22話:職場を体験するマンティコア

「職場体験ですかぁ?」

「はい。この国のいろんな職場を知りたいんです。それで、セラ先生に許可を頂きたいんですけど……」


 授業は一通り終わって放課後になった。

 レナータちゃんは職員室にいるセラ先生と相談していた。

 もちろん内容は職場見学について、彼女は将来働くようになっても、マンティコア(おれ)が危険な目に合わない安全な職業を探しているのだ。


「まだ一年生なのに既に将来の事を考えてるなんて……。流石レナータさんですね、先生も感動です!」

「グルルゥゥ……」(うわぁぁぁいやだなぁぁぁ……)


 そんなレナータちゃんに、セラ先生は感心している。

 ねえちょっと先生、俺も見て、もう見るからに嫌そうに唸ってるでしょ?

 ティコも嫌がってるみたいだし、まだレナータさんには早すぎるんじゃ無いですかねーとか言ってくれていいんですよ?


「勿論、オッケーですよ! ちょっと時期は早いですけど、先生がお話を通して明日からでも体験できるようにしておきます」

「ありがとうございます!」


 ひぇぇぇーっ!? やっぱり許可が降りちゃったー!?

 しかも明日からいきなりできるんですか!? ふつうに平日だし授業とかいいんですか先生!?


 ……これは後から知ったのだが、魔物使いの生徒は1年のうちに最低でも一週間は職場体験に赴かないといけないらしい。

 ローカルルールで生徒たちは同時期にコレを行うのだが、本来は今回のように好きなタイミングで行ってもいいようだ。

 ビーストマスターズに出る気がないレナータちゃんは、その練習に当てる時間をこの職場体験に使うつもりらしい。


「それで、レナータさんはどんな職業に興味があるんですか? 今の時期でしたら冒険者ギルドが山賊を殲滅したり、魔獣駆除ギルドが大量発生したキラービーの駆除を体験できたりしますよ?」


 先生がオススメする職業はやっぱりと言うか、物騒な職業だった。

 まあマンティコアを使役してる魔物使いがやる仕事なんてそんなものだよね……。


「その、見学したいところなんですけど。今興味があるのは――――」


 生憎だが、レナータちゃんは危険な職場を望んではいない。

 というわけで、あらかじめ考えていたらしいその職種名をセラ先生に伝えると……。


「――え?」


 セラ先生は、目を点にして驚くのであった。



 そして、翌日まで時間は進む。

 学校へ向かういつもの道をそれ、俺とレナータちゃんはとある職場へと足を運んでいた。

 セラ先生には困惑されたものの、体験先には要望通りの場所にいくことができたのは喜ぶべきなのだろうか。


 勿論、俺としては決して喜ぶ事じゃ無いのは確かなんだけど、その、それ以上になんというか……。


「はーい、みんな集合。今日から一週間の間、この「モンカフェ・ニャンちゃん家」に、レナータちゃんが職場体験で来ることになりました。相棒のティコくんもウチで働くらしいです。…………えっ、マジで?」

「レナータです! 今日から一週間、ティコと一緒に勉強させていただきますっ!」

「ガ、ガフン!」(よ、よろしくお願いします!)

「「「えぇ……?」」」


 まさかまさかの、体験先は喫茶店なのでした。

 店長さんらしき女性が店員さんたちを集め、俺とレナータちゃんを紹介する。

 レナータちゃんを除き、この場にいる全員がこの落ち着いたカフェの雰囲気を完膚なきまでに破壊する、最強の魔獣にドン引きである。

 勿論、俺もドン引きである、いやその、仕事が嫌という以前にどう働けというのだこれは。


 ――レナータちゃんが体験先に選んだこの場所は、モンカフェといい、正式名称はモンスター・カフェと呼ばれる喫茶店である。

特色として、店内には愛玩用の魔物が放たれていて、食事を楽しむだけでなく魔物と触れ合うこともできるという魔物使いの国ならではの喫茶店だ。


 この特異な趣向は他国に大人気で、魔物との触れ合いを目的としてわざわざ遠方から訪ねてくる人間もいるほどだ。

 最近ではあまりの人気に他国に支店ができたとも聞くし、魔物使いの国ではメジャーな職場だとは思うけどさ……。


「えっと、その、レナータちゃん? うちはお客様にネコ型の魔物と触れ合ってもらう喫茶店なんだけど、まさかマンティコアのティコくんも触れ合いに参加させるつもりじゃ……」

