Act:03-3 フェイク・バトル 2
3面モニターに光が走る。
ついさっき、簡単な操作訓練を終えたばかりだ。
感触としては、平面機動に限定して自動化が進んだ操縦システムというべきか。
直感的な入力が可能である時点で、パイロット適性はさほど必要には思えない。
このゲームは
操作訓練の直前、これが終わると対戦が始まると表示されていた。
誰と組むことになるかまではわからない、多分ランダムなのだろう。
再び描き出された空間は、ポッド上部のモニターに映し出されていた市街地だ。
看板のように地図が貼り出されていたのを思い出す。
それほど複雑な地形ではない。起伏はほとんど無いが、常に遮蔽物が存在する状況になるはずだ。
電子音声のアナウンスが流れ、編成が発表される。
自軍と敵軍、それぞれにポッドの番号が並ぶ。わたしの味方はヨナのようだ。
『――あー、あー……聞こえます? クロエさん?』
操作訓練で音声通話用のスイッチの位置を把握している。
押している時だけ発信状態になり、友軍機のパイロットに音声を飛ばす――昔ながらの無線システムだ。
応答するために、左手の操縦桿にあるスイッチを押す。
「よく聞こえている」
『始まったらこんな感じで連絡取り合いましょう。もし不安だったら、オレが指示出すんで大丈夫っすヨ』
普段の言動や訓練の反省会の内容から察するに、ヨナは戦力にならないだろう。
視野が狭く、単純な思考の持ち主のようだ。
操縦にある種の美意識を持っているらしいが、戦場ではそんなものは役に立たない。
少なくとも、彼は囮くらいにしか使えないだろう。
わたしだけで2人と戦う……数的不利は仕方無い。
市街地は常に射線を切れるほど遮蔽物が多い。
状況認識が正しく機能していれば、乗り切ることは難しくない。
アナウンスが流れ、出撃前の設定画面となった。
機体や装備の選択をする段階ではあるが、どうやらわたしのアカウント権限で使える機体は限られているようだ。
緑色で簡素な機体、武装はマシンガン、選択の余地は無い。
機体選択を完了。
すると、電子音声によるアナウンスが流れる。出撃に備えよ、という指示だ。
間もなくして、視界が暗転。
再びモニターに光が走ると、そこは格納庫のようだった。
同じような人型兵器が並ぶ光景、おそらく母艦内の格納庫だろう。
そこから視界が大きく動き出す。どうやら、ガントリークレーンで機体を移動させているらしい。
機体が降ろされた所は、通路のような場所だった。
いや、これはただの通路ではない。
――これは、カタパルトか?
地球軍でもカタパルトを搭載した母艦は少ない。
同じようにコロニー軍でもそうした装備は多くないと記憶している。機動部隊の強襲母艦くらいではないだろうか。
電子音声によるカウントダウン、それが終わると急加速。画面がホワイトアウトした。
気付けば、3面モニターにはCGで描かれた市街地が広がっている。
周囲を見回していると、すぐ横を何かが追い抜いていく。
同じ緑色の機体、同じ武装、おそらくヨナ機だろう。
我々が選択した
先行するヨナ機を追うように、わたしも前進。両手で握っているジョイスティック型操縦桿を前に倒す。
モビル・フレームの操作感とは大きく異なるが、そこまで違和感は無い。
しばらく前進していると、レーダーのような円形表示に赤い点が追加された。
その方向に機体を回頭。ビルを盾にするようにして半身を隠す緑色の機体――同じ機体だが、敵機のようだ。
別方向にも同じように遮蔽物に身を隠す敵機がいる。
どれが誰かはわからない――が、何も考えずに突出するヨナよりマシであることは言うまでもない。
――どう見ても、待ち構えられているな。
戦闘においては、いかに初動で優位に立つかが勝負だ。
