Act:03-6 スニーク・ミッション

 聞こえるのは、自分の呼吸音。

 重装備の宇宙服、そのヘルメットの分厚いバイザー越しに宇宙空間が見えていた。


 コロニーの外壁、真っ白な地平線。

 わたしは宇宙服の腕に付いている端末の情報を頼りに、静寂の中を進む。



『――こちらオヤカタ、ニンジャ。状況はどうだ?』


 ヘッドギアから隊長の声が流れる。

 再度、端末の画面を確認。目標地点まではもうしばらくかかりそうだった。



「ニンジャよりオヤカタ、当方は

 今回の作戦のために与えられた無線符号コールサインを用いつつ、応答。

 外壁の点検という名目を使って、外部からセントラルシティの自治軍基地に潜入するという任務。

 目的は自治軍のデータベースにアクセスし、敵の新型モビル・フレームの詳細の情報やパイロットの個人情報といった内容を収集することだ。


 我々がコロニー・E2サイトを制圧するには、わたしが交戦した「翼のある白い機体」を攻略する必要がある。



 宇宙服での重たい1歩を踏みしめながら、侵入予定地点となる機密扉のある場所へと辿り着く。

 背負っていた装備を降ろし、パッケージを展開しつつ。手順通りに無線に合図を送った。



「こちらニンジャ、


『———カイト1、これより周辺監視を始める』

  


 取り出した電動工具を使って、封印されている機密扉を開封する作業を開始。

 埋め立てているが、丁寧に処理されているわけではないようだ。


 数分で機密扉が開放できる状態になる。

 ドアの一部をあえて破壊して、内部の機密を確認。空いた穴からは空気が漏れている様子はない。


「情報通りだ、このままへ移行する」


 コロニーのメンテナンスに関わっている企業から情報を盗み、基地のセキュリティや人目を避けられるルートを構築することができた。

 予定通りに状況が推移できれば、軍に察知されずに情報を得られるはずだ。



 破損した機密扉をこじ開け、中へと侵入。

 情報では、ここは倉庫区画だったらしい。飛来したデブリ片が区画を損傷させてしまったことで一帯の区画は修復できなくなったようだ。

 数週間後に埋め立て処置が行われる予定だった。多少の痕跡が残っても、大した問題にはならないだろう。


 区画の奥へと進むとエアロックがあった。通電しているし、機密も確保されている。これも情報通りだ。


 エアロックを通過すれば、基地の敷地内。

 地下シェルターへと繋がる通路の一角へと出た。


 

 ――よし、酸素も重力もあるな。


 作業用の重装宇宙服を脱ぎ捨て、近くにあったコンテナの中へ隠す。

 これは潜入している仲間が設置してくれたものだ。これも予定通り。


 

 身に着けていた民間業者の制服に異常が無いかを確認、名札、ID、制帽を身に付ければ準備完了だ。

 荷物から自動拳銃を取り出して装弾を確認、宇宙服の腕に付けていたタブレット端末を手にする。


 荷物からインカムを取り出し、装着。

 短いノイズの後、外壁の監視カメラで確認している隊員からの音声が流れた。



『カイト1、周辺監視を切り上げる。通信終了』



「——こちらクリーナー、予定地点に到着」


 作戦手順で決められた通り、内部に到達してからはコールサインを変えて合図を送る。

 しばらくすると、通路の奥から何者かが近づいてくるのがわかった。


 軟質樹脂の靴音、滑車らしき動作音、どうやら兵士ではないらしい。

 物陰に身を潜めていると、すぐ近くで止まる。

 


