27話:ライバル登場

 轟々と、森が燃える。

 傍から見れば山火事のように見えるそれは、魔物使いの国の施設であるコロシアムで発生していた。

 人工の建築物から山火事が発生するという異常事態、これが平時であれば周囲の人々は逃げ惑い、火消しに追われる人間達が対応しているだろう。


 だが、コロシアムの観客席に座る人々は、焼ける森の上を凝視している。

 逃げるどころか、固唾をのんで見守っていた。


「ぜぇ……はぁ……! どうよ! アンタが創った森、全部燃やしてやったわ!」


 肩で息を切らしながら、少女が声を上げる。

 観客が見つめる先――焼ける森のはるか上空、相棒のエアロドラゴンに騎乗した彼女は、目の前で相対するもう一人の少女に向かって勝ち誇るように言い放つ。


 そう、この山火事は異常事態ではない。

 火事を引き起こしたのはこの金髪の少女で、コロシアム一面に森を創りだしたのは目の前にいる、銀髪の少女だからだ。

 コロシアムに点在している魔法を使える者たちが、客席に煙が行かないよう結界を張っている。

 この火事の影響を受けるのは少女二人と、相棒の二匹だけだ。


「もっ、森を焼き払うとかっ、はぁ……! シャーロットちゃん思い切りすぎだよ、はぁ、はぁっ……!」


 そのもう一人の銀髪の少女レナータは、金髪の少女シャーロットの蛮行とも言える戦略に驚愕半分、呆れ半分に叫び返す。


 マンティコアに騎乗するレナータの実力は、規格外の一言に尽きる。

 一度に三匹もの魔物を使役し、自身も上級の植物魔法を使いこなすという、魔物使いと魔法使いの良いとこどりハイブリッド

 超規模植物魔法「名無しの森」の展開を許してしまえば、辺り一帯はネコ型魔物のホームグラウンドであるジャングルに変貌し、敵はろくに視界が効かないまま無残に屠られる。


 事実、同学年の誰もがレナータに勝つことができなかった。

 従える三匹の魔物のうち、どれか一匹でも戦闘不能にできた者すらいなかった。

 時には上級生すら返り討ちにするほどに、彼女は強かった。


「トムもベルも倒した、あとはアンタとティコだけ! 不敗神話もここまでよ!」

「キュラァァ!!」


 そう、このシャーロットとエアロドラゴンのクロードを除けば。

 ただ一人と一匹、この若きドラゴンライダーの少女だけが、「名無しの森」を破り、サーベルタイガーのベルとネコマタのトムを撃破し、残るはティコ一匹という状況に追い詰めたのだ。


