Act:04-7 ナイト・ハウンズ 4
深夜の自治軍基地、無人偵察機の下でわたしは身を潜めていた。
姿の見えない敵のせいで身動きが取れずにいる。
銃声もしない、発砲炎も見えない。
おまけにアスファルトの舗装路に大穴を穿てるほどの高威力の弾丸。
もしかしなくても、敵はかなり強力な武器を使っている。
しかも、複雑な造形の無人偵察機に当てることなく、わたしの足元を狙ってきた。
腕の良いスナイパーがわたしを狙っている。
だが、基地全体が厳戒態勢に移行している様子は無い。
――どういうことだ?
ヒルサイドにある大規模な軍事基地。そこを守るスナイパー、それが基地と連携していないというのは不自然だ。
無線でもスナイパーの情報や自分が発見されたという内容は入ってこない。
遮蔽物からライフルが出ないように気を付けながら周囲を探る。
基地外れにある駐機場、無人の偵察機が並んだ区画には高い建造物や見張り台は無い。
だとすれば、遠方にある建造物からの射撃なのは間違いない。
発射された方向を確認すると、古い建造物の輪郭が見えた。
位置的には滑走路の管制室のようだ。距離的にも条件に合致する。
照明が点いていないから、おそらく廃墟になっているのだろう。
ざっと、1000メートル。このライフルの性能を測ったことは無いが、厳しい距離なのは間違いない。
相手はおそらく大口径の狙撃銃、それもかなり精度が良い。
射手の技量とライフルの性能が噛み合って、手強い相手になるだろう。
ここから基地外周部にあるガスタンクに向かうには、遮蔽物のない場所を突っ切るしかない。
相手が凄腕のスナイパーとなれば、それは考えるまでもなく自殺行為だ。車両を使ったところで、大口径のライフルならば簡単に貫通する。装甲車クラスの防御力のある車両があれば話は変わってくるだろうが、そんなものを盗む自信は無い。
――排除以外に方法は無さそうだ。
スナイパーを倒すことができれば、安全にガスタンクに辿り着ける。
敵がこのまま、わたしを放置しているわけがない。どこかで基地に連絡を入れて、掃討部隊を派遣してくるだろう。
そうなってしまえば、強行突破以外で基地から脱出できなくなる。
スナイパーがわたしの存在を報告しないのは、何か理由があるはずだ。
本人に直接聞くしかないだろうが、この状況を利用しない手は無い。
このまま出ても撃たれてしまう。
しかし、派手な陽動は使えない。
相手は暗闇の中で正確に狙撃してきた。それは単に腕が良いというだけではない。
おそらく、暗視装置を装備しているのだろう。
自治軍の装備がどれだけの性能かはわからないが、遠方からこちらの動きに気付けたということは、それなりの望遠性能と精度のある装備らしい。
――試してみる価値はありそうだ。
一般的に暗視装置の仕組みはいくつか分類がある。
だが、個人で運用するとなれば限られてくる。それならなんとかなりそうだった。
進むことも、退くことも、どちらもリスクがある。
最善手は立ち向かうことだけだ。
ライフルと拳銃からオプションを取り外す。
照準補正用のレーザーモジュール、コンパクトなライト、それを稼働させるスイッチを入れた。
すぐにそれを無人偵察機の陰に設置。レーザーは頭上に向け、ライトは射手の方に向ける。
レーザーユニットを振るように動かしてから、わたしは位置を変える。
上手く視線が誘導されたらしく、移動しても撃たれることは無かった。
暗視装置はレーザー光線を視認できる。おまけにライトの光で見えにくくすることで、レーザーを出している機体を見えにくくすることにより、わたしがずっとここにいると偽装できる。
装備が少ない場合、照準用のレーザーで位置を伝える手法がある。これをしていると敵に誤認させるのが目的だった。
さすがに開けた場所へは飛び出せないが、いくつか先の無人機まで移動できた。