様々な手法があるが、カールとレティシアはあえて後手を取る手法を選んだらしい。
ヨナの性格が単純で短絡的なことがわかっているからこそ、その選択のはずだ。
わたしが2人に狙われないように、囮になってもらう方が賢明だろう。
先行するヨナ機、それに追従しつつ側面を警戒――
すると、前方の方で撃ち合いが始まった。
『――ヤツら、仕掛けてきました! 軽く捻ってやりますヨっ!』
――思っていたより早いな。
進路方向、ヨナが敵機と交戦を始めたのが見える。
光弾を撃ち合いながら、奥の方へと進んでいってしまった。
あと1機の動向はわからない。ヨナ機が交戦を始めた段階で見失ってしまっていた。
円形のレーダー表示には味方であるヨナ機、それと交戦中の敵機しか捕捉していない。
そういえば、レーダーは自機や友軍機が捕捉している敵しか表示されない――データリンク機能と説明があった。
接近すれば自動で探知してくれるらしいが、今は目視で索敵するしかないだろう。
3面モニター、前方と左右の視界は思っている以上に狭い。
モビル・フレームは4~8面モニターで、設置角度も大きく異なる。全く同じ感覚ではないがノウハウは活かせるはずだ。
ドシン、ドシンと重量感のある足音がスピーカーから流れ、遠くの方で銃声が鳴り響く。それは戦場の様相、作り物であってもわたしがいるべき世界だ。
――仕掛けてくるか、来ないなら……ヨナを援護すべきだな。
2対2、より多い数であったとしても集団戦で有利になるには頭数を減らすのが手っ取り早い。
もしくは、各個分断して1対1の状況にしてしまうかだ。
レティシアは間違いなく実力がある。
カールは自分の技量を信用していないような印象があった。
一方、ヨナは自信過剰。それにゲームを知らないというわたしのペアが相手であると想定しているならば、弱気なカールでも勝機があると思うこともあるかもしれない。
――わたしだったら、ヨナを潰す……!
確実で、現実的。
2機で1機を叩いてしまった方が時間も労力も最小で済む。
それが手癖の分かっている相手となれば、尚更だ。
わたしは片方のフットペダルを踏んで、高速移動を実施。
スラスターの噴射音と共に、機体が加速する。
ヨナ機の反応がする方向に回頭、レーダー表示に意識を向けつつも急行しようとした。
その矢先、眼前を光弾が掠める。
咄嗟に機体をビルの影に移動させ、遮蔽物に身を隠す。
レーダーには反応が無い。
同じ機体を使っている以上、性能も同じだ。
おそらく、
この操縦システムは自動化されすぎて、細かな照準操作はできない。
機体の真正面に射撃するという大雑把な照準だけで、こちらに当てようとしているようだ。
――逆にこちらから仕掛けるべきか?
ヨナが弱いというのであれば、逆にこちらが2機で1機を落とした方が有利だ。足止めを無視して、ヨナの所に向かうことは不可能ではない。
しかし、無防備な背中を晒すことでわたしが撃墜されるリスクもある。
――ただでは、やられるつもりはない。
機体を敵機に向け、同じように目視射撃を行う。
画面中央に表示されたただの丸、照準とは呼べないようなそれを敵機が潜むビルに重ね、トリガーを引く。
光弾がビルや地面に当たって消える。
敵機は腕と半身を僅かに覗かせて、こちらを狙っていた。
時間稼ぎをしていてもヨナが助かるわけではない。
「――今からそちらに向かう」
通信ボタンを押しながら、わたしはマイクに向けて言い放つ。
合流することがわかっていれば、ヨナも動きやすいだろう。
『大丈夫っすヨ! クロエさんが来るまでに――うおっ、てめッ、このヤロッ!』
――長くは持たなそうだな。
物陰から敵機に撃ち込む。
頭を出そうとしていた敵機が即座に遮蔽物に隠れた。
――今だ!
