Act:03-9 デジタル・コンバット

 錆と埃と煤、ライフキーパー社の工場はいつも通りだった。


 だが、目の前にあるモノはつい先日完成したばかり。

 モニターには人型機動兵器『モビル・トルーパー』が戦闘している光景が映し出されている。




「また負けそうだな」


「アレに勝てるのか?」


 他のパイロット達が嘆く。

 彼らはさっきまでシミュレーターポッドに乗り込んで戦闘訓練をしていた。


 交戦時間は約3分、ベテランパイロットからジュリエット・ナンバーの隊員までもが撃墜されている。それも当然だろう、何故なら相手は――




「おお、やってるな」

 背後から隊長が現れた。わたしのすぐ隣に立ち、モニターを眺める。


「戦績はどうだ」


「全員戦死です」

「お前は?」


「これからです」


 モニター上、シミュレーションでの宇宙空間で30式type-30が敵機に向けて射撃を行う。

 片手で装備できる45ミリマシンガン。その火線は敵機に直撃する――が、損傷は与えられない。



 翼のようなバックパック、白いカラーリング。

 それはわたしが勝てなかった相手――『G-WING』と呼ばれる最新鋭機。

 

 先日、コロニー自治軍の基地に潜入してサーバーに細工した結果、この最新鋭機とそれを運用する「Gユニット部隊」という存在についての情報が得られた。

 さすがにパイロットの個人情報までは掴めなかったが、正確な部隊規模や運用を把握できるだけの内容を取得、これは攻撃実施の際に本隊に役立ててもらえるはずだ。



 一方、我が隊は予備の機材と収集したデータを元に『G-WING』と対戦できるシミュレーターを造ったらしい。


 おそらく、暇潰しが目的だろう。隊員達は随分と熱中しているようだった。



 

 マシンガンを投棄した30式がG-WINGとの距離を詰める。

 腰に付けていたハンガーユニットから近接兵装のソードを取り出した。


 射撃兵装は翼状のユニットによる『防御スクリーン』装備によって防がれてしまう。

 ならば、格闘武器は通るのではないか――と考えたのかもしれない。

 

 しかし、吶喊する30式は詰めたはずの距離をいとも簡単に離されてしまい、そのまま射撃によって撃墜された。


 G-WINGの主兵装、ガウスライフル。

 片手で装備できるサイズの火器。そのサイズは標準的なマシンガンやカービンといった中近距離で使うような武装にしか見えない。

 だが、その射撃精度や発射初速は手持ち火器の想定を遙かに上回るような代物だ。



 G-WINGという機体の恐ろしいところは、こちらの攻撃を無効化する『防御スクリーン』があることではない。

 高い機体性能、まばたきする間に撃墜されてしまうほどの威力と精度を発揮するガウスライフル、搭乗パイロットが射撃戦を得意としていることだ。




「勝てるのか?」


「厳しい相手です」


 正直なところ、30式の武装ではとても勝てそうにない。

 

 『防御スクリーン』というのは微粒子状の質量物を展開して物理攻撃を無力化するものらしいが、シミュレーションの結果では30式が装備できる火器では突破できないことがわかった。

 おまけに、機体の性能自体も比較するまでもないほどの差がある。これをパイロット技能や現場レベルの改修で埋めるのはほぼ不可能だ。


 

 不意打ちや奇襲で目の前まで接近したとしても、G-WINGには他にも装備が存在する。


 〈T-MACSスパロー〉系が装備している『ブーツブレード』、推進剤を使ったプラズマジェットを脚部の爪先から噴射、そのジェットで対象を両断するという武装だ。

 これは前兆や間合いを先読みすることで回避できる。

 

 他には前方広範囲に爆発物を撒き散らす『マイクロスプラッシュランチャー』。 

 露払い的な装備であると予想できるが、この武装によって複数の機体や大型火器を一気に破壊されてしまう可能性が高い。

 シミュレーターのAIは使ってこないが、接敵時にいきなり使われるとこちらが不利になるのは想像するまでもない。非常に危険な武装だ。




 G-WINGはあらゆる距離、あらゆる状況を想定して構築されている。

 長期戦に持ち込めば、状況は変わるかもしれない。

 しかし、それも楽観的な予想だ。



 Gユニット部隊の戦力はG-WINGだけではない。

 

