15話:VS ボーパルバニー!

 それは、昔々のおとぎ話。

 戦士の国の猛者たちの、勇敢で、無謀で、愚かなおとぎ話だ。


 武勇に優れた彼らは、その腕っ節一つで各地を巡り、宝を手にして生計を立てていた。


 ある時、彼らは恐ろしい魔物が住み着くというある洞窟へ宝を求める。


 数にして20もの戦士たちは、確かに強かった。

 強大なドラゴンすら討伐した経験のある彼らは、洞窟の魔物を確実に退けられるという、確固たる自信があった。


 ただ一つ情報が不足しているとすれば、そのおそるべき魔物がなんなのか、誰に聞いてもわからなかった事。


 しかし彼らは用心深い、洞窟にドラゴンが住み着いていたとしても、打倒しうる準備を整えていた。


 彼らはついに件の洞窟へとたどり着く、洞窟の入り口には、おびただしい数の屍、遺骨、あらゆる生物の亡骸が散乱していた。


 一目見た戦士たちに緊張が走る。

 なるほど、おそるべき魔物がいることは間違いないと。


 にじりにじりと近づく戦士たちに、洞窟の奥から一匹の獣が顔を出す。


 ウサギであった。

 なんの変哲のないように見える、ただのウサギ。

 戦士たちの半分は、その可愛らしい姿に、ほんの少しだけ緊張をほだされた。


 ――そうして、戦士のうちの3人は、油断のうちにその首を落とすこととなる。


 ウサギの姿が眼前から消えた瞬間、絶命する3人の戦士。

 仲間の首が落ちた事に驚愕した戦士たちが、また一つ首を落とす。


 首から噴出する血飛沫に目を潰された者の首が落ちる。

 先ほどまで真っ白だった体毛を赤く染めて、ウサギが跳ねる。

 5人が倒れて漸く、このウサギこそがおそるべき魔物だと気づいた戦士たちだったが、全ては遅かった。


 素晴らしい切れ味の剣も、当てることができなければなまくらと同じ。

 体を守る鎧も、首もろとも噛みちぎられた。

 一人、一人と、首を落とされていく。

 その小さな体に、誰一人として剣を当てることはできなかった。


 結局、最後に一人だけ、戦士の中でもひときわ臆病だった人間だけが逃げ延びることができた。

 最後の一人は悟る。

 おそるべき魔物の正体を、誰一人として知らない真実を。


 誰も信じるはずがない。

 あの洞窟に、ドラゴンよりも恐ろしい、小さなウサギがいる事に。



 ――――これが首刎ねウサギのおとぎ話。

 他国にすら伝わるお話通り、一切の虚飾はなく、ボーパルバニーとは危険な魔物である。

 洞窟の中に縄張りをつくり、近づいた生物を瞬く間に殺害してしまうのだ。


「ふしゅるるる…………」


 ギロリとまるもちが赤い瞳を向ける。

 次はどこから切り裂こうかと、品定めするような視線だ。


「グルルルルル!」(ひぃぃぇぇぇ!)


 目の前にいるまるもちが、そのボーパルバニーであることを知って震えが止まらない。

 唸り声に変換されてしまっているが、たまらず悲鳴を上げてしまう俺である。

 ななな、なんつー魔物を飼いならしてるんだこいつは!?


「ティコ、落ち着いて。向こうの威嚇に乗せられちゃダメだよ、そのまま私から離れないで」


 怒ってるわけじゃないんです、超ビビってるんです。

 そんな俺とは対照的に、レナータちゃんは試合が始まる前と同様に冷静だった。

 肝が据わってるなぁ、というかすっごい真顔……まるもちより怖いかも。

 相手がボーパルバニーと分かっててここまで冷静ということは、勝算があるのだろうか。

 

 いやしかしどうやって勝つんだコレ。

 まるもちが真っ先にレナータちゃんを狙ったし、『どちらかが致命傷を負えば決着』という条件は魔物使い本人にも適応しているらしい。

 そうなるとこの決闘、タクマかまるもちのどっちかにマンティコアパンチをお見舞いできればいいのだが。

 うだうだ考えても仕方ない、兎に角レナータちゃんの指示に従おう! 