「まだだよ! 私も、ティコもまだ戦えるっ! ニャル、ナーオ、植物よプランテット鋭く頑強に育てシャットボーン!」

「ガアアッ!!!」


 レナータは右手にはめた特殊な籠手「|豊穣の籠手(プラントテット)」に植物魔法をかけた種を植え付け、突撃槍の如き蔦を、腕に絡めるように成長させた。

 未だかつてないほどに追い込まれようが、消耗しているのは向こうも同じ、レナータも相棒のティコも戦う意思は全く衰えていない。


「往生際の悪いっ……っはぁ。 空中戦で私達に敵うとでも思ってるわけ!」


 シャーロットもレナータに槍を向ける。

 地上ではもう戦えない以上、決着はこの空。

 今も燃え続ける森の熱が下から容赦なく突きつけられるこの状況、戦いはすぐに終わるだろう。


 垂れる汗を拭うことも忘れ、二人の少女は互いに視線をぶつける。

 汗が滴り落ちたと同時に、マンティコアとエアロドラゴンが両翼を大きく空を打つ。


「「やあああああああああああ!!!」」

「ガアアアアアァッ!!」

「キュルルルルゥ!!」


 真っ向からの激突。

 槍と魔物が交錯し、戦いに決着が――――




「――っ」


 ――そこで夢は途切れた。

 月が輝く夜、シャーロットはベッドの上で目を覚ます。

 まだ夢の余韻が体から抜けず、心臓はどくどくと脈打っている。

 その鼓動も嫌とは感じない、良い夢だったと素直に感じた。

 シャーロットの15年の人生の中で、最高に熱い戦いの記憶だったからだ。


「……馬鹿レナータ、なにやってんのよ」


 その好敵手の顔を思い出し、シャーロットは一人顔をしかめる。


「キュア?」

「ごめん、起こしちゃったわね。大丈夫よココ、まだ寝てていいの」

「キュ、キュゥ」


 エアロドラゴンのクロード(愛称:ココ)が起きたシャーロットを気にかける。

 その様子に彼女は優しい笑みを浮かべ、相棒を優しく寝かしつけた。


「キュウ……zzz」

「本当に、何がしたいのよ……馬鹿レナータ」


 相棒が眠ったことを確認すると、シャーロットの表情は再び曇る。

 彼女が思い耽ることはただ一つ、2匹の相棒を失い、戦いから遠ざかりつつある好敵手のことだった。




「レナータおはよー!! 聞いたぞー! モンカフェでも大活躍だったってなー!」

「エリー! 久しぶり!」


 一週間ぶりの教室では、エリーちゃんの大声が響き渡る。

 レナータちゃんがモンカフェで職場体験をしていたことは学校でも有名になっていたようで、クラスのみんなが一斉にこちらを注視していた。


「うん! ティコのおかげでね、お客さんもたくさん来てくれたの」

「ガフガフ」

「いいなー! 私も行きたかったなー! こっちはずーっと授業と戦闘訓練で全然つまらないし」


 レナータちゃんが俺の頭を撫でてくれた。

 でへへへ、まあ働いてはいないけど、頑張ったっちゃあ頑張ったかな?

 一方のエリーちゃんは、この一週間があまりお気に召していない感じだ。

 やはりビーストマスターズみたいな大会が近いと、どこの国でも戦闘訓練が授業の合間に入ってくるものなんだなぁ。


 俺も学生時代はこの時期があまり好きじゃなかった。

 魔法使いの国は、決闘でマジックアイテムを使ってはいけない、正々堂々の魔法勝負しか認められてないせいで、魔力が多くて強い魔法が使えるヤツの一人勝ちみたいな状態だったから……。


「おうレナータ! ヤベェな噂になってたぜ! 史上初、マンティコアと触れ合えるモンカフェ開店なんてさ!」

「タクマくん、おはよ。えっへへ、凄いでしょ! 私とティコだって戦う事以外のこともちゃんと出来るんだよ!」

「ああ、本当に凄えよ、正直絶対無理だって思っててたのにやり切るどころか店が繁盛するなんてさ! 今回は尊敬するぜ!」


 いつもバトルバトルとうるさいタクマも、今日はレナータちゃんにたいして素直に凄いと感動していた。


 それもそうだろう、タクマの相棒はボーパルバニーだし、マンティコアと同じくらい危険な魔物だ。

 タクマがモンカフェで働いたら、まるもちが何かの拍子に怒ってお客様の首を刎ねかねないだろう。

 レナータちゃんはマンティコアという危険生物を伴い、見事に接客業をこなしたのだから、タクマの感動もわからないでもない。


 ひょっとしたら、あの職場体験は危険な魔物を相棒にしている人達への、新しい生きる道を提示したのかもしれないな……。

 いやちょっと大げさか、マンティコアと言っても中身は人間オレだし、他の人が真似するのはもっと大変だろうし。


 そんなかんじで、モンカフェ体験の残り香のような達成感に浸っている時だった。


「――バッカじゃないの?」


 不意に後ろからかけられる、女の子の声。

 えらく不機嫌で突き放した感じの声音だった。

 俺たちが振り向くと、そこには長い金髪の少女がムスッとした顔でレナータちゃんを睨みつけている。


「一週間姿を見ないと思ったらモンカフェに職場体験? ……呆れた。臆病風に吹かれて、学校から逃げ出したっていうのもあながち間違いじゃなかったみたいね」

「シャーロットちゃん……お、おはよう」

「挨拶なんていらない。寧ろ関わらないで、臆病が移っちゃうから」

「えっ――」


 シャーロットと呼ばれた彼女は、レナータちゃんを見るなり嫌味を言ってきた。

 対するレナータちゃんは、その嫌味に怒るどころかどこか申し訳なさそうな表情。


 一体なんなんだ、どうしてこの子はレナータちゃんに酷い事を言ってくるんだ?

