第5章:激戦「ヌードル・ウォー」

Act:05-1 クロス・エンカウンター 1

 トマトと香味野菜、ワイン、粗めの挽肉。

 フライパンの中で渾然一体となっているのは、パスタに合わせるソースだ。


 市販のパスタソースはトマトにオニオンペーストを入れただけの物や食用油にガーリックペーストを溶かした物が有名だ。

 もしくはスープやポタージュの中に茹でたパスタ麺を入れたりするのが一般的である。



 店で同じものを材料から作ったところで面白みが無い。

 そこで、祖父のレシピブックに書かれていた『ボロネーゼ』という単語を徹底的に調べてみた。

 オンラインアーカイブにも何度か登場するワードだったが、詳細な作り方や見た目は一切出てこない。

 当然、レシピブックにも書かれていなかった。


 セントラルシティの中央図書館で5時間粘った結果、ボロネーゼというパスタソースが実在したことを発見。そこからレシピを導き出すことができた。

 そして、今。僕は『ボロネーゼソース』を完成させたのだ。



 ――思ったより時間掛かったな。


 ソースにしては挽肉や野菜といった具の主張が激しい。

 ベイサイドの飲食店で有名な、魚貝がたくさん入ったパスタ料理みたいだった。



 ――あとは誰かに試してもらうだけだな。


 味見をした感じでは完璧だった。

 なかなか注文してもらえないけど、ヌードルメニューを注文してもらえば出すことができる。


 ふと、店内を見回す――が客は1人もいない。

 時刻はもうすぐ昼になる頃だ。これから忙しくなる。



 だが、今日は忙しくなられるのは困ることになりそうだ。

 クロエは休みだし、妹は学校。母は急用で外出していた。

 父は……今頃、どこかを走り回っているだろう。



 ――母さんが帰ってくるまで、お客さんがたくさん来ませんように……


 祈るような気持ちでいると、来客を知らせるドアベルが鳴る。

 反射的に出迎えると、ぞろぞろと入ってくる客達に圧倒された。

 作業着の集団、その雰囲気はどこか威圧感が感じられる。



「い、いらっしゃいませ……」


「おう、席に案内してくれや」


 恰幅の良い中年の男を先頭に、その客達がカウンター席に並ぶ。

 背筋を伸ばし、不動の姿勢で着席する様子は……どこか機械のような印象を受けた。

 年齢も性別もバラバラな一団だが、組織の規律が感じられる。


 ――まるで軍人みたいだ。



「店員さんよぉ、この店は何が美味いんだ?」


「なんでも美味しいですよ。ちょうどヌードルの新作がありますが、いかがです?」


 中年の男が全員に視線を送る。

 そうしてから、命令するかのように言い放つ。


「お前ら、好きなものを頼め」


 その指示を受け、若者達が一斉にメニューを手に取る。

 まるでそうするのを許されていなかったかのような感じだった。



「お兄さん、注文いいかい?」

 責任者のような男とは別の男が僕を呼ぶ。

 注文を取る姿勢を取り、次の言葉を待つ。



「さっき言ってたヌードルを2つくれ、俺と彼の分だ」

 そう言って指差したのは、本人とさきほどの中年の男だった。


「はい、注文承りました」


 すると、他のメンバーも同じくヌードルを注文してきた。

 他のメニューはあまりそそらなかったらしい。

 

