Act:03-4 グリル・ファイア 1
ゲームセンターで激闘の数々を繰り広げ、僕らはホテルにチェックインを済ませた。
その後、夕食のために町を歩いている。
目的地はもちろん、ミッキーさんからもらったパンフレットの地図にマークが入っていた店『テキスタン』というレストラン。
それに、炭火の風味というものに僕は実感が無かった。
――楽しみだなぁ……
夜のホエールタウンは心地よい喧騒に満ちていた。
談笑、音楽、たくさんの人が行き交う足音、それはセントラルシティのそれとは全く違う。
潮風が人々にポジティブなエネルギーを与えているかのようだった。
「それにしても、バーベキューかァ」
ヨナが興奮気味に口を開く。
「チャコールで肉を焼くと、どう変わるんだ? やっぱり味とか変わるン?」
それはこれからわかることだというのに、わざわざ質問してきた。
理屈では答えを出せる。それに実感が伴っていないことが残念だ。
「直火じゃなくて、熱で焼くんだよ。すると表面だけじゃなくて中心までじっくりと火が通るんだ」
「それって、フライパンとか鉄板で焼くのとどう違うんだ?」
「……それは――」
僕の知識はアーカイブや古書で身に付けたものだ。
実際にバーベキューグリルを扱ったことが無いから、ただの知識でしかないのだが。
「――それを知ったところで、アンタになんの得があるのよ」
レティシアがヨナの頭を叩く。
景気の良い音が響き渡り、周囲の注目を集めてしまった。
――少しは、周りのことを考えてくれたらなぁ。
どこでも普段通りに振る舞う、それはそれで大した度胸である。
僕にはちょっと、それはできそうもない。
「イテテ、いきなり殴るんじゃネーよ」
「なによ、まだ叩かれ足りない?」
2人の激しい攻防を横目に、僕らは歩を進める。
すると、クロエが僕の隣にやってきた。
「どのように違うんだ?」
「……へっ?」
「ちゃこーるとかいうのと、フライパンとでは何がどう違うのか」
「――ああ、その話ね……」
どうやら、クロエも興味津々らしい。
「チャコールっていうのは、樹木みたいな固い植物を燃やしたものなんだ。一度燃やしているから、火を点けるとずっと高温を維持できるんだよ」
「なるほど……電気使わずにフライパンを温められるのか」
「バーベキューっていうのは、そのチャコールを使った調理方法なんだ。火が付いた炭から発せられる熱で食材を焼くんだよ」
納得したように小さく頷くクロエ。
どこまで理解してくれたかはわからないが、続けて質問してくることは無かった。
目的の店はもうすぐそこまで迫っている。
それを知らせるように、美味しそうな料理の匂いや活気が風に乗って流れてきた。
その魅惑的な風のせいか、誰かの腹が鳴る。
僕もすっかり腹が減っていた。
半ば駆け足気味に全員が店へと駆け込む。
しかし、そこは店と呼ぶにはあまりにも広すぎた。
屋外にテーブルと椅子が並び、ウェイターが料理を運んでいる。
僕らが入ったのはあくまで店の出入り口、公園の一区画のような開放感。
それは僕たちのような一般人が気軽に入っても大丈夫な店のようにはとても思えなかった。
それでも、ウェイターが空いている席に案内してくれる。
木製のテーブルと椅子、手触りや雰囲気にどこか懐かしさを感じる。木製家具に触れるのは初めてだったが、その素朴さとは対照的に価格は非常に高いらしい。
なんだか、場違いな気がして落ち着かない。
周囲の席を見回すと、ラフな格好の客が多い。ドレスコードが求められるような店じゃないことはたしかだ。
店員が持ってきたメニューに目を通して、気を取り直そうと試みるが思った以上に店の広さが衝撃だった。
――それにしても、すごい規模だ。
テーブルは30くらいはあるだろう。
厨房らしき小屋があって、そこを中心にテーブルと椅子が置かれているようだった。
遠目からでも、小屋の中が忙しく動き回っているのが見える。
「……おいおい、挙動不審だゼ」
「それは、お互い様だろ」
僕をからかってきたヨナは、メニューを持つ手が震えている。
あまりにも開放的過ぎる。まるで映画に出てくるような高級レストラン――という安直な先入観のせいで緊張してしまっていた。
一方、クロエやレティシアは平然としている。
2人の平常心や度胸は大したものだ。僕も同じくらい動じない人間になりたい。
――それにしても、種類が多すぎないか?
