12話:授業は丁度いい子守唄……zzz
バチが当たってジンクスに踏まれた俺だったが、幸いなことに怪我は一つもなかった。
中身が人間なら圧死間違いなしの凄まじいスタンプなのだが、この着ぐるみの機能によって無傷で済んだ。
何を隠そう、着ぐるみマンティコアくんは生前を再現する以外にも、様々な用途の魔法陣を仕込んでいるのだ!
今回発動したのは衝撃緩和の魔法陣、本当は高所から飛び降りたりした時に、クッションの役割を果たす物だ。
魔物として生活する以上、危険はつきものだろうからと思って書き込んでいたのだが、まさかこういう形で役に立つとは思わなかった。
俺が無事な理由はそんなところである。
大慌てでレナータちゃんが治癒の魔法を俺にかけようとして、効果が無いことに首を傾げていたが大した問題にはならなかった。
「はぁい、それではみんな席に着きましたね。今日は魔物使いの国の成り立ちについてお勉強してから、野外実習ですよ」
「フワァァ……」
というわけで、俺はレナータちゃんの隣で欠伸をしながら授業をおとなしく聴いているのであった。
これがなかなか眠い、教壇に立っている先生にはとても申し訳ないのだが、昨日ろくに寝てないせいで眠気が酷い。
「今から大体500年ほど前、この国には巨大なエンシェントドラゴンの白骨があるだけの平原でした。そこに史上最初の魔物使いとなる『魔を飼うもの、メルセル』が死骸を住処にしたのが始まりだと伝えられています」
先生が語るこの国の歴史を、レナータちゃんたち生徒は真面目に聞いて紙に書き込んでいる。
その間、生徒たちが従えている魔物たちもじーっと座るなり、小さい魔物はご主人様の肩にとまってたりしている。
これはすごいな、意思疎通も難しいだろう魔物が、ご主人様の勉強の邪魔をしないよう皆一様に静かにしている。
生徒とはいえさすが魔物使いといったところか、よく躾けられている。
お陰で俺が静かに眠っていても不自然には見えないし。
「んがぁ……」
「……!」
あ、エリーちゃんが寝てる。
確かに活発的な子だからなぁ、授業は苦手なのかもなぁ。
教室の後ろの壁際で控えているジンクスはご主人様を起こしたいらしいが、周りの人達を気遣って大きな音を立てられないようだ。
まあその巨体でエリーちゃんの席まで移動したら、後ろの席にいる人を三人ぐらい踏み潰しかねないだろう。
その様子を微笑ましく眺めていると、黒い影が、風のようにエリーちゃんの元へ接近するのが目に入った。
「ワンッ」
「ん……? んみゃぁ!?」
ベロリ、とエリーちゃんの首元を舐め上げるそいつは、イヌ系統の魔物であるヘルハウンド。
首筋を舐められる感触にびっくりして、エリーちゃんは悲鳴とともに椅子から転げ落ちた。
そうして床に転がってしまったのが運の尽き、ヘルハウンドはエリーちゃんのマウントをとって、再び首元をべろべろする作業に没頭する。
「あひゃっ!? ちょ、や、やめてー! エンリル、ストップ! くすぐったっ……! くふ、ひひゃひゃ!!!」
「あっ、ダメですよエリーさん! 授業はちゃんと聞かないといけません!」
首元が弱いのか、はたまたエンリルと呼ばれたヘルハウンドが舐め上手なのか、エリーちゃんはたまらず笑い転げている。
それを見た先生がエリーちゃんを注意すると、エンリルは自分の役割は終わったとばかりにそそくさと先生の元へ戻っていった。
どうやらこのエンリルというヘルハウンドは先生の相棒らしい、授業の補助をしているようだ。
「うう、セラ先生。何もエンリルに起こさせなくてもー」
「今まで先生がいくら起こしてもエリーさんは起きてくれませんでしたので、エンリルに手伝ってもらっているんです。よしよし、いい子いい子」
「ワフ」
セラ先生が相棒の頭を撫でると、エンリルは満足そうに鳴いた。
手酷く起こされて涙目なエリーちゃんをみて、教室に少しだけ笑いが広がる。
懐かしいなぁ、魔法使いの学校でも授業中寝てるやつに向かって、先生が魔法で叩き起こしたりしてたっけ。
そんな一幕があったものの、授業自体は順調に進んでいった。
授業を聞くのは生徒だし、相棒である魔物たちは特に何もすることがないから、俺もうつらうつらと半分寝ながら聞き流すだけで良かったし、安心した。
授業が始まってから30分程経過した時に、穏やか授業タイムは変化を迎える。
「はぁい、それでは歴史の授業はここまで。残りの時間は自由時間でーす」
「やったー!」
セラ先生の宣言に、生徒の一人が喜びの声を上げる。
それをきっかけに、座っていた生徒と魔物たちが次々と立ち上がっていく。
あれ、もう授業が終わったの?
