24話:お客様にスマイルを提供してみる
ガランゴロン、とお店のドアにかけられたベルが鳴る。
時刻はちょうどお昼時、魔物たちに癒されるべく、ニャンちゃん家には今日もお客様が来店する。
「いらっしゃいませー!」
「ガフッ」
「うおっ!? 本当にマンティコアがいる……!」
入店した農家のおっちゃんっぽいお客様は、俺の方を見るなり信じられないような物を見たといったリアクションをとられる。
「か、噛み付いたりしないよね……?」
「はい、ティコくんは優しくて大人しい子なので、まずないですよー。ですが、ティコくんはまだカフェに慣れていないのでお客様からのタッチや、呼びかけはご遠慮くださいねー」
「はい、わかりましたよ。はー、大人しいマンティコアか、よく躾けてあるんだねぇ」
店長さんがおっちゃんに俺の事を話すと、おっちゃんは感心したように息を吐き、テーブル席に着くのであった。
ガランゴロン、と再びベルが鳴る。
今度は若い女性の二人組だ。
「いらっしゃいませー」
「ひゃー、ホントにマンティコアがいるよ!」
「すっご……。わたし、学校の宿舎でしか見た事なかったんですけど」
「はい、ティコくんです。大人しい子ですけど、まだここに慣れてないので、お客様からの呼びかけやタッチはご遠慮ください」
「「かしこまりー」」
そう言って二人も俺を興味深そうに見ながら、席に着いたり、近寄ってくるネコちゃんの相手をしてあげたりしていく。
(すごいな、来る人みんな俺に注目してるよ……)
空いている席も後わずか、もうそろそろ満席になりそうである。
はじめてのモンカフェ体験、しかもマンティコアとしてここにいる訳だが、抱える不安とは真逆にお店はなかなかに繁盛しているのであった。
まあ、俺は今日一日ゴロゴロしてるだけでいいみたいだし、お客様も俺に注目こそすれど、店長さんに言われた通り自分からは何もしてこないから大変も何もないのだが。
周りの先輩ネコとは相変わらず距離を置かれているせいで、暇ですらある。
「うっへっへっ。レナータちゃんがティコくんを連れて来てくれたお陰で、宣伝効果バツグンっスよ」
「宣伝効果も何も、貴女開店前に速攻で看板たててたじゃない「期間限定、マンティコアのティコくんが職場体験に来てくれました!」 って」
「ふふん、仕事の速さを褒めてくれてもいいんスよ?」
ってそんなことしてたんかい!?
どうやら俺がいることは思いっきり宣伝されてしまったらしい。
ということはこの繁盛っぷりも、俺(マンティコア)見たさで入店したって人が結構な数要るんじゃなかろうか。
「まあ、アタシもマンティコアがいるモンカフェなんて前代未聞だから、珍しさで集客アップを狙ってたわけだけど。やっぱり凄いわね、主にギャップが」
「小っちゃいネコちゃん達のなかにでっかいマンティコアっスからねー。孤高の魔獣マンティコアの生態に迫る、ちょっとした研究も出来そうっス、あそこのお客さんなんてネコちゃんには目もくれずにティコくん見てますし」
「そうねぇ……。あ、ほら喋ってないで注文取りに行きなさいな」
「あいあいさー」
(うう、周りの期待に満ちた視線が辛い……)
店長さんたちの会話を聞いて、なんとなく罪悪感を感じてしまう。
マンティコアっていっても、中身は人間だから騙してるようなものである。
……ち、ちょっとはマンティコアらしく吼えたり、威厳あふれる動きでもしたほうがいいのだろうか。
「どうでしょうか、今度はうまく作れたと思うんですけど」
「どれどれ、はむっ。……うーん薄味! 徹底的に魔物の食事を作るクセが染み込んでるみたいね、もう少し塩分は多くて大丈夫よ」
「はいっ」
おどおどしてる俺とは対照的に、レナータちゃんは頑張って料理の練習をしていた。
どうやら人間に料理を出すことに慣れていないらしく、店長さんが指導しながら味を調整している。
「料理が出来ないわけじゃないから、あとは味の濃さを調整するだけね。アタシが付いてるから、もう一回頑張りましょ」
「はいっ、よろしくお願いします!」
「ああホント素直で優秀な子だわー……。うちのトキコなんか初めは全部炭化させてたのに比べたら、レナータちゃんはよくできてる方よ」
「えへへ……」
褒められて素直に喜ぶレナータちゃん、かわいいなぁ。
それに比べて俺と来たら……。
むむ、ここは俺も店員として一肌脱がなければいけないかもしれない。
一肌脱いだらいけないけども。
(一日中ぼけっとしてるのも居心地が悪いし、ここはひとつ、先輩ネコの真似でもしてみるか)
職場でやることに困ったら、まず先輩の真似をしてみる。
まずは、モンカフェで働いているネコちゃんたちを観察してみよう。
「ゴロゴロゴロ……」
「ここがええか、ここがええのんかー」
「タマちゃんいっつもウチらに甘えてくるよねー」
「ぐぅぐぅ……」
「はぁ癒される……、膝上で寝るネコを眺めながら飲むコーヒーは格別だ……」
「ンナァーオ」
「んなぁーお♪ ンフフフフよしよしおやつだよぉぉぉ」
……働くって、なんだっけ?
