Act:03-2 フェイク・バトル 1

 人工海と砂浜。

 それは、わたしにとって初めて見るものだった。


 もちろん、地球に行ったこともなければ本物を知っているわけでもない。

 


 だが、海とビーチは悪いものではない。

 冷たい水に浸かることも、砂に塗れることも、どこか心地よさがあった。


 海の水というのは、とても「すっぱい」だった。

 正確には塩辛いというものらしい。調味料の『塩』を大量に舐めたことが無いため、わからない感覚だった。


 カールが言うには、塩というのは元々海水の成分から抽出したものだという。

 それに、海の中には魚――手足の無い水生生物がたくさんいるのだとか。


 何度かの買い出しで、見た目の気持ち悪さに慣れてきてはいる。

 その姿をもっと観察してみたいという好奇心が少しだけあった。


 だが、水の中を動き回る訓練を受けたわけではない。

 無重力下での移動と同じだと思っていたが、どうやら違う要領が必要らしい。


 しかし、「泳ぎ」を体得する前に海から出ることになった。



 たくさんの人、真っ青な海の中、白い砂浜、レティシアが買ってくれた水着、カールやヨナの笑顔、そのどれもが瞼の裏に焼き付くほどに鮮烈だった。



 シャワーを浴び、服装を着替え、わたしたちは街中を散策している。

 [ホエールタウン]という町、砂浜ビーチ沿いにある小さな都市は普段見ている都市の光景とは全く違う。


 セントラルシティの街並みよりもずっと、古い印象の造りをした建造物が建ち並んでいた。

 砂混じりの強い風が吹いている。相変わらず、日差しは強いままだ。



 丈の短い衣類は思った以上に快適だ。

 衣類に種類――多様性があるのは、こうした機能性のためだったのか。

 夏用、冬用、衣服というのは想像以上に奥深いものらしい。




「――それにしても、人がいっぱいだったなァ」


「それは当然だよ、まだ夏期休暇サマー・バケーション期間だからね」


 どうやら、コロニー・E2サイトでは住人全体で休養を取る習慣があるらしい。

 職業、階級、あらゆる人員が交代で長期休暇……とても戦時下とは思えない余裕だ。


 近隣宙域で戦闘があったことは気付いていない、もしくはコロニー軍が意図的に隠蔽しているのだろう。

 そうだとしても、緊張感があまりにも無さ過ぎる――!



 事実、わたしたちは潜入して武装蜂起の準備までしている。

 ここまで油断しているように見えると、逆に心配になってきた。

 

 武装指揮中枢である軍の司令部や政府機関を簡単に攻略できるのは構わないが、武装蜂起だけでコロニーの攻略が終わるわけではない。

 その際に、訓練パイロットである3人が出撃させられるかもしれない。もし、特攻隊のような使い捨て戦力として使われることがあったら……助けることはできないだろう。


 このコロニーの統治者や軍の司令官が優秀であることを願うばかりだ――――


 

 ――わたしは、何の心配をしているんだ……?


 わたしは、コロニーの住人にとっては敵。

 このコロニーを陥落させるために潜入したのだ。

 それなのに、敵であるコロニーの住人の心配などしても意味が無い……。


 



