18話:mission unkossible中編・上

 前回のあらすじ!

 マンティコアを完璧に再現できる自信があった着ぐるみマンティコアくんに、クソッたれな欠陥を見つけてしまった!

 中の人に考慮して、着ぐるみを脱がなくても排泄できるように魔法陣でなんとかしてたけど、肝心のマンティコアが排泄してるように見せる機能を搭載してなかったのだ!

 こんな初歩的なミスを3日間も放置してたせいで、俺はレナータちゃんに病気を疑われるほどの便秘に見舞われていると勘違いされてるぞ!


 このままじゃあ、魔物病院に連れてかれて偽装がばれるかもしれない!

 このクソみたいな最大のピンチに、俺は今晩中になんとかティコが脱糞をしてるように偽装する、ミッション・ウンコッシブルへと挑むのであった……!


「すぅー……、くぅ……」

(よし、レナータちゃんは寝てるな)


 みんなが眠りにつく静かな夜。

 俺は隣でぐっすり眠るレナータちゃんの姿を確認する。

 ティコの調子が悪いと思っているせいか、いつもより強くしがみつかれてる気がする。

 ごめんよ、俺の大ポカのせいで余計な心配をかけてしまった。


 とりあえず彼女を起こさないようにベッドまで運ぶとしよう。


(ラフ、ラム、夢の守り人よヒプノス彼女へユーザ深き眠りへ誘えディプルン

「ううん……くぅ……」


 睡眠魔法を頭の中で詠唱して、レナータちゃんをさらに深い眠りに落とす。

 夜が明けるまでは、揺さぶったり傍で大声を出したとしても目覚めることはないだろう。

 睡眠魔法の専門家じゃないから、あまり長い時間眠らせておくことは出来ないけど、今晩中にすべてケリを付けるつもりだから問題ない。


(眠らせるのはいいけど、一晩中レナータちゃんを一人にするのは少し心配だな……)


 レナータちゃんをベッドに寝かせるものの、果たしてこのまま部屋を出てしまっていいものか逡巡する。

 無いとは思うけど、侵入者が入ってきた時用のトラップ魔法陣でも書置きしておこうかな。


 ――――今夜、俺はマンティコアのクソを再現するために「ある場所」へ赴くつもりだ。

 本当なら、この部屋にこもって着ぐるみを改造したほうが遥かに安全なのだが、どうにもそれでは解決できそうになかったのである。


 当初の予定では、自分で出したブツをそのまま排泄に利用できないかと考えていたのだ。

 しかし、生前のティコが脱糞する様子を時間魔法で観察した結果、それが甘い考えだとすぐに気づかされた。


(マンティコアのウ○コが予想以上にデカかった……)


 そう、マンティコアのウ○コは、クソでかいのである。

 人間のブツを代わりに出そうものなら一発でバレるだろう、そのブツはウ○コと呼ぶにはあまりにも大きく、そして臭かった。

 食性の違いもあってか、形は多少似通っているものの、色が明らかに黒々としてるというかなんというか……。


 というふうに、 流石の俺も自分のクソをマンティコアのクソっぽく加工する魔法を作り出すには、時間が足りなかった、というかそんな魔法作った事ないよ!


 ならば打つ手はないのか、と言われれば、答えはノーだ。

 マンティコアのクソを再現できないというならば、やるべきことはただ一つ。


(再現ができなくても、実物を用意すればいい)


 ガチャリ、と扉を開けレナータちゃんの部屋から抜け出す。


 そう、ここは魔物使いの国なのだ。

 この国なら、ティコ以外にも飼育されているマンティコアが存在するに違いない。


 ほかのマンティコアの住処へ侵入し、そこにあるウ○コを持ち帰ってくればミッションコンプリートというわけだ。


(期限は夜があけるまで、誰にも知られずにウ○コを持ち出す!)