「待たせたな、クリーナー」


 その声には聞き覚えがある。隊で最年長のジュリエットナンバーの男だったはずだ。

 物陰から様子を窺うと、大きなカートを押す作業着姿の男がいた。

 わたしが身に着けているものと同じ作業着、作業帽を深く被っているせいで顔はわからない。


「ホース1……だな?」


「カートの中に入れ」


 隊員が押している大きな台車カート、それは小さなコンテナやハードケースを運搬するためのものだ。

 ちょうど人が入りそうな大きさのコンテナが載っている。


 ホース1――先に潜入している隊員の指示に従い、カートのコンテナに身を隠す。

 息を潜めていると、カートが動き出した。


 ホース1がミスをしなければ、基地のサーバールームへ向かうことになっている。

 そこで、わたしは必要な情報を得るために端末にアクセスしなければならない。



 コンテナの外が騒がしくなった。話し声や物音が聞こえてくる。

 自治軍の基地内なのは間違いないだろうが、まるで街中みたいだ。

 

 地球軍には人目のあるところで雑談や私語は禁止されている。艦内の風紀や規律を守るためだ。

 コロニー軍はそういった規範が存在しないのだろうか?



 しばらくすると、カートが止まる。

 ウェストポーチに忍ばせている拳銃に触れつつ、ホース1がコンテナを開けるのを待つ。


 すると、僅か空いた隙間から声が聞こえてきた。



「周囲は安全だ」

 カートのコンテナから身を出すと、そこはサーバールームの隣の部屋らしい。

 透明な硬質樹脂製の壁を隔てて、いくつもの端末が見える。薄暗い室内にモニターの光がぼんやりと灯っていた。


 周囲を見回す。

 どうやら、この部屋はサーバールームとは無関係の部屋のようだ。

 ただのオフィス、今は使われている様子は無い。


「この部屋からサーバールームに侵入できる」

 そう言って、ホース1はコンテナの脇に付けていたケースから何かを取り出した。

 一見、防護服のように見えたそれは、樹脂繊維製のジャンプスーツらしい。

 おそらく、使い捨て用の作業着だ。


「ここの空調はサーバールームと繋がっている。サーバールームの冷風を取り入れているんだろう」

 タブレット端末に建造物の図面を表示させ、ホース1は説明を続ける。


「いくつか工具は必要になるだろうが、そこまで厳重なセキュリティは無いはずだ。進入した後はを仕込めばいい」

 わたしたちの常套手段、軍事ネットワークにハッキングするための裏口バックドアを仕掛ける。基地内でデータを探すより、遠隔操作で弄った方が何倍も安全だ。

 また、仕掛けるウィルスには使われる単語や回数を精査して機密情報を特定する機能もある。これでわたしたちが気付いていないも暴くことも可能だ。



「それにしても、この部屋……身体が冷える」


「だから、この部屋は使われていないんだろうな」


 作業着だけでは少し肌寒い。辛くはないが、ずっと留まりたいとは思わない。


 ――さっさと仕事を済ませてしまおう。



 ホース1から与えられたジャンプスーツを着用。簡易マスクと作業用手袋を身に付け、指示された通りに空調設備と向き合う。

 カートとコンテナを足場にして、頭上に取り付けられているエアダクトの蓋を外す。

 そこはただの穴、ファンやブレードが設置されている様子は無い。



「なるべく急げよ」


「了解だ」


 這い上がるようにして、ダクトの中へ潜り込んだ。中は真っ暗だが、装備にはケミカルライトを用意している。

 早速、軟質樹脂のアンプル容器を折り曲げるようにしてケミカルライトを発光させた。

 緑色の光がダクトの中を照らす。運の良いことに、サーバールームに一直線に繋がっているようだった。


 匍匐して、物音を立てないように進む。

 ダクトそのものは薄鉄板で加工されているようだ。気を付けないと音が反響してしまって、侵入者の存在を知らせてしまうことになるだろう。

 おまけに清掃できないせいで、埃が溜まっていた。冷房の湿気を吸い込んで泥のようになっている。


 ――ホース1には感謝しなければならないな。


 彼が渡してくれたジャンプスーツが無ければ、作業着が汚れてしまっただろう。

 この作業着は軍に出入りしている清掃会社の制服を盗んだものだ。後でこっそり戻す必要があるので汚したくはなかった。