バーベキュー、それは炭火で様々な食材や調理した品を
だから、料理として……何でもできるという強みがある。
メニューには牛、豚、鳥、海鮮、野菜、シチュー、串焼き……その豊富さのおかげでメニュー表も分厚い。
周囲のテーブルを見てみると、ステーキを注文している客が多かった。
たしかに、バーベキューと言えば牛肉のグリルステーキは定番だと聞いたことがある。
バーベキューの歴史を遡ると、どちらかというと豚の方が本流なのだが……
「……よォし、じゃあビーフステーキにしとくか。CKのとこでも出してるしな」
「じゃあ、僕もそれにしよう」
これは妥協ではない。
とりあえず、何かを腹に入れてから考えても遅くはないはずだ。
「――どうしてハンバーガーが無いのかしら……?」
「どこにでもあるわけじゃないと思うけど――」
レティシアは平常運行のようだ。
ハンバーガーが好きなのは構わないが、本当にそれだけしか食べてないんじゃないかと不安になる。
ハンバーガーは肉や野菜が入っていてバランスが良い――と彼女自身が言い訳しているが、そんなことはない。
好き嫌いせずに、色々食べてもらいたいものだ。
「じゃあ、わたしもビーフステーキにしよう」
「じゃあ、決まりだナ」
「待ちなさいよ、あたしはビーフステーキにするとは一言も――」
「うるせーな。噛んで、飲み込んで、胃袋に入ったら同じじゃねーか」
「違うでしょ、さすがに」
視線で火花を散らしてそうな2人を余所に、僕は近くのウェイターを呼んだ。
すぐに早足で駆け寄ってきたウェイターの男性の『ご注文は?』の一声で、ヨナとレティシアが姿勢を正していた。
「ビーフステーキが4人分、ドリンクはアップルジュースで」
「焼き加減はいかがします?」
ウェイターの言葉に、僕は思わずメニューに読み直す。
たしかに、お好みの焼き加減に調節すると書かれていた。
――こういう場合って、どれくらいがいいんだろうか……
レストランでステーキを焼かないわけではない。
それなりに値が張るのと、僕がいる時しか出せないということもあって、注文する人はほとんどいない。それに、そういう人は事前に連絡してくるものだ。
「フフッ、オレは……レアで」
格好付けてオーダーするヨナ。おそらく、シアターかコミックの真似事だろう。
「……僕は、ミディアムで」
「あたしも」
「わたしも同じものをたのむ」
「かしこまりました。料理をお持ち致しますので、もうしばらくお待ちください」
オーダーを受けたウェイターが立ち去る。
注文が終わったことで、いくらか緊張が和らいだ。
同じように、ヨナも余裕そうな表情をしていた。
「やってみたかったんだよな、焼き加減の注文」
「そうなの? ウチの店でもやってなかったっけ……?」
「オメーんとこはミディアムとウェルダンだけだろ」
――あれ、そうだったか……?
店でステーキを焼くことがあまりにも少ないので、ほとんど記憶が無い。
毎月末に父がビーフステーキを焼いてくれとせがんでくるが、それ以外で焼くことはあまりない。
父を客だと勘違いして、ステーキを注文したりする初見の客がいることもあるのでそういうタイミングではそれなりに量を用意していたりする。
ステーキ肉は余っても、切り刻んでハンバーガーのパティやハンバーグ用の挽肉に流用できる。だから、常に在庫として用意はしていた。
「そもそも、アンタはカールのお店で注文したことないじゃない」
「だって、高いんだもん」
「……少なくともここの半分くらいだからね?」
メニュー表には『フェー・ルトリカ』の数倍くらいの価格帯が並んでいた。
もらったクーポンで大幅に割り引きしてもらえるから堂々と座っていられる。クレジットだけで払うにはあまりにも高い価格設定だろう。
「というか、CKと同じミディアムでオーダーしやがって……ステーキといえばレアだろ!」
ヨナが言っている事は、戦前の頃の話だろう。
まだ宇宙移民が始まっていない時代では、生産者が食肉のクオリティを競争するような流れがあったほどに高い品質だったらしい。
ストア99の畜産担当であるマッコールおじさん曰く、『今の牛肉は当時のそれと比べてまだまだのクオリティ』とのことだった。
しばらくすると、ウェイターがワゴンを押してやってきた。
遠目からでも湯気と熱気が立ち上っているのが見える。
そして、僕らの前に熱々の鉄板皿が置かれた。
「お待たせしました。こちらがビーフステーキです」
