Act:02-13 スタイル・チェンジ 2

 わたし、カール、ヨナ、レティシア、4人が乗る電気自動車はシティの中心近く。大型モールの駐車場で止まった。


 全員が車から降り、わたしはそれについていく。



 ――モール? ここでどうするつもりなんだ?


 大型ショッピングモール、店で不足があった場合の『買い出し』で何度か訪れたことがあった。今では施設の大きさに腰を抜かすことは無い。

 それに、1人でだって来ることができるくらいだ。不安になる要素なんてありはしない。



「行くわよ!」

 レティシアを先頭に、わたしたちは渋々付いていく。

 見慣れた入り口、いつも通りのエントランス、人混み――そして、普段から利用している『ストア99』。


 わたしは自然とストア99の方に足が向く――が、レティシアに腕を掴まれて制止される。


「こっちですよ」


 ――なに!? こっちじゃないのか!?


 レティシアに連れて行かれる形で、エスカレーターに乗って2階へ移動する。

 これまでは雑貨や飲食物を販売している『ストア99』がある1階しか利用してこなかった。



「じゃあ、先に服を選んじゃいましょうか」


 自信満々の笑みを浮かべるレティシア。彼女に任せていいものだろうかと不安になるが、状況を支配しているのは彼女だ。わたしではどうにもならない。



 どうやら、2階は専門店がある区画のようだ。

 歩きながら通路にある案内板を見たところ、どうやらこの階層には専門的な施設が複数存在しているらしい。

 そのほとんどが生活に関するものだ。家具、衣類、玩具……コロニーでの暮らしは想像以上に物資が必要なのだと思い知らされる。


 そして、数々の専門店が並ぶ通りに到着。

 その1つに、レティシアは堂々と入っていく。


 彼女の言っていたように、衣服の専門店のようだ。

 わたしはレティシアに手を引かれて、そのまま店の敷地に入る――が、カールとヨナは入ってこない。


 それに気付いたレティシアが足を止め、振り返る。


「ぼ、僕らは下で待ってるよ……ほら、ストア99で色々とさ」

「そうそう、今日の晩飯用に惣菜とか見ておきたいし――」 

 

 早口で言い訳する2人、それに苛立った様子のレティシア。

 カールとわたしの腕を掴み、店の奥へと進む。


 一方、自由となったヨナはわたしたちに向かって敬礼をしていた。

 

 ……訂正――あれはカールに向けられたものだろう。


 あらゆる所に掛けられた衣服や肌着類から察するに、ここは女性専用衣類を扱う専門店のようだ。

 男性であるカールは対象ではない――つまり、彼にとっては必要の無いものばかりということになる。


 

「カールは別にいいのでは?」

「――ダメよ、可愛いくなったクロエさんを見てもらわないと!」


「それは全部終わったからでいいのではないだろうか」


 しばらく考え込むように宙を見つめるレティシア。

 理解したように頷いてから、カールを解放する。


「たしかに、カールには楽しみにしてもらった方がいいかもですね」


「とりあえず、終わったら端末に連絡頼むよ」

 それだけ言って、カールは立ち去った。

 おそらく、1階の『ストア99』に向かったのだろう。


 レティシアがいなければ、わたしも行きたいところなのだが……



「さーて、クロエさん――」

 両手の指を不気味に動かしながら迫ってくる。


 ニヤリと笑うレティシア。

 今日は何度も見ている顔、それに思わず後退ってしまう。


「――可愛くなりましょうか……!」

 

