21話:一難去って、絶望に咽び泣くマンティコア

「はむっ、もぐもぐもぐ……♩」


 あの無駄に大変だったミッションを無事に終え、今はお昼休み。

 レナータちゃんは昼食のサンドイッチをご機嫌な様子で頬張っていた。


「美味しそうに食べてるなー。ひょっとして、ティコの調子が良くなったのかー?」

「はむっ? むぐむぐ……」


 昨日とは打って変わって元気そうな彼女をみて、隣に座るエリーちゃんが話しかけてきた。

 食べながら喋るのは行儀が悪いので、ちゃんと咀嚼し飲み込んでからレナータちゃんは返事する。


「ごくん。そうなの! 今朝やっと便秘が治ったみたい。ティコもすっかり本調子だから、ついついうれしくって」


 ティコがやっと便秘から回復したことを、レナータちゃんはとても嬉しそうに話していた。

 うん、本当に良かった良かった、昨日の晩、俺が苦労して……マンティコアの檻に行った甲斐が……。


「ガァーすぴー……。もぐ、もぐぴぃぃぃーーーー」

「ティコ肉くわえたまま白目剥いてるぞー!? 本当に大丈夫なのかこれー!?」


 ぐぅっ……はっ!?

 い、いかんいかん、あまりの疲労につい意識が落ちかかってしまった。

 ご飯食ってる時くらい目を開けていたいけど、本物のマンティコアと4連戦してきた疲労はそうそう抜けるわけふわぁぁぁ。


「もぐ、もぐ、ぐぅぐぅ……」

「もうっ、ティコったらねぼすけさんなんだから」

「え、これ眠たいだけなのかー!?」


 エリーちゃんが何か騒いでるが、俺は眠いので気にしないで欲しいところである。


「レナータ、前いいか?」

「あ、タクマ君。いーよ」


 がちゃりと食器を置く音と、聞き覚えのある声が同時に聞こえた。

 どうやらタクマがレナータちゃんの前の席に座ったようだ。


 普段タクマは男友達と昼ご飯を食べているのだが、レナータちゃんに用でもあるのだろうか?

 しかしこのだだっ広い食堂で良く見つけられたな……あ、ジンクスの巨体が目印になるのか。


「聞こえたぜレナータ、ティコの調子すっかり戻ったんだってな」

「うん」

「そっかそっか、これでティコも完全復活か……」


 ふっふっふ、と不敵に笑うタクマ。

 ……コイツとは付き合いがほとんど無いものの、それでもこの後何を言い出す気なのか何となくわかるぞ。


「なあレナータ。やっぱりビーストマスターズに参加しようぜぶっ!!?」

「たぁーくぅーまぁー! オマエは本当にそればっかだなぁー!」


 ほらやっぱり、このバトルマニアめ。

 早速、エリーちゃんがパンチで飛ばした風圧(!?)で折檻された。


「ぶはっ、何するんだよエリー!」

「何もあるかー! 毎日毎日レナータをビーストマスターズに誘うのもいい加減にしろー!」

「あ、あははは……」


 そう、レナータちゃんがビーストマスターズに出場しないことを決めたあの日以降、タクマは毎日こうして参加を勧めてくるのである。


「何でだよ!? ティコの調子が良くなったなら、ビーストマスターズでも十分戦えるだろ!」

「き、きゅぅ……」

「ティコが調子よくても、レナータが嫌なら良くないだろー!」

「チュウチュウ」(野太い焦った声)

「ふ、二人ともやめてよ!」


 で、その度にレナータちゃんの前で二人の喧嘩が繰り広げられるのであった。

 レナータちゃんと戦いたいらしいタクマと、彼女の気持ちを尊重するエリーちゃん、こうなると二人の喧嘩はどんどんヒートアップしてしまう。

 おまけに二人の相棒も不安がってるし、ふぁぁ、しょうがないにゃあ……。


「ガウッ」

「あうっ!?」「あでっ!?」


 びゅびゅん、と俺は尻尾を振るって二人の頭をペシンと叩いた。

 二人とも喧嘩をするのは勝手だけど、ここは食堂だし、レナータちゃんも困ってますので静かにしましょう。


「ティコ!? ダメだよ尻尾で人を叩いたら!」

「あたたた。いや、大丈夫なのだ……」

「いてて。ごめん、俺もちょっと熱くなりすぎてた……」


 ふはは鋼鉄製の尻尾カバーは痛かろう。

 レナータちゃんに叱られちゃったが、俺が二人のケンカを止めるにはこれくらいしないとダメだろう。

 「ケンカはやめなさい!」っていきなり喋ったら効果はありそうだけど、その場合「キェェェアァァァシャァベッタァァァァ!?」という悲鳴とともに俺の人生が終わってしまうし。


