Act:04-6 ナイト・ハウンズ 3

 終わりが見えない舗装地の地平線。

 わたしは闇に紛れて、稼働中の車両に引っ付いて移動した。


 誰にも見つかることなく降り立った場所は、潜入している〈ホース1〉がいるはずの車両基地の目前だ。

 ここで〈ホース1〉に合流して、ようやく任務が始まる。

 そして、脱出手段の1つでもあった。


 物陰から車両基地の格納庫を覗き込む。

 目が眩むほどの照明の下で、ジャンプスーツを着た整備士たちが慌ただしく働いている。その中に〈ホース1〉がいるはずだが――見ただけではわからない。


 ――排除は、できないな。


 〈ホース1〉の安全が確保できる状態でなければ、殺傷して障害を排除するのは許されない。

 しかし、密かに忍び込むのは困難を極める。なんとかして〈ホース1〉を呼び出さなければならないだろう。



 どうやってコンタクトを取るかの打ち合わせはしていない。

 その場でどうにかするしかない。


 手元にある装備で密かに連絡するとしたら、コンバットライトくらいしか思いつかない。 

 しかし、整備士の中から〈ホース1〉を特定していなければモールス信号も使えない。それにわたしが見つかってしまうだけだ。



 ――〈ホース1〉さえ見つければ……


 どうしようかと考えている中、整備士たちの動きが気になった。

 数人ずつのグループ、派閥とまで言わないが、特定の関係性があるように見える。

 この基地に潜入するために整備士になった〈ホース1〉がどう動いているかはわからないが、すぐに関係性を構築できているとは思えない。


 だったら、孤立している整備士を〈ホース1〉と仮定して接触するしかないだろう。



 ――コミュニケーション、それも緊急性があるものが必要だ。


 

 車両基地、その格納庫のゲート付近まで接近。

 照明や監視カメラの死角になっているところから覗き込んで、中の様子を再確認する。

 仕事はしているが、無駄話や雑談で不真面目そうな整備士が多い。

 それぞれの配置はばらけているが、駆けつけられないほど離れてもいない。



 ――これなら、気付いてもらえそうだ。



 ホルスターから拳銃を抜き、スライドを引く。

 排莢口から弾頭が付いたままの銃弾が排出され、それを手で受け止める。


 重要なのは気付いてもらうこと。

 整備場に『異物』である銃弾が転がっていたとなれば、整備士は報告や周知の行動に移る。

 その際、誰に誰が反応するかで関係性が明確になるはずだ。


 それに、この拳銃弾は自治軍で採用されているものではない。

 民間軍事会社や傭兵の持ち物として誤認してもらえるだろうが、〈ホース1〉ならすぐに気付くはずだ。



 車両基地の中へ銃弾を投げ込む。

 敷鉄板のある整備区画、複数の人数が反応できそうな場所に狙いを付けた。


 そして、案の定――硬い金属音が格納庫に響き渡る。

 

 整備士たちが一斉に銃弾が落ちた場所の方を向き、その周囲を調べ始める。

 その中の1人が落ちていた銃弾を拾い上げ、整備士たちに集合をかける。

 

 短いやりとりが終わると、整備士たちはそれぞれの持ち場へと戻っていった。

 だが、その中で1人だけが集団と違う動きをしている。

 ほとんどが車両基地の奥へ向かったのに対し、その整備士はこちら――車両基地のメインゲートに向かってきた。



 ――〈ホース1〉だな。


 その場から離れ、物陰に身を潜める。

 鉄板入り作業靴のゴツゴツとした足音が近付いてきた。

 

 人影がわたしの前を通り過ぎ、そのまま進む。

 どうやら、車両基地を離れるらしい。行く手の先には集積所があった。大量のコンテナやケースが積まれている。

 集積所の外れの方には投棄予定のケースや機材が並んでいる。そこにはカメラも警備兵も配置されていないようだった。


 安全を確保しながら、〈ホース1〉と思われる整備士に付いていく。

 ほとんど光が届かない場所、身を隠せそうなハードケースの山に整備士は身を潜めていた。



「思っていたより遅かったぞ」


 そう言って、整備士は深く被っていた作業帽を取る。

 そこには見覚えのある顔があった。〈ホース1〉、古参のジュリエット・ナンバー隊員だ。



「待たせたな」


「大丈夫だ、許容の範囲内だ」


 そう言って、〈ホース1〉はタブレット端末を取り出す。

 そこに映し出されているのは基地の図面だ。複数の格納庫にマークが入れられている。



「――残念ながら、G-ユニット部隊の人員や装備は出払っているらしい。作戦の第2攻撃目標は達成できない、設備も難しそうだ」


「どういうことだ?」


 わたしの問いに答えるために、〈ホース1〉はタブレット端末を操作する。

 そこには兵器――母艦のような図面が書かれていた。


「どうやら、G-ユニット部隊は専用の母艦を建造したようだ。タイミングの悪いことに、ちょうど昨日に部隊と人員はそちらに移動してしまった。それに、G-ユニット部隊が入っていた格納庫は普通の格納庫と変わらない。壊しても無駄だ」


