14話:可愛いウサギには硬い歯がある


 「魔物使い」と呼ばれる人間たちについて、俺は知らない事が多い。

 そもそも、この世界の人間は他国の人間と関わることが少ないのである。

 なにせ国から外は魔物が跋扈している危険地帯なのだから、戦うことそのものを生業としている人間でないと他国の事情には詳しくなれないのだ。


 だから、マンティコアの死体偽装生活においてはなにが起きても全く予想外のことなのである。

 たとえば、そう。


「はぁい。それではタクマくんもレナータさんも、準備はいいですね!」

「「はい!」」

(ままままマジで戦うのかこれー!?)


 魔物使いの学校は、思った以上に血気盛んな場所だったとか。


 セラ先生は二人に呼びかける。

 生徒間での決闘を行う際には、教師が監視兼審判として付いていないといけないようだ。


「なんだなんだ?」

「レナータさんとタクマがバトルするんだって」

「マジで? 休み明け早々にバトルとかすげえな」

「レナータさんの魔物って調子悪いんじゃなかったっけ」

(ひぃぃぃ、わらわら人が集まってきてるー!?)


 そうして準備を整えている間に、どんどん周りの生徒達が集まってきて、囲まれてしまう。

 俺は偽装がバレるんじゃないかと冷や汗だらっだらである。

 というか何でこんなに注目されてるの、魔物使いの国では決闘は珍しいものなんだろうか?


「バトルのルールは実戦形式、自分か相棒の魔物が『致命傷を受ける』と判断した時に、勝負が決まります! 先生が判定を下すか、負けた方の首輪が赤く光るのが目印です!」


 え、いま致命傷って聞こえた気がするんですけど!?

 セラ先生の話すルールに不穏なものを感じて、冷や汗がますます止まらない。

 とてもじゃないが、俺の心境は戦えるような状態じゃなかった。


(まずいまずいまずい、こういう時、俺は、マンティコアはどう動けばいい!?)


 焦りがピークに達する、体ががちがちにこわばって、上手く動かない。

 ――こう見えて俺は、戦うこと自体は魔法使いの国にいた頃に何度も経験している。

 学校に在学中は生徒間で決闘なんて日常茶飯事だし、国外に出れば争いの種なんていくらでも転がっていた。

 でもそれは、魔法使いとして戦った話だ。

 学校を卒業してから戦闘とは無縁の生活を送っていたわけだし、そもそも魔物使い同士の戦いなんて見たことないんだぞ!?

 しかも魔物マンティコアとして戦うなんて、いったい誰が経験してるっていうんだよ!?



「ティコ、初動が一番危険だから、まるもちちゃんの動きをよく見ててね」

「――! ガ、ガウッ」


 ポンポンッ、とそんな俺の背中を優しく叩くレナータちゃん。

 なぜだろう、さっきまで緊張していたのに不思議と落ち着いてきた。

 少しだけ冷静になれた俺は、言われたとおりにまるもちの姿を注視する。


「きゅうっ!」


 まるもちはウサギ系の魔物だ。

 詳しい種類は分からないものの、その姿かたちは動物としてのウサギと全く変わらない。

 つまり、魔力は兎も角、身体能力はただのウサギと考えて間違いないだろう。

 柔らかそうな緑の体毛が目を引き、お餅のようなまるまるした体形がチャームポイントのようだ!


 ……あれ? よくよく考えてみると大した脅威を感じないぞ?

 マンティコア(人間)とウサギが対峙したところで、ウサギが勝てる要素がどこにあるというのか。


 冷静に考えてみると、余裕が出てきた気がする。

 確か、致命傷になりそうな攻撃を当てることができれば、決着がつくという話だった。

 着ぐるみマンティコアくんは、ティコの生前の筋力も再現できるよう作ってある。

 それなら、この着ぐるみマンティコアくんを着たままネコパンチでもすれば、まるもちも一撃でノックアウトできるのでは?


 よし、それでいこう。

 こんな決闘、さっさと終わらせるに越したことはない!

 

「それでは、バトル――――


 セラ先生が右手をあげる。

 それが振り下ろされたら、バトルがはじまる。


――――スタートッ!」


 その瞬間、二種類の音が、ほぼ同時に炸裂する。

 一つは俺の眼前、まるもちがいたはずの地面がはじけ飛び、小さなクレーターができた時の音。

 そしてもう一つは。


 ガギィッッ!!


「―――ッシャァァッ!!!」


 レナータちゃんの首めがけてへ飛び込んできたまるもちを、マンティコアおれの尻尾が叩き防ぐ音だった。

 普段の可愛らしい顔から一変、修羅のごとき貌となったまるもちは、その鋭い前歯を鋼鉄の尻尾カバーに突き立て、吼える。


びゅん、と尻尾を素早く振り抜き、まるもちを振り飛ばしたものの、華麗に着地されてしまった。


「一撃で決めるつもりだったのに、流石ティコだな」

「まるもちちゃんこそ、前よりもっと素早くなってるね」


レナータちゃんとタクマは、お互いの相棒を賞賛している。

手強いライバルとしてある種信頼しているのだろう。


(あ、あばばばばばば……!?)


 そして勿論まるもちの不意打ちを防いだ俺はあばばばばばば。

 あば、あばばばば、あばばばば……!?


 ――ちょ、ちょっと待ってほしい、落ち着く時間が欲しい。

 何だアレは。

 まるもちが弾丸みたいに飛んでくるなんて聞いてないぞ。

 さも当然のように尻尾で防御したけれど、まるもちの動きがぜんっぜん見えないんですけど!?


 ちなみになぜ防げたのかというと、着ぐるみに仕込んでおいた魔法陣の一つ「尻尾で虫ぺったん」がたまたま発動したからに過ぎない。

 本当は寄ってくる虫を尻尾で叩き落とすための機能で、害意を伴った飛来物を感知して尻尾が動くようになっているのだ。


 と、そんなセールストークは重要ではない。

 目の前にいるウサギの皮を被った悪魔は、一体何者なんだ……!?


「キシュルルルル……!」


 先ほどまでごく普通のウサギにしか見えなかったまるもち。

 しかし、その眼はティコと同じように血の色に染まり、威嚇の表情からのぞかせる牙は鋭く輝いている。

 ふと、その牙を受け止めた尻尾に目をやる。


(嘘だろ、鋼鉄製のカバーにひびがっ!?)


 マンティコアの毒針を厳重に保護するはずのカバーは、歯形とひび割れが生じていた。

 まさか、まるもちの種族って……。

 鋼鉄すら噛み切る咬筋力、そして弾丸のごとき跳躍を可能とする脚力、自分より遥かに大きい相手にもお構いなしに立ち向かう獰猛性はまさか――――!?

 

「当ったり前だろ? ボーパルバニーは速さが命なんだぜ!」


 首刎ねウサギボーパルバニ―

 なんてこった、まるもちはマンティコアに匹敵する超危険生物じゃないかー!?


「ティコだって、頑丈さと守りにかけては鉄壁なんだから!」

「ガ、ガウーッ!?」


 レナータちゃーん!? 盛り上がってるところ悪いけど棄権させてくれぇぇぇ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る