それは僕が出すステーキとは比べものにならないくらいに分厚い。
おそらく、1キロくらいはあるんじゃないだろうか。
分厚い牛肉の表面では、今も音を立てながら脂が踊っている。
濃厚な香ばしい風味と灼けた脂の匂い、金属のような光沢を放っている焼き色、僕らが使っているクッキングヒーターの火力で作り出せるものではない。
ウェイターがフォークとナイフをテーブルに置いた瞬間、ヨナはすぐに手に取った。
そして、分厚いステーキ肉にフォークを突き立て、ナイフを入れる。
だが、ヨナの表情が曇る。
切り分けた肉を掲げるようにして、断面を僕に見せてきた。
「おいおい、これがレアなのか?」
ヨナのフォークに刺さっているステーキ肉、その焼き色は見事だったが断面は見事に真っ白だった。肉が本来持つ赤さは微塵も残っていない。
芯までばっちり火が通りきっていた。
これではウェルダン以上に火が通っているようなものだ。
「もしかしたら、僕のと間違ったのかも……」
自分の目の前に置かれたステーキに手を付ける。
フォークで肉を押さえ、ナイフを入れた。そこには肉が持っていたはずの弾力は感じない。ナイフの切れ味が良いのかと思ったが、こちらも同じように断面は真っ白だった。
同じようにレティシアやクロエも自分の手元にあるステーキの断面を確かめる。
すると、どれも火が通り過ぎていた。
「オイオイ、どういうことなんだ。コレ」
不満を漏らすヨナ。
たしかに、これでは焼き加減をオーダーした意味が無い。
表面の焼き色がどれだけ美味しそうでも、ビーフをここまで火を通してしまっては意味が無い。
「もうしわけありません……」
配膳を済ませていたというのに、ウェイターはテーブルの近くにいた。
深々と頭を下げ、謝意を示す。
「これ、ビーフステーキですよね?」
「ええ、間違いありません」
「どうなってんだヨ! オレはレア頼んだってのに!!」
「お客様がよろしければ、お取り下げ致しますが……?」
「ッたりめーダロ!! オレは客だゾ!!」
現金で支払うわけではないのに、ヨナは随分と尊大だ。
しかし、ウェイターの態度や対応から察するに、このようなトラブルは慣れているように感じた。
「では、お下げします」
ウェイターは各自の皿をワゴンに戻し、小屋のような所へ戻っていく。
その背中に落胆の色は感じられない。
ウェイターがいなくなってから、ヨナはすっかり不機嫌になっていた。
「ありえねーだろ、オレたちゃ高い金払うんだゼ?」
「ヨナ、とりあえず落ち着こう。お店の人に八つ当たりしても美味しいステーキは食べられないって」
「……たかが焼いた肉じゃない、なに本気になってんだか」
レティシアは呆れた態度を示す。
いつもならそれに対してヒートアップするヨナだったが、今回は本当に不機嫌らしく、怒りの矛先はレティシアには向かなかった。
1人でぶつぶつと文句を言い続けるヨナ、それをうんざりした表情で眺めるレティシア。
すると、クロエが僕の肩を叩いてきた。
「ヨナは何に怒っているんだ?」
「ビーフっていうのは他の肉と違って色んな楽しみ方があるんだ。特にステーキという料理になると、焼き加減が10段階ぐらいに分類されててね……」
「やきかげん?」
もし、ここにキッチンと食材があったなら、すぐに実演して焼き加減の指標を見せてあげられるのだが残念ながら僕は客だ。勝手にキッチンを借りるわけにもいかない。
「肉の中心にどれだけ熱を通すかってことさ。それで食感だけじゃなくて、味わいも大きく変わるんだよ」
父と数人の客にしか振る舞わないが、それでも僕は毎月ステーキを焼いている。
ミディアムにきっちり仕上げることには自信があった。
「他の肉ではどうして出来ないんだ?」
「衛生的な問題があるんだよ」
「なるほど……」
どこかから足早な足音が聞こえてくる。
それはウェイターのものかと思ったが、硬質で軽い音に違和感があった。
その足音の主が何者かを確かめようとした矢先、テーブルに真っ赤な物体が叩き付けられた。
それに深々とフォークが突き立てられる。
「どうぞ、お望みのレアです」
それは肉塊というにはあまりにも大きすぎる。
おそらく、6人前くらいはありそうな牛肉だった。
金髪の女性、明らかにウェイターでは無さそうな態度の女が僕たちを見回す。
文句は言わせない――と、彼女のつり目が物語っていた。
「お、おう……」