このまま射程距離まで接近したいところだ。
――次の手だな。
無人機の区画には何台か牽引車があった。
その1台を調べてみるとスターター・キーが刺さったままだ。これなら動かせる。
しかし、牽引車は文字通り、機体を牽引する車両だ。パワーはあるが、速度は出ない。これに乗って移動したところで蜂の巣にされるのは変わらないだろう。
しかし、それが複数あれば……話は変わってくる。
運の良いことに、牽引車はまとめて駐車されていた。
それら全てを始動し、それぞれ適当な方向に向けて走らせる。
わたしはその中の1台、スナイパーが潜伏しているだろう位置に向けて走る牽引車の陰に隠れながら進む。
さすがに牽引車の陽動に気付いてはいるだろうが、他の牽引車が破壊された様子は無い。
じわじわと距離を詰めていくと、廃棄場のような物が見えてきた。
身を隠すのに充分な遮蔽物がいくつもある。
廃材やコンテナの陰に隠れながら進む。
建物に近付くにつれて、予想は確信に変わった。
基地外れの建造物は基地一帯を見渡すことができ、かつ目立たない。
複数の階層があって、屋上もある。一級の装備を揃えれば、立派な
――炙り出すか。
まずは敵の位置を特定する必要がある。
そのために侵入してもいいが、罠や待ち伏せがあるかもしれない。
だったら、外から撃ち込んで反応を伺うのも戦術の1つだ。
こちらは遮蔽物が多く、場所を変えるのも難しくない。撃ち合うには良い環境だった。
物陰からライフルを構え、スコープを覗く。
薄暗い視界で建造物を捉える。もちろん、スナイパーは見えない。
おそらく、部屋の奥にいるのだろう。そうすればスコープレンズが反射しても見えずらい。おまけに敵からの銃撃で被弾しにくいという利点もある。
地上階の窓に向かって射撃を開始。
だが、落ちた空薬莢を無意識に拾っていた。相手がどこから狙っているかわからない。ただの空薬莢1つでも、こちらの位置と状況を知らせてしまうからだ。
数発の射撃、静寂。
位置を変え、射撃を再開。今度は2階――手応えは無い。
――次は……3階か。
次の遮蔽物へ移動するために立ち上がろうとした矢先、目の前の地面が大きく抉れた。
砕けたアスファルトが飛び散る。
咄嗟に身を隠しながら、建造物の様子を窺う。
気配や痕跡は見当たらない――が、遮蔽物の向こうに小さな光が見えた。
それは、おそらくガラスの破片だ。
わたしの射撃で窓ガラスが割れたのは間違いない。しかし、地上階と2階の破片がこちらまで飛んでくることはない。
砕け方や粒の大きさからすると、破片が落ちて飛び散ったわけではなさそうだ。
おそらく、3階の部屋から窓ガラス越しに射撃したのだろう。
内側からの強い衝撃、それによって細かいガラスの破片が飛散。それが廃棄場の瓦礫や廃材の近くまで届いていたようだった。
――見つけたぞ。
3階と2階に向けて、適当に撃ち込む。
すると、それに応じるように狙撃が飛んでくる。
音のしない大口径弾が遮蔽物や地面を穿つ。あと少しでわたしの身体が吹き飛ぶところだ。
だが、まだ不利ではなかった。
相手もこちらも、発射炎が見えない。
だから、相手が撃ったからといって位置がわかるわけではない。
お互いに勘に頼った手探りの射撃だ。
わたしの射撃が効果を上げているかはわからない。一方、相手の勘はなかなかのものだった。
敵の銃は機関砲に使えるような大口径の弾薬を使っているに違いない。
弾が大きいということは、携行するのも大変だということだ。
つまり、弾数には限りがある。……わたしも同じ条件だが。
撃つ、動く、撃たれる。
それを何度か繰り返し、膠着状態であることを悟った。
自由に動けるのは、わたし。こちらから動いてやる。
ライフルに付いているコンバットライトを取り外し、点灯。
それを頭上へ放る。
同時に、装備から
――3階と2階……どっちだ?
