17話:mission unkossible前編
「ティコー、おはよー。ほら、起きて、ごはんだよー」
「ガフゥ……」
マンティコアの朝は今日も早い。
レナータちゃんにゆっさゆっさと体を揺さぶられて目を開けた俺は、大きくあくびをする。
ふわぁ……眠い。
もうひと眠りしたくなるほど、気怠い。
確実に昨日の決闘のせいだなこれは、久々に魔力を全力で回したから思った以上に疲れてしまった。
「くすっ、また欠伸してる。はい、そんなお寝坊さんに美味しいお肉だよ」
そして安定の朝から肉である。
べちっと丼に置かれたお肉に、ちょっとげんなりする。
たまには他のものを食べてみたいと、それとなく伝えてみようかなぁ。
……牛系の肉から羊系の肉に変わるぐらいしか変化がなさそうな気がするけど。
というか、そもそもマンティコアって肉しか食べない魔物なのだろうか?
もし機会があれば調べてみよう。
「ガフガフ……」
そんな他愛のない事を考えながら、加熱調理牙で焼き肉を堪能する。
肉としては高級肉なんだろうけどなー、美味しいけど味が変わらないし、そろそろ飽きが来つつあるし、いずれ何とかしないといけないなー。
「ごちそうさまでした」
「ガウガウ」
レナータちゃんが朝ご飯を食べ終わるのと同じぐらいのタイミングで肉を完食する。
ふぅ、お腹いっぱい、朝食が高級焼肉とか以前の俺からしたら想像できないだろうなぁ。
ほぼ毎日食わされることも含めてだけど……。
さて、ご飯を食べたら俺は特に何もすることはない。
レナータちゃんが制服に着替えて、部屋を出るまでじっと待っておこう。
「ん……しょっ」
(おっととと、そっぽ向いておこう)
今の立場を利用して、レナータちゃんの着替えタイムを直視するのは人としてダメだろう。
ギュンター卿も不埒な事したら減給と言ってし、約束はきちんと守らないとな。
だからそう、決して、俺は一回りくらい年下の少女の生着替えの音に興奮しないのである、決して!
(……トイレでも済ませようかな、うん)
待っている間に便意を催したので、そそくさと部屋の隅にある砂場へ移動する。
マンティコアはネコ系の魔物だからだろう、トイレ用と思われる砂場がこの部屋には設置してあるのだ。
さて、皆様もこのマンティコア偽装生活を送る俺に対して、一つの疑問を覚えているだろう。
一日中着ぐるみを着て生活するって、どうやってトイレしてるの?
素朴だが重大なこの問題に対して、俺はどう対処しているかを今日はお教えしよう。
用を足すにあたって着ぐるみを脱ぐということは、そのまま俺の社会的死につながる。
しかし、人間ならば必ず起きてしまう生理現象はどうしようもない。
ならば答えは簡単、着ぐるみを着たままでも用を足せるようにしてしまえばいい。
(結界転移の魔法陣、起動!)
砂場にお座りの態勢で座った俺は、転移魔法と結界魔法を組み合わせた魔法陣を起動する。
着ぐるみの内部で発生し、股を覆うように張られたこの結界は、内側に触れたものを転移するのだ。
あとは結界に向けて出すものを出してしまえばミッションコンプリート、結界に触れたブツは下水と肥溜めに転移するようになっている。
(くっひっひっひ、我ながら素晴らしい魔法を編み出してしまった)
結界魔法と転移魔法、方や防御のために使用され、方や移動のために使用される魔法だ。
基本的には別々に使う魔法だし、そもそも結界と転移の魔法を両方使える奴の方が少ない。
しかし俺はそれらを組み合わせることで、着ぐるみを脱がず、そして汚すことなく排泄できる魔法を生み出すことに成功したのである!
うーんこれは素晴らしい、家に帰ったらこの魔法を使ったマジックアイテムでもつくろうかな。
「決して汚れないオムツ」なんて如何にも需要がありそうだし。
「……ガフ?」
そんなことを企んでいると、視線を感じた。
後ろにはお着替え中のレナータちゃんがいるから、振り向けないんだけど……。
(後ろから視線ってことは……、え、レナータちゃんがこっち見てるの?)
まさか、今の動作で何か不自然なものがあったのだろうか?
い、いやいや、マンティコアが砂場にお座りしてるだけ、何も不自然なことはないはず……。
「じーっ……」
(バッチリ見られてるー!? あれ!? なんで!?)
どうしても気になってしまったのでちらりと横目で確認する。
そこには、擬音が聞こえてきそうなほど俺を凝視するレナータちゃんの姿が!
…………しかも、下着姿のままこっちを見ていらっしゃる、早く着替えてください。
あれは確実になにかを探る目だ、も、もしかして本当に偽装がばれかかっているのか!?
緊張が走り、思わず身を強張らせてしまうが……。
(うっ……! き、緊張してきたら、お、お腹が……!)
まずい、もともと用を足すつもりだったから、今にも俺の後ろの門は決壊しそうになっている。
ま、まあ魔法陣は起動してあるからしても問題はない……
「じじーっ……」
(おおおお願いだからこっち見ないで、見ないでー!?)
問題ないわけないだろ!?
美少女が見てる前で脱糞なんぞできるかー!?