 腕部や脚部を入れ替えることで機体の性能や武装を大きく変更できる〈G-ACS〉、その特殊なシステムを支える『ワスプ級特別輸送艦』。

 これにコロニー自治軍のT-MACS。正確には宙域仕様に改修された〈T-MACSⅡ〉が大量に出てくるはずだ。


  

 練度なら負けてはいないだろう。

 しかし、物量の差というものはなかなか切り崩せないものだ。





 シミュレーターから隊員が出てくる。

 どうやらカーマイン軍曹が挑戦していたらしい。


「クソ、アレとどう戦えってんだよ!!」


 事実、わたしが生還できたのは運が良かっただけだ。

 もし少しでも状況が違っていたら、宇宙空間に漂うデブリの一片になっていたに違いない。



「――ジュリエット07、腕が錆び付いてないか見せてもらうぞ」


「了解」



 他の隊員にああだこうだとシミュレーション内容の文句を言っている軍曹を横目に、わたしはシミュレーターポッドに入り込んだ。


 馴染み深い固めのコクピットシート。操縦桿とフットペダルの感触。

 ゲームセンターにあった筐体とは違う、本物のそれだ。


 

 ハーネスベルトを締め、コンソールの設定を自分用に合わせる。

 実機と同じように機体の起動手順を進めていく。


 戦闘に必要な機能を稼働させれば、すぐに戦闘宙域へと送り出される設定になっていた。

 他の隊員と同じく、いきなり宇宙へと放り出される。


 だが、実際の感覚とは異なる。

 自分自身に重力が掛かっている感触があるからだ。



 

 モニターいっぱいに映し出される黒の景色。小さな光点と大小様々な岩石状のデブリ、デジタルで再現された暗礁宙域――その光景は、作戦開始直後を思い出させる。


 艦隊から発進後、わたしは僚機と共に民間輸送船を捕捉。

 拿捕しようとしたところを奇襲された。

 そして、燎機のジュリエット08を撃破され、突撃したわたしも撃墜される。



 ――あれが無ければ、どうなっていただろうか。


 

 当時のG-WINGがどういった動きをしていたかはわからない。

 訓練という名目で出撃していたようだが、真相は不明。



 ――どんな準備をすれば、勝てるというのだろうか……?


 正面から戦っても勝てない。数的有利も崩される。暗殺も難しい。

 ならば、〈G-WING〉という機体のシステムに対処するしかないだろう。


 Gユニット部隊は基地を転々としているだけでなく、移動のスケジュールも極秘だった。唯一、彼らが前線で使う母艦の動向だけはっきりしているが、それだけでは打てる手はない。




 遠くの方で、微かに光点の明滅が見える。

 

 シミュレーター映像のちらつきのせいで、はっきりと確認できない。

 それに、まだ機体のセンサーが捕捉できる距離ではなかった。


 光点がG-WINGなのは間違いない。

 問題は、既に向こうから捕捉された状態だということだ。



 シミュレーションの都合上、AI機は実際のセンサー有効範囲外から捕捉状態になる。

 コンバットシムとして、戦闘が起こらない状態を防ぐための設定だ。


 G-WINGはこちらを察知してはいるが、スペック上の捕捉可能距離に近付くまでは撃ってはこない。

 それが唯一の救いだ。



 ――さて、どうする?


 不規則に漂うデブリ、遮蔽物にして戦うにはあまりにも頼りない。

 しかも、こちらが装備している武装の射程は短い。



 ――考えるまでもない。

 

 操縦桿のスロットル・スライダーを回し、機体を加速させる。

 迫ってくるデブリ片を掠めるくらいギリギリで避けながら前進。

 

 距離が縮まったのか、敵機からの照準波を感知。コクピット内に警報が満ちる。

 当然ながら、こちらの武装が届くような距離ではない。


 

 岩石の形をしたデブリのすぐ傍を通り抜け、次の遮蔽物へ向かおうとした矢先。

 光弾が目の前に飛び込んでくる。


 ――撃ってきた!