 ダクトを進み、サーバールームの真上にやってきた。

 工具で空調のカバーを外し、持ってきた樹脂製のコードを通して天井にぶら下げる。

 慎重に部屋に降りると、そこは身震いするほど室温が低かった。


 隣の部屋より何倍も寒い。

 多分、室温は氷点下近くなのではないだろうか。


 サーバーの端末を確認。

 しかし、外部のポートが無かった。これではワームを入れることが出来ない。



「サーバーの構成図はあるか?」

 耳に付けたインカムに向けて、問いを投げる。

 すると、ホース1は端末を抱えたまま駆け寄ってきた。



『これでどうだ?』

 透明な硬質樹脂の壁に、タブレット端末を押し付けるようにして見せてきた。

 何かの図面のようなものが表示されている。


 ――仕様書か!


 図面だったなら話は早かったのだが、我々が手に入れられる情報というのは必ずしもに使えるものばかりではない。

 どんな情報でも、何かの役に立つこともあるのは身をもって知っている。


 このサーバールームで軍全体の情報を管理しているわけではない。

 この小規模なサーバールームは軍の主計課――つまり、兵站や補給に関する部署のものだ。


 人や物、数字の動きを調べるだけではない。

 主計課は様々な部署や部隊と連携している。それはつまり、人や物の動きを記録するためのデータのやりとりがあるということだ。

 その人や物の流れにウィルスを仕込んだ端末や記録媒体、盗聴器を忍ばせられる。


 今回の作戦では特定するのは難しいだろう。

 だが、標的を絞り込むことは出来るはずだ。



 仕様書にあるキーワードや記号から連携している端末を特定。

 外装を取り外し、内部のポートに記録媒体を接続。読み込みが始まった。


 ――これで任務完了だな。


 使った記録媒体にはデータが残らない。

 だから挿しっぱなしにしても特定されることはない。



「クリーナーよりホース1、作戦目標を達成した。そちらに戻る」


 近くのサーバーケースの上に乗り、ダクトの中にへ戻る。

 外したカバーを取り付け、隣の部屋へと向かう。


 ホース1が待っている部屋の真上まで来ると、何か物音が聞こえた。

 


『そこで待機しろ』


 ダクトの中から部屋の様子を窺うと、どうやら部屋に誰か入ってきたらしい。

 足音は2人、ここからは男性らしき足下しか見えなかった。



「おっと、すまねぇ。作業中だったか」

「――なんでよ、いつもはいないじゃない」


 ――女と一緒か……?


「すみません、今清掃中なんです」


「ここ使ってないでしょ、どうして掃除してるのよ!」


 女の苛立った声がダクトの中まで響いてくる。

 明らかに不機嫌だった。


「自分もそう思うんですが、ここをやるように指示されてまして……」


「ありえない! ありえないわ!」

 喚く女がホース1に近付くのが見える。

 軍の士官服、腰には拳銃のホルスターがあった。


 ――対処すべきか……?


 ウエストポーチから拳銃を取り出し、消音器サプレッサーの装着が甘くないかを確認。安全装置を外して、トリガーに指を掛けた。


 いつでも撃てるように女の頭部に狙いを付けておく。



「まぁ、仕事中なら仕方ないさ。夜までお預けだな」


「いやよ、せっかく時間取れたのに……!」

 男の隣に戻る女士官、姿は完全に見えないが抱きついているようだった。

 


「あと少しで終わるので、部屋の外に出てもらえませんか?」


「――なによ! 偉そうに!」

「落ち着けよ、あんまりキツく当たるとサボりを通報されちまう」


 そう言うと、男の士官がホース1へ歩み寄る。

 制服の上着、その懐に手を入れた。


 咄嗟に拳銃の狙いを定める――が、士官の男が取り出したのは紙幣だった。


「これで内密にしてもらえるかな」


「いえ、必要ありません。夜に必要になるでしょう?」

「なんだ、わかってるじゃねぇか。ありがとうな」


 男はそのまま女士官を連れて、部屋を出て行ったようだ。

 ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。



 ホース1が部屋の外を確認してから、ダクトの下からこちらを覗いてくる。


「よく堪えたな」


  

