16話:戦い終わって落ち込んで
「ティコ、きょうはお疲れ様。よく頑張ったね」
「ガウ……」
ガチャリ、とレナータちゃんのお部屋へと帰宅する。
頭を撫でられながら、俺は気落ちした声で返事をする。
タクマとの決闘も終わり、今日の授業も全て終わった。
マンティコア偽装生活の1日目が、無事バレずに終わったというのに、俺の気分は暗く沈んでいる。
その理由はいうまでもない。
(マンティコアなら……、ティコなら勝てたんだろうなぁ)
ボフッ、と寝床であるソファに寝そべり、ぐるぐると包帯を巻かれた両手を見てため息をつく。
まるもちにやられた傷だが、痛みはない。
この着ぐるみは痛覚もリンクさせているが、任意で切ることもできるのだ。
あとは自然治癒するように見せかけて、徐々に着ぐるみを直していけば問題はなくなる。
俺の気分が落ち込んでいるのは、傷の問題ではない。
あの決闘の後、色々な人に色々ことを言われた。
まずはタクマ、レナータちゃんが敗北宣言をしてから、真っ先に話しかけてきた。
「ごほっ。か、勝ったぜ。でもティコは本当に調子悪かったんだな、その……ごめん。次は、ティコが全快したら戦おうぜ! 「ビーストマスターズ」も近いし、何度も戦って経験積んだ方が良いと思うんだ!」
「きゅぅー」
さっきまで植物魔法で締め上げられたとは思えないくらいぴんぴんしていた、頑丈すぎるんじゃなかろうか。
勝利を喜んでいたもののティコが不調だったことを気にしているみたいだ、それに、レナータちゃんが決闘中に様子がおかしくなったことも。
再戦の約束はきっと元気づけてるつもりなんだろうけど、正直それはどうかと思う。
俺もうまるもちと戦いたくないし、まるもちも今更きゅうきゅう言ったって騙されんぞ。
続いて来たのはエリーちゃんだった。
「こーーらーー!!! タクマ!!! 何してるかと思ったらまたレナータにバトル迫ってるなー!!!」
「げっ、エリー。いやその、もうバトルした後だしぶぎゃん!?」
「「ビーストマスターズ」が近いからって、強い奴に片っ端から挑む奴があるかー!!! まったく、ティコは病み上がりでバトルするなんてもってのほかなのだ!!」
「エリー、えーっと、その、もうバトルおわっちゃったから、タクマくんをジンクスで踏みつけるのは止めてあげてね?」
「なにー!? もう終わったー!?」
「チュー……」(呆れるような野太い声)
決闘の様子を見に集まっていた生徒たちをみて、慌てて飛び込んできたらしい。
実はジンクスの巨体のせいでただ一人と一匹魔法陣に乗れず、教室から徒歩であの場に来ていた彼女には上手く事情が伝わっていなかったらしい。
決闘が既に終わってしまった事も知らずに、タクマに制裁を加えていた。
ちなみに苦しそうにはしていたもののジンクスに踏まれたタクマは大丈夫そうだった、普通に動いてたし骨折すらしてないのだろう、何なのコイツ。
あとは憶えてる中で印象的だったのは、先生……確かセラ先生だ。
えらく興奮した様子でレナータちゃんに駆け寄っていた。
「レナータさん、見事なバトルでしたねっ! 療養していてもバトルの腕はなまっていませんし、マンティコアの尻尾さばきも悪くはありません。負けてしまいましたけど、今から調整すれば「ビーストマスターズ」でもいい成績が残せますよ!」
この先生はなんだろう?