 そのまま店の奥へ連れて行かれ、様々な衣類に着替えさせられた。

 形状、形式、色、大きさ、長さ、衣服の多様さにわたしは驚くことになった。

 普段の行動用、作業用、わたしにとって衣服というのは目的に合わせて選択するものでしかない。


 しかし、ここでは衣服というのはそれ以上の役割があるらしい。

 そうでなければ、この店舗スペースいっぱいに様々な色の衣類が用意されていることの説明がつかない。

 指揮系統、階級を区別するための識別色が採用されているのかと考えたが、レティシアはそれを気にしている素振りはない。


 つまり、この多種多様な衣類を全て自由に購入し、着用することができるということだ。

 それは、コロニーの住人には厳密な規則や制限というものはほとんど存在しないのとほぼ同義であるとしか考えられない。



 ――やはり、コロニーは……裕福なんだな。



 街中やレストランで食事を楽しむ客を初めて見た時、わたしはどこか安堵感を覚えていた。

 艦隊での生活は常に規律と制限で厳しく取り締まられている。

 ここにはそれが無い。


 だから、なのだろうか……



 大量の衣類を抱え、レティシアが支払いを済ませる。

 それを複数の袋に入れ、店を出た。


 再度、専門店が連なる通りを歩き、別の店を訪れた。

 そこは衣類を扱っていた店舗とは違い、中の様子がわからない店舗だった。出入り口と思わしき場所に、赤、白、青の三色で構成されたものが置かれている。

 それが一体どういった意味を示すのかはわからない――が、レティシアは堂々とその店舗に入っていく。


 わたしもレティシアに続き、その店舗に進入。

 すると、そこには椅子と鏡が並んでいた。数人の男女がベルトキットらしき装備を腰に付け、そこには……刃物が入っていた。


 ――ここは、おそらく……頭髪を切る場所なのだろうな。


 レティシアがわたしクロエに対して懸念していたのは衣類と伸びてきた頭髪――

 先ほど衣類を購入したのだから、次は頭髪だ。単なる消去法だが間違ってはいないはずだ。

 現に、席に座った客の頭髪を切っている従業員の姿がある。


 ゆったりとした音楽が流れる中、従業員が使っているハサミの音がそれに対抗するかのように店内に満ちていた。


 突然、店の奥にあったドアが開く。

 そこから現れた男がこちらに気付き、ゆったりとした足取りで近付いてくる。


「あら、イーちゃんじゃなァい。いらっしゃァ~い」

 男は高身長で筋肉質な体型だった。

 まさに典型的な男性――なのだが、妙な服装と高い声色がわたしの知っている男性像とは大きく異なる。まるで女性のような振る舞いをする男に、私は困惑した。


 ――なんだ、この男は……?


「あら、随分とカワイイ子を連れてきてくれたのネ!!」


「こちらはクロエさん、カールの御親戚で地球から来た方なんです」

「あらまァ、地球からですって? それは随分遠くから……」


 男は手を擦るような仕草をしながらわたしの背後に回り込む。

 そして、わたしの肩を掴むようにして席へと誘導した。



「さーて、どんな感じに料理しちゃいましょうか」


 にっこりと微笑む男。鏡越しに見ると男の異様さが際立つ。

 分厚い化粧に、耳や首に付けた装飾品。自分が女性であると主張するかのようだ。



 ――料理……? わたしは食材か?



「店長にお任せします」


「あら、嬉しいわネ! 可愛くしちゃうわよォ!」


 すると、瞬く間に散髪の準備が始まった。

 首元にハンディタオルが掛けられ、前掛けのようなものを着用させられる。

 どうやら、切った頭髪が衣服に入らないようにするためのものらしい。



「じゃあ、あたしは外で待ってますんで」


「わかったわァ~、終わったら連絡するからネェ」

 鏡越しにレティシアが店を出て行くのが見える。

 去り際に、従業員の1人に紙幣を手渡したようだった。どうやら施設の利用料を払ってくれたらしい。




「じゃあ、やっちゃいますか~」


「……た、頼む」

「もう~、そんなにガチガチにならないでェ~? アタイは可愛い子を取って食ったりしないワよぉ~?」


 わたしの隅々を舐め回すかのように観察する男――店長とやらは、しばしの沈黙の後、大きく頷いた。


「クロエちゃん、髪染めてみない?」


「そめる?」


「アナタ、色白で小顔だし。カワイイだけじゃなくて、意外ときりっとしてるじゃない? クロエちゃんは飾り立てるよりも方がずっと良くなると思うの!」


 何を言っているかわからないが、この男に任せるしかない。

 


 店長は壁に掛けられていたベルトキットのようなものを取り、装備する。

 そして、弄ぶかのようにハサミを手の中で回していた。


「さァ~て、始めちゃうわヨォ!」


 ――頭髪を切る……だけのはずだ。


 スプレー容器の液体を頭にかけられてから、店長の仕事が始まった。

 銀色に光るハサミがわたしの頭髪が細断し、白い髪が床や前掛けに落ちる。


 見知らぬ人間に刃物を使わせていることに、本来なら危機感を抱くべきだろう。

 しかし、耳元で繰り返されるハサミの動作音に不快感は無かった。


 一定で規則正しく、軋みが感じられない。よく手入れされている道具なのがすぐにわかる。

 それは自分で丁寧に整備した銃の動作音によく似ているような気がした。


 店長だけじゃない。この施設で髪を切っている者達はプロだ。

 技術、経験、道具に対する意識――全てが高い水準にあるように思える。それは軍人のそれと変わらないのではないだろうか。

 軍人というのもまた『仕事』の一種ということなのかもしれない。


 それほど徹底した『仕事』をしている人間が危害を加えるわけがない。

 コロニーでの生活に慣れてしまったせいか、わたしは自然と人を信用してしまっていた。

 本来、それは危険なことだ。

 ここは敵地で、わたしは住人にとっては侵略者。正体が暴かれれば殺される。


 ――気を許しては、いけないんだ。



 目の前にある鏡には、わたしが映っている。

 肩まで掛かっていた頭髪は長さが揃えられ、整えられていく。

 

