われたけど、でも……!」


 レナータちゃんの瞳にも活力が宿ってきた。

 そうだ、その意気だレナータちゃん!

 確かに相棒三匹を襲った突然の病の原因は未だ不明、それでもきっと手がかりはゼロじゃないはずだ!


「でも、ティコを元気にしてくれた人はいます!」

「その意気です、今度、その人に話を聞いてみましょう?」


 そうだ! ティコは実際元気、に………アレ?


「セラ先生! 私、ダグラスさんに会いに行ってきます!」

「……へ?」

「……ガフ?」(……え?)


 なん、だろう、とっても、マズイことを、聞いた気がするぞ?


「ティコを治してくれたダグラスさんは、魔法使いの国の凄腕魔法使いなんです! 私、魔法使いの国に行って、ダグラスさんにお話してきます!」


「ま、魔法使いの国ですかぁぁぁぁ!!?」

「ガッフゥゥゥゥゥゥゥ!!?」(俺ん家、来るんですかぁぁぁぁぁ!!?)


 俺とセラ先生、大絶叫。

 まさかまさかの最大のピンチが、到来してしまった。

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