第3章:遠征「ベイサイド」
Act:03-1 プラント・ビーチ
窓の外は真っ暗で、パイプ状のレールユニットしか見えなかった。
ヨナ、レティシア、クロエ、僕らはリニアトレインに乗って[ベイサイド・プラント]へ向かっている。
セントラルシティの大型モールにあるスーパー「ストア99」、
もちろん、お金のためじゃない。
水産部門のチーフ、ミッキーさんからの頼みだった。
夏季休暇期間は多くの従業員や軍人が交代で休暇を取る。街中を歩き回る人々は増え、様々な商業施設は大忙しだ。
事実、レストラン「フェー・ルトリカ」も毎日のように客席が満員の状態が続いている。
だが、店は妹に任せていた。
夏季に環境設定されていると、当然ながら人工太陽の日差しが強くなり、気温が高くなる。
人口太陽のジェネレーターを定期的に臨界運転させなければならない。そうしなければ、出力を下げた時にジェネレーターが安定しなくなる……だとか。
ヨナ曰く、バッテリーの放電みたいなもの——らしい。
コロニーにおいて、鮮魚――――魚介は基本的に加工品の材料として使われる。
可食部が少なく、解体に手間と技術が必要である魚介類を食べる人は滅多にいない。
しかし、他のコロニーや地球から移住してきた住人の要望により、生魚も一応流通はしている。それを住人に提供するためには
僕は本やアーカイブ映像を見ながら練習したおかげで、ある程度は魚を加工することができる。
それを見込まれて、ストア99で働いた。
僕は魚の加工、ヨナやレティシアはそれぞれ別部署で手伝いをしていたらしい。
そして、その報酬としてベイサイドで使えるクーポンチケットをもらった。
宿泊施設、飲食店、交通機関、一般人が使える場所ほとんどで使えるものだ。
そこで、ベイサイドに遊びに行くことになった。
同じくチケットを貰ったヨナとレティシア、最近休みを全く取っていないクロエと僕の4人。
ホテルの予約を含めて、準備はばっちりだ。
特に
「あーっ!! それ、オレのフライドポテト!」
「うるさいわね、いいじゃないのよ。カールが多めに持ってきてくれたって言ってたし」
「あのな、多めに持ってきたからって1人で3人分食うのはどうかと思うゼ」
「だってカールが許可くれたもーん」
「それは自分の分の話だろ! じゃあ、このハンバーガーはオレがもらうゼ」
「あぁッ!!? それだけは許さないわよ!!」
――あのさ、さすがにリニアの中でもいつも通りにするのはやめない?
僕ら以外にも大騒ぎしているグループがいるらしく、特に気にされてる様子はない。
この2人が周囲の目を気にしてくれることを期待したのが間違いだった――そもそも、デリバリーセットを持ち込んだのが間違いだったか。
滅多にない遠出。現地の料理を楽しむのも一興だが、道中の小腹を満たすことも考えて軽食を用意した。
だが、2人は相変わらずのマイペース……人様のご迷惑になることだけは避けたいものだ。
一方、クロエは静かだ。
旅慣れしていたからか、見事過ぎるくらいに落ち着いている。
記憶を失っていても、そういう感覚だけは残っているのかもしれない。
僕は紙袋からパックを取り出して、クロエに渡す。
真っ暗な窓の外を眺めていた彼女が、驚いたような表情をしつつも受け取ってくれた。
「す、すまない」
「このままだと、あの2人に食べられちゃいそうだしね」
クロエが騒いでいる2人を一瞥してから、大きく頷いた。
「しーけーの言う通りだ、早々に確保しておくべきだった」
パックを開封し、包装紙に包まれていたハンバーガーを手に取るクロエ。
それに齧り付こうとした矢先、窓の外の景観に変化が現れた。
差し込んでくる強い光、熱、どこまでも広がる2つの青――
――これが、海か……!
窓の外には、ベイサイドの特徴でもある人工海があった。
宇宙港の出入口であり、停泊所、遊泳地、海鮮の養殖場……
ここは様々な役割と機能があるらしい。
人口海が光り輝いているように見える。
強い人工太陽の日差しがあるから、こんな風に見えるのだろうか。
夏季だけの景色、これを特別に感じる人は少なくないはずだ。
さっきから、クロエの手が止まっているのが気になった。
身を乗り出して確認してみると、どうやら海に見とれているようだった。
――確かにこれは、見応えあるよな。
僕の視線に気づいたらしく、姿勢を正すクロエ。
この間、散髪したり服を変えたりしてから、彼女の立ち振る舞いが変わったような気がした。
なんというか……落ち着いてきた、と言うべきだろうか。
気を取り直すように、ハンバーガーに齧り付くクロエ。
その様子から、何故か目を離せない。いつも通りに黙々と食べ進めていく。
僕も気を取り直して、窓の外に意識を向けた。
人工海の底は宇宙港のゲートになっているらしい。大型エアロック・ゲートを通じて入ってきた小型宇宙船は人工海を通って、ベイサイド内の港に停泊。大型船・艦艇等はベイサイド・プラントに繋がっている外の宇宙港を利用するようだ。
宇宙船は高い気密性が確保されている。
だから、地球の海と同じ成分で構成されている人工海の中に入っても大丈夫だ。
それに輸送船やモビル・フレームに使われている『イオン・スラスター』は無酸素状態、宇宙空間や水中で噴射することを想定して作られている。
つまり、宇宙で使えるものの大半は水中でも使える……とヨナがさっき話していた。
海の遠方で、何かが海中から姿を現す。
巨大な物体、何らかの機能を示すような形状、それは小型宇宙船の上面だろう。
突き出すような突起部は、おそらく
無重力化での修理は様々な問題がある。
だが、大半の輸送船は軍事区画のように要塞化されたハンガーに入ることはできない。
だから、人工海の港に停泊することで宇宙放射能の影響を受けずに修理が可能になる。高価な耐放射線防護装備を揃えられていないような運行会社や整備企業にとって、海中整備というのは頼みの綱らしい。
このベイサイドには、何があるんだろうか。
ずっと住んでいたコロニーの知らない場所、そこには僕の見たことのない料理があったりするのだろうか?