 当然、このミッションには危険が伴う。

 ご主人様が同伴していない、野放しの魔物が外をうろついているのを発見されれば、大変な騒ぎになってしまうだろう。

 だがやるしかないのだ、全ては平穏な偽装生活のために!



「ガフ、グルゥ……」

(よし、見つからずに出られたな……)


 運が良かったのか、学生寮を出るまでは誰にも見つからずに動くことができた。

 ここから、この国の何処かにあるはずのマンティコアが飼育されている場所を探さなければならない。


 もちろん、悠々と歩いて探す時間はない。

 というかマンティコアの姿で街を歩いたら、いくら寝静まっていても騒ぎが起きてしまう。


(これを使うのは初めてだけど……、うまく行くはず)


 マンティコア姿はたしかに目立つ。

 しかしそれを補って余りあるアドバンテージが、この背中に生える一対の翼だ。


 バサリ、と腕を伸ばすような感覚で翼を広げる。

 普段は畳んであまり動かさなかったそれは、優に5メートルは超えているだろう真紅の翼だ。


 マンティコアはただの魔獣じゃない、翼を生やし天すら制す最強の魔獣。

 ならば当然、この着ぐるみマンティコア君はその飛行能力すら再現できるのだ!


(空から探せば人には気づかれないだろうし、目的の場所も、きっと見つけられる)


 翼を上下に動かす。

 ブゥン、ブゥンと烈風が発生し周囲へ叩きつけられる。

 マンティコアの巨体を、空へと舞い上げるこの翼は、ひょっとすると全身のどの部位よりも強靭なのかもしれない。


 4回、5回と翼を振るう力を上げていけば、足元がふわつき、足が地面から離れていく。


(よし……よし、よし! いける! 飛べてるぞ俺!)


 みるみるうちに俺の体は空へと舞い上がり、学生寮の屋根すら飛び越していく。

 中身が人間だからか、空へと飛び立つのにそれほどの苦労はなかった。


 高度をどんどん上げていって、街全体を見下ろせる高さまで到達する。


(これであとは、マンティコアが飼われてるっぽい建物を片っ端から調べるぞ!)


 闇夜の空は暗く、月明かりだけでは俺の姿は捉えられないだろう。

 一方で、眼下に広がる街並みにはまだ明かりがたくさんついていた。


 その中でも巨大な魔物が飼われていそうな、大きな建物に目星をつけて俺は空を滑空するのである。



「グルルル、ガフゥ」(結構大きい建物だ、ここならマンティコアがいるかな)


 そんなわけで、俺は一つの大きな建物の屋根に着地した。

 空から見た魔物使いの国には、やはりというか、各所に巨大な建造物が建てられていた。

 その中でもひときわ目立つ建物に目をつけてみたが、果たしてここにマンティコアがいるのか……。


(中をのぞいてみるか、ラフ、ラム、この目は遠くを捉えアイズハイレングス空間神の加護によりスぺスシア遮るものは姿を眩ますスケスル!)


 すぐさま頭の中で詠唱を開始する。

 自分の視力を強化し、空間魔法で邪魔な壁を透かして、外から内部を覗き見る透視魔法だ。


 元々は危険なトラップを見抜くために作ってみた魔法だが、まさかこんな時に役立つとは思わなかった。


 あ、も、もちろん悪用したことはないよ? というかこの魔法を使ったマジックアイテムを作らなかったのも、悪用される可能性の方が高そうだったからというのがあるわけで……。


(……! いた、マンティコアっぽい影が複数!)



 心のうちで言い訳しながら探していると、早速見つけた。

 身体強化も空間魔法も極めていない俺の透視魔法は、遠くを覗こうとすると視界がぼやけてしまう。

 しかしそのボヤけた視界の中でも、はっきりとわかる赤い魔獣のシェルエットは、とても見つけやすかった。


(いきなり当たりだ、ここが魔物の宿舎に違いない!)