レナータちゃんを励ましてるというか、いやなんかあれは、先生が生徒に対して向ける感情じゃないような気がする……気がするだけだけど。
言葉自体に悪意は見られないし多分良い先生なんだろうけど……。
まあ俺と同い年ぐらいだし生徒との距離が近い分、友達感覚が抜けきってないとかだろうきっと。
まあ兎に角、こんな感じで色々言われていたわけである。
――――で、俺が何に対して落ち込んでるかというとだ。
(「ビーストマスターズ」、かぁ)
みんなが口々に言う、ビーストマスターズ。
初めて聞く単語だが、どうやら魔物使い同士で実力を競う大会のようだ。
詳しい話を聞くことができないが、俺の生まれた魔法使いの国でも似たような大会があったから内容は察することができる。
この世界には一年に一度、世界中の人間の国の代表者を集めて、世界一強い人間を決める大会が開催されてる。
最大の領土を誇る王様の国で行われるその大会で、世界一強い人間がいる国という名誉を手にするため、各国でまずはその国一番の強者を選ぶための大会が開かれるというわけだ。
魔物使いの国ではビーストマスターズが、国で一番強い魔物使いを決める大会なんだろう。
レナータちゃんは優秀な魔物使いだ。
学校の生徒たちを見てみると、かつてのレナータちゃんのように三匹もの魔物を同時に従えていた生徒は見かけなかった。
このビーストマスターズにおいても、優勝候補の一人として注目されていたのは想像に硬くない。
今日、俺が唸り声で追っ払ったあの生徒たちも、嫌がらせのつもりで質問ぜめにしたわけじゃなくて、ライバルの戦力を確認したかっただけのようだ。
(確かにレナータちゃんは強いし、優秀だ。だけど俺はティコじゃない、そんな大会に出たって勝てっこない)
今日の戦いで、否が応でも体験してしまった事実。
俺は、マンティコアじゃない。
彼女と心を合わせて、彼女を守り抜く、最強の魔獣は既に死んでいるのだ。
今彼女の隣にいるのは、最強の魔獣でもなんでもなく、ただの魔法ニートでしかなく……。
「足の具合はどう?まだ痛むかな?」
レナータちゃんが俺の前にしゃがみこむ。
差し出された手には、生にく……俺のオヤツが乗せられていた。
そのまま加熱用調理牙で頂いてしまうと火傷しかねないため、俺は右手の爪でグサリと肉を刺し、口へ運ぶ。
「もう痛くないみたいだね。さすがだね、ティコ」
平然としている俺を見て、レナータちゃんは安堵の笑みを浮かべた。
傷ついたのは着ぐるみだけで中の俺はノーダメージだから当然である。
平気だと言う意思表示も含めて、わざわざ腕を使って食べた甲斐があった。
「今日は、本当にごめんね。ティコ、私――――」
「ガフ!?」
突然、レナータちゃんに正面から抱きしめられる。
びっくりして、危うく肉を喉に詰まらせかけるが……。
「ティコが、ティコが傷つくの見て、耐えられなかった……! 私、ティコが元気になったって思い込んでて、でも本当はそうじゃなくて! それで、すっごく怖くなって……!」
「が、ガフ……」
ぎゅうっ、と震える手で俺を抱きしめながら、嗚咽を漏らすレナータちゃんに、思わず黙り込む。
タクマとの決闘は、レナータちゃんが自ら負けを認める形で決着がついた。
その理由がこれだった。
「ごめんね、ごめんねティコ……! 私、もう戦わないから、ずっっと、ずっと元気でいて……! 元気で、側にいて……!」
レナータちゃんは、戦えなくなってしまった。
相棒だった魔物を二匹失って、ティコも死んでしまうのではないかと恐怖していた彼女は、あの戦いではっきりと自覚してしまったのだ。
もう自分は戦えない、ティコが死んでしまうかもしれないという
決闘の後に、レナータちゃんがセラ先生に言った言葉を思い出す。
「先生、その、私……。ビーストマスターズに出るの、辞めようと思うんです」
「えっ? そ、そんな!? どうしてですか!? 貴女のお母様も優勝したあの大会で、自分も優勝するのが今の夢だって……!」
あの言葉通りなら、レナータちゃんは大会には出ないだろう。
俺にとっては、嬉しい話のはずだった。
だって俺はマンティコアじゃない、魔獣の反射神経なんてない、ただの魔法ニート。
そんな俺が戦ったところで、本物の魔物に敵うはずもない。
寧ろ、戦うことでマンティコアの死体偽装がバレる可能性がまるごと潰れたのだ、喜ぶべきアクシデント、そのはずなのだ。
(それでも、なぁ……)
俺の心は晴れない。
俺を抱きしめて震えるレナータちゃんをみて、ますます心は落ち込んでいく。
確かに俺はマンティコアじゃない、それでも考えてしまうのだ。
俺の弱さのせいで、この少女の夢を諦めさせて良いのだろうか?
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