 以前、不躾にも亡くなった相棒のことをレナータちゃんから聞き出そうとしてきた奴とは違って、この子の言葉には明確な悪意が感じられる。

 友達にしては親しくは無さそうだし、ただのクラスメイトだった気がする、確か、えーっと……。


「キュルククゥ」


 シャーロットについて思い出そうとしていると、彼女の後ろからニュッと空色の鱗に包まれたドラゴンが顔をのぞかせていた。

 ああそうだドラゴンを従えてた子だ、ジンクス程ではないにせよ巨体が目立つから、シャーロットの顔だけは何となく覚えていたのだ。


「おいシャーロット、何でそんな酷いこと言うんだ」

「ふんっ、雑魚は黙ってて。文句があるなら一度だって私に勝ってから言いなさい」

「ぐっ……!」


 タクマもその物言いに若干怒るものの、シャーロットに睨まれた途端に黙ってしまった。

 というか、とんでもないことを聞いたぞ、あのタクマが勝ったことがないって……。


「……それに、文句を言いたいのは私の方よ。私が認めた最大の好敵手(ライバル)が、ビーストマスターズ出場を最初から辞退するまで落ちぶれるなんてね。いくら相棒を続けて――――

(――まずいっ!?)


 シャーロットが続けて言おうとする言葉に気付いて、俺の心臓が怒りと焦りでドクンと高鳴った。

 ダメだ、それ以上は言っちゃいけない。

 シャーロットはレナータちゃんを見るだけでイライラするようだ、でも死んでしまった二匹の相棒の事を言ってしまったら、きっとレナータちゃんはそれ以上に……!


「キュル、リュールっ」

「――んにゃひっ!?」

「「「「!?」」」」


 俺が尻尾を振るうより先だった。

 ――ベロン、とシャーロットの相棒であるドラゴンが、ご主人様の顔を嘗め回し始めたのだ。

 その先の言葉を紡ぐことなく、涎まみれになるシャーロットにその場の全員が固まってしまう。


「ちょ、ココ!? なにしっ、んひゃ!?」

「キュルッ、キュルッ♪」

「べ、別に怒ってないから!? だから、ひゃん、なめちゃ、あああーーー!」

「「「…………うわぁ」」」


 ドラゴン的には、どうやらご主人様が不機嫌なことを察して、ご機嫌を取っているつもりらしい。

 そのままベロンベロンに嘗め回されながら、シャーロットは相棒のココに抱えられて自分の席まで持っていかれてしまった。

 その光景に俺達は何かリアクションを取ることも出来ずに、ただただドン引きするのであった。


「キュル、キュククァ……」

「ガフ?」(ん?)


 シャーロットを席に座らせたココは、何故だか俺たちの方を向いて頭を下げた。

 まるで、ご主人様の無礼を謝るかのような所作である。


「…………」

「ガウウゥ……」(レナータちゃん……)


 そしてシャーロットにあってからずっと申し訳なさそうに気落ちするレナータちゃん。

 俺には二人がどんな関係で、何があって一方的に嫌われているのか分からない。


(分からないけど……、なんか、嫌だな……)


 せっかくの気持ちの良い朝が、ちょっと台無しになってしまった。




「――皆さん? そろそろホームルームの時間が始まっちゃいますから、そろそろ先生、教室の中に入っていいですか……?」

「「「……あっ。ご、ごめんなさい!」」」


 そして今まで律儀にも教室の外で待機してたらしいセラ先生が、若干涙目で訴えていることに気付いたのであった。

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