 既にソースは出来ているので、あとはパスタ麺を茹でればいい。

 大鍋に水を入れ、沸かす。

 沸騰したらパスタ麺を丸ごと投入して、茹で上がるのを待つだけだ。


 料理が来るまで、一団は終始無言だった。

 唯一、指示出ししていた中年男だけが店内をじろじろと見回している。

 他のメンバーは微動だにしない。本当に機械みたいだ。


 そんな一団に新作を振る舞う……のはちょっと不安だが、注文されたら出すしかない。


 トレーに乗せ、ボロネーゼソースのパスタを提供していく。

 全員に配膳し終えると、中年の男が横を見て全員に視線を送る。


「各自、好きにしろ」


 それが許可の文言だったかのように、全員がフォークを手に取ってパスタを食べ始めた。まるで、犬に『待て』と芸を仕込んでいるかのような感じすらある。 

 一心不乱に食べ進める様に、味を楽しんでいる様子は無い。


 そして、最初にヌードルの注文をした男と指示を出していた中年男の表情が曇っているのが気になってしまう。

 どこか、不満そうな感じだ



 そのまま傍観してもいい。

 だが、新作を出したからには意見を聞かねばならないだろう。



 僕は恐る恐る声を掛けた。


「――食事中、失礼します……もしかして、お口に合いませんでしたか?」


 僕の言葉を聞いて、中年男の眉間に皺が寄る。

 それは、怒りの表情だった。



「なぁ、店員さんよ。頼んだのは、ヌードルだったよな?」


「ええ、はい。ヌードルメニューになりますね」


 ヌードルというのは麺料理全般を指す。

 ここではパスタ麺、他の店はそもそもヌードルメニューが無いことがほとんどだ。



 だが、僕の発言は反感を買ったらしい。

 カウンターテーブルに握り拳が叩き付けられる。

 振動と打撃音、食器がカタカタと音を鳴らす。横に並んで食事をしていたメンバー全員が手を止めていた。



「おいおい、ヌードルっつたらよ。スープがあって、具があって、塩っ気があるもんだろうが。これは何だよ、なあ?」


「そうそう、俺らはそういうヌードルが食えると思ってたのに」





「……申し訳ありませんでした」


 僕は深々と頭を下げる。

 男2人の嘲笑うような笑い声がした。


 僕はただ、頭を下げて謝罪するしかない。




「この店はなんでも美味いって言ってたよな? 次はきちんと、美味いヌードル食わしてくれよな」

 中年男の横にいた男が言う。

 

「すみません、お代はけっこうですので……」


「そりゃいいな、ありがたい」


 中年男はそう言って、皿の上に残っていたパスタを一気に口にかき込む。

 他のメンバーもそれに倣うかのように、一気に料理を平らげた。

 

 全員が食事を終え、席を立つ。

 そして、ぞろぞろと店を出て行った。


 僕は再び頭を下げ、一団を見送る。

 よく見ると、全員が同じ格好をしている。機械油と煤が着いたジャンプスーツ。

 その背中には「ライフキーパー」と書かれていた。


 どこかで見聞きしたような気がするが、どうでもいい。

 僕は客を失望させてしまった。



 ここ最近は特に調子が良かったから、きっと慢心してしまったんだろう。

 次々とメニュー開発に成功していたし、ベイサイドやヒルサイドの出来事で料理人として成長を実感していた。

 だから、考えが甘くなっていたんだろう。


 自分の舌や技術を過剰評価していたようだ。

 だから、こうしてお客さんの要望を叶えられなかった。



 ――料理人失格だな。


 空いた食器を片付け、洗う。

 作業を終え、客が来ない店内で僕はずっと考えていた。


 「ライフキーパー」の人達が求めているヌードルというのは、おそらくスープヌードルのことだ。

 それはただ単にパスタ麺をスープにぶち込んだのとは違う。



 地球で失われた料理の中に、あるヌードル料理がある。

 それは極東アジアで生まれ、世界中で愛された料理。さすがに祖父のレシピブックには載っていなかったが、アーカイブを閲覧する趣味がある人間ならば……誰でも知っている。


 その存在を追うことは、未踏の地を探すのと同じくらいに困難だと言われている。

 料理人の端くれなら、どんなヤツでもその単語を聞いたことがあるはずだ。



 『ラーメン』

 その料理は、かつてそう呼ばれていた。


 市販のスープヌードルはこれを目指していたらしいが、とても及ばない。

 これを指す文献は面白いほど出てくる。それでも再現不可能と言われているものだ。


 僕も断片的にしか、その情報を集め切れていない。

 だが、やれないことはないはずだ。




 それに――あの人達に満足してもらうには、それくらいしないといけない。


 ――やれるはずだ。


 頭の中にぐるぐると食材のリストと調理方法が巡る。

 今すぐにでもあれこれ試したい衝動が沸いてきた。



 母が戻ってくるのと同時に、僕は店を出た。

 あちこちで必要な食材を買い集め、自分の部屋に戻る。


 集めていた情報を整理し、調理器具を並べた。

 これから始まるのは、未知への探求。誰も正解に辿り着けなかった深淵に挑むことになる。



 僕はもう、引き返せない。

 あとは突き進むだけだ。


 

 

 

 

 





 

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