26話:無事職場体験を終えるマンティコア
「レナータちゃん、ティコくん。一週間よく頑張ったわね! 今日で職場体験はおしまいだけど、レナータちゃんは気を引き締めて、ティコくんは思いっきり楽しんでいくわよ!」
「はいっ」
「ガウッ!」
今日は職場体験の最終日。
店長さんの労いの言葉を皮切りに、その日のモンカフェがオープンする。
「いらっしゃいませ! ご注文はいかがですか?」
「そうだねぇ、今日はコーヒーと、あとネコ用オヤツをお願いするよ」
「コーヒーとネコ用オヤツですね、ご注文承りました!」
モンカフェの制服であるエプロン姿のレナータちゃんは、いまでは接客もある程度こなすようになっている。
ここに来るお客様も、モンカフェという通常のカフェとは異なる形態のお店を目当てにしているからか、お客様側の態度も良好。
素人に近いレナータちゃんでも安心して接客できるという良環境に置かれたおかげで、彼女の接客術もみるみる向上したようだ。
「うむうむ、いい対応と笑顔。さすが私が教えただけはあるっスね」
「ホント、レナータちゃんが来て良かったわぁ。接客もよし、ネコちゃんの面倒もよく見てくれるし、味はちょっと薄いけど料理ができるし。……どこぞの料理焦がし常習犯とは大違いね?」
「ぎくっ。 は、ハイただいま注文承りまーす!」
「……逃げたわね」
あまりの優秀さに先輩店員さんもタジタジである。
「ンナァーオ、ンニャー」
「よしよし。また後で遊ぼうね」
「ニャ」
注文を受けたレナータちゃんの足に、ネコちゃんが1匹擦り寄っていった。
彼女は軽く頭を撫でてからすぐ業務にもどるが、撫でられたネコちゃんはどこか満足そうである。
ちなみにレナータちゃんは、初日からお店にいるネコちゃん達にも大人気である。
ネコ型魔物を複数飼育していた経験も手伝って、ネコちゃん達が近づきたくなる雰囲気があるらしい。
正直言って天職なんじゃないだろうか。
「すみませーん、この「ティコくんにオヤツ」ってやってみてもいいですか?」
「マンティコアにご飯あげたいー!」
「ティコくんにオヤツ」っスね。レナータちゃん! ティコくんにオヤツいいっスか?」
「はいっ、大丈夫ですよ!」
先輩店員さんの受けた注文は「ティコくんにオヤツ」。
そう、とうとう俺もモンカフェ内でお客さんに関われるようになったのだ。
せっかくマンティコアがいるんだし、最終的にはお客様にも何らかの形で関われる機会を作りたい、という店長さんの要望もあり、レナータちゃんと話し合った末に、餌やり体験のサービスが始まったのである。
「ラッキーっスね。オヤツあげても大丈夫っスよ」
「やったー!」
「よかったわね、坊や」
まあ、ニャンちゃん家ではもともとネコちゃんにご飯をあげるサービスをやってたから、お客様も遠慮せずに注文してくれている。
ちょっとした違いがあるとするなら……。
「はいこれ、生肉っス」
「生肉!?」
ズドン、とそこそこ大きめの肉塊がテーブルの上に乗せられた。
マンティコア用のオヤツだからね、生肉だね。
血も滴る上等な生肉に、お母様も顔が引きつっている。
「ティコくんはモンスターフード嫌いなんスよね。だから、このお肉を紐で吊るして……棒にくくって……。はい、これでオヤツをあげてください」
「ママ! 僕やる! やりたい!」
店員さんが肉を吊り下げた棒を坊やに手渡した。
まあこんな事するのも、俺がモンスターフード食わない所為なんだけどね。
どうにもアレは俺の舌には苦すぎるのだ、ここの先輩ネコちゃんまでモリモリ食べてたのには本当にびっくりしたけど……。
まるで釣りをするみたいなオヤツの与え方だが、まあマンティコア相手なら仕方ない。
しかし一風変わったやり方が気に入ったのか、坊やはやる気満々である。
「うっ、ううう、重い……」
「大丈夫? 手伝おうか?」
「いや、僕一人でやるっ!」
言葉と裏腹に、肉を吊るした棒はあっちにフラフラ、こっちにフラフラしている。
お子様にはちょっと重そうだ。
ならば、着ぐるみマンティコアくんに仕込んだこの新機能をお披露目するしかあるまいに!