――楽しみだなぁ。
ミッキーさんから渡されたパンフレットを取り出し、広げてみる。
観光案内と飲食店のリストが記載された地図。ミッキーさんが気を利かせてくれたのか、いくつかの場所にマークが付けられていた。
[ブルーホライゾン・ビーチ]
[ホエールタウン]
[バーベキューレストラン テキスタン]
ミッキーさんのおすすめスポットなのだろうか?
マークされていた場所に向かう予定にはなっているが、どんな所なのか一切わからなかった。
携帯端末でアクセスできるオンラインアーカイブでは、場所と営業時間くらい情報しか記載されていない。
特に「テキスタン」というレストランに興味があったが、わからないままだ。
――バーベキュー……たしか、野外調理のことだったよな。
料理の歴史、その原点。
ただ、野外で調理するくらいなら僕にだって経験はある。
しかし、本格的な装備と設備で
それに伝統的な装備や方法でやるにはいくらか問題がある。
第一、許可の無い自然資源の使用は禁じられている。
炭や薪、それを用いるコンロやグリルを一般人が利用することはできない。所持や所有で罰則が科されることは無いが、コロニーの住人で持っている人はほとんどいないはずだ。
第二、炭や薪の火起こしをした経験がある人間が少ない。
僕は父に教えられて、一度だけやったことがある。
『世界平和記念日』という祝日のイベント、そこで父とその友人達と一緒にバーベキューイベントに参加した。
父とミッキーさんがグリルを使って肉や海鮮を焼いていたのを覚えている。苦労して火起こしをしていたのを、僕はすぐ近くで見ていた。
あれから基礎知識だけ収集してはいるのだが、使う機会は無さそうだ。
1人の料理人としては、料理の原点たる『バーベキュー』をマスターしておきたい気持ちはある。
だが、機会が無いのであれば仕方無いことだ……
「しーけー」
突然、クロエに声を掛けられた。
口元にハンバーガーのソースをつけたままのクロエが、窓の外を指差している。
「あれが、海というものなのか?」
「そうだよ、人工的に作られた海……でも、海水の成分は地球のものとほとんど同じになっているんだってさ」
「地球とおなじ……」
記憶を失ったクロエ、地球での暮らしはあまり良く思っていなかったらしいけど、地球の海もこれと同じくらい美しいものだったのだろうか?
環境汚染が酷いらしいが、どれだけ景観に影響があるかはわからない。
すると、クロエは首に掛けていたペンダントを取り出す。
その青い宝石と海を見比べていた。
クロエは富裕層の出身だから、宝石くらいすぐに手に入れられたのかもしれない。
だが、手紙でやりとりしていたクロエの印象としてはアクセサリーにこだわるような感じには思えなかった。
むしろ、そうしたものに一切興味が無い――――だが、記憶を失ったから変わった、ということもありえることかもしれない。
あのサファイアのペンダントは特別な品なのは間違いない。
地球から逃げてきたクロエが、地球産の宝石が付いたアクセサリーを捨てずに持っている。
そこに何か理由があるような気がしてならない。
でも、クロエにそれを聞くのは野暮な事だ。
窓の景色に建造物が見えてきた。
もうすぐターミナル駅に到着するだろう。
屋外に出たら、殺人的な日差しと陽炎が揺らぐほどの暑さが待っている。
僕ら4人は汗を垂らしながら歩くことになることは想像に難しくない。
でも、それが夏というものだ。
僕たちに与えられた数日の休暇、それ存分に楽しもう。
窓から差し込んでくる人工太陽の光に、目を細めながら遠くの景色を眺めた。
どこまでも広がる空と海、実際は限界があって、終わりがある。
――それでも
空と海、同じ青色の隙間に何か違うものが見えるんじゃないか――と、見入ってしまっていた。
ターミナル駅の建造物に遮られるまで、僕はすっかり上の空だったらしい。
――やっぱり、夏は慣れないな。
席を立ち、他の乗客たちと共に車外へと向かう。
外に出た途端、むせるような暑さがやってきた。
セントラルシティのとは全く違う青空を仰ぎながら、僕は大きな溜息をついた。
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