「へっ、来ないならこっちから行くぜ! まるもち、レナータに攻撃だ!」

「シャアッ!」


 タクマがまるもちに指示を出す。

 試合開始の時と同じように、まるもちは地面をえぐりながら跳躍する。


(うわっ!? す、砂煙すっごっ……!?)


 また正面からくるものと警戒していたのだが、まだまるもちは襲いかかってこない。

 代わりとばかりに、巻き上げられた砂煙が周囲を取り囲んだ。


 なるほど、どこから狙ってくるかわからないように俺たちの周りをデタラメに走り回っているらしい。

 とても目で追える速さではない上に、この目くらまし、不意を打たれるには十分すぎる状況。

 正直言って超怖い、敵が見えないっていうのがここまで不安になるなんて知らなかった。

 

「ティコ、魔法を唱え切るまで私を守って」

「ガ、ガウッ!?」


 そんな中で下された指示に、俺の緊張は再び最大値に達する。

 え、レナータちゃんも魔法使うの!? というか戦うの!?

 初耳だらけの事態に、取り敢えず頷くしかできない。


「シィィッ!」


 レナータちゃんの言葉に意識を向けた瞬間、そのわずかな隙をまるもちは逃さない。

 砂煙の中から、今度はレナータちゃんの背後へ飛びかかろうとする。

 

(でも、大丈夫……のはず!)


 ガギイッ! と俺の尻尾は俺の意思と関係なしに動き、まるもちの歯を受け止める。


「チッ!」


 不意打ちを防がれ、舌打ちするように鳴いたまるもちはすぐさま尻尾から離れた。

 よし、虫ぺったんなら大丈夫だ、ありったけの探知魔法と時間魔法による予知機能まで付けた甲斐があったぜ。

 ボーパルバニ―の素早さにも完全自動で反応してくれる、俺が手動で動かしてたらこうはいかなかっただろう。


「ニャル、ナーオ、植物よプランテット大きく育てギガスブリドー……」


 何度も襲い来るまるもちを迎撃している間に、レナータちゃんは懐から小さな袋を取り出して詠唱を始めた。

 この詠唱は……植物魔法か!


 植物魔法とは文字通り植物に干渉する魔法だ。

 この魔法は植物の種や枝などをあらかじめ用意しておき、詠唱したとおりに成長させる魔法。

 ということは、あの袋の中身は植物の種が入ってるんだろう。


「そうはさせるか! まるもち、行くぞ!」

「フシャァァ!!」

 

 砂塵の奥から、焦るタクマの声が聞こえた。

 なんとしてでもレナータちゃんに魔法を使わせたくないらしい。


「……植物よプランテット太くしなやかにマックシュープレ……」


 一方レナータちゃんは詠唱に集中している。

 ふむ、聞いた感じだとかなり強力な魔法を使うみたいだ。

 魔法は出力を上げようとするほど詠唱が長くなってしまう、強力な魔法を使うなら、誰かが守らないと致命的な隙をさらしてしまうのだ。


「シャッ」

「ガァッ!」


 そしてレナータちゃんを守るのが、俺の役割というわけだ!

 再度襲い来るまるもちを、危なげなく尻尾で叩き落としていく。

 この尻尾がまるもちの速度に対応できる時点で、何処から攻撃しようと無駄だ。

 しかも、尻尾の可動域は背後にいるレナータちゃんをすっぽり覆えるから、隙は一切無い。


 まあ、まるもちが今よりもっと素早くなるなら危ないかもしれないけど、そう都合の良い事なんて……。


「こうなったら奥の手だ! ビット、バフ、四肢を強靭にフッドハイレングス体を軽くラトボード!」


 まさに都合良く身体強化の魔法使ってきやがったー!?

 レナータちゃんが魔法使うくらいだし、タクマ自身も何かしてきても可笑しくはないけどさ!?


 身体強化の魔法、それは字のごとく、対象の運動能力を引き上げる魔法だ。

 この着ぐるみマンティコアくんにも幾らか仕込んであって、俺がマンティコアの筋力を再現するのに使ったりしてるけど……。

 タクマは決して、自分に対しては使わないだろう、自分よりももっと強い相棒まるもちがいるのだから。


「――――」


 まるもちの姿が消えた。

 砂煙はとうに収まっているはずなのに、全く見えない。


(む、虫ぺったん! 最大出力!!!)


