10話:マンティコアの朝は眠い、ついでに食事は重い

 夜は明け、偽装生活の一日目が始まる。

 今までの引きこもり生活から一転、マンティコアになり切る全く新しい趣味が始まるのだ!


 うん、趣味である。

 決して仕事ではない、マジックアイテム作りの他に新しい趣味ができたのである、そういうことにした。


 仕事と思ったら、どーしてもやる気が出ないのである。

 ということで、これは趣味! 変態と呼ばれようが構うものか! 俺は依然として魔法ニートなのだ!

 「就職先が見つかって良かった」なんて言ってた父さんはいつか絶対とっちめてやる……!


「ふわぁ……おはよう、ティコ」

「ガフっ」


 おっと、レナータちゃんもちょうど起きたようだ。

 おはようと喋った声が、マンティコアの軽いほえ声に変換される。

 ちゅんちゅんと窓の外から小鳥の声が聞こえた。

 うーん、まさに絵にかいたような朝の風景だ、パジャマ姿のレナータちゃんの可愛らしさも含めて、非常に良い風景である。


「よく眠れた? 私はティコと一緒だったからすごく眠れた気がするんだ、ありがとね」

「ガ、ガフゥーー……」


 惜しむらくは俺にその風景を楽しむ精神力が残されていないことだろう。

 ごめん、ぜんっぜん眠れなかった!

 レナータちゃんと一緒に寝るわけにはいかないと、当初は一人ソファで寝ようとしてたのだ。

 それは別に構わなかった、マジックアイテムを作ってる最中に椅子の上で寝落ちしたことなんて何度もあるから。


『私も今日はソファで寝たい気分になっちゃった!』

『ホヒャーン!?』


 まさかレナータちゃんまでソファで寝ようとしてくるなんて想像できるわけないだろう!?

 パジャマ姿でぴょーんと俺の隣に寝転んだら、あっという間に寝息を立ててるし、寝つきがいいってレベルじゃねえぞ!?


 魔物使いは魔物と一緒に寝ると安心するのだろうか?

 いやでもマンティコアだぞ、俺もティコの亡骸を前に作業してたけど、死んでるとわかってても食い殺されるかと思ったし。


 それにしても眠い……。

 まあ、マジックアイテム作ってたら2日3日は貫徹することもままあるし、慣れてるっちゃあ慣れてるけどさ。


「アヮヮ……」

「ふふっ、欠伸してる。今日はちょっと寄るところがあるから、早めのご飯だよー」


 そういってレナータちゃんは、生肉を丼の上に乗せてくれた。

 朝から肉はキツイなぁ、とてもキツイ。

 しかし、食べなきゃ怪しまれてしまう、今の俺はマンティコアなのだから。

 昨日と同じ加熱調理牙ブレイズファングを使用して、朝から焼肉を堪能するのであった。



 朝食を済ませたレナータちゃんは、俺を連れて外に出かけた。

 出かける前に、俺は例の拘束用の首輪と、翼を保護するためのカバーを装着させられた。

 他には、尻尾の先には金属製のカバーが常に付けられている。

 どうやら魔物を外に連れ出す時は、こうしなければいけないようだ。

 まあマンティコアの毒針は一刺しでドラゴンも殺せる超猛毒だから当たり前か。


 ちなみにこの着ぐるみにも毒針はしっかり移植してある、危ないから魔法陣に魔力を流さないと毒が出ないようにしてあるけど。


「久しぶりのお散歩だね」

「ガァフッ」


 そして現在、レナータちゃんが俺を先導して、どこかへと向かっている。

 けっこう朝早い時間帯らしく、外を出歩いている人もほとんど見かけなかった。

 魔物使いの国の人たちが普段どんなふうに生活しているのか興味はあったものの、俺が不用意に人目にさらされない安心感の方が勝った。

 だってまだマンティコアの演技慣れて無いもん、どうにも四足歩行はやり辛い……。


「ティコ、なんだか歩き方が……足が痛いの?」

「ガウ。……ガウッ!?」


 し、しまった!? レナータちゃんもちょっと怪しんでるっぽい!?

 くっ、やはり魔法使いの俺がやるんじゃなくって、もっとこう、経験者がやるとかするべきなんじゃないかな!?

 自分で言っててあれだけどマンティコアの経験者ってなんなんだよ、ちくしょう何とかごまかすしかない!


(マンティコアの正しい歩き方を知らないとマズイ。となると――――ラフ、ラム、時の審判者よクロイツその者の過去をオルド静けさとともにサイレス暴き給えルークス!)


 脳内で魔法を組み立てる、少し前も使ったティコの過去を覗き見る魔法だ。

 着ぐるみ内の俺の眼前に映像が流れていく。

 うっ、着ぐるみの中だから仕方ないとはいえ、画面が近くて目が悪くなりそう。

 しかし躊躇している間はない、えっと、ティコが歩いている映像は……あった!


