23話:職場の先輩とレッツ・コミュニケーション
俺、ダグラス・ユビキタスは仕事が嫌いだ。
犯罪者として捕まるか、仕事するかと選ぶなら迷わず捕まることを選ぶぐらい、大っ嫌いだ。
まあ、投獄されたら獄中で労働することになるので、捕まることもまっぴら御免なのだけど。
仕事の嫌いなところは数えきれないくらいある。
その一つが、職場の先輩だ。
特に自分より年上の先輩なんかは最悪である。
俺が魔法ニートになる前の話だが、前に働いていた職場の先輩なんて、後輩の質問にはいつも「忙しいから」と封殺、そのくせ向こうからの質問に答えられ無かったら「どうして分からない事を聞いてこないんだ」なんて言いやがって……!
しかも、先輩が作った魔法陣にミスを発見したから報告したのに「生意気言ってるんじゃねぇ!」っていきなり怒鳴りつけたりしてくるし!
おまけにそのあと「ちょっと時間はいいかな」と個室に呼ばれたから謝られるのかと思ったら、「お前は先輩に反抗的だ」「俺が若手だったころはもっと先輩を敬ってた」「昔と違って今の若い奴は考えが甘い」などと俺に怒り散らす始末(多分本人は説教のつもりなんだろうが)。
周りの上司達にばれないように一対一で説教をしてる風に見せかけてるから性質(タチ)が悪い。
他にも先輩の嫌なところは沢山あるが、もう思い出したくもない。
ちょっと思い出すだけでも腹が立つし、あんなのとは金輪際会話したくない。
――――とまあこんな風に、俺は先輩という存在を、何を考えているか全く分からないし、話も通じないし、突然怒ってくる別種の生物と思っている。
(あーもー、いやだいやだ。働きたくないっ……! いや、これは職場体験。職場体験だから給料はでないし、仕事をしているわけじゃない……! だから大丈夫……!)
頭の中で必死に、これは仕事ではないと念じる。
こうでもしなければ、湧き上がる不安を抑えることができない。
喫茶店で働くなんてやったことがないし。
なによりコレを仕事と思ってしまえば、また昔のように周囲と孤立し、一人ぼっちで働き続ける、そんな気がしてしまうのだ。
「フーッ!!」
「こら、タマ。ティコくんと仲良くしなさい!」
「ガ、ガフぅ」
「うーん、一番おとなしいタマでも怖がっちゃうかー」
そして今俺は、白い毛並みに黒と茶色の斑模様をした、ちょっぴり肥満体型な先輩ネコ「タマちゃん」に毛を逆立てて威嚇されているのであった。
まさかの愛玩用マンティコアとして職場体験することになった俺は、モンカフェにいる先輩ネコたちに挨拶をしているのだが……見ての通り、一向に打ち解けられそうになかった。
うう、やっぱり俺は先輩とは仲良くなれない定めなのか。
(ネコだから)何を考えているか分からず。
(ネコだから)話も通じず。
(ネコだから)いきなり初対面の俺(マンティコア)に威嚇し。
(ネコだから)完全に別種の生き物。
……嫌いな先輩の特徴にぴったり当てはまっているのに、なんか違う気がする。
まあ、その、先輩がそもそも人ですらないというのは、斬新である。
斬新すぎて不安が薄れた感じさえある。
「ごめんなさい……」
「レナータちゃんが謝ることじゃないわ。ティコくんがめっちゃ大人しくて賢いのは、さっきみんなで確認したし。問題は、ネコちゃん達はにはまだ伝わらないってことなんだけど」
威嚇される俺を見てレナータちゃんが謝るが、店長さんは悩ましい表情をしつつも彼女のせいではないとフォローする。
これに関しては、あまり言いたくはないけど俺のコミュニケーション能力の不足が問題だからね。
ちなみに、ここの店員さんには、俺が人に襲いかかるような事はしないというのは理解してもらっている。
挨拶した後に、揉みくちゃにされたり撫でられたりしても嫌がらなかったからだろう。
普通のマンティコアなら間違いなく怒っていただろうけど、女の人たちに囲まれて撫でられるなんて男としてはご褒美でしかない。
と、俺がちやほやされてた事はどうでもいいのだ。
問題は、店内の隅で固まって俺を警戒している先輩ネコたちである。
「1匹でも打ち解けられる子がいてくれれば、なんとかなると思ったんだけどね……。今のところ全滅、やっぱり怖がっちゃうなぁ」
「グルルゥ……」(面目無い……)
はぁ、と店長さんのため息をきいて、俺は申し訳なくなる。
モンカフェは魔物達が自由気ままに生活する様子に癒されながら、飲食を楽しむ場である。
最強の魔獣が居座る事で、その雰囲気をぶち壊しにしてしまうのは俺としても避けたい事であった。
しかし店長さんの期待も虚しく、俺は見事に店内のネコちゃん全てに怯えられてしまった。
(くそう、当たり前だけど話が通じないから、仲良くしたいってことが伝えられないのが痛いな)
着ぐるみマンティコアくんには、魔物の言葉を翻訳する機能は付いていない。
というかそんな簡単に魔物と意思疎通ができたら、魔物使いは軒並み廃業になるだろう。
ティコの声を出すときも、その時の感情に合わせたそれっぽい声が出るようにしてるだけだからなぁ、向こうに俺が言いたいことが伝わっているかも怪しい。
(俺のせいでレナータちゃんに迷惑かけるのは嫌だなぁ。でも魔物と仲良くなるなんて一体どうやって……そうだ!)