 操縦桿を倒し、適当な方向へ進路を変更。

 G-WINGの主兵装、ガウスライフルから発射された90ミリ高速徹甲弾がデブリの間を抜けてくる――が、間一髪のところで回避に成功。


 大きなデブリに身を隠し、様子を窺う。

 ガウスライフルはスペック上、機関砲マシンガンのように連射が可能だ。

 シミュレーションでは設定に落とし込んではいないが、迂闊に飛び出せば穴だらけにされてしまうだろう。


 そういう意味では、このシミュレーションは実物より数段弱い相手ということになる。

 だが、凶悪な相手であることは変わらない。


  

  意を決して、遮蔽物から飛び出す。


 途切れていた電子音のアラーム、敵機から狙われていることを告げる警報が鳴り出した。

 ガウスライフルの射程は未知数だが、機体本体の光学センサーで捕捉できる範囲はほぼ確定で命中する性能なのだろう。


 武器本体からの火器管制レーダーFCR照射があるため、なんとか発射を感知できる。



 射撃のタイミングはわからない。

 だが、次々と遮蔽物に隠れつつ接近していると、それほど撃たれることはなかった。


 相手は生身ではない。

 ただの簡易AI程度では、を行うことは難しい。

 牽制、探り撃ち、偏差撃ち、そうした射撃技術を駆使した手を使うことができないのだ。


 だから、これは正確なシミュレーションではない。




 片手で数えるほどの狙撃を避け、G-WINGのシルエットが見えるほど距離を詰められた。

 あの時はまで接近した。そこで撃墜されたのだが。



 G-WINGが武器を手にした右腕をゆっくりと伸ばす。

 それは、撃墜される寸前の光景と全く同じだった。 


 ――あの時とは、違う。


 即座にトリガーを引き、装備している45ミリマシンガンを発射。

 光弾がG-WINGに向かって飛んでいく。


 そして、G-WINGの背中にある翼のようなユニットが稼働。

 前方に向かって伸ばされた翼状のパーツが発光、発射した45ミリマシンガンの弾はその翼の前で消失した。


 

 防御スクリーン、バリアというやつだ。

 翼状のユニットから粒子状の物体を放出、それが物理的に飛翔体に接触して制止・もしくは破壊する装備。


 だが、この装備には弱点もある。




 わたしは小刻みにトリガーを引きながら、機体を旋回させる。

 G-WINGとの距離を詰めつつ、回り込む。


 45ミリマシンガンの弾倉交換が行われている間に、G-WINGの背後を取った。

 


 防御スクリーン装備を使用中、放出する粒子を安定させるためか、G-WINGは武装どころかスラスターを使用することができないらしい。

 攻撃も回避も行えないということだ。


 おまけに、防御スクリーン装備による防御範囲は前方のみ――





 ――ここまで近付けば、回頭しても間に合うわけがない!


 

 すぐ目の前に、G-WINGの白と青が迫ってくる。

 未だに翼状のバックパックは本体前方に伸びたまま――今から回避機動を取っても、逃れられるものか。



 トリガーを引く。


 電子合成音の砲声、シミュレーターポッドの振動。

 それは本物とは、全く違う。


 だが、発射された光弾がG-WINGの白いフレームに当たった瞬間、わたしは感情が爆発しそうなほど――嬉しかった。

 白い装甲が真っ黒に染まり、撃墜を表現する陳腐な爆発描画に包まれる。


 これは、作り物でしかない。



 それでも、わたしは勝った。





 入手した情報は完全ではないし、シミュレーション上のG-WINGは簡素なAIが動かしている。

 しかし、ペーパースペック上のG-WINGを撃破できることが証明された。


 適切な装備、戦術、状況さえあれば――実物も撃墜できるということだ。


 


 真っ暗になったコクピットで、わたしは操縦桿から手を離してシートに身を預けた。

 隊ではまだ未達成だった、シミュレーションでのG-WING撃破。

 それを隊から離れていたわたしが成し遂げた。


 任務達成には少しも影響していないかもしれない。

 それでも、わたしは確かな達成感を噛み締めていた。



 どんな『美味しい』にも勝る満足感――


 兵士として、パイロットとしての価値。存在意義をまだ証明できる。

 

 シミュレーターポッドの外がどうなっているかは想像に難しくない。

 きっと、隊長や上官達がわたしに賛辞や皮肉を投げてくるだろう。



 今はまだ、このを1人で味わっていたかった。


 

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