魔物使いの授業は随分早く終わるな。
「それでは皆さん、魔法陣で運動広場まで移動しましょう!」
先生がけん引する先には、どこかへと移動するための魔法陣が書き込まれた床だ。
広い教室の一角を存分に使った、巨大な魔法陣だ。
ふむ、これは……魔法陣の上に立つ人間をできるだけ多くして使用魔力を分配し、長距離の転送を可能にしているとみた。
「ティコ、私達も行こう」
「ガフ」
教室にいた魔物を含む全員が魔法陣に乗って、起動する。
ぐにゃり、と視界がねじけていく。
目の前にあった教室の風景が歪み、欠落した部分には全く違う風景が差し込まれていく。
何ということはない。
転移魔法の魔法陣で移動するときは、いつもこんな感じで世界が変わっていく。
転移が終わると、先生と生徒たち全員が屋外に移動していた。
芝生に覆われた広場、それもあちこちに魔物用の遊具と思わしき設備がある場所だった。
そして例にもれずここもかなりの広さである、やはり複数の魔物をここで運動させるのだろう。
そうか、授業中に座りっぱなしの魔物たちがストレスを解消できるように座学の時間を削っているのか。
「はーい、到着です。んーっ、今日はなんだか魔力をあまり使わなくて楽でした」
(ぎくっ)
セラ先生大きく伸びをして放った言葉に、冷や汗をかく。
魔法使いの俺は普通の人より魔力を多く持ってるから、その分みんなが使う魔力を肩代わりしてしまった。
勘のいい魔法使いなら気付かれる可能性があったんだけど、幸運にも魔物使いの皆にはばれなかったようだ。
「病み上がりだから無理はさせられないけど、ちょっとだけお散歩しよっか」
「がふがふ」
そんなわけで、俺はレナータちゃんと一緒に散歩することにした。
無理のない運動は大歓迎だ、まだマンティコアの動きに慣れてないから、激しい運動をするものならボロが出てしまうかもしれないし。
「レナータさん、久しぶり!」
と、いざ散歩タイムといったところで、クラスの女の子がレナータちゃんに声をかけてきた。
「えっ、あ。久しぶりヤーヤさん」
レナータちゃんの方は何故だかびっくりしたような様子だ。
そう、まるで思ってもみなかった人物に話しかけられたような、そんな反応だ。
「二週間も学校を休んでたから、みんな心配してたんだよ。ところでその、他の魔物たちは元気にしてる?」
ヤーヤと呼ばれたその子は、エリーちゃんと同じ、俺以外の魔物の安否について聞いてきた。
その質問を聞いたレナータちゃんは、また表情が暗くなってしまう。
「ううん、ティコは大丈夫だったけど、ベルとトムは……」
「そっか……。ごめんね? 嫌なこと聞いちゃった」
「ううん、もう、大丈夫だから」
亡くなった二人を思い出したのだろう、自分に言い聞かせるように呟いたレナータちゃんを見て、ヤーヤは逃げるようにその場を離れていった。
「レナータさん、久しぶりですね」
「イヴァルトくん、ひ、久しぶり」
「心配しましたよ、まさか貴女がこんなに長く休まれるなんて。……その様子だと、先に具合が悪くなった残りの魔物たちは」
「……そう、だよ。助かったのは、ティコだけ」
―――こいつら、何のつもりだ?
本当にに登校したレナータちゃんに挨拶をしてるだけなのか?
それならどうして魔物の安否をいちいち確認するんだ。
このイヴァルトとかいう奴も、今の彼女の落ち込み様を見ればそれぐらい察することは出来るだろう。
同じことを聞いてきたエリーちゃんは本気で他の魔物たちを心配していたし、レナータちゃんには誠心誠意謝っていた。
だが、こいつらは確認したいだけだ。
何故かはわからないが、ティコ以外の魔物が死んでいることを察した上で、その事実を確認するのが目的なのだ。
そしてそのたびにレナータちゃんは失った相棒たちの事を思い出さなきゃいけなくなる。
理由は分からんが、人の嫌な記憶をほじくり返すような奴は大っ嫌いだ。
「それはすまない事を――――ひぃっ!?」
「ぐうぅるるるるぅ……!!」
鼻にしわを寄せて思いっきり威嚇してやる、唸り声もサービスだ。
それ以上関わるなら食い殺してやるとばかりに睨み付けてやると、イヴァルトの顔はみるみる青ざめていく。
「は、ははは……、ティコくんは元気いっぱいのようだね。それじゃ僕は失礼するよ」
服従の首輪があると分かっていても恐ろしいのだろう、イヴァルトはすたこらさっさと逃げ出していった。
おらおらー! レナータちゃんに近づく悪い虫はいねーが―!
「がるるるるるるぅぅ」
「「「びくっ」」」
唸り声を上げたまま辺りを警戒すると、似たようなことをするつもりだったらしい奴らが数人離れていく。
いやー爽快、爽快。
ちょっと睨んだだけでみんなビビッて逃げるし、着ぐるみマンティコアくんさまさまである。
「ティコ。めっ、だよ。」
「がふっ」
あらかた追い払ったと確認した後、レナータちゃんからお叱りの言葉が。
でもこれ叱ってるのかな、可愛らしいから逆に嬉しくなってしまうんだけど。
「……でも、ありがとう」
「!」
もふっ、と抱きつかれて耳元で小さくお礼を言われる。
どうやらレナータちゃんの為に威嚇していたことは伝わっていたようだ。
「じゃあいこっか!」
「がうっ」
ご主人様の危機を救った後は、お散歩開始である。
こんなかわいい女の子と一緒に散歩するとか、少し前までは思いもしなかっただろう。
……首輪をつけられて、しかも四足歩行を強いられる事も思いもしなかっただろうけど。
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