 尻尾に使う魔力を意識的に増やす。

 こうやって尻尾で虫ぺったんの性能を底上げして、後はもう祈るしかない。

 たのむ! 何とか防いでくれえ!


 キラリと、白い煌めきが視界に入る。

 それが多分、まるもちの歯が襲い来る軌跡。

 見えたと感じたその時点で、すでに手遅れなのだろう。


 ほぼ同時に、ヂッと何かが擦れる音が聞こえる。

 白いきらめきと、黒く太い尻尾がしのぎを削る音だ。


 何度も何度も、音は繰り返される。

 音がしたと思ったら、また白い光、 また黒い尻尾。

 数十回と繰り返される不可視の攻防に、俺はただ尻尾へと魔力を込めることしかできない。


「う、嘘でしょ? タクマのボーパルバニー、あそこからまだはやくなるの!?」

「それよりレナータの方もやべえよ……。 あのマンティコア、その場から一歩も動かないでアレを捌いてるぞ!?」


 決闘を見ている周りの生徒たちも、その激しさに戦慄している。

 でも勘違いしないでほしい。

 絵面だけは格好良く見えるんだろうけど、ぶっちゃけ俺動けないだけだからな!?

 一歩も動かないっていうか、怖くて足が動かないだけだからな!?


「くっそお! 頑張れまるもち! ビット、バフ――」

「ガルルルルル!」(ふぬおおお! まだ速くなるかこいつ!)


 さらに魔法を重ねがけしていくタクマに対抗して、俺も全力で魔力を回す。

 ひぃぃぃ! れ、レナータちゃん! はやく、速く唱え終わってくれー!


――ありがとうティコ、準備できた」


 猛攻のなかでも、耳へ届く澄み切った声。

 心なしか、それが聞こえた瞬間安堵する。

 詠唱を終えたレナータちゃんの手には、光り輝く植物の種がいくつも握られている。

 彼女はそれを地面に撒いて……。


「コレで勝負あり、だよ。植物魔法、蔦雪崩プラクト・アヴァランチ!」


 地面に触れた種が爆発する。

 本当に爆発したわけじゃない、だが、撒かれた種一粒一粒が凄まじい速度で成長していく。

 しかもただ成長するわけじゃない、魔力を込めただけ、その植物本来の特性を異常に強化した姿へ変貌を遂げるのである。


 掴んで引けば簡単にちぎれる蔦は、樹齢数百年の大木にも匹敵する太さと、そのままのしなやかさを保ったままとなる。

 大蛇のようなそれが一瞬で伸びてタクマへと向かう様は、まさに爆発、いや雪崩のようだ。


「うわわわ! ま、まるもち!」

「シャアァッ!!!」


 せまりくる植物の雪崩に顔を青くしつつも、相棒の名前を呼ぶタクマ。

 ガリガリガリガリ! と蔦の一部が轟音とともに削り飛ばされていく。

 相変わらず姿は見えないが、まるもちはご主人様に蔦が行かないように抵抗しているのだ。


 しかしそれも細やかな抵抗に過ぎない。

 魔法で成長を続ける植物は、削っても削っても次の種が成長していく。

 まるもちの速さ以上に、レナータちゃんが撒いた種の数が多すぎるのだ。

 おまけに太さも相当なものだから、まるもちがその小さな歯で削り切るのにも時間がかかっている。


「ああああ!?」


 まるもちの抵抗も虚しく、ついに蔦の奔流がタクマを呑みこんでしまう。

 タクマを取り込んだ蔦は空へ向かって伸びていき、まるで大きな十字架のようにその体を縛り上げていった。

 

 勝利はもう確実だろう、俺も必死に耐えた甲斐があった。

 しかし、レナータちゃんは魔法使いとしても結構すごいんだなぁ。

 あの数の植物一つ一つにあそこまで大きくなるように魔力を込められるなんて、俺の国の奴らと遜色ないレベルの魔法だ。

 