「――あれって……」


 考え事をしていたせいで、わたしは前にいるカールが立ち止まっていることに気付けなかった。

 彼の背中に顔をぶつけてしまう――――汗と海の匂いがする。


 距離を取り、3人の様子を確認。

 一行は立ち止まり、目の前にある建造物……何かの店舗のようなものを見ていた。



「あれ、絶対にアレだよな」


「――間違いないよ、きっとそうだ!」



「2人とも、ホントにああいうの好きよね」


 呆れた様子のレティシア。

 一方、ヨナとカールは興奮しているようだ。



「――ごめん、レッティ……入ってみてもいい?」


「いや、あたしはいいけどさ」


 レティシアの視線がわたしに向けられる。

 どうやら、許可を求められているらしい。



「わたしも構わない」

「ありがとう!」


 返事をするなり、カールとヨナが店へと入っていく。

 わたしとレティシアもそれに続いて、店内に向かう。

 自動ドアがスライドし、中に入った瞬間、わたしは思わず立ち止まってしまった。


 溢れんばかりの光と騒音。思わず耳を塞いでしまうが、環境音にはすぐに慣れる。

 激しく明滅する光は、どうやらモニターのようだ。

 ここにはたくさんのコンソール端末のようなものが設置されていた。


 耳を澄ますと、何かの効果音や音楽が再生されていることに気付く。

 だからこそ、ここが一体どういった場所なのかがわからない。



 辺りを見回している間に、カールとヨナを見失ってしまった。

 すると、レティシアが大きな溜息を吐く。


「……どうして男子って、ゲーセン好きなのかしらね」


「――げーせん、とはなんだ?」



「ゲーム……旧世紀に流行っていたデジタルコンテンツ。つまり、娯楽の一種です。あの2人もそうなんですけど、男子ってそういうの好きなんですよね」 


「つまり、ここにはそのがあるということか」


 そのゲームとやらのことはわからないが、何かのコンテンツであることさえわかれば何も怖くない。

 ここが軍の訓練施設だとか基地とか、そういった場所でなければなんでもいい。



 レティシアと共にゲーセンの中を歩く。

 ゲームというのにはいくつもの種類があるらしい。ここには様々な端末が並び、画面には多種多様な映像が流れている。

 わたしには、どれも理解できないものばかりだ。


 端末に向き合っている客らしき者達の表情は真剣そのもの、娯楽という単語の印象からはかけ離れているように見える。

 それは自主的に訓練でもしているかのように思えた。



 しばらく歩いて回っていると、ようやく2人を発見。

 これまで見た端末とは規格外の大きさのものがある。その周辺は明らかに漂っている空気が違う。

 どこか張り詰めたような感じがあった。


 そこに鎮座していたのは、人がそのまま入れそうな機械。

 訓練用のシミュレーターポッドのようだが配線が見当たらない。ポッド上部には小さなモニターが付いていて、映像が流れていた。

 

 モビル・フレームに似た人型機動兵器が戦闘している。

 重力下と思わしき市街地、建造物や地形を盾に激しい撃ち合いを繰り広げていた。

 機関砲、ミサイル、榴弾。爆発、砲声、スラスターの噴射音……。



 それは、まさしく戦場の様相だ。

 だが、モニターに映し出されているものは明らかに現実の物ではない。

 これはCGだ。人為的に作り出されたニセモノの世界、仮想現実。


 しかし、繰り広げられている戦闘のレベルはかなり高い。

 数機同士の戦闘だが、ただの撃ち合いではなく、高度な連携や駆け引きがあるのがすぐにわかった。



 ――やはり、ここは……訓練施設だったか!!


 様々な「ゲーム」はそれぞれ、別々の技能や能力を高めるためのプログラムに違いない。この機動兵器の操縦シミュレーターは総合訓練であり、反射神経や判断力、中には重火器の取り扱いを学ぶプログラム――「ゲーム」もあるはずだ。


 つまり、娯楽のように見せかけた特別訓練システムというわけだ。

 

 これだけの量や種類を用意し、街中で誰にでもアクセスできるようにしてある。

 民間人をパイロットや兵士として徴用しているコロニーとしては、このような施設を運営することで訓練生や予備役のパイロットの能力を底上げしているのかもしれない。

 コロニー軍が我々地球軍に対抗できているのは、こういった施策の効果が出ているからだろう。



 それにしても……


 ――あの機体は、一体どこのメーカーのものだろうか?


 少なくとも、シミュレーターに登場するということは実在する機体のはずだ。

 もしかすると、コロニー軍が次期主力機として開発している機体なのかもしれない。シミュレーターで先行的に搭乗することで慣熟訓練を早めようとしているのだろうか。




「――いいよねぇ……ロボットゲーム」


 不意に横から声がして、飛び上がりそうになる。

 すぐ隣には、呆然とした表情のカールがいた。


 さらにヨナもいる。さきほどのカールが発した言葉を肯定するかのように大きく頷いている。



「まさか、ここで巡り会えるとはな……!」



「「Brotherhood of WarfrontB O W!!」」


 カールとヨナの声が重なり、拳を突き合わせるように互いの手をぶつける。

 2人の表情は笑顔だった。



「まったく、ホントに好きよね……」

 レティシアが呆れた様子で2人を眺めている。



「……その『びーおーだぶりゅー』とは何だ?」

「――ご存じ無いのですかァ!?」

 ヨナが大声をあげる。

 

 知らないものは、知らない。

 だが、なんとなく……嫌な予感がした。




「戦前に地球で流行ってたゲームだよ、シリーズ物でさ。これは6作目の仕様みたいだ」

 興奮しているヨナの代わりに、カールが説明を始める。

 


「せんぜん……?」


「地球とコロニーとの戦争、今の状態が起きる前ってこと。このゲームはかなり人気作でさ、戦争が起きなければきっと地球で続編が出ていたはずなんだ。これは50年前のタイトルなんだけど、まだ稼働している筐体があるなんて――すごいよ、この店!」


