7話:そして拉致されるマンティコア

「今の声、ティコ! ティコなの!?」


 着ぐるみマンティコアくんの説明をしている最中、突然部屋に女の子が飛び込んできた。

 いきなり秘密がバレかける事態に、内心ドキドキしながら口を閉じる。

 危なかった……、さっきの吠え声が外に聴こえてしまったらしい。


「れ、レナータ。ここには入ってはいけないといい付けただろう」


 ギュンター卿がものすごい冷や汗をかいている。

 レナータと呼んだことから、この子がティコの飼い主である娘さんで間違いないだろう。


 たしかに、髪色は綺麗な銀髪だし、瞳の色もギュンター卿と同じでルビーみたいな赤色だ。

 イケメンダンディなお父様とは対照的に、小動物的で、可愛らしい女の子である。


「ごめんなさい、お父様。でもいまティコの声が――――あっ」


 レナータちゃんが勝手に部屋に入ってしまったことを謝っていると、俺と……正確にはティコの着ぐるみを被った俺と目があった。


「ティコ……? ティコぉっ!」


 俺の姿を見た途端、レナータちゃんはボロボロと大粒の涙をこぼしながらこっちに駆け寄ってきた。

 よかったバレてない……じゃなくて、ちょっと待って!? そのまま駆け込んで、まさかまさか……!?


「ティコぉぉぉ……! よかった、よかったよう……! ううう〜……!」

「ホヒャーーン!!?」


 ほわあああああ!? だだだだ抱きつかれますたよ!?

 ティコの声にしてたけどめっちゃ変な声が、あいや、女の子の良い匂いが鼻に!? いかん嗅覚もマンティコア基準になってるからホヒャーン!?


「れ、レナータ!? その、ティコが元気になって嬉しいのはわかるが、ティコも治ったばかりで……」


 ああっギュンター卿が凄い焦りと怒りが混ざったおかしな表情に!?

 すみませんすみません! そりゃ娘さんが実は男に抱きついてるとか憤死ものですよね!?


「よかった、本当に、ティコも死んじゃうんじゃないかって、わたっ、私、もう…………ううぁぁ〜!!!」


 しかしレナータちゃんはそんな言葉もお構いなしに、赤ん坊みたいに泣きじゃくりながら、顔に頬ずりをする始末。

 もう二度と離さないとばかりに俺の首回りをがっちりホールドしてくれてるから、なんかもう、羞恥心が限界を超えそうなんですけど!?


 その後、レナータちゃんが落ち着いてくれるまで十数分とかかった。

 ティコの具合が悪くなってから、ずっと隔離されていたらしいから、元気になった姿を見て感極まってしまったのも仕方のないことだろう。

 今まで溜め込んできたものが堰を切ったような泣きっぷりから、どれだけ心配していたのかもよくわかる。


「レナータさん、落ち着いてくれたかな?」

「は、はい。ごめんなさいユビキタスさん、お見苦しいところをお見せしてしまって……」


 そしていまは、父さんとギュンター卿とレナータちゃんの3人で、優雅にお茶を飲みながら雑談中である。

 レナータちゃんはお客さんの前で大泣きしたことを恥ずかしがってるらしく、もじもじと顔を赤らめていた。

 それにしても可愛らしい子である、着ぐるみ越しとはいえ抱きつかれたことは役得だろう。


「レナータ、そろそろティコから離れてあげなさい……」

「いやっ! 私、もうティコと離れたくないもん!」

「にゃふっ……」


 現在進行形で役得中なんだけどね!?

 一度たりとも離す気はないらしい、それどころか首周りの痒い所をわしわしされている、なんか、もう、気持ちいやらいい匂いするやらで、変な声がでちゃう……。

 どうやらレナータちゃんはお客さんの前でティコに抱き付くのは恥ずかしくないようだ。

 俺は全然恥ずかしいんですけどね!?


「その、いろいろとすまない、ケイさん……」

「い、いえ、こちらこそすみません……」


 多分俺にも謝ってるつもりなんだろう、二人は完全に俺の方を見て言っているし。


「ユビキタスさん、ティコを助けていただいて本当にありがとうございます。国中のお医者様に診てもらっても一向に良くならなくって、私もう、どうしたらいいかわからなくなって……」

「 いいんだよ、君のお父様は僕の命の恩人なんだ。助けるのは当然さ」


 日に日に弱っていくティコのことを思い出したのか、レナータちゃんはまた泣きそうになりながらも父さんに感謝する。

 実際はティコを助けたわけじゃないから、少し心が痛む。

 もっとも、着ぐるみマンティコアくんによる偽装がバレることはよっぽどのことがない限り有り得ないし、嘘も最期まで貫けば問題はないとも考えているわけだが。


「本当になんてお礼をしたらいいか…ぐすっ。ユビキタスさんは高名なお医者様なんですね」

「え? あーいや、僕はしがない商人だよ。ティコを治したのは息子のダグラスで」

「そうなんですか? なら、ぜひダグラスさんにもお礼がしたいです!」

「「えっ」」

「ガゥ!?」


 レナータちゃんの曇りなき瞳に、3人が固まった。

 ちょ、ちょっと父さん、いま俺を話題にするのは不味いよ!?

 確かにすぐそこにいるけど、ティコの中だからね!?


「レ、レナータ、ダグラス君は魔法の研究が忙しいからと先に帰ってしまったんだ」

「ええっ、そんな。……え、ダグラスさんって、魔法使いなんですか? お医者様じゃなくて?」

「あーうん、そうなんだよー。ウチのダグラスは研究熱心ナンダー、ゴメンネー」

「どんなお医者様でも治せなかった病気を治すなんて、ダグラスさんはすごい魔法使いなんですね!」


 ナイスギュンター卿!

 棒読みすぎて不自然だぞ父さん!

 うまく話題を逸らした上、俺はこの場にいないことになった。


「というわけだからレナータ。ダグラス君には後で私がしっかりお礼をするよ。ティコも治ったし、明日から学校に戻るのだろう? 早く準備をしておきなさい」


 さらにギュンター卿は、それとなくレナータちゃんを退室するように誘導してくれた。

 よし、これでなんとかなりそうだ……。


「大丈夫よ、お父様。私ティコがいつ治っても大丈夫なように、いつでも帰る準備をしてたの! あとは、ティコを連れて帰るだけだから!」

「「……え?」」

「ガ……ウ?」


 がチッ、と首を軽く閉められる感触。

 見てみると、それは魔物用の首輪だった。

 続いてレナータちゃんの手には、どこから取り出したのか、散歩用の綱が。


「ティコ、檻の中は嫌かもしれないけど、大人しく付いて来てね。ユビキタスさん、ティコの事、本当にありがとうございました!」

「え、あ、ちょ……」


 そのまま俺はレナータちゃんに連れられて、トコトコと部屋から出て行ってしまう。

 ちょっと待って!? なんで俺の手足が勝手に動いてるんだ!?

 あ! こ、この首輪、 服従の呪いがかかってる!?

 もしかして、ティコが檻に入るのを嫌がるのを見越して!?


「がルゥ!? グルルル!!?」

「だーめーだーよティコ。ちょっとだけ我慢。寮までの間だけだから」


 待って待って待って!? ひょっとしてこのまま魔物使いの学校まで直行するの!?

 偽装を手伝うとは言ったけど、ティコになりきるところまでやるつもりはなかったんですけどーーー!?


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