「ガウガウ、ガウッ!」(自動追尾式猫パンチャー、起動!)
右腕に仕込んだ魔法陣に、強めに魔力をながす。
筋肉の形で形成している結界魔法がモリモリっ、と盛り上がり、握り込んだ拳からにょきっとナイフのごとき大爪が飛び出す。
バネのように跳ねる前足は、視線の先を揺らめくお肉に向かって正確に伸びていって――
――ザンっ、とお肉を繋ぐ紐を切り落とすのである。
「う……? す、すごいっ!?」
「「「おおおー!」」」
肉を吊るしてた坊やだけでなく、周りのお客様までパチパチと拍手を送ってくれた。
ふっふっふ、以前本物のマンティコアの猫パンチを見たおかげで、その絶技を完全再現するに至ったのだ!
ヒューン、べチッ。
「ガウ!?」
「あ、落ちてきたお肉に当たってる」
などどドヤ顔を決めていて周りを見なかったせいか、切り飛ばしたお肉が見事俺の頭上に着地し、大変間抜けな絵面に早変わりしてしまった。
これには周りのお客様もクスクス笑い、ああ恥ずかしや……。
「……ティコくんは時々やる気を出してカッコいいんだけど、どこか抜けてるわね」
「ふふふっ、ティコのそんなところがかわいーんですよー♪」
「そ、そうね、確かに可愛く見えないことも、ないかしら……?」
レナータちゃんだけが俺の痴態にうっとりしていた、店長さんも思わずドン引きである。
いくらマンティコア好きだからって、ここまでくると何しても可愛いって言うんじゃないだろうか。
「ンニャーッ!」
「ガウっ! グルルゥゥー!?」(あっ! 泥棒ネコ-!?)
おまけに周りの先輩ネコ達がこぞって俺の肉を奪っていく始末。
ちょっと待てコラっ、確かに肉は食い飽きた感じあるけどそれは俺のだ!
ああ……俺の肉がこんな小っちゃくなっちゃった。
「ぷっ、あはは!」
坊やはそんな俺を見てお腹を抱えて笑ってるし、まあいっか。
初めはどうなることかと思ったが、この職場体験も意外と悪くなかった。
特に、働くわけではないと理解した瞬間から俺の調子は絶好調である。
「――みんな、お疲れ様。 今日も一日よく頑張ったわ!」
「「「お疲れ様です!」」」
しかし、そんな素晴らしい時間ほど早く過ぎてしまうもので、ニャンちゃん家での最後の職場体験はあっという間に終わってしまうのであった。
お店で働くみんなが集まり、お互いに労いの言葉を交わしている。
「レナータちゃん、本当にお疲れ様でした!」
「はい、こちらこそお世話になりました!」
「いやいや、お世話になったのはアタシ達の方よ。レナータちゃんやティコくんがいてくれたお陰で、ウチも随分盛り上がったわ! 流石、セラが優秀って言っただけあるわね、卒業したらウチで働かない?」
「えへへ……、真剣に検討しますね!」
「真剣に検討しちゃうんスね!?」
冗談のつもりで言ったかもしれないけど、レナータちゃんは本気なんだろうなぁ。
ティコはゴロゴロして良いし自分も傍で働ける、なにより危なくないという、レナータちゃんが求めた条件全部を満たしてるし。
「さて――それじゃ、職場体験最後の締めくくりとして、ティコくんにご褒美をあげましょう!」
「ガウッ?」
これで明日から学校かーなんて思ったその時である。
店長さんは俺にそんなことを言うと、ささっと厨房の方へ行ってしまった。
え、ご褒美もらえるの? いいの?