「……きょうたい?」


 どうやら、これは軍とは無関係らしい。 

 しかも、地球製……コロニー軍とは無関係のようだ。



 だが、50年前のものが今でも稼働するというのは信じられない。

 とてもじゃないが、そんなものが今も通用するほどこのコロニーの文化は陳腐ではないはずだ。  



「早速やろうゼ!」


「いや、やりたいけどさ……」


 カールが興奮するヨナを眺めつつ、わたしとレティシアを見る。

 自分達に対して遠慮をしているつもりらしい。



「――オレの超絶テクを披露してやるゾ、黙って見てろヨ」


 ヨナがレティシアに人差し指を向ける。 

 それは挑発だった。


 しかも、効果的だったらしい。




「……いいじゃない、その超絶テクとやらを見せてもらおうかしら?」


 レティシアの横顔はいつもと同じように見える。

 だが、明らかに殺気を放っているような気がした。



「でも、レッティは……」

「――いつまでのそこのザコにデカイ顔されるのも癪だもの、力量の差というのを教えてやらないと」


「――テメェッ、言ったな!?」


 憤るヨナとレティシア、その場を収めようとするがどうにもできないカール。

 その光景を微塵も気にしない客達――



 ――ここは、いったい……どういう場所なんだ!?



 娯楽というのは、楽しんだり、落ち着いたりするものだというのは知っている。

 しかし、このゲームというのはそれとは違うような気がした。


 

 ゲームセンター、きっとそこにあるのは娯楽の産物であるのは間違いない。

 それでも、ここにいる人達というのは娯楽ゲームを娯楽として受け止めていないのではないだろうか?




「ヨナとレッティのデュエルするのはいいけどさ……そうなると、僕は遊べないよ?」


 ゲームのことはよくわからないが、この「BOW」というのは複数人が同時に関与できるものらしい。

 画面に流れる説明を見ていると、いくつかのモードがあるという情報があった。


 つまり、1対1デュエルは専用ルールになってしまい、一緒にやりたいカールが参加できないということだろう。



「クロエさんもいるだろ!」


「でも、それじゃ釣り合いが取れない。不公平だよ……?」


 3人がわたしを見た。

 彼らの認識では、わたしクロエは戦力として取るに足らないと思っているらしい。

 

 それは当然だ。地球生まれの富裕層出身、ただの一般人でしかない――――というのはわたしではなく、なりすましている〈クロエ〉の設定だ。



 わたしはパイロットであり、戦闘工作員でもある。

 しかも、遺伝子レベルで戦闘に最適化された兵士だ。


 ――わたしが戦力外? 冗談じゃない……!




「わたしもやる」


 たかが訓練生パイロット、搭乗時間が2桁程度と想定されるようなルーキーに負けるほどわたしは弱くない――はずだ。




「とりあえず、ポッドは空いてそうだからやってみるかァ」


「――敵になっても、手加減はしませんからね」


 ヨナとレティシアがシミュレーターポッドのようなそれに入っていく。

 自分も適当に使えそうなポッドに向かう最中、カールに呼び止められた。



「――ごめん、こんなことに巻き込んじゃって」


「構わない」



 たかが娯楽、それでも戦場をシミュレートしたものには変わらない。

 少しでもコクピットに似た環境、自分がジュリエット・ナンバーであることを思い出させるような経験が必要だった。


 作業機械や銃を扱うことではなく、操縦桿やフットペダルの感触を得たい――

 

 それが偽物でも構わない。

 という行為そのものを再確認したかった。




「このゲーム、チュートリアルがあるからさ。そこで操作を覚えてね」


「わかった」



 ポッド上部の映像や周辺にあった看板等で操作方法を把握していた。

 モビル・フレームに比べると、かなり自動化されているらしく。照準等を手動で設定する必要は無いらしい。


 根本的に操作感が大きく異なってはいたが、それは大した問題ではない。

 それくらいの理由で負けてるようでは、わたしはパイロットとしてまだまだということだ。




 ――やってやる、わたしは実戦経験があるパイロットだ。




 ポッドに乗り込み、シートに背中を預ける。

 シートベルトを着用、精算用端末に携帯端末をセットして、ゲームが開始された。



 カールが教えてくれた通りに設定を済ませると、機体選択画面に切り替わる。

 しかし、選択できるのは2機しかいない。それがこのゲームを始めたばかりの人間に与えられる機体のようだ。


 全ての準備が完了すると、画面が暗転。

 それは束の間だったが、そこにある静寂と緊張は実物のコクピットで得られるものとそう変わらない。


 パイロットスーツも着てないし、モビル・フレームのコクピットでもない。

 それなのに、息苦しさを感じていた。


 

 未体験のゲームという娯楽への緊張、それとも閉鎖空間に対する本能的な恐怖……どんな要素かは、微塵もわからない。

 だが、そんなものはどうでもよかった。


 ジョイスティック型の操縦桿を両手に握り締め、フットペダルに足を乗せる。


 それはまさしく、わたしが求める感触だった――


 


   

 

        

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る