「きゅうっ」

「チュウー」(ウチの相方がすみませんという風な重低音)


 二人の相棒も俺がケンカを止めてくれたことに感謝しているようだ、言葉は分からんがなんとなくニュアンスで感じ取れる。

 服従の首輪をつけてたらご主人様を止めることはできないし、こればかりは俺がやるしかない。


「でも、実際もったいないと思うんだよ、折角マンティコアを相棒にしてるのに戦わないなんてさ。それに、マンティコアが戦う以外に何ができるのか想像もできないし」

「……」


 残念そうに頬杖を付くタクマを見て、レナータちゃんも思うところがあるのか沈黙している。

 

 ――以前、俺とレナータちゃんはこのタクマとまるもちとのコンビに敗北している。

 あの敗北は間違いなく俺が弱かったせいなのだが、その弱さがレナータちゃんの中にある余計なものまで自覚させてしまった。


「タクマくん、この際だからはっきり言っておくけど。私はもう決めたの、ティコを危ない目には遭わせたくない」

「ガフーぅ……」(レナータちゃん……)


 敗北した日の、レナータちゃんが泣いて俺に抱き付く姿を思い出す。

 彼女は自分の相棒が傷つく姿に耐えられない。

 魔物が死んでしまうことを極端に恐れるようになってしまったのだ。


 結果、彼女はビーストマスターズへの出場を止めるつもりでいる。

 俺としては、まあ、下手に戦って正体がばれる危険が減るのは良い事なんだけどなぁ……。

 なんというか、俺もこの件に関してはもやもやっとしているのである、上手く言葉にできないが。


「危ない目に遭わせたくないって。でも、将来はどーするんだよ。そりゃ学生のうちは戦わなくてもいいかもしれないけど、卒業したらマンティコア使いなんて衛兵か、軍か、冒険者か、はたまたレスキュー隊ぐらいしか就職先が思い浮かばないし……」


 タクマの言葉に俺は一瞬ビクリとする。

 しゅ、就職か、この件はそんな先の事にまで関わる問題だったのか……。

 

 ちなみに魔物使いの国は、主に農業が盛んな国だ。

 農業の中でも畜産業に秀でていて、新鮮な畜産物は世界中の国で流通しているほどなじみ深いものである。

 そして、実は軍事力も高い国でもある。

 人間よりも身体能力が高い魔物を飼いならすだけあって、決して農業だけが取柄では無いのである。

 先ほどタクマが上げた職業も、魔物使いの国出身の有名人が多いのが事実。


 軍事と畜産。

 そんな事情を踏まえると、マンティコアは明らかに畜産向けではないんだよなぁ。

 図体はデカい、食費もバカにならない、生態も明らかになってないことが多い、愛玩魔物として飼うにはいろいろ規格外すぎる。

 なにより、マンティコアの戦闘力を活かさないのは、誰でももったいないと感じるのだろう。

 まあ中身が俺だから戦闘力すらないんだけどね!


「ふっふーん。将来ソレについては私、最近考えてるの!」

「「考えてる?」」


 タクマにずっと戦わないでいる気なのかと暗に言われると、レナータちゃんは得意げな表情で言い返す。

 余りにも得意げだから、タクマもエリーちゃんも不思議そうだった。


 ……なんだろう?

 すっっっっごい嫌な予感がしてくるんですが。


「うん、マンティコアでも働ける、危なくない仕事を探そうと思うんだ! ティコも調子がいいみたいだし、今日の放課後からでも!」


 えっ?

 ……えっ、え?

 ええええええええ?

 そ、それはつまるところ、その、しゅ就職活動、なの、では……!?


「ホヒヤァァァァァァァァーーーーン!!!?」

「て、ティコ!? どうしたのいきなり叫んで!?」


 既にマンティコアをやっているというのに、更に職を探す。

 突然降ってわいてきたその絶望に、魔法ニートの俺は絶叫し、打ちひしがれるしかないのであった。

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