11話:魔物使いの学校へGO


「ガフッ、ハッ、ハッ、ハッ」

「ティコ、大丈夫?」


 短く、矢継ぎ早に呼吸をする。

 体に足りない酸素を必死に取り込もうと、俺はその場に倒れ込んだまま、肩で息をする。

 レナータちゃんが心配しているが、今の俺には取り繕う余裕すらなかった。


 ちくしょう、まさか、ここまでキツイなんて思わなかった。

 この偽装生活を舐めきっていたかもしれない。

 今まさに俺は、着ぐるみマンティコアくんでいくら外見を取り繕ってもどうすることもできない問題にぶち当たったのだ。


「あともう少しで教室だよ! 頑張ってー!」

「フゥ、フゥー……」


 まさかレナータちゃんの教室にたどり着く前に俺の体力が尽きてしまうとは……。


 うん、これは完全に運動不足のせいである。

 しかし待ってほしい、確かに俺は魔法ニートだし、お世辞にも規則正しい生活とは言えない毎日を過ごしていた、これは認めよう。

 でもそれにしたって、魔物使いの学園、広すぎるだろう!?


 外見は石造りの巨大な城そのものだし、何もかもが必要以上に広いし天井は高いし、30分以上歩いても教室に辿り着くことができなかった。

 俺の住んでた魔法使いの国でも、ここまででかい建物は都市の中心にある執政院くらいなものだ。


「ガフゥ……」

「うーん、いつもなら私を乗せて元気に走ってるのに……。 もしかして療養生活で体力が落ちちゃったのかな?」


 嘘だろティコ、お前この距離を毎日走ってたの? レナータちゃん乗せて?

 ということは俺もいつか乗せて走らないといけないのか?

 こ、これは着ぐるみの改良だけじゃなくて、体力までつけなきゃいけないかもしれない、嫌だなぁ。


 バレないためとはいえ、運動までしないといけない事実にげんなりしながら、暫くその場で息を整える。

 ごめんよレナータちゃん、授業は大事だけど、ずっと四足歩行はきつい……。


「……おーい! レナーターっ!」


 そんな感じで俺がへばっていると、後方からレナータちゃんを呼ぶ声が聞こえた。

 気になって後ろを向いたが、廊下には誰もいなかった。

 おかしいな、確かに女の子の声が聞こえたのに。


 ドッドッドッ


 いや、よく見たらなにか……。


 ドッ! ドッ! ドッ!


 黒くて、大きな物が近づいてる?


「レナーター!!! ひっさしぶりーーー!!!」

「ギャン!?」(うるせえ!?)


 黒くて巨大な生物、その上に乗っかっていた小柄な女の子が、廊下中に響き渡るほどの大声でレナータちゃんに挨拶をする。

 耳をつんざく大声に、俺は思わず耳を塞ぐ。

 なんつー大声、姿が見えないくらい離れててもはっきり聞こえるとは。


「エリー! 久しぶり!」


 どうやらこの子はレナータちゃんの友達らしい。

 何かに乗っかってるから分かりにくいが、レナータちゃんより更に小さいあたり下級生なんだろうか。

 そ、それにしても、この黒くて大きい生物は一体?

 多分、このエリーと呼ばれた女の子の相棒なんだろうけど。


「ジンクスも久しぶりだね、元気にしてた?」

「チュウ」(野太い声)


 ネズミかよ!? ネズミなのかよ!?

 確かに鳴き方はネズミ系の魔物だけど、声野太っ!

 これはデカすぎるだろう! マンティコアの体長がコイツの半分もないんですけど!?


「はっはっはー。あたしが世話してるから、ジンクスは毎日元気だぞー! ところで、レナータはどうしのだー? このままじゃ遅刻するぞー?」

「あ、うん。その、ティコがちょっと疲れちゃったみたいで」


 レナータちゃんは困り顔で、エリーちゃんに事情を話す。

 ううっ、面目ない。


「ガフゥ」

「おおっ! ティコ元気になったんだなーへばってるけど! よし、二人ともジンクスで運んでやるぞー!」

「チュウチュウ」(野太い声)

「ほんと? ありがとう!」


 どうやら教室まで連れて行ってくれるらしい。

 ありがてえ、ありがてぇ……。


 巨大ネズミのジンクスの背中に乗せられて(ちなみにエリーちゃんにぶん投げられて乗った、なにそれ怖い)俺たちは教室へと向かう。


「そういえば、トムとベルは大丈夫だったかー?」

「……ううん。二人は、ダメだった」

「! ごめんなのだ!」


 レナータちゃんが|ティコ(おれ)しか連れてきていない事を疑問に思ったのか、エリーちゃんは質問する。

 しかし、レナータちゃんの表情が暗くなったのを見てすぐに謝った。


「大丈夫、もう平気だから」

「大丈夫なわけないぞー! あたしの前でも、遠慮せず泣いていいんだぞー!」

「ふふっ、泣かないよ。……エリー、ありがとう」

「うん!」


 エリーちゃんもいい子でよかった。

 ふわふわなジンクスの毛に埋もれながら、俺も安心する。

 落ち込んでる時にはやっぱり、気の置けない友人の存在がとてもありがたいものだ。



「おはよーございまーす!!!」

「おはようございます!」


 教室に入り、元気よく挨拶する二人。

 俺とジンクスも後に続いて教室へと入っていく。

 そこで目にしたのは、屋敷の広間ぐらいはありそうな広さの教室内に、十数人の生徒が隣に魔物を侍らせて机に座っている光景だった。


(すっげぇ……、見たことない魔物ばっかりだ。うわ! ドラゴンまで従えてる子もいるのか!?)


 思わず息をのむ。

 そこには、鶏とヘビが合体した珍妙な魔物や、宙に浮いてる魚みたいな魔物、極めつけは空色のドラゴンなど、ヘンテコな生物のオンパレードがずらりと並んでいた。

 俺はやっぱり魔法ニートであるからにして、必然的に外に出ることは滅多になかった。

 マジックアイテムを作るための素材としてなら、体の一部を見たといえるのだろうが……生きたまま、それも様々な種類を一度に見たことはなかった。

 すごいな魔物使いの学校! こいつら全員どんなマジックアイテムに加工できるんだろう!


 ――と、邪なことを考えてたバチが当たったのだろうか。


 ブミッ!


「ギャンッ!!?」

「チュゥー?」(野太い声)


 後ろからついてきたジンクスに、思いっきり踏みつぶされてしまった。

 魔物たちに見とれて立ち止まってしまったのが悪かったらしい。

 う、ごごご……重い……!


「きゃぁー!? ティコ、ティコー!!」

「ギャー! ジンクスー!!! 足をすぐどけるのだー!!!」

「チ、チュゥッ!?」(慌てたような野太い声)


 けたたましい悲鳴を上げる二人と、困惑するデカねずみ。

 ジンクスに足をどけてもらって、ふらふらと立ち上がった俺は、ふと気づいた。


(そっかぁ、学校ここがやたら広くてでかいのって、体の大きい魔物たちにも配慮してるからか……)


 うん、そんな魔物への優しさあふれる場所で、マジックアイテムの素材扱いなんてしたらバチもあたるわ……。

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