 拳銃をポーチに戻し、部屋に降りようとしているとカートが真下に移動した。

 ホース1が気を利かせてくれたらしい。


 カートの上に乗ったコンテナに脚を降ろし、ダクトの蓋を直す。

 無理矢理外したわけではないので、痕跡は見つけられないだろう。

 それに、この部屋は人が寄りつかないらしい。わたしが細工したことが発覚するのも時間が掛かるはずだ。



 

 使い捨ての作業用ジャンプスーツを脱ぎ、ダンボール箱の中に入れる。

 汚れたダクトの中を這ったせいで、煤と埃で汚れていた。


 来た時と同じようにコンテナの中に隠れ、ホース1がわたしを基地の外へ運び出してくれるのを待つ。


 

 何かあって欲しくはないが、何も起きないというのもそれはそれで面白くない。

 だが、コロニー軍の緊張感や危機感の欠如のおかげで、わたしたちは無事に基地の外に出ることができた。



 カートごと輸送車両に積み込まれ、そのまま「ライフキーパー社」へと向かう。


 ――これからの作戦もこれだけ上手くいってほしいものだ。

 


 情報を得られれば、次から直接的な破壊工作へと移っていく。

 場合によっては、激しい銃撃戦や爆破に巻き込まれるかもしれない。

 そうなることに不安は感じなかった。



 大型車両の走行音と振動、薄暗いコンテナの中で脳裏に浮かんだのは……カールの笑った顔だった。

 もし、わたしは死んだら――彼はどんな表情をするのだろうか。


 わたしが〈クロエ〉じゃないと知ったら? それとも彼の知人を殺したら?

 答えの出ない問いが頭の中でぐるぐると回る。


 カールを戦いに巻き込みたくはない。

 しかし、コロニーの攻略が簡単に済むとも限らない。


 

 わたしたちの作戦が上手くいっても、最終的には必ず犠牲者が出る。

 それは避けられないことだ。



 

 ウェストポーチから拳銃を取り出し、弾倉マガジンを抜く。

 スライドを引き、薬室チャンパーから装填されていた弾を排出。


 使い慣れている拳銃の感触、銃弾の重さ、身体に染みついているはずの感覚がどこか現実感が無い。

 それほど長くは無いが、銃を手にしない日々が続いてしまった。

 そのせいか、まだ感覚を取り戻せていないように思える。




 ――わたしは、今も誰かを殺せるのだろうか?


 撃てと命令されれば、きっとトリガーを引ける。

 やれと命令されれば、ナイフで誰かの首を切り裂ける。


 だが、命令が無くても……わたしは人を殺せるのだろうか。


 以前ならできていた。

 今は……どうだろうか。



 

 悶々と頭の中でイメージが巡る。

 

 銃と人型の的、発射音と閃光、飽きるほどやってきたのイメージ。

 それは想像じゃなくて、わたしの経験のはずだ。

 今のわたしには、それがどこか他人の出来事のように思えている。


 

 ――なんだか、疲れた。



 揺れる貨物室、コンテナの中でも眠るのには支障が無い。

 付いたら、きっと誰かが起こしに来る。


 考えるのを止めて、とりあえず一眠りしよう。

 ライフキーパー社に着くまでしばらく掛かる。その時間で少しは休めるだろう。


 瞼を閉じ、身体の緊張を解く。

 すると、自分でも信じられないほどにあっさりと眠りに落ちることができた。

 

 考えても仕方無い。自分に言い訳をしながら、瞼の裏に広がる宇宙に身を任せることにした。

 


 

 

 


 

 




 

 

 

   

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る