「? ティコもネコ型の魔物ですよ」

「確かにネコ型だけどさ!? ね、ほら、ティコくんすっごいガタイいいし、力も強そうだから仕入れでも手伝ってもらえれば……」

「すっごい可愛いですよね! マンティコア! 私、前からモンカフェでマンティコアの可愛さを伝えたいなって思ってたんです!」

「だめだこの子ガチだ!? マジで愛玩用としてマンティコア連れて来やがった!? ネコ型なら何でも可愛く見えるレベルで猫好きだよ!?」


 やばい、冗談を言ってる顔じゃない。

 レナータちゃんは俺を完全に愛玩用の魔物として店内に解き放つつもりらしい。

 店長さんがさり気なく俺に裏方仕事をさせようとするが、レナータちゃんコレに気づくことなく完全にスルー。

 前々から思っていたのだが、レナータちゃんは中々に凄い感性の持ち主のようだ……。


「ひーん……、セラっちから優秀な生徒ですよって聞いてたけどさあ。化け物級の魔物使いがくるなんてアタシきいてないよぉ。セラっちの頼みだから断れないしぃ……」

「ガフガフゥ」

「うひぃっ!?  な、何、背中を叩かれっ……!? な、慰めてくれてるのこれ!?」


 御愁傷様です、店長さん。

 ポフンポフンと肉球で哀愁漂う背中を叩いであげると、それはもうびっくりされた。

 なるほど、この店長さんセラ先生の親友らしい、友達の頼みだから泣く泣く断ることもできないと。


「あの、店長さん。ティコはとっても賢くて、私が教えたら他の人の言う事も聞いてくれるいい子なんです。絶対、お客様に迷惑をかける事はさせませんから……」

「ううっ! しかもレナータちゃんの小動物的な瞳が辛い! アタシの心に訴えかけてくるっ!」


 うん、まあマンティコアって言っても中身は俺だからね、迷惑をかけるつもりは微塵もありませんとも。

 インテリジェンスも通常のマンティコアを大きく凌駕しているし、間違ってはいないけどさ。


「うむむむ……! いいでしょう! レナータちゃんの魔物使いとしての技量を見込んで、ティコくんもウチの愛玩魔物として雇います!」

「ありがとうございます!」

「ただし! モンカフェは喫茶店の営業だけでなく、魔物のお世話もこなす重労働です! 体験とはいえきっちりその辺仕込むから、ついてくるよーに!」

「はいっ!」


 レナータちゃんの真摯な訴えを受けて、職場体験の許可をもらうことができた。


「レナータさん、よろしくね!」

「ねぇねぇ、ティコくんに触っていーい?」

「て言うか私、マンティコアとか間近で見るの初めてなんですけど!」

「すごーい! ぜんぜん唸ったりしないねー!」


 店長さんがそういうと、店員の皆さんが堰を切ったように俺たちへと殺到してきた。

 うおお、や、やっぱりみんなマンティコアと新入社員には興味津々になるものなのか。


 こうして、レナータちゃんと俺は「モンカフェ・ニャンちゃん家」で職場体験に望むこととなった。

 レナータちゃんは喫茶店の店員として働くのだろう。

 では、一方の俺はというと……。


「じゃあティコくんは、ウチで働いてるネコちゃんたちと仲良くできるかなー?」

「ガ、ガフゥ」(はじめまして、ティコです。よろしくお願いします)

「「「「フシャァァァァッ!!?」」」

「やっぱりサイズが違いすぎて怖がられるよね、あはは……」


 店員さんに一緒に働く同僚(ネコ型の魔物達)を紹介されたけど、めっちゃ警戒されてしまっている件。

 とりあえず挨拶したけど、一言いわせていただきたい。

 喫茶店でマンティコアとして働くって、何したらいいんだよ!?

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