8話:年頃の女の子の部屋がマイホーム

「ティコ、お疲れさまー。久しぶりのお家だねー!」

「……がぅ」


 ああ、来てしまった……。

 レナータちゃんに拘束され、なすすべなく檻に入れられてしまった俺は、そのまま魔物使いの国へ入国、そしてレナータちゃんが住んでいる学生寮まで連れて来られてしまった。

 ここに来るまでに何とかして逃げ出すチャンスをうかがっては見たものの、ダメだった。

 レナータちゃんの監視……もとい、飼育の目が全然離れてくれなかった。

 檻に入れられてすぐに馬車に乗せられてしまったからというのもあるけど、その馬車の中でも付きっ切りで傍にいてくれたせいでもある。


 本当にティコの事が心配だったんだろうなーと思う反面、一緒にいるとずっと話しかけてくるのは非常に困った。

 いやまあ、ティコになり切ってるから「がおー」とか「がうー」しか喋らないんだけど、それでも可愛い女の子に近距離から話しかけられるのは心臓に悪い……。

 女慣れしてなさすぎじゃないかって?

 そりゃそうだ、だって俺引きこもりだもん。


「まだティコは治りたてだから、魔物宿舎のお家じゃなくて私と一緒のお部屋だよ。懐かしいねー」


 しーかーも、レナータちゃんと相部屋である。

 懐かしいってことはティコが小さいころは一緒にここにいたのだろう、俺にとっては初めての女の子の私室なんだけどね!?

 ああ、匂うなぁ……レナータちゃんの匂いが、いや不快じゃないけど、むしろ落ち着くんだけど……でもドキドキするんだよなぁ……。

 とはいえ、魔物宿舎にぶち込まれるのも嫌だしなぁ、魔物使いの人たちはペット感覚なんだろうけど、一般人からしてみれば危険生物以外の何物でもないし……。

 

「はい、首輪も外してあげるね」

「がぅ?」


 え、首輪はずしちゃうの? 

 中身が俺だけど、外身はマンティコア相手に無防備すぎるのでは。

 ティコが絶対に自分に危害を加えないという自信があるんだろうけど……。

 まあ、お陰で俺も自由に動くことができるし、ひとまず寝床っぽい傷だらけのソファの上に寝そべって……。


「あれ? ティコ、昔みたいにベッドに飛び込まないの?」

「ゴフッ!?」


 ぽんぽん、とベッドの上座りながらおいでおいでをするレナータちゃん。

 ちょっと何言ってるんですかねこの子は。

 …………いやいやいや、飛び込まないよ!?

 あのふわふわでいい匂いがしそうな聖域(ベッド)は25歳を迎える男が侵入していい場所ではない!

 暴走しつつある本能を抑えつつ、今日はソファな気分なの、とばかりに寝そべる。


「今日はソファな気分なんだねー」


 納得がいったという風に笑うレナータちゃん。

 なぜ伝わるんだ、この気持ち。

 レナータちゃんはよほど優秀な魔物使いらしい、着ぐるみ越しの俺の心を見抜くとは。

 これは下手をすると態度で正体がバレかねないのでは……?


 いや、そんなことを気にしている場合ではない!

 とにかく今はこの状況をなんとかしなければいけないのだ。


 俺は確かに死体偽装を手伝うと言ったが、それは着ぐるみマンティコアくんを作るまでのつもりだった。


 というのも、この着ぐるみは基本的には誰だって動かせるように作ってある。

 着ぐるみを着るのはギュンター卿が雇った人にでもやってもらって、俺はさっさと報酬とティコの死体の余った部分を貰い受ける…………そういう方向に話を持って行く手はずだった。


 ところが、それをギュンター卿に話す前にレナータちゃんが乱入してしまった。

 つまり、ギュンター卿も、一緒にいた父さんも、この死体偽装が誰でも出来るようになっていることを知らないのだ。


(ティコはオスとはいえ、男の俺がレナータちゃんの部屋で生活するのはマズイ……。なんとかギュンター卿とやりとりして、着ぐるみ役を交代してもらわないと)


 ふーっ、とため息をつきながら考え込む。

 寮暮らしのレナータちゃんが実家に帰ることはそうそうないだろう。

 しかし、このままの姿で脱出して、ギュンター卿の所まで移動するのは難しいし……うーん。


「ティーコっ、どうしたの? ため息ついちゃってー、うりうりー」

「ホヒャァァァーン!!?」


 ほひゃぁぁぁーん!!? 親方! 上から制服着た美少女が!!?

 ソファの上で考え込んでたら、レナータちゃんが上からのしかかるように抱きついてきましてよ!!?

 ああまた女の子の柔らかい感触と甘い香りがー!?

 頭の上で顔をうりうりするの気持ちいい恥ずかしいやめてー!?


「ぷふっ、ティコほひゃーんって、ふふっ、なにその声っ」


 俺の変な声がツボに入ってしまったのか、レナータちゃんは笑いながらうりうりタイムを続行。


 こっ、これは、可及的速やかに交代しなければっ、理性がもたない……!

 レナータちゃんの笑顔にゴリゴリ理性を削られながら俺は、なるべく早く帰るよう決心するのであった。

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