25話:モンカフェの極意を学ぶマンティコア
「ンガァーオ、ガフガフゥ」
自分が思う、最大限の媚が入った
こう、上司を持ち上げて、ゴマをするような気持ちで……。
うっぷ、やばい仕事を思い出して吐き気がしてきたかも。
「フゥーっ!!」
しかし無情なるかな、先輩ネコは毛を逆立てて俺を拒絶する。
距離さえ離れていれば見下した様な視線を送るだけなのだが、近づいた途端にこうなってしまうのだ。
勿論敵意なんてないし仲良くしたいから近づいてるのだが、ある日突然現れた巨大なマンティコア相手に、彼らはそうそう心を開いてくれない。
「ティコくん、頑張ってるわね」
「はい……。でも、やっぱり怖がられちゃいます……」
「まー、まだニ、三日っスからねぇ」
レナータちゃんやお店の人たちが、俺を心配そうに見つめている。
職場体験三日目、ニャンちゃん家が開店するまであと1時間という空き時間、俺は先輩ネコ達と仲良くなるべく再びコミュニケーションへと臨んでいた。
結果は見ての通り、初日とそう変わらない反応が返ってくるだけで、とても仲良くできそうな感じではない。
「ガフゥ……」(はぁ……)
周囲を見回すと、ゴロゴロ寝っ転がったり、お互いにじゃれ合ったりする先輩ネコ達が視界に止まる。
このモンカフェに来るお客様は、ネコちゃん達のああいった姿をみて癒されているようだった。
職場体験として来ている身としては、俺もネコちゃん達と戯れる姿をお見せしたいなーとか、一人ポツンと寝てるだけなのは罪悪感あるよなーとか、いろいろ思ってしまう訳で……。
頑張ってみるもののうまくはいかず、ため息が出てしまう。
「自分より小さい魔物に嫌われて落ち込むマンティコア……。なんか、ティコくんって繊細な子なんスね」
あまりにもマンティコアらしくない俺の姿に、店員さんは意外そうな表情。
うん、そりゃあ中身は魔法ニートの人間ですから、こうまで嫌われると流石に落ち込むよ……。
「ねえレナータちゃん。貴女はどうしてウチを職場体験先に選んだの?」
「え?」
「あ、別に他意はないわよ? レナータちゃんはよくは働いてくれてるし、ティコくんは大人しいから今のところ問題はないんだけど……。他にいろいろ職場はあるのに、どうしてウチなのかなって」
そんな俺をみていた店長は、レナータちゃんになぜモンカフェを職場体験先に選んだのか聞いていた。
どうやら純粋に疑問に思ってのようだ。
まあ、マンティコアを手なづけれる魔物使いなんだから、普通は荒事系の仕事を選びそうだというのは最もな疑問だ。
「少し前までは、学校を卒業したら駆除やレスキュー隊の仕事に関わるんだろうなって考えてたんです。でも、ティコが病気になって、回復してから……色々変わったんです」
「変わったって……何が?」
「その、私が」
「レナータちゃんが?」
レナータちゃんは、そのまま店長さんに自分の事を話した。
以前自分がティコ以外にも2匹の魔物を失った事。
ティコが回復して初めてのバトルで、傷つくティコに耐えられなくてギブアップした事。
色々と考えた末に、荒事とは関わりのないこの職場を選んだという事を。
「なるほどね、それでこの時期にウチに来たんだ」
「情けない……ですよね」
「ううん、そうは思わないよ。ティコくんの事を想って決めたことだし、立派なことだとアタシは思うわ」
「えっ、あ、ありがとうございます」
店長さんは、戦えなくなったレナータちゃんに対して「もったいない」だとか、そういうことは言わなかった。
「アタシはネコちゃんと一緒に戦うより、ゴロゴロしてるのを眺めるのが大好きでね、そういう魔物の可愛い一面を見てもらいたくてモンカフェやってるの。魔物だって戦うために生きてるわけじゃないし、そういう選択肢もアリかなって。レナータちゃんも、ティコくんが戦う以外の生き方ができないか探してるんでしょ?」
「……はい、ティコはトムやベルと仲が良かったし、きっとモンカフェでも打ち解けられると思ってたんですけど、難しかったみたいです」
店長さんが良い人でよかった。
マンティコアを飼いならしてるってだけで、タクマのようにすぐ戦えって言ってくる奴もいるみたいだし。
セラ先生もその辺りを察してこのお店を紹介してくれたのだろうか。
「ところでレナータちゃん、ティコくんって昔から素直に言うことを聞いてくれるの?」
「はい。昔はちょっとやんちゃでしたけど、大人になってからお利口になってくれました」
「ひょっとして、他に飼ってた二匹の魔物達も?」
「はい、みんな私の言うことをちゃんと聞いてくれる、いい子でしたけど……」
「なるほどね」
「?」
納得がいったといった風にうなずく店長さん。
なんだ? 今の話の中になにかあったのだろうか?