 過去のティコが実際に歩いている姿を見て、それを真似することにする。

 まずは右の前足と後ろ足を同時に出す、前に出す足は元気をアピールするためにピンと伸ばす。

 続く左の前足と後ろ足も同じように元気よく踏み出し、これを交互に繰り返していく。

 マンティコアがのんびりしている時は、はこんな風に歩いているらしい。


 あっ、これ意外と難しい!?

 人間的には同じ側の手と足を同時に出して歩いている感覚といえば分かってもらえるだろうか。

 それをハイハイでやっているのだから、体にすごい違和感を感じてしまう。

 しかし、この歩き方をマスターしなければ今後の生活にも支障が出るだろう、しっかり練習しなければ……。


「ガウ、ガウ、ガウ、ガウ……」(右、左、右、左……)

「あ、いつもの歩き方に戻ってる。気のせいだったのかな?」


 よしっ、なんとか乗り切った!

 この調子で、目的地までマンティアらしく歩いていくぞ!



 そうしてレナータちゃんに連れられて歩くこと十数分。

 散歩の果てにたどり着いたのは、大きな霊園だった。


「こっちだよ」


 そう言って俺を引っ張るレナータちゃんの顔は、とても辛そうだった。

 …………実のところ、俺は此処が目的地であることに感づいていた。

 散歩中、俺に語りかけている時こそ笑顔だが、時折泣きそうになっていたのが目に入っていたのだ。

 途中で花屋さんに寄り、お花を買った事でこの散歩の目的を確信した。


「トム、ベル。今日はティコも一緒に来たよ」


 レナータちゃんは墓石に声を掛けた。

 墓石には、「ネコマタのトム、サーベルタイガーのベル、ここに眠る」と刻まれている。


「遅くなっちゃってごめんね。新しいお花、持ってきたよ」


 花屋さんで買ったお花を供えて、レナータちゃんは墓前で祈る。

 何も聞かされてはいなかったが、間違いない。

 このお墓は、ティコの先に亡くなった二匹の魔物のものだ。


「……っ」


 レナータちゃんは墓前で手を組んで、じっと俯いている。

 マンティコアの視点から見えるその顔は、やはりというか、涙を滲ませていた。

 ギュンター卿から聞いた通りだと、この二匹の魔物が亡くなったのはつい最近の事。

 部屋にあったいくつかの魔物用おもちゃも、明らかにマンティコアのサイズに合っていない小さなものがまだ残されていた。

 家族二人を一度に亡くした傷は簡単に癒えるはずはない。

 俺もレナータちゃんの気が済むまで、動く気はしなかった。


(とはいうものの、家族二人か)


 レナータちゃんの祈る姿をみて、ちくりと胸が痛む。

 俺は彼女を騙している、本当はティコも死んでしまっていることを。

 けれど、レナータちゃんに真実を知られるわけにはいかない。

 知らせない以上、レナータちゃんはティコの死を悼んであげることは出来ないのだ。


(ごめんな、ティコ。俺も不本意だけど、お前のご主人様のために絶対ばれないように頑張ってみるよ)


 俺も墓前で手を組み、祈る。

 せめて俺だけでも、ティコの死を悼んであげるべきだと思ったのだ。



「えっ……ティコ? お、お祈りしてるの……?」

「……………ガゥ?」


 じーっ、と祈っていて、レナータちゃんの声で我に返る。

 涙目のレナータちゃんが、すっごいびっくりした顔して、こっちを向いてる。

 そこにはもちろん、お座りした姿勢で、器用に手を組んで真摯に祈ってる|マンティコア(おれ)がいるわけで――――


(しまっ、たああぁぁぁあぁぁあ!!?)


 やややや、やっちまったー!!?

 まずいまずいまずい、まずいぞこれは!?

 レナータちゃんに感化されてついつい祈ってたら、バッチリ見られてしまった!?


「す、す……」

「ガゥワワワワワワ……!?」


 ああダメだ、終わった。

 絶対にマンティコアがしないような事を、直に見られてしまった。

 たった今ティコに頑張るって誓ったばっかりなのに、こうもあっさりと――――


「すごい、ティコっ。ぷふっ……いつのまにそんな芸を覚えたの?」 

「ウゥ?」


 ――――終わりは、しなかった?

 レナータちゃんは俺の方をみて、くすくすと笑いだした。

 えーと、つまりその、これはもしかしてバレてない?


「ふふふっ、おかしなティコっ。お陰でちょっと元気が出ちゃった」


 レナータちゃんは涙目ではあるが、珍妙な姿勢の俺をみてくすくすと笑っている。

 どうやら、今の大失態はティコの粋な一芸だと勘違いしてくれたらしい。


「じゃあ、学校に行こっか。トム、ベル、行ってきます!」

「ガウゥー……?」


 少しだけ元気になったレナータちゃんは、俺を連れて霊園を出発する。

 う、うん、ご主人様を笑顔にできたということで、結果オーライとしよう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る