あっ、ちょ、やば、レナータちゃ、みなっ……あっあっあっ。
10分後
「それじゃあ行こっか!」
「………………ガフぅ」
身支度を終え、自室を後にする俺とレナータちゃん。
うっ、うっ……最悪だぁ、全部見られちゃったよぉぉ…………。
なんか、人としてとても大事なものを失った気がする……ううっ、もうお婿に行けない……。
結局、ことが済むまで全部バッチリ見られてしまった。
本当になんだったんだろうかあれは。
ことが済んだ後は特に何かあったわけでもないし、俺の正体に気付いた訳ではないみたいだけど。
「はぁ……」
なんだか、レナータちゃんが溜息をつきだしたのが気になるんだよなー。
気にはなる、とは言ったものの俺にはため息の原因を確認するすべはないわけで……。
結局、レナータちゃんの謎の行動の理由を知ったのは、その日のお昼となるのであった。
「はぁ……」
「どーしたのだ、ため息なんてついてー」
そしてお昼休みまで時は進む。
体育館かと思うくらいだだっ広い大食堂にて、魔物とそのご主人様たちが食事を取る中、レナータちゃんは目の前の昼食に手をつけずにため息を連発している。
その様子を見かねて、となりに座るエリーちゃんが心配そうに話しかけてくれた。
「ああ、エリー。うん、ちょっとね」
「お昼ご飯全然食べないほど悩んでるのはちょっととは言えないのだ! もしかして、風邪ひいてるのか? それとも昨日のことを気にして……」
「そ、そんなんじゃないよ! 私は元気だから、うん。全然大丈夫だから」
どう聞いても全然大丈夫じゃない返事である。
俺もレナータちゃんが心配で、あまりご飯が進まない。
ぜひともエリーちゃんには頑張ってもらって、レナータちゃんの不調の原因を聞き出してほしい。
「ガフガフ……」
「ほら! ティコもレナータのことを心配してるのだ! 何にそんな悩んでるのだ、昨日ビーストマスターズに出場しないって言ったこと、後悔してるのだ?」
俺もその線じゃないかと考えていた。
決闘の後にセラ先生へ話した、ビーストマスターズへの出場拒否のことを引きずっているのではないかと。
セラ先生曰く、レナータちゃんはお母さんが優勝したその大会で自分も優勝することを夢見ていた、とのことだ。
夢を諦めてしまうのは、本当に辛い。
「ビーストマスターズは、その……ちょっと今は関係ない、かな」
「え? 違うのかー?」
「うん、今心配してるのはティコのことなんだけどね」
「ガフゥ?」
……え? 俺のこと?
予想外の答えに、俺は間が抜けた声を出してしまった。
「ティコのこと? ひょっとして昨日の決闘で負った傷が深かったのかー? ……タクマの奴めー!」
「違う違う、違うからタクマ君の上にジンクスをジャンプさせようとするのはやめてエリー!?」
タクマの事となると途端に厳しくなるエリーちゃんを、レナータちゃんは必死に押しとどめる。
もちろん俺はそんな傷を負ってはいない、いたって健康無傷である。
「ガウ、ガウガウ!」
「あれ、でもティコは全然元気そうだぞー?」
勘違いでタクマの命を危険に晒すわけにはいかない、俺も声を上げて、両手はふつうに使えることをアピールする。
「タクマ君は関係ないからっ! そ、そのここでは言いづらい事なんだけど……ティコはその、ちょっと病気みたいで」
「「????」」
びょ、病気?
言ってる意味がよくわからない、というふうに俺とエリーちゃんは顔を見合わした。
着ぐるみマンティコアくんは、生前の健康なティコを再現するマジックアイテムである。
着ぐるみであるからにして、たとえ中の人間が大病を患っていようとも、その健康状態が着ぐるみに反映されることはない。
つまり、レナータちゃんやエリーちゃんから見て、俺は常に「健康的なマンティコア」に見えるのである。
「前にかかった病気は治ってると思うんだけど、今度は……」
しかしレナータちゃんの表情は暗い。
い、一体何をもってして、俺は病気だと判断されているんだ?
この着ぐるみマンティコアは完璧なマジックアイテムのはずだ。
マンティコアのパワー、スピード、外見、果ては飛行能力まで再現し、その上で中の人間が食事も洗浄も排泄もあらゆる不自由をしないように作られた、超一級品だというのに――――
「ティコ、寮に帰ってきてから一度もう○ちしてないの……」
その時たしかに、俺は聞いた。
完璧なマジックアイテムという称号がガラガラと崩れる音を。
自分の大ポカに気付いて、時が止まる。
(し、ししししまったぁぁーーーっ!!?)
謎が、全て解けた。
なぜ朝、彼女は砂場へ座る俺を凝視していたのか。
あれは、今日こそティコが排泄してるかどうかを確認していたのだ。
俺は、きぐるみマンティコア君の設計を根本的に間違えてしまったことに、今更気付く。
なんで最初に気づかなかったんだ、生きてる魔物なら、食べたら出すだろう!?
魔法陣をつかって出す前に廃棄しちゃったら、側から見たら便秘と思われるに決まってるじゃないか!!?
「そっ、それはたいへんなのだー!?」
エリーちゃんもことの重大さを知り、驚愕する。
そりゃあそうだろう、ティコが魔物使いの国に帰ってきてから早3日は経つ。
その間一度も排泄してない……ように見えたら、だれだってびっくりする。
「今日も砂場で座って出そうとしてたみたいだけど、結局でなかったみたいなの……私、もうずっと心配で……」
「むむむ、それはもう病院に相談するしかないなー……」
(そ、そういうことだったかぁーっ!!)
まずい、とてつもなくまずい。
この大ポカを、俺は三日間も放置してしまっていたのだ。
事態は深刻化の一途を辿っている、このままでは、レナータちゃんが心配するどころではない。
もし病院にでもかかって、手術とかいってお腹でも裂かれてしまったら全てが終わりだ。
一刻も早く、そう、今晩中に全てを解決する必要がある!
(か、改造だ……! 明日までに、元気なクソを捻り出すように、改造をかけるぞ……!!!)
こうして、俺はたった一人、この困難なミッションに立ち向かうこととなる。
そう、題して……
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