状況証拠的には3階にスナイパーがいるのが濃厚だ。
しかし、相手は中々の実力を持っている。駆け引きも得意かもしれない。
もしかしたら、3階にいるように見せかけているとしたら……?
――いや、迷ってる暇は無い。
安全ピンを抜いた閃光手榴弾を3階へと投げ込む。
放物線を描いて、狙い通りに窓を破って部屋へと入った。
3階の部屋で閃光が瞬く。
爆音が聞こえたのと同時に、わたしは遮蔽物から飛び出した。
閃光手榴弾によってスナイパーは行動不能、もしくは怯んでいるはずだ。
今なら建物に接近できる。罠が用意されているかもしれないが、ここで釘付けにされているよりマシだろう。
何にも身を隠さず、立ち上がって走る。
その最中、わたしはずっと不安に苛まれていた。
射撃も、閃光手榴弾も、全く手応えを感じられない。
それに、これまでも上手く行きすぎていた。
潜入、スナイパーに対しての偽装・陽動、対抗……わたしの打つ手がこれほど効果を示している。
相手の実力、度胸からすれば、あまりにも順調だ。
――まさか、これ自体が罠か?
そう思ったのも束の間、強い衝撃を受けた。
息が詰まり、体勢を崩してしまう。
――これは、狙撃か!?
身を転がすように元いた場所へと戻る。
遮蔽物に再び隠れ、身体と装備を確認。
大口径弾を撃たれたはずだが、身体はどこも欠損してない。
だが、肝心の武器――ライフルが大きく歪んでいた。
ライフルのフレームに大穴が空き、もはや銃として構えられるような形状ではなくなっている。
ライフルを装備から排除し、放り投げた。
しかし、拳銃では戦える距離ではない。これではスナイパーを排除するのは不可能だ。
――任務は、失敗か。
作戦目標は未達成、接敵してる状態での撤退。
これほど無様な姿は無い。このままでは武器が無いことを悟られ、応援部隊に包囲されてしまうだろう。
その前に、撤退するしかない。
それは現状で選べる中でも、かなりマシな選択肢だった。
装備から2つの手榴弾を取り出し、ピンを抜いて適当に放る。
片方を頭上へ、もう1つは自分の足元に転がした。
頭上に投げた手榴弾が途中で軌道を変える。
スナイパーが反応した証拠だ。
――勝負にこだわるつもりはない。
目先の戦いで負けても、最終的に勝てばいい。
この作戦が失敗したからといって、コロニー攻略の計画が頓挫するほどの影響は無い。
ならば、逃げ帰る選択肢は間違っていないはずだ。
投げた手榴弾から煙が吹き出す。
わたしが使ったのは煙幕を張るためのものだ。高度なセンサーやスコープを妨害することができる。
――次は、会いたくないものだな。
わたしは立ち上がり、車両基地へと駆け出す。
運の良いことに、スナイパーはわたしの背中に銃弾を撃ち込まなかった。
煙幕が警備兵の注目を集めたこともあり、わたしは難無く逃走車両に辿り着き、その荷台へと飛び込んだ。
基地が厳戒態勢に入る直前、〈ホース1〉の運転する輸送車がゲートを通り抜け、無事に基地から脱出を果たした。
緊張が解け、耐え難い疲労感と後悔が全身に満ちる。
瞼を開けていられる余裕も無い。
わたしは意識を保つ努力を手放し、易々と眠りに落ちた。
失敗した責任、未練、仲間達への申し訳ない気持ち。
それらがずっと頭の中で巡っている。
それでも、わたしはこの選択を、行動を、間違っているとは思わない。
上官や仲間から厳しい追及をされるだろう。
それは、数時間後のわたしに任せることにする。
まずは、スナイパーとの戦いで消耗した体力を回復させる。自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返す。
激しく揺れる寝心地の悪い荷台でも、今日だけはいくらでも寝られる気がした。
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