あれだけ不機嫌を撒き散らしていたヨナも、これにはすっかり動揺していた。
「では、どうぞごゆっくり――」
そう言って、金髪の女性は背を向ける。
その態度を、僕は許せないと思った。
だから、といって何をするわけでもない。昂ぶった感情をとりあえず落ち着かせることに集中する。
「おい、どうすんだよこれ」
ヨナが助けを求めるように、僕を見た。
「どうするって、焼くしかないんじゃない?」
目の前にあるのは、ただの生肉だ。これをそのまま食べるわけにはいかない。
しかし、それではこの肉がもったいないと感じてしまう……
少なくとも、肉のクオリティやサイズはストア99でパッケージされているものとは比べものにならない。
これだけデカイ肉を焼いて食うのは、男の夢の1つにカウントされるだろう。
「しーけーが焼けばいい」
不意にクロエが言い放った。
「しーけーなら、ヨナの言うれあにできる」
「いや、まぁ……出来なくはないかな」
しかし、持ち帰るにはあまりにも大きすぎる。
「まぁ、炭火の風味とかは出せないけど……ここよりは美味しいステーキを焼く自信はあるよ」
自分の使い慣れた道具と環境なら、美味しい料理を出す自信はある。
さすがに目の前の肉塊を持って帰るわけにはいかないだろう……
「――てめぇ、今なんつった?」
立ち去ったとばかりに思っていた金髪の女性がいつの間にか、テーブルに戻ってきていた。
そして、僕を睨んでいる。
「アタイの焼いた肉が食えねえってんなら帰れよ。二度とツラみせんじゃねェ」
その口調に、僕の中で何かが吹っ切れた。
同じ料理人、同じ調理物を人に出す仕事をしている人間として、彼女みたいな振る舞いは決して許していいものじゃない。
「ああ、そうだね。こんな店に来るべきじゃなかった」
僕は席を立つ。
そして、用意していたクーポンとクレジットをテーブルに放り投げた。
「この程度のサービスしかできない店で過ごす時間はもったいないよ。さっさとホテルに戻ろう、夕食はデリバリーでも頼めばいい。少なくともここで食べるよりはマシだろうさ」
すると、金髪の女性が僕に掴み掛かってきた。
その手を逆に掴み、引き離す。
「なめんじゃねぇ……ここはな、そこらの店とは違うんだ」
彼女が何がどうして、ここまで意固地なのかはわからない。
だが、それは人に料理を振る舞う仕事をする者の態度とは言えないだろう。
「だから? 君がやってるのはただ食材を加熱して出してるだけだよ。それで人様から金を取ろうっていうのかい?」
事実、飲食店というのはほとんどそんなものだ。
だからこそ、ただ飲食物を提供するだけで終わってしまってはいけない。それでは自動販売機と何も変わらないからだ。
「――カール!? どうしたの? こんな店、出ようよ……」
レティシアが席を立ち、僕の手を引く。
ヨナやクロエも、不安そうな表情をしていた。
「……ごめん、料理人として物申したくてさ」
気を取り直し、店から出ようと歩き出した瞬間。
金髪の女性料理人が僕らの前に立ちはだかる。
手には、生肉に突き刺していたフォークが握られていた。
「あれだけコケにされて、生きて帰すわけにいくか!!」
――何やってんだか……
客を脅す料理人なんて言語道断だ。
とてもじゃないが、ミッキーさんがここを勧めた理由がわからない。
「何がしたいんだ、君は……」
「うるせぇ!! この店を、アタイを、コケにしやがって!」
すっかり頭にきているらしい。
何人かの駆け寄ってくる足音が聞こえるが、彼女はお構いなしだ。
ウェイターの中に紛れて、見覚えのある人影が駆け寄ってくるのが見える。
「なにやってんだセイラっ!」
金髪の男が、彼女の手を掴んだ。
特徴的な髪型、よく通る声――僕はこの男を知っている。
「――ミッキーさん!?」
ストア99の水産部門担当者、パンフレットの地図にマークを書き込んだ張本人。
「やめろ親父っ! アタイはこの店がバカにされるのが許せねェんだ!!」
「だからって、客を脅すヤツがあるか! それになァッ! コイツらは特別な客なんだぞ!!」
ミッキーさんが彼女の手からフォークを奪う。
そして、僕らの方に振り返った。
「すまねぇな、ウチの娘が迷惑掛けちまって……」
――娘!? ミッキーさんにお子さんがいたとは……
そういう話を聞いたことが無かったから、微塵も考えたことがなかった。
ベイサイドからわざわざセントラルシティまで働きに出ているというのは、とても大変なはずだ。