俺ゴロゴロしてたし、働いてないんですけど。
「えへへー、良かったねティコ」
「ガウー……」
ナデナデと頭に触れるレナータちゃんに、俺はちょっとバツが悪い感じで唸る。
しかし、ご褒美って一体なんだろう?
店長さんが厨房の方に行ったってことは、食べ物っぽい気がする。
超高級生肉とかだろうか?
「ふふふふふ、ティコくんのご褒美はなんと! ネコちゃん用の特製ケーキです! 凄いでしょ!? 見たことないでしょ!?」
「ガファッ!!?」
――その瞬間、俺の貧困たる想像力は見事に打ち砕かれた。
白亜のごとく清純さを放つそのスイーツ……そう、ホワイトケーキが目の前に降臨したのだ。
ケーキ、それは甘やかしの神様がこの世にもたらした、一滴(ひとしずく)の慈悲。
マンティコアになってから三年以上は決して食べられないと悟り、遥か遠くへ行ってしまった筈の食物。
もう肉しか食べられないと半ば絶望していた俺に差し込む、一筋の甘い光である。
「ガフー! ガフー!」
「す、凄い!? え、ネコちゃんが食べられるんですかコレ!?」
「ええそうよ! アタシが研究に研究を重ねついに完成した、人もネコも美味しく食べられる究極のスイーツ! それがこのケーキなの!」
すげーよ店長さん! アンタ本当に尊敬するよ!
白くて丸いホールケーキの上に、ネコちゃんの肉球を模したピンク色の部分が目を引くシンプルなものだが、とても甘そうで、とても美味しそう!
もう涎がダラッダラ、早く、早く食べさせてー!
「さあティコくん、召し上がって頂戴な!」
「ガッフフッフフー!」(いっただっきマース!)
店長さんからのゴーサインも出たことで、俺はケーキに向かって飛びかからんとばかりに食らいつく。
嗚呼、素晴らしきかなモンカフェ生活、まさかマンティコアになってからでも甘いお菓子が食べられるなんて……!
かぶりと口一杯にケーキを頬張り、そして俺の舌にはケーキの芳醇な――――
「店長さん! ケーキって普通ネコちゃんは食べられないですけど、いったい何で作ったんですか?」
「よく聞いてくれたわレナータちゃん。このケーキはなんと……お魚のすり身で作ってあるわ!!!」
「お魚ですか? ああでも、島国とかならネコちゃんはお魚食べてるってききますよね!」
――芳醇な塩っぽい旨みが口いっぱいに広がりました。
「ングゴフッ!!?」
「ティコ!? 大丈夫!?」
「ひょっとして口に合わなかったかしら……」
食らいついてから聞いた衝撃的な真実と、見た目から想像すらできない味のせいで思いっきりむせた。
さ、魚だ……確かに魚の味がする……。
この甘ったるい外見から繰り出される塩っぽさが、凄まじい違和感を発している……!
これはさすがに食べ辛い――いや、まてまて、せっかくのご褒美なんだぞ、無駄にしてはいけない!
そうだ、肉しか食ってない今までよりよっぽど健康的だ、お魚もしばらく食べて無いし。
ここで美味しそうに食べれば、レナータちゃんに今後はお魚も食べさせてもらえるかもしれないぞ、ファイトだ俺!
「ガフッ、ガフガフッ」
「美味しそうに食べてるっスよ」
「あら本当、のどに詰まっただけみたいね」
ガツガツと病みつきな感じで貪り食らってみる。
外見との違和感と薄めの味付けを除けば、味そのものは不味くない……というより普通に美味しい。
まあスイーツというよりおかずを食べてる気分になるんだけど。
「ガブッ、ベロベロベロ……」
「お皿まで綺麗に舐めてる、よっぽど美味しかったんだね。……その、店長さん、良かったら私にも作り方を教えてもらえませんか?」
「ええ! 喜んで!」
やった! これで肉以外も食べられるぞ!
でも、お魚をケーキの外見で出すのは、ちょっと勘弁してほしい……。
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