ふと思いついたので、俺は店の奥へと移動する。
目的の場所は、店員さんたちの荷物が置いてあるスペースで、そこにあるレナータちゃんのカバンが目当てだ。
「ティコ?」
「ガフ、ガフッ!」
「私のバッグ……おやつが要るの? はい」
ちょいちょいとバックを小突いてレナータちゃんにアピールすると、彼女はすぐ俺が欲しているものを察して、バッグの中からネコ型用魔物のおやつ――通称ちゅるちゅる――を渡してくれた。
これは小さい袋の中にペースト状のおやつが入っていて、人間である俺からしてもなかなかに美味しい味がするのだ。
ちゅーっと中身をひねり出して、そこをペロペロと舐めとるのが通な嗜み方である。
さて、袋の先端を爪で切ってと……。
「ガフゥ、ガフガフガフゥ」(今日からお世話になります、こちらつまらないものですがどうぞ召し上がってください)
「店長、私の目がおかしいんスかね。ティコくん、ネコちゃん達にちゅるちゅるを献上してるように見えてるんスけど……」
「アタシも見えてるわ、まるで取引先に贈与品を送る商人みたいな低姿勢で、ネコちゃん達のご機嫌取りをするマンティコアが……」
「ティコすごいっ! みんなと仲良くなるためにそんな芸までできるようになったんだ!」
これぞ父さん直伝の交渉術である。
くっひっひ、所詮は魔物、このちゅるちゅるの魅力には逆らえまい。
さあ心を開いて仲良くしようじゃないか!
「フシャッ!」
「ギャフン!?」
「あ、引っかかれたっス」
「ついでにちゅるちゅるも取られちゃったわね」
しかし現実は非情であった。
顔に鋭い痛みが走り、怯んだ隙にちゅるちゅるを奪取された。
なぜなのか。
「ああっ、ティコ惜しい!」
「レナータちゃんもよくティコくんが欲しいものが分かったわね」
「はいっ、なんとなくですけど。わかっちゃうんです」
「なんとなく……やはり天才かぁ」
余計なインテリジェンスを発揮してみたものの、周囲を困惑させただけで事態は好転しなかった。
ううっ、先輩ネコ達の信頼を勝ち得る日はまだまだ遠そうだ。
「あ、でも今のやり取りで緊張はほぐれた気がするわ。ほら、ネコちゃん達も隅っこで固まった状態からいつもの場所に移動し始めてる」
「お言葉っスけど店長、あれ多分。痛がってるティコを見て自分達の方が格上だって確信して、舐めてる感じっスよね」
「……ええ、そうね。なんだか、ティコくんの賢さが一周して間抜けっぽく見られちゃってるわね」
「うぅー……。ティコがんばれっ」
どうやら俺の醜態も無駄ではなかったらしい、よかった。
このモンカフェでの俺の地位が最下位となったことを除けばだが。
その様子を見た店長さんと店員さんは複雑な表情である、レナータちゃんも若干涙目であった。
「とはいえっ、ティコくんのお陰でネコちゃん達もなんとかいつもの調子で過ごせそう! レナータちゃん、ティコくんに一日だけ大人しくしてもらうのは、お願いできる?」
「はい! 出来るよねティコ」
「ガ、ガウッ」
「いい返事! ティコくんまで返事するあたりホントすごいわ!」
どうにかいつも通りモンカフェを営業できそうだと息巻く店長さん。
うん、一日お店のなかでじっとするぐらいなら簡単だし、営業中に先輩ネコとトラブルになることはなさそうだ。
まあ信用というのは一日二日で得られるものではないし、そこは時間をかけていくことにしよう。
「ティコくんは初めてのモンカフェだから、お客様からタッチするのは遠慮してもらうから安心して。レナータちゃんはまずキッチンの仕事から教えるわ。料理の心得はある?」
「はいっ、魔物用の料理なら任せてください!」
「うん! この際だから人間用の料理も作れるようになりましょうか!」
こうして俺とレナータちゃんの「ニャンちゃん家」での職場体験がスタートするのであった。
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