「分かったわよ、ティコ君がどうして他のネコちゃんと仲良くできないのか」
「え!?」
「ガフッ!?」
な、なんだって!?
先輩ネコと仲良くなれないのに、原因があるというのか!?
「今のレナータちゃんの話と、ティコくんを観察して気づいたわ。今のティコくんには決定的に欠けてるものがある、だから他のネコちゃん達が緊張してるのよ!」
「ほ、本当ですか!? それって一体なんなんですか!?」
「それはね――――
店長さんは得意げな表情で、今の俺に欠けているものとやらを宣言した。
――――正直、ティコくんがぜんっぜんネコっぽくないのが原因よ!」
「そ、そんなーー!?」
そんな当たり前のことを今指摘するんかい!?
そしてレナータちゃんも今更そこに驚くんかい!?
分かっていると思うけど、マンティコアという魔物は顔や体は獅子に似ているが、体は血塗れたように赤くて、翼が生えていて、おまけにサソリのような毒針つきの尻尾を有する魔物。
一応ネコ型に分類されてるけど、その造形はネコ型魔物とはかけ離れてる。
先輩ネコたちに外見が怖い所為で仲良くなれないって思ってるのに、なぜ今になってそれを……。
「そ、そんな……マンティコアも、かわいいネコ型の魔物なのに……」
「うん、可愛いかどうかはおいといて一応ネコ型ではあるわ。でも違うの、アタシが言いたいのは、ティコくんの「性格」があまりにも他のネコちゃんとかけ離れてるってことを言いたいわけ」
「ガフゥ?」
ネコっぽくないといわれてショックを受けるレナータちゃんだが、どうやら店長さんが言いたいのは外見の話ではないらしい。
でも性格? 確かに自分でもあまり良い性格してないとは思うけど、いったい何の問題があるというんだ?
「性格……? でもティコは、大人しくて、賢くて、言うことも聞いてくれるいい子ですよ?」
「だからよ、ネコ型の魔物っていうのは本来、騒がしくて自由気まま、わがままを形にしたようなマイペースな子ばかりなの。でもティコくんは真面目すぎなのよ、まるで犬型の魔物なみに忠誠心が高い感じがするの」
「で、でもそれが何で仲良くなれないのと関係があるんですか?」
「ティコくんが「ネコちゃんと仲良くしようとしてる」からよ。強そうでプライドが高そうなマンティコアが、自分より遥かに小さいネコちゃん達に下手に出てるのが、ネコちゃんから見れば不気味に見えてるの。多分……ご主人様が働いてるのを見て、自分も早くここに馴染もうと焦ってるんじゃないかしら」
な、なんということだ、今まで俺が素直に言うことを聞いていたのが、却って仇になってしまったというのか。
そして、先輩ネコ達に仲良くなろうと自分から接していくのも、向こうから見れば得体のしれない行為に映っていたのか……。
「魔物使いと一緒に戦う魔物ならご主人様には絶対に忠誠。それは当たり前のことだけれど、本来のネコ型魔物にとっては当たり前じゃない。それがきっと、ティコくんと他のネコちゃんの間にある溝ね」
「そんな、それじゃあどうすればいいんですか……」
レナータちゃんの表情は暗い。
そりゃそうだ、性格が問題となるとどうしようもないじゃないか。
俺も職場体験に来てる時点で、メンタルがきついし、緊張するしで余裕がない。
結果が出ずとも、せめて真面目に働こうとするくらいしかできることなんて無いし……。
「あら、それなら簡単よ? ネコちゃん達とすぐ馴染める保障はできないけど、ひょっとしたらきっかけを作れるかもしれないわ」
「え。本当ですか!?」
そんな俺たちとは対照的に、店長さんは頼もしく笑う。
本当にあるのだろうか、そんな方法が。
「はいこれ、ネコちゃん用のおもちゃ。これを使ってティコくんを遊ばせるの」
「遊ばせる……ですか?」
「ガフガフ……?」(どういうこと……?)