「タクマくん、私達の勝ちだよ!」

「むぎっ。ぐぁ、ああああっ……!」


 レナータちゃんが高らかに勝利宣言して、タクマをギリギリと締め上げていく。

 植物魔法はあれが恐ろしい。

 持続し、コントロールが効きやすく、そして非力な術者でも万力の如き力を発揮できる。

 ああなってしまえば、気絶するまで開放はされないだろう、レナータちゃんの言う通り勝利だ。


「ぐ、ぎ、まだだ、あぎらめない、ぞ……! まるもぢ……! 」


指一本動かせない状態でも、タクマは諦めていないようだ。

締め付けられる痛みに耐えながら、最後のあがきとばかりにまるもちへ指示を出す。


「きゅぅっ!」


いつの間にかご主人様を心配そうに見上げているまるもちは、その声を聞いて再びこちらへ敵意を向ける。


この状況でまだ向かってくるか、すごいな!

こうなったらタクマが締め落とされるか、俺がレナータちゃんを守りきるかの耐久勝負になるだろう。


そうなれば有利なのは俺たちだ、タクマの魔法がないまるもちの動きなら、この尻尾で完封できることは既に証明済みだからな。


「こ、今度は……ティコを、攻撃しろ……!」


ーーしかし、そうはならなかった。

まるもちが飛びかかってくる、レナータちゃんではなく、俺に向かって真っ直ぐに。


(俺狙い!? だ、大丈夫だ、どっちにしたってこの尻尾で――あっ!?)


正面から突っ込んでくるまるもち、狙いはきっと俺の首だ。

尻尾に魔力を込めて迎撃体制を整えるが……それは意味のないことだと気づいてしまった。


ザグッ! と首に生えている鬣が抉られる。

赤い鬣が、ザラッと地面に落ちた。

俺の尻尾は動いていない、成すすべなく、無抵抗に攻撃された、何故ならば。


(尻尾が届かない!)


尻尾の長さが足りないのだ。

後ろに立つレナータちゃんは、尻尾が生えてるお尻と距離が近いからカバーできるけど、俺の全身をカバーできるほどの長さがなかった。


尻尾でぺったんが発動するのは、尻尾が届く範囲に、飛来物が来た時のみ。

これじゃあ、顔や前足は攻撃され放題じゃないか!?


「嘘、ティコっ!?」


落ちた鬣を見て、レナータちゃんがひどく狼狽する。

無抵抗に攻撃されたことが、信じられないようだった。


「ガゥ、グルルッ! ガァッ」


くそっ、このっ!

まるもちを払いのけようと、前足を振り回す。

しかし、前足は空を切り、それどころか振った腕がまるもちの歯で切り裂かれる。

当たらない、当たるわけがない。


「そんな、ティコ、どうしたの!? さっきまでまるもちちゃんの動きについてこれたのに!?」

「へ、へへ……やっぱり、だ。 ティコは本調子じゃない。体の反応が、すっかり鈍ってるんだ」


そう、俺はマンティコアじゃないのだから。

この着ぐるみマンティコアくんを着たって、中の人間の反射神経がマンティコアと同じになるわけじゃない。

そこを、見抜かれてしまった。


生前のティコなら、魔獣の反射神経でまるもちの速度に対応できたんだろうけど……俺には不可能だ。


「やめてっ!」


レナータちゃんが青ざめながら、植物の種を撒く。

さっきの植物魔法に使ってた種の余りだろう、それを俺を守るために使ってくれた。


地面に巻かれた種は成長し、杭のようになった蔦が俺の目の前に突き出される。


「シャッ!」


まるもちは植物をヒラリと躱す。

だめだ、レナータちゃんの魔法でも、まるもちを捉えることはできない。

できないから、タクマを捕縛する方向で魔法を使ったのだ。


「ガアッ、グルゥゥ……!」

「はっ、はぁっ、はぁっ……!?」


レナータちゃんの顔が、みるみる青ざめていく。

目の前で俺が傷ついていくことに耐えられない、そんな様子だった。


「…………っ!」


その目に涙が滲んできて、彼女は歯を食いしばって。


「ギブアップ、します……! 私の、負けです」


敗北を、宣言した。

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