 早速俺は侵入できそうな大窓を見つけて、そこからこっそりと忍び込む。



 ……この時俺は、一つの失敗を犯していた。

 人目につかないように、建物の屋根に着地したことがそもそもの原因であった。

 素直に人がいないことを確認して、建物の正面に着地すべきだったのだ。


 そうすれば事前に気づけただろう。

 この建物正面に飾ってある「歴史博物館」とデカデカと書かれた看板に。




(むぎぎぎ……どうしてこうなった!)


 まんまと魔物宿舎に忍び込んだと思っていた俺は、今まさに、透視魔法によって確認したマンティコアの目の前に立っている。

 いや、立っているというのは少し違う、正確にはピクリとも動けない状態だった。


 目の前にあるのは、なんと4匹のマンティコア。

 鬣がないメスが3匹で、オスが1匹。

 マンティコアの群れがガラス越しに閉じ込められている部屋に、俺は混ざっていた。


 なぜ俺が動けないのかというと、マンティコアの迫力に気圧されたから……なんてことはなく。


「おっかしいの~~? このマンティコアの「剥製」、なんか数が増えとるような気がするんじゃがの~?」

(ここ、博物館かよぉぉぉ!?)


 ガラス越しにこちらを凝視する、警備員のじいちゃんに正体がバレないよう必死だからだ。


 うん、完全に失敗したね。

 何か途中でおかしいなとは思ったんだよ、魔物宿舎にしては静かだし、価値がありそうな展示物ばかりが置いてあったし。

 マンティコアだけでも確認しないと、って焦って展示物のケージ内に転移したら、肝心のマンティコアはぜーんぶ剥製で、直後に警備員のじいちゃんは来るしで最悪の状況である。


 現状俺は、剥製の雄に向かっていく別の雄を演じているが、いつまで保つか……!


「展示物の状態も覚えとらんとは、わしも耄碌したかの~? あと、この剥製だけ妙に生々しい気がするんじゃが」

(ぎくっ)


 頼む頼む頼む! 気づかないでくれえ!?

 くそっ、こうしてる間にどんどん夜明けは近づくし、このじいちゃんもさっさと離れてくれれば脱出できるのにー!


(ええいこうなれば、ラフ、ラム、音楽神よミューズ彼ものにユーザ望む祝福を与え給えプレゼシアル!)


 何もしないより、こっちから動いた方が早く済むだろう。

 頭の中で詠唱を開始し、じいちゃんの気をそらす魔法を使ってしまおう!


 音魔法の基本、相手が最も聞きたがっている音を鳴らす魔法だ。

 これを相手の後ろで鳴らしてしまえば視線を外すことができる。

 あとは気をそらしている間に、最悪じいちゃんに飛びかかって気絶させれば……!


『おーい! 向こうでゲリラストリップショーが始まったぞぉー!』

「なんじゃとおおおおおおお!!?」


 発動した音魔法はとても流暢な言葉を発し、それを聞いたじいちゃんは猛ハッスルしてそちらへ駆けていった。


 ……えっ?

 じいちゃん、そんな言葉をどうして今一番聞きたかったの……?


 一応、俺の名誉のために言っておくけど、あの音魔法で発生する音は完全に相手に依存している。

 聞きたい音だからこそ、絶対に気を引くことができる使い勝手が良い魔法……なんだけど、気を引くどころかどっか行っちゃったんだけど……。


 一体何なんだゲリラストリップショーとは。

 ゲリラストリップショー、それはきっと老人の心を燃やす不思議なワードなのかもしれない。



 とまあそんな感じで失敗をカバーしつつ、俺は転移の魔法でゲージの外に出て、窓から無事博物館を脱出することができた。


 そして今度こそ目当ての魔物宿舎へと降り立つべく、俺は再び夜空へ舞い上がり、別の大きな建物へ降り立っていくのであった。

 ――この後、俺はすぐに思い知ることになる。

 ここは魔物使いの国、何もかもが魔物のサイズに合わせてつくられた建造物が乱立し、マンティコアがいる場所なんてそうそう見つからないことを……!

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