「いえ……大丈夫です」
作り笑顔を取り繕うが、ミッキーさんの娘であるセイラさんと背後からの重圧を感じた。
前には狂犬、背後には飢えた獣が待ち構えている。
「――でもよ、親父ィッ! コイツは自分の方が美味いステーキを焼けるって言いやがったんだ。アタイの目の前で!」
それを聞いたミッキーさんの目の色が変わる。
いつになく真剣な表情で僕を見た。
「それは本当なのか」
「ええと、それは言葉のアヤと言いますか……」
言葉を濁すが、ミッキーさんの鋭い視線は健在だった。
「カー坊、お前なら仕事にプライドを持ってるヤツの気持ちがわかるだろう? どうしてそんなことを……」
僕は小遣い稼ぎで料理をしているわけではない。
もちろん、商売のためだけでもない。
だからこそ、客をもてなせない料理人はキッチンに立つ資格は無い――と思っている。
缶詰の中身を温めただけ、食材を加熱しただけ、料理が出来ない人はそういうだろう。飲食店で振る舞われる料理は往々にして、加工品を用いることが多々ある。
料理そのものにお金を頂いているのではない。
生活の一部、誰もが安心できる飲食の場所と時間を提供しているのだと僕は考えていた。
少なくとも、祖父や父も同じことを考えていたはずだ。
だから、セントラルシティの中心地から離れていても、お客さんが来てくれている。
「すみません、ミッキーさん……僕にだって、許せないことがあるんです」
「あのなぁ……だからって、横柄に振る舞うのはどうかと思うぜ」
僕は自分達がいた席を指差す。
料理の無いテーブルの上に堂々と鎮座する肉塊、その赤色が遠目からでもはっきり見えた。
すると、大袈裟に肩を落とす。
娘のセイラさんの首根っこを捕まえるようにして、一緒に深々と頭を下げた。
「――すまん、こっちが悪かった」
「いや、いいんですよ……別に」
「――よくねェ!!」
父親のミッキーさんの手を振り払って、セイラさんが地団駄を踏んだ。
「おまえはアタイをバカにした! 白黒つけなきゃ収まんねェよ!!」
僕に指を突き付けるセイラさん。
感情が昂ぶったせいか、瞳に涙を溜めていた。
「おいおい、いい加減にしろよセイラ……」
「親父ッ!! アタイのステーキがコケにされたんだぞ。店の看板メニューを!!」
「――でも、お前の……」
このままでは帰してもらえそうにない。
僕も空腹でつらくなってきた。焼きすぎでもいいから食べていたらよかったかもしれないと後悔し始めたところだ。
だが、後ろにいたはずのクロエが前へと歩み出た。
「問題の争点は、ステーキなのだろう?」
「多分、そうかもね……」
事の発端といえば、僕が店で焼けば美味しいステーキを出せると話をしたからだ。
だから、争点はステーキであると言える。
「なら、はっきりさせればいい」
「……と、言うと?」
いつもと変わらない無表情。
だが、その視線が重なった瞬間――何かが違うような気がした。
「どちらのステーキが美味しいか、決めればいい」
――どういうこと……?
それはつまり、僕がステーキを焼かなければならないということだろうか。
クッキングヒーターは電化製品なので電源が必要になる。おまけにキッチン家電なので大きい、すぐにどこかから持ってくるというのは無理があるだろう。
「ほう……じゃあ、見せてもらおうじゃねェかぁ……アタイより美味く焼けるんだろう?」
「いやいや、それは話が違う……」
「大丈夫だ、しーけー」
クロエが僕に向かって腕を伸ばす。
握り拳から親指を立て、ヨナがいつもやっているハンドシグナルを見せてきた。
「しーけーの料理は美味しい、だから大丈夫」
――大丈夫じゃないっ!!
僕は首を横に振って、渾身の否定を意思表示をするが――クロエの言葉は事態をどんどんややこしい方向へと動かしていた。
「――勝負だ。どっちが最高のバーベキューを披露できるか、白黒はっきりさせようぜェ!!」
――どうしてこうなった。
高笑いするセイラさん、自信満々に胸を張るクロエ、空腹で今にも襲いかかってきそうなヨナとレティシア、これから始まるイベントを楽しもうと集まってきたギャラリー……
僕はこの店、ベイサイドに来たことすら後悔したくなってきた。
熱気、喧騒、空腹感、そのどれもが煩わしい。
夜の潮風の心地よさだけが、僕の平静を支えてくれていた。
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