店長さんがレナータちゃんに手渡したのは、ネコじゃらしとか、ぬいぐるみとか、マタタビだとか、ネコちゃんが遊ぶために使う道具だった。
遊ぶことが解決法と聞き、俺もレナータちゃんも首をかしげる。
ネコちゃん達と仲良くなれる秘訣みたいなものを教えてくれると思ったのだが……。
「そもそもね、このニャンちゃん家にいるネコちゃん達は「働く」なんて殊勝な気持ちでここにいる訳じゃないのよ。この子たちは勝手気ままに暮らしてるだけ。お客様はそれを見て勝手に癒されてるだけなの」
――――。
そうか、そういうことだったのか。
店長さんの言葉を聞いて、俺はストンと心の中で何かが収まるような感覚がした。
はじめから、俺はここに、働きに来ているわけじゃなかったのか。
「だから、ティコくんを思いっきり遊ばせてあげて。「ここは寛いで良い場所なんだよ」って教えてあげれば、少しは緊張がほどけて、他のネコちゃん達も付き合いやすくなると思うわ」
「店長さん……! はいっ、わかりました!」
レナータちゃんが明るい声で返事をして、俺のところにおもちゃを持ってきてくれた。
俺もまた、俺のやるべき……いや、やりたいことが自分の中ではっきりした。
俺は、好き勝手にすればいいんだ!
そうして今日も、モンカフェ「ニャンちゃん家」は開店する。
一週間の間だけマンティコアがいるこのお店にはやはり何時にも増してお客様が来店する。
マンティコアが居ると知り驚愕したお客様は、お店に入って更に驚愕することになるのだ。
「ガッフッフ~♪」
俺はいつにも増して上機嫌で店内に居座っている。
初日や二日目のように、緊張して、何かに怯えるように大人しくする姿はどこにもない。
店長さんのアドバイスどおり、今の俺は自由気ままに遊び倒しているのだ。
「あのマンティコア。尻尾の先にネコじゃらしつけて、他のネコちゃんを遊ばせてるぞ……たまげたなぁ」
「フッ、にゃっ!」
びゅびゅんと尻尾をふって、先端のネコじゃらしを取られないように、しかし手が届きそうな距離で攻防戦を繰り広げる。
くっひっひ、この尻尾の動きはそうそう捕えられまい。
「ガフッ!」
「ニャ!? ……ンナァーオ♡」
「マ、マタタビをネコちゃんにあげてるし……!?」
「しかもその様子をみてニッコニコだよー!?」
「ガッフ、ガッフ♪」
ネコ型の魔物はこのマタタビに酔っぱらうって本当だったんだなー。
ふふっ、あんなに警戒していたというのに既にベロベロじゃないか……可愛い奴め。
「ガフ、ガフ、グァーオ、ガウガウ」(ラフ、ラム、
「「「ZZZ……」」」
「ネコ達がみんなマンティコアの傍で寝ている。ふむ、「マンティコアの体温はネコの睡眠に丁度いい暖かさ」と……」
魔法を使ってちょっと体を暖房マジックアイテム化すれば、ねむねむなネコちゃん達はあっというまに俺の体の虜よ。
しっかし寝てる姿も可愛いなぁ、ここに来るお客様の気持ちが分かった気がする。
「凄い……! 凄いよティコ! あんなに楽しそうに遊んでる!」
「アタシの想像したおもちゃで遊ぶマンティコアとかけ離れてるんですけど!?」
「寧ろあれ、ネコちゃんで遊んでるっスよね」
というわけで、おもちゃを使って遊んだら、みんな意外と簡単に懐いてくれました。
実はネコちゃんと遊ぶの、やってみたかったんだよなー。
せっかくモンカフェに来てるんだらね! 楽しまないとね!
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