先輩ネコたちは思い思いの相手に好き勝手甘えてるようにしか見えなかった。
お客さんに甘えてる子に注目してみたが、実は半分くらいはお客さんを放って寝っ転がったり、ネコ同士でじゃれあったりする始末である。
(ま、まあネコにできることなんてたかが知れてるしな。となると俺も、適当にお客さん相手に戯れついてみようか?)
店長さんは「お客さんからタッチや呼びかけはやめてほしい」と話していた。
裏を返せば、俺からお客さんへタッチされに行くことは、禁止されていないはず。
……よし! 俺もお客さんを癒してみよう!
「ママ! すごい、マンティコアほんとにいるー!初めて見たー!」
「まあ本当、すごいわね」
おおちょうど俺に興味がありそうな母子がいるじゃないか。
坊やの方は初めてみるマンティコアに大興奮している。
きゃっきゃと騒いでるので周りの猫ちゃんが距離を置いてるし、これはチャンスだ。
ちょいちょいそこのお子さんや、もっと近くでマンティコアを見てみたくないかい?
「わっ、こっち来てる! 来てるよママ! かっこいい!」
「え、ええそうね」
てふてふと、ご機嫌な感じで俺は母子の座る席へ近づいてみる。
良いぞ、お子さんも大興奮じゃないか。
そのリアクションに満足しつつ、俺はさらに接近してみる。
「ひゃー、すっごい近い! おっきい! ねえママ、触って良い?」
「ちょっと近すぎかも……。お、お店の人にも触っちゃダメって言われたでしょ?」
くっひっひっひ、ママさんはちょっとビビってるけど、お子さんは大満足だろう。
今俺は母子が座るテーブル席の真横で、おすわりの体勢を取りつつじっと見つめている。
さてどうしようか、このまま先輩ネコのようにゴロゴロ喉を鳴らして甘えても良いし、あくびでもして大きな牙を見せつけても良いかもしれない。
(……あ、サンドイッチ)
ふと、テーブルの上に置かれたサンドイッチに視線が向く。
ここはモンカフェ、魔物と触れあう場所ではあるが、喫茶店でもあるからにして、普通に食べ物も出てくる。
(最近ずっと、焼肉しか食べてなかったからなぁ。なんか、単純な軽食でも人の食べる物が美味しそうに見えてくるなぁ……)
マンティコア生活における不満の一つに食生活の偏りがあるわけで……。
この母子が注文したサンドイッチが、今の俺には無性に美味しそうに見えてしまった。
これがいけなかった。
「…………じゅるり」
「「ひっ!?」」
思わず、つい無意識にヨダレが出てしまった。
この着ぐるみマンティコアくんは、内部の人間がヨダレを垂らそうものならそれを忠実に再現するのである。
……問題なのは、俺が母子に向かってヨダレを垂らしてしまった訳で。
「ま、ママ……怖い……」
しまった!?お子さんが怖がってしまってる!
実のところサンドイッチが欲しいだけなんだけど、そんなのわかる訳ないよね!?
とにかくなんとかしないと、そうだ、笑顔でごまかして。
「ニタァ……」(ヨダレだらだら)
「「ぴぃぃぃぃ!?」」
ますます悪化してしまった件。
やばい、マンティコアフェイスで笑ったらアホみたいに凶悪な絵面になるに決まってるじゃないか!?
あと一歩ヘマをすれば店内が大混乱に陥りかねないこの危機的状況に、俺は内心ガクブルしながら。
「ティコ、ダメだよ。それはお客様のサンドイッチ」
「ガ……ガフ」
ポフン、と俺の頭に優しく手が乗せられる。
振り向くと、レナータちゃんが優しい声で注意してくれていた。
「すみません、大丈夫ですか? この子、サンドイッチが欲しかったみたいで……! すぐに離しますから」
「え、ええ。ちょっと、いえ大分怖かったけど大丈夫、よ……?」
レナータちゃんはお客様に謝りながら、俺をその場から連れて行ってくれた。
ああそうだ、彼女なら俺の気持ちを分かってくれるんだった。
そうそう、そうなんです。
俺ってばサンドイッチが食べたかったんですよ。
「もうっ、ティコってば。小っちゃいころから人の食べてるもの欲しがるんだから」
「ガフー」
((((サンドイッチ食べたがってたの……?))))
「ふむふむ、マンティコアはサンドイッチを食べたがる……と」
レナータちゃん以外の全員が、不思議そうに首をかしげていらっしゃった。
うん、まあ、あの絵面でサンドイッチ食べたそうには見えないよね……、実際食べたかったけど。
というかそこの研究職っぽい人、俺マンティコアじゃないからメモ取るの止めた方がいいですよ。
こうして緊張が走る場面はありつつも、レナータちゃんのお陰で初日は何とか平和に終わってくれた。
そして、俺はこの失敗から一つ学んだ。
その気がなくとも、マンティコアはとても誤解されやすい魔物だということを。
(はあ……、やっぱり初日から迂闊に動くべきじゃなかったなぁ)
致命的なミスではないと思いたい。
というわけで、その日は反省して、店内をゴロゴロするだけに留めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます