Act:04-9 オリジン・タイタン
日曜日の正午、僕とレティシアは電気自動車で郊外に向かっていた。
運転手はヨナ、彼のガレージで組み上げていたものがようやく完成らしい。
それを見せびらかすために、わざわざレティシアも呼び出したのだ。
「ところで、面白いものって何よ?」
「それをここで教えたら面白くねーだロ」
ヨナは上機嫌だった。
ついさっきまで作業していたせいか、うっすらと機械油の匂いがする。
それのせいか、レティシアは不機嫌な様子だった。
「まあまあ、大仕事の完成を祝おうじゃないか」
「カールは何か知ってるのね?」
「手伝ってたからね」
僕に出来ることは限られている。
基本的には生身で作業できる部分、主にコクピット周りだけ。
完成目前になった辺りで、ヨナから『後は大丈夫だ』という連絡を受け、それ以降は見る機会が無かった。
だから、完成した姿を見るのが楽しみだ。
しばらくハイウェイを走り、やがて降りる。
そして、遠くからでも見えていたスクラップヤードが目と鼻の先まで迫り、そのまま格納庫の中へと車は進んでいく。
ヨナの運転する電気自動車が止まり、車から降りると――正面にそれはあった。
重厚な装甲、角張ったシルエット。
その造形には、どこか頼もしさがあった。
以前は寝かされていたものが、立っている。
モビル・フレーム用を輸送するためのトレーラーが機体を固定し、格納庫に鎮座していた。
「どうだ、ちゃんと完成してるゾ」
「凄いよヨナ! これが動くんだよね!」
作業を手伝っていた時のスクラップ感は全く無い。
初めてモビル・フレームを目の当たりにした時と、全く変わらない興奮があった。
歴史とロマン、それが人型の形になって佇んでいる。
パイロットとして、人型機動兵器の原型を拝めるということに感激してしまう。
「AS-1? 骨董品じゃない」
「……そりゃあ、そうだろうけどヨ」
「……レッティ、そんな言い方は無いよ」
言葉にならないほどの感動や興奮が、彼女の心無い一言で醒めてしまう。
レティシアが悪いとは、とても言えない。
彼女からしたら……ただのモビル・フレームでしかないのも事実ではある。
――レッティに見せようとするのは、悪手だったかもなぁ。
やっとのことで作り上げたものを自慢したい気持ちは痛いほど理解できる。
しかし、レティシアは遠慮無しに物事を言う性格だ。興味が無いものに対して、理解を示すような事はほとんどない。
「よくもまぁ、こんなものを見つけたものね」
「いやいや、違うよレッティ。これは造ったんだ」
「……えっ?」
不可解だ、と物語る困惑の表情。
そこにヨナがやれやれと言った様子で説明を始めた。
「100年以上前の機体が原型留めてるわけないだろ。装甲はモチロン、駆動系だってオシャカだろうが。全部、既存のものを改造したりして作り上げたんだヨ」
「でもそれって、AS-1とは違うじゃない」
「――それがレストアってもんヨ」
腕を組み、堂々とするヨナ。
車両や家電のレストアやハンドメイドの修理が出来る人は彼以外にもたくさんいるだろう。
しかし、機動兵器をレストアできる民間人となれば……宇宙広しと言えど、少ないはずだ。
「戦史博物館は知ってるよね? メニティ・ストリートにある」
「あれがどうしたの?」
「そこからの依頼でコイツを作ったんだゾ。動かせる展示物が欲しいってナ」
戦史博物館には既に[AS-1]の展示物がある。
だが、あれはただの模型らしい。僕は本物だとばかり思っていたが。
「それで展示品らしく、わざと汚してるのね」
レティシアの言うように、鎮座しているAS-1は汚しや傷があるように見える。
格納庫の雰囲気に呑まれて、気付かなけなかった。
「全部塗装だぜ。リアルだろ?」
「これ、塗装なのか……まるで本物みたいだ」
「本物なんて見たことないでしょ」
レティシアの横槍を浴びつつも、ヨナの大仕事の成果を眺める。
もちろん、この後に待っている僕の役割のことは忘れてはいない。
「それでさ、これ……いつテストする?」
「ああ、その件か」
この[AS-1]はイベントで動くところを見せなければならない。
おまけに実物と全く同じように、スラスターを使って跳躍したりすることも要件に含まれている。
「テストって、どういう意味なの?」
「戦史博物館主催のパレードってあるんだよ」
「知ってる。『地球終戦記念日』ってやつのでしょ」
パレードの最中、どこでスラスタージャンプを披露するかはわからない。
当日は戦車や小型の機動兵器がセントラルシティを縦断する。
そこに10メートルのAS-1が登場すれば、パレードはより一層素晴らしいものになるのは想像に難しくない。
しかも、実機同様の動きができるレプリカ。
ヨナのことだろうから、重量からスラスター配置までそっくりそのままに作っているはずだ。
「そうそう、CKにテストパイロットを頼んでるんだゼ」
ヨナの言葉に、目を見開くレティシア。
そのまま、僕の方を見る。
「なんで引き受けたの」
「いや、僕も納得はしてないんだけどね……」
今でもレティシアの方がテストパイロットに向いていると思う。
だけど、パイロットでもあり、メカニックでもあるヨナからすると僕の操縦の方が理想らしい。
「推進剤を充填しないと使えねーからな。あと1ヶ月くらい掛かるぜ」
「それは許可の問題?」
「あったりめーよ。必要書類と手続き、自治軍基地から燃料タンクとトレーラー、データ収集用の装備と機材が必要だからな。それらの調達と調整することを考えて、ざっと30日以上ってとこかナ」
――なるほど、難しいものなんだな……
「待って、なんでカールがテストパイロットなのよ。危ないでしょ」
「うるせー、オメーだと機体のバランサーがイカレんだよ。フルスロットルでぶん回しやがって」
「なによ、チキンのくせに」
「やんのか?」「やるの?」
睨み合う2人。
いつも通りなのは構わないが、今日はケンカをするために集まったわけではない。
だが、いつも通りでいられる2人を、僕は羨ましいと思ってしまう。
僕は車の後部座席から荷物を取り出す。
それはテイクアウト容器がたくさん入ったものだ。
完成日が今日であることは数日前に知らされている。
せっかくなので、大量のスナックで打ち上げをやることを思いついた。
ほとんど自腹だが、大仕事を終えた親友に労いの1つもできないのはみっともない
それに、僕は関係者である。
つまり、一緒に騒いでも何も問題がないということだ。
「2人とも、料理が冷めちゃうよ」
僕の言葉に、睨み合っていた2人が唐突に互いの手を握り締めた。
「たまには良い仕事するじゃない」「付き合ってくれてありがとうヨ」
束の間の停戦協定が結ばれたところで、階段を上って事務所へ向かう。
簡易机と椅子を並べ、料理を広げる。
フライドポテト、フライドチキン、ハンバーガー、オニオンリングフライ、それに山ほどのソーダ缶がある。
これでパーティの準備は万端だ。
「――それじゃ、ヨナの大仕事。AS-1の完成を祝して……」
「「「乾杯!」」」
プルタブを引き起こし、ガスが漏れる音が重なる。
何かをやりきったら、一息つく。
家族や友達と盛大にお祝いして、楽しい時間を過ごして、満足するだけ楽しむ。
それは良いレストランや大きな家で出来たら、きっと素晴らしい時間になる。
でも、場所なんて関係無い。
美味しい料理は、いつもの場所でも特別な時間にできる。
それを、僕は知っている。
レシピブックがそれを教えてくれた。
作る人、食べる人、場所、時間……祖父が残したボロボロのノートは、ただ料理の作り方が書かれただけのものではない。
それらの品々で、空間と体験を作ること――それこそが、本当に料理を振る舞うということなのだ。
直接、そのように書かれているわけではない。
僕は、まだ祖父の域にまで達しているとは思っていない。
それでも、祖父の字やレシピの書き方、盛り付けに至るまでの全てが……1つの物語のようだった。
だから、わかる。
同時に、難解でもあった。
汲み取ったそれが本当に正しい解釈なのか、自信が持てない。
きっと、父も同じだったのだろう。それ故に苦悩し、諦めた。
でも、僕は僕なりの解釈に自信を持っている。
責任を背負っている。
おかげで、今日も――とびきりの笑顔を目の当たりにできていた。
それが、僕の……僕にしかできない。証明の方法だ。
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