両手の操縦桿を手前に引き倒しながら、片方のフットペダルを踏み込む。
噴射音と共に、急加速しながら後退。
次の遮蔽物に身を隠しつつ、ヨナ機が戦闘している方向へと移動する。
ビルの間を駆け抜け、大きな通りを横切る。
すると、突然視界が開けた。
そこは大きな広場のようだ。芝生のような敷地にベンチや街灯、僅かに木々も並んでいる。
もしも、ここがコロニーの中だとしたら、住人達が穏やかな時間を過ごしそうな場所だ。
そのすぐ近くで激しい撃ち合いが続いていた。
広場に躍り出た巨躯が街灯やベンチを踏みつぶす――と同時に、飛んできた光弾を
着地の隙を狙われないように、空中で反撃――着地。すぐに遮蔽物の近くへと移動。
――良い動きだ。
離れた位置から観察していると、ビル群の奥から緑の機影が現れる。
各部からスパークと煙を上げているのは、友軍として表示されている機体。相当被弾しているヨナ機だった。
『――ちょっとミスっちまいましたが、2人でボコしちまいましょうかァっ!』
「わかった。これより攻撃を開始する」
フットペダルを踏みながら、操縦桿を前に倒す。
探知されない距離を感覚で把握できている。ヨナ機に意識を向けている敵機からは突然現れたように見えるだろう。
距離を詰めると、照準のマークが現れて敵機に重なった。
敵機の背後に回り込みながら、右手の操縦桿に付いているトリガーボタンを引く。
ダダダ、と短い連射音。
いかにも作り物っぽい効果音と共に、光弾が発射された。
それは狙った通り、画面中央に捕捉され続けている敵機に向けて飛んでいく。
命中、敵機がわずかによろけた。
そのタイミングに合わせたように、ヨナ機の射撃が差し込まれる。
見事な十字砲火、敵機はダメージを受けただけでなく。一気に不利的状況へと追い込まれたことに気付いただろう。
ヨナ機が大破寸前だが、わたしが矢面に立てばいい。
少なくとも、ヨナ機から意識を逸らせれば撃墜される心配は無いはずだ。
「わたしに任せろ」
『そいつ、多分カールっすヨ! やっちまってください!!』
敵機は状況を立て直そうと回避機動を繰り返す。
そこにヨナ機の連続した射撃が繰り出されるが、短い機動で簡単に避けられてていた。
もはや、ヨナの射撃はでたらめだ。当たりもしないタイミングで発砲している。敵の動きを観察していない証拠だった。
――なるほど、ここまでとはな……
多少の技量差は仕方無いと思っていたが、ヨナのそれはとても多少どころではないような気がした。
カール機と思わしき敵機と並走するように追撃する。
建造物の合間から射撃されるが、こちらも遮蔽物にすぐ隠れられる状態だ。そう簡単に被弾することはない。
気付けば、ヨナ機から大きく離れてしまっていた。
レーダー表示に辛うじて反応がある。このまま身を隠してくれた方が助かるのだが。
――早く仕留めなければ……!
目の前にいる敵機との距離を詰めた。
敵機はこちらとの距離を保とうとして、後退を続ける。そのせいで機動が単調になった。
面白いように射撃が命中する。敵機は動揺しているのか射撃のタイミングも乱雑になっていた。
敵機のあちこちから煙とスパークが出ている。
おそらく、機体の耐久値が限界なのだろう。
――これは、倒せるな。
ヨナ機と同じく、機体が大破寸前。
このまま追撃すれば難無く撃墜できるだろう。
だが、わたしは違和感を覚えた。
トリガーに掛けた指の力を抜き、前に倒していた操縦桿を戻す。
大破寸前の仲間を敵機から遠ざけ、逆に敵機を撃墜まで追い込む。
それは戦況としては悪くない展開だ。
しかし、それは戦況の中での
――これは、上手く行きすぎている……!
「ヨナ、そちらは大丈夫か!?」
『――遠回りでヤツの側面を……って、ウオッ!? やべェ、回り込まれた!!』
――やはり、その手で来たか。
敵側も同じように音声通信で連携できるということを失念していたわけではない。
ただ、戦術として平凡な選択をしてくると油断していた節はあった。
経験の浅いパイロットはリスクの少ない戦術を選ぼうとする傾向がある。
それは自分も、味方も、誰1人として喪失したくないからだ。
しかし、敵チームは仲間を犠牲にしてこちらを分断してきた。
――今からでは間に合わないな。
目の前の敵に集中する。
少なくとも、こちらも撃墜すれば同じ1対1。条件は対等だ。
複雑な地形、ビルが乱立する区画に逃げ込もうとする敵機。
回り込むようにして側面を取り、射撃を継続した。
フットペダルを踏み、機体を加速。
敵機からの射撃を避けつつ、急接近。その懐に潜り込む。
すると、逃げ場を求めるように敵機は急上昇。
それはわたしが
――読みが甘いッ!!
