Act:04-4 ナイト・ハウンズ 1
陽が落ち、夕闇の中に沈んでいくヒルサイド・プラント。
そこには自治軍の大規模な基地が建造されていた。
セントラルシティの基地が本司令部であれば、ヒルサイドはその代替機能を兼ね備えている。
モビル・フレームの主力部隊が入れ替わりで基地に駐留し、訓練や整備を行う。
巨大な滑走路や格納庫が立ち並ぶ景色、それを一望できる場所に来訪者がいた。
大きめのライフルケース、双眼鏡を手に周囲を見回す。
そして、手にしていたヘッドセットを装着し、無線機のスイッチをいれた。
「着いたわ、状況はどう?」
来訪者は女だった。
幼さが残る顔立ち、色白の肌、青色の瞳。
少女と呼ぶべき年齢の女は双眼鏡で基地の様子を確認する。
『――様子はどうだ、ルイン?』
ヘッドセットから聞こえた男の声。
少女は舌打ちして苛立ちを隠そうともしない。
「……今のあたしは、レティシア・イー」
『本当にすまない。どうしても、思い出してしまって……』
少女は普段、セントラルシティで市民として生活していた。
公営のアパートに住み、すぐ隣にあるレストラン「フェー・ルトリカ」に入り浸り、ハンバーガーだけを好んで食べている。
自治軍予備役、その訓練生として軍には所属していたが、その身分は偽りのものだった。
「それで? ヒルサイドの基地に何か問題があるって?」
『ああ、何者かがデータベースにアクセスした痕跡が見つかった。我々が狙いなのは間違いない。このまま放っておけば、部隊の運用に差し障るような事が起きそうだ――』
「そのネズミの駆除ってことね。基地に警告するってのはしなかったの?」
無線の向こうで大きな溜息が聞こえた。
少女――レティシアはライフルケースを開封、そこには大型の狙撃銃が分割された状態で収められている。
『まだ戦時下ではない。一般兵から漏れ出て、コロニー全体に不安を煽るわけにはいかないんだ』
「政治ってヤツね」
狙撃銃を組み立て、空の弾倉に弾薬を装填。
15.8ミリの長距離狙撃用弾薬、成人男性の親指よりも太いそれを弾倉内に滑らせるように込めていく。
「交戦規定はどうする? 基地にあたしのことは伝わってないんでしょう?」
『その位置は基地側から把握しにくい場所だから、警備兵を撃ち殺さない限りは問題無い。ネズミに噛まれたとしても、逃げたりするのには困らないはずだ』
レティシアがいる場所は滑走路の外れ。
今では使われていない
事務机がいくつも並んでいたものを動かし、あるいは積み重ね、身を隠しつつ狙撃銃を構えられるように陣地を構築する。
事務机の上に狙撃銃を置き、大体の作業が完了した。
「……それで、そのネズミの正体はわかってるの?」
汗を拭いながら、レティシアは話を再開した。
『地球軍だ。使われたクラッキング・ワームが過去に他のコロニーで使われたものと一致している』
「それを手に入れた
『それはない。これの暗号化プロトコルは対応する認証キーが常に変化する。これら全てのパターンを網羅するには高度なシステムが必要なんだよ。そこらのハッカーが持ち込める装備なんかじゃない』
通信相手の男の説明に納得するレティシア。
複数の弾倉全てに装弾を完了し、身に付けているボディバッグに押し込んだ。
「それで、ネズミさんの実力はどうなの?」
『戦力分析はまだ出来ていない。今夜が初めての接触となるからな』
スコープ越しに見える景色は薄暗いが、基地の照明設備のおかげで多少の光量は確保されていた。
そして、弾倉を狙撃銃に装填。発射状態に移行する。
「やることは簡単だ。ネズミを捕まえて、マスクを剥ぐ。あとは巣ごと掃除だ」
「……任せて、シロー。振られた仕事はきっちりやるわ」
『そこはきちんと、教官か大佐って呼んでくれないと』
「あたしの前に出てきたらね。場に適切な方で呼んであげる」
狙撃銃を引き寄せ、安全装置を外す。
基地内にはたくさんの作業者や兵士がいる。そのどれが潜入した地球軍の兵士なのかは見当が付かない。
だが、どう取り繕ってもボロが出るものだ。とレティシアは知っていた。
それは、自分自身が1番わかっている。
普通の人間ではない自分が、ごく普通の移民の男と一緒に過ごす時間。それを自分でぶち壊さないように散々気を使ってきたからだ。
そこにイレギュラーが紛れ込んでいたことも、レティシアにとっては面白くないことだった。
スコープ越しに人々の動きを追う。レティクルを重ね、トリガーに指を掛ける。
理由さえあれば、片っ端から撃ち抜いてやりたい。
すぐに彼の待っているだろうセントラルシティに飛んで戻りたい。
そして、何事も無かったようにレストランで『ハンバーガー』を注文する。
レティシア・イーの日常はそれが全てで、それこそが彼女の守りたいものだった。
不意に、くうと腹が鳴る。それは通信相手には届かない。
レティシアはヘッドセットを外し、狙撃銃を構え直した。
「……こんなことになるなら、テイクアウトしてきたらよかったなぁ」
ぼんやりと、いつも食べているハンバーガーの味を思い出していた。
荒い挽肉のパティから出る濃厚な肉汁、レタスとトマト、スライスしたオニオンのみずみずしさ、ケチャップとマヨネーズの濃厚なコンボ、それを包み込むバンズの香りと口当たり……
くだらないと思いつつ、それがレティシアが1人でも戦える理由だった。
彼女の世界、そのもっとも大切なピースである――カール・コーサカの世界、異なる次元のようであっても重なり合っている。
それをレティシアはかけがえのないものと思い、守り通すことを誓ってすらいた。
だから、今晩の狩りも失敗しない自信がある。
基地に潜んだ狩人が獲物を待っている。
それは他の兵士や作業者は知らない。
そして、そこに訪れる
静寂だけの世界、そんな中でもレティシアは獲物を待ち続ける。
だが、レティシアの耳には賑やかな「フェー・ルトリカ」の喧騒がまだ残っているのだった。
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