 ――なんてことだ。


 出遅れただけなら、まだいい。

 G-ユニット部隊が専用の母艦を運用してしまっているということは、潜入や破壊工作がほぼ不可能になってしまった。

 これから何か仕掛けるとしても、人員や装備、時間を失う方法しか選べない。完全に失敗だ。



「ならば、基地設備の破壊だな」


「ああ、武器庫からくすねてきた爆薬がここにある」

 ホース1が山ほどあるケースの中から軍用のパッケージを取り出す。

 それを受け取って中身を確認してみると、無線による遠隔起爆装置が取り付けられた携帯爆薬が入っている。

 それを装備の中に収納している間に、別のケースの開封が始まっていた。


「――場合によっては、これも必要だろう」

 そう言って、ホース1が取り出したのは自動小銃のようだった。

 コンバットライトを点灯させて確認してみると、コロニー軍の上級射手に支給されているマークスマンライフルだ。

 グレードの高いライフルスコープ、ライトモジュール、フォアグリップ、サプレッサー、オプションが付いているだけでなく、いくらかカスタマイズが施されている。



「……悪くない」


「この携帯端末に基地情報を入れてある。基地内の無線をモニターできるようにしたから上手く使え」

「助かる」


 ライフルと端末を受け取り、予備弾倉を装備に加えた。

 少なくとも、これで出来ることの幅が広がる。


 ライフルの吊り紐スリングに身体を通し、初弾を装填。

 スコープの自動調整機能を起動させた。



「脱出路の方を頼む」


「あまり派手にやるなよ?」

「わかっている」


 〈ホース1〉が再びタブレット端末の画面を見せてきた。

 今度は基地の外周部にマークが入っている。


「爆薬はこのガスタンクに使え。高度な装甲化はされていないし、これをやれば兵器の稼働率は落ちる」


 表示されている画像から判断すると、外周部にあるガスタンクは推進剤の材料になる触媒の一種だ。これが喪失すれば、機動兵器の推進剤――つまりは燃料が無くなる。

 部隊の大半が稼働できなくなるだけでなく、この基地の価値も大きく損なわれるということだ。



「これからガスタンクへの破壊工作に移る」


「逃走の準備はしておくが、基地が厳戒態勢になったら助けになれない。それだけは覚えておけ」


 いくら身分を偽装していても、基地に出入りしていれば追跡調査をされる。

 〈ホース1〉と襲撃犯の関係性が疑われてしまえば、数日もしない間に我々の拠点である『ライフキーパー社』まで到達するだろう。 

 そういう意味では〈ホース1〉の安全は最優先次項だ。



「了解した」


「無理だけはするなよ」

 そう言って、〈ホース1〉は闇の中に消える。

 

 わたしも格納庫群から離れ、基地の外周部にあるガスタンクを目指す。

 


 建造物から離れれば、警備はセンサーやカメラくらいなものだ。

 車両の巡回も少ない。このまますぐにガスタンクまで到達できる――はずだった。



 無人機偵察機が駐機してある区画を進んでいると、不意に視線を感じた。

 周囲に人影は無い。監視できるような場所も見当たらない。

 すぐに身を隠し、周囲を探る。



 ――この突き刺さるような視線、並みの兵士ではないようだ。


 おそらく、敵はわたしを見つけている。

 すぐに撃たなかったのは、わたしが自治軍の兵士かどうかを確認していたわけじゃないだろう。

 確実に撃てるタイミングを探り、わたしを観察していた……相手はスナイパーだ。



 まだは感じられなかった。

 相手は相当な手練れだ。よく訓練も受けている。実戦経験もあるかもしれない。




 ――誘ってみるか。



 無人偵察機の下から走り出し、遮蔽物から飛び出す。

 すると、足元の舗装路に小さな穴が穿たれる。音も無く飛んできた大口径弾が足元に着弾したのだ。


 身を投げるようにして、元いた場所に身を隠す。

 射撃の方向は舗装路の弾痕で予想できそうだ。

 しかし、初弾を外したのは偶然ではないだろう。




 相手はどうやら、勝負好きらしい。


 ライフルの安全装置を外し、身体に引き寄せる。

 相手の位置、距離、装備、一切情報は無い。

 それでもやるしかないだろう。



 ――今夜は、長くなりそうだ。



 全身から汗が噴き出るのを感じ、呼吸を整える。

 緊張、静寂、恐怖――まだ、戦いは始まっていない。


 これからだ。

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