しかし、それでは遮蔽物に逃げ込むことはできない。
それに――わたしは、初めから格闘兵装を使うつもりなど無かった。
トリガーを引く。
気の抜けた発砲音、光弾が彼方へと放たれる。
それは空中に逃げ場を求めた敵機を射抜き、爆発させた。
爆散し、パーツを撒き散らす。
敵機がいたという痕跡を黒煙が示し、すぐに消えた。
――敵機、撃破。
レーダーに反応。すぐに遮蔽物に機体を隠すと光弾が飛来。
被弾はしないが、さっきまでいた位置に見事命中していた。
最初に交戦した敵機だろう。
ヨナの予測が正しかったとしたら、この狙撃を得意としている敵機はレティシアということになる。
同じ武装だが、使い方によってこれほど戦い方を変えられるとは思いもしなかった。
しかし、この「マシンガン」という武装は1機撃墜ためにそれなりの量を撃たなければならない。
だから、被弾を恐れる必要は無かった。
――終わらせてやる。
こちらも目視射撃で反撃しつつ、敵機の元へと向かう。
相手――おそらくレティシアはその場から動かない。射撃に集中しているだと判断するのは楽観的だ。
遠目からでも、敵機がいる辺りは建造物が密集しているのがわかる。接近すれば地形的にこちらが不利になるだろう。
だが、条件は対等だ。
お互いに味方はいない、援護も無い。武装も機体性能も同じ――あとは実力の差だけ。
敵機からの攻撃を遮蔽物で防ぎ、距離を詰めていく。
適時に反撃していたせいで、射撃兵装の残弾が残り僅かになっていた。カールらしき敵機に対して撃ち過ぎてしまったらしい。
しかし、この「ゲーム」では射撃兵装より格闘兵装の方が威力がある――と説明があった。
理屈はわからないが、使用回数が無い格闘兵装が使いやすいというのはありがたくはある。
フットペダルを踏み、急加速。
スラスターの噴射音と共に、ビルの間を通り抜ける。
敵機からの射撃が止む。
攻めるなら――――今だ。
レーダーに敵機の位置が表示され、追尾できるようになった。
この距離まで接近すれば、遮蔽物の影に逃げられても不意を突かれることはない。
武装を格闘兵装――バトルアックスに切り替える。
視界に入り込むほどの大きさを持つそれは、たしかに射撃兵装よりも凶悪そうだ。
遮蔽物から飛び出してきたのは、同じように格闘兵装を手にした緑色の機体。
考えていることは同じらしい。
だが、条件は同じ。
ならば――負けるつもりはない。
操縦桿を握り直し、フットペダルに足を乗せ直す。
深呼吸して、意識を集中。
両手で握る操縦桿を前に倒し、前進。
同時に両方のフットペダルを踏み込む。全力噴射、機体が急上昇して視界から敵機が消える。
だが、わたしはレーダーで敵機を追っていた。
操縦桿を左右逆に倒し、急旋回。
空中で回頭して、機体の向きを直す。
着地すると、こちらに背を向けたままの敵機の姿があった。
多少は動いただろうが、それでもわたしの攻撃範囲の中だ。
――もらったっ!!
トリガーを引き、機体が攻撃モーションへ移行。
大きく振り上げられたバトルアックス、自機が自動で捕捉した敵機に急接近。
そして、振り上げられたバトルアックスが叩き付けられる――――はずだった。
その寸前、モニターの中央に表示されたのは『状況終了』という文字。
バトルアックスは敵機に命中するが、当たっていないとでもいうかのように反応はない。
そのままモニターが暗転。何かの得点が並び、黙々と進んでいく。
どうやら、ゲームとやらが終わったらしい。
モニターに、速やかにポッドから出るように指示が出た。その通りにシートから立ち上がり、ゲームセンターの店内へ戻ってくる。
だが、わたしの興奮は覚めることはない。
久しぶりのコンバットシミュレーター、手応え、戦闘状況という体験――その全てが充実していた。
結果は満足のいくものではなかったが、それでも普段の生活ではできないものだ。
その後、わたしたちは何度もゲームに飛び込んだ。
全員と組んだだけでなく、見知らぬ客と一緒に戦った。
さすがに本物のシミュレーターとは比べものにはならない。
しかし、人と腕を競うというのは悪くなかった。
この時間がいつまでも続けばいいと思っていたが、カールが区切りをつけて退店することになった。
これが訓練だったら、いくらでもやりこめそうだ。
それにカールやレティシアと連携するのはとても気持ちが良かった。
たった1つだけ心残りがあるとすれば――
ヨナは誰と組んでも、ゲームに一度も勝てなかったことだった。
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