Act:04-5 ナイト・ハウンズ 2
揺れる車内でパイロットスーツを着込み、用意された装備の点検を済ませる。
本来ならヒルサイドの中央区画にあるホテルで寝ていることになっているが、この作戦のためにこっそり抜け出し、仲間と合流した。
「もう一度、説明するぞ」
暗い車内で副隊長のマーカス大尉がタブレット端末を起動させた。
車内を照らす光量の中、モニターに表示された地図に意識を集中する。
ヒルサイド・プラントにある自治軍の大規模基地、コロニー・E2サイトで最も大きな基地設備だ。
ここは単に主力部隊が駐留しているというだけでなく、戦局を左右する『Gユニット部隊』が本拠地としていることもあり、戦局を左右する重要な拠点であることが明確となった。
この基地に対しての破壊工作、『Gユニット部隊』の情報収集。それが今回の目標だ。
基地は大規模だが、進入路はいくらでもある。
そして、今回も潜入工作員〈ホース1〉がサポートしてくれる流れとなっていた。
具体的な目標として、基地内設備の破壊。『Gユニット部隊』の予備機や設備の発見・破壊工作。
可能であれば『Gユニット部隊』に関連する人員の暗殺。
わたし1人でやれることは少ないが、これらが達成できれば開戦後の戦況はかなり有利に進められる。
最悪の場合、条件を達成してから自治軍に拘留・射殺されても、我々の勝利条件は達成される。そうなれば任務は達成されたも同然だ。
「中にいる〈ホース1〉はお前の動きがわからないし、変装している。むやみやたらと殺すなよ? 接触方法は直接対面だ」
潜入員は暗号化された無線を持ち込むことが難しいことが多い。
そうした場合、人目に付かない場所で合流してやりとりすることがほとんどだ。
〈ホース1〉はその点で言うと、潜入のプロだ。彼の正体が暴かれることは考えられない。
しかし、これから潜入するわたしが発見されたり、接触のために不審な行動をさせてしまえば〈ホース1〉の潜入が暴かれてしまうだろう。
「潜入用の装備として、今回は拳銃しか支給できない。殺傷を回避するためだ」
どうやら、わたしは撃ちまくる方だと思われているらしい。
これまで何度も潜入作戦に参加しているというのにその評価は心外だ。
「……了解だ」
副隊長から拳銃を受け取り、
既に弾薬が装填された
「最後の通信によると、〈ホース1〉は車両格納庫で作業しているとのことだった。合流しろ」
副隊長がそう言ったのと同時に車両が止まる。
スライドドアが開いて、ジュリエット・ナンバー隊員が降りて周囲を警戒。
安全が確保されているという報告を受け、わたしも降車する。
外は真っ暗、目の前には自分の身長と変わらない高さの植物が生えている。
どういった植物かはわからなかったが、整備されている様子は無かった。酸素供給用に配置されたものだろう。
「J07、わかってると思うが、くれぐれも見つかるなよ?」
「問題無い。レストランで働いているからといって、身体が鈍っていないことは証明したはずだ」
「いや、それはわかってるけどよ」
苦笑いしながら、副隊長がヘルメットを手渡してくる。
本来ならば、こういった任務でも最低人数である2人で行うものだ。
だが、持ち込んだモビル・フレームの整備や他の潜入工作に人員を割かれているらしい。
それだけ、このコロニーの守りは堅いのだろう。
「作戦を開始する」
ヘルメットを被り、拳銃に弾倉を装填してスライドを引く。
いつでも発砲できる状態にして、わたしは基地に向かって移動を始めた。
わたしが茂みに足を踏み入れた途端、後方でモーターの駆動音が聞こえる。
振り返ると、副隊長たちと一緒に乗ってきた車両が走り去っていた。
見晴らしの良い場所だったので、長居するのは危険だ。
それに、この場所に留まっても支援はできないだろう。
丈の大きい草を掻き分けながら進む。
地図上ではこの茂みを越えた先に誘導路と格納庫が広がっているはずだ。
フェンスが設置されているのは間違いないが、侵入に必要な工具と装備は手元にある。
――入るのも、出るのも、なかなか大変そうだ。
作戦目標を達成、もしくは達成が難しくなった場合、複数の手段を用いて基地から脱出しなければならない。
脱出手段は3つある。
〈プランA〉
車両基地に〈ホース1〉が管理している小型輸送車があるらしい。
これにはスキャンから逃れる工夫が施されており、車両の積荷に紛れるというものだ。
これが1番簡単で、なおかつ失敗のリスクが無い。
しかし、自分が発見されたり、〈ホース1〉が拘束されるようなことがあればこれは使えなくなる。
〈プランB〉
基地には地下構造体があり、他のプラントを繋ぐ専用の地下通路が存在する。
また、地下ということはコロニーへの外壁側――自治軍の防御基地に繋がる通路もある。警備がより厳重にはなるが、地下構造体区画を通ってコロニーの外側に出ることができる。
自力で基地から脱出できるプランの1つであり、最悪の状況でも使える脱出方法だ。
このプランを使うこと自体が作戦失敗を意味しているようなものだが、コロニーの外に逃げられればなんとか身を隠すことができる。
自治軍に余計な緊張を与えてしまうが、見つかったり、死体になるよりマシだ。
〈プランC〉
最悪の状況、どうにもならない場合のプランだ。
基地にある戦闘車両、機動兵器を用いて、無差別攻撃を実行する。
その際は自治軍や政府に「テロ攻撃」と誤認させるようにしなければならない。
これはわたしが死ぬしかないやり方だ。
それでも部隊の関与が疑われなければ、なんとか作戦は継続させられる。
――これまでもやってきた任務だ。
困難だとは思わない。
もっと難しい局面に対応してきた経験があるし、潜入工作はわたしたちジュリエット・ナンバーが最も得意とする内容だった。
茂みを踏破し、ようやく待望の金網フェンスに辿り着いた。
上部には乗り越え防止のニードルフェンスが追加されている。
だが、地面の方には何も対策は施されていなかった。
装備から小型のレーザートーチを取り出し、金網に押し付ける。
拳銃とほとんど同じ造形、そのトリガーを引くと先端から青い光条が伸びた。
側面に付いている調節用のトグルを回して、トーチ用に修正。金網を切断していく。
侵入できるサイズに金網を切り取り、潜り抜けた。
これで不法侵入に成功。第1フェイズの完了だ。
――まだ、始まったばかりだ。
基地内部の情報は何もわかっていない。
まずは潜伏している〈ホース1〉から情報を得なければならないだろう。
格納庫は山ほどあるし、航空基地として建設されているので敷地の規模も膨大だ。
それぞれの建造物を調べていたら、あっという間に陽が昇ってしまう。
そうなってしまったら、わたしは大変なことになるのだ。
本当ならば、
夜明けまでにホテルに戻る――それがベストだ。
人目に付かないように格納庫の陰に身を隠す。
基地はあちこちに照明設備があり、監視カメラやモーションセンサーといった装備も充分に配置されていた。
これら全てを無効化していくのは時間も装備も足りていない。
――だが、やるしかないか。
迅速かつ地道に、それでも無駄を省く。
潜入は常にリスクがつきまとう。その永遠に感じられるほどの緊張感を耐え抜くのはそう簡単ではない。
だからこそ、わたしたちが必要だ。
難局に立ち向かい、死を恐れずに任務を達成する。
全身から指先まで冷えていくような感覚。集中力が極限まで研ぎ澄まされている時のものだ。
こういった感覚は、極限状態に陥るか、極端な任務に臨んでいる時にしか得られない。
――いいぞ、不安は感じない。
緊張どころか、満ち足りた感覚すらある。
失敗するような気がしなかった。
闇の中に身を潜め、開けた場所を避ける。
そうして、わたしは夜の闇の中を進み続けた。
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