 長くなった髪を切って短くするのとは違う。

 人の見た目というのは、小さなことでも変わるものらしい。

 今朝、洗顔の時に見た自分とは別人のように感じた。それは店長の技術によって、整えられた頭髪――髪型の影響なのだろう。



「――好きな色ってあるかしらァ?」

 作業を中断した店長がわたしに問いかけてくる。


 一見、ほとんど終わったように見える。

 街中で見かける女性とそう変わらない、に近付けただろうか? 少しくらいは溶け込めるようになるかもしれない。


  

「……わからない」


「アナタって、個性的ネ。やっぱり飾るよりも素材を活かすべきヨォ!」


 頭髪の色を意識したことはない。

 やはり、そうしたことも何かの意味や効果があるのかもしれない。


 わたしたちジュリエット・ナンバーは、遺伝子調整が原因で頭髪が白くなってしまうらしい。

 任務中は帽子やヘルメットを着用することで誤魔化していたが、そうした情報は出回っていないようだ。


 実際、わたしは頭髪を隠さずに生活している。

 もしかすると、ジュリエット・ナンバーという存在そのものがコロニー側には知られていない可能性があるかもしれない。


「――そうね、あの色にしちゃおうかしらァ~」


 店長は棚からスプレー容器とゴーグルらしきものを取ってくる。

 耳に掛けるタイプのゴーグルをわたしに着用させ、手にしたスプレー容器を振っていた。



「ちょっとの間、息止めててねェ~ン」

 そう言うと、店長はスプレー容器を噴射。

 わたしの頭髪が塗料の色に染まっていく――


 白い髪が瞬く間に塗り替えられる。

 その色は、土や木の幹のようなものだった。もしくは……いや、それを言語化するまでもない。


 頭髪は黒ばかりではないことは知っている。

 今塗られている色の名称はわからないが、これと同じ色をした頭髪の人物を何人か見たことがあった。

 だから、特別な色というわけではないのだろう。



「フフ~ン、我ながら最高のチョイスねェ!」


 笑みを浮かべる店長、周囲で作業していた従業員が同じように笑う。

 どうやら、店長のセンスというのはそれほど外れていないようだ。


 鏡越しに髪色の変わった自分を見つめる。

 あまり鏡で身だしなみを整える習慣があるわけではないが、目の前にいるのが自分だとはとても信じられなかった。


 ――頭髪を変えるだけで、これだけ印象が変わるものなのか……?


「あとは仕上げだけねェ、もうちょっとだけ我慢してちょうだァ~い?」


 その後、頭を洗われたり、マッサージされたり、様々なことを受けた。

 そのおかげか、身体が軽くなった……ような気がする。



「はァ~い、お待たせェ~!」


 前掛けやタオルケットが外され、離席を促された。

 他の従業員たちに道を譲られるようにして、わたしは店舗から出る。



「ありがとネェ~! また来てね。待ってるわヨォ~」



 出入り口のドアを開けつつ振り返ると、従業員たちが頭を下げていた。

 これは見送りというヤツだろう。レストランでも同じように店を出る客に頭を下げることをしている。

 どんな「仕事」でも共通することもある――ということなのだろう。


 知らないこと、見たことのないものが、まだまだたくさんある。

 料理を食べることと同じくらい、知らないことを見知っていくのも悪くない――



 正面に視線を戻すと、レティシア、ヨナ、カールの3人が待っていた。

 わたしを見て、それぞれ反応を示す。



 ヨナは親指を立てるようなハンドサインを見せる。


 レティシアは自信満々な表情で腕組みをしている。


 カールは――――口を開けたまま、唖然とした表情をしていた。

 それに気付いたヨナが、カールの背を思い切り叩く。我に返ったカールが申し訳なさそうな顔をしながら、謝意を表明する。


 

 ――これが、日常というものなのか。


 

 いつもと違う場所、見知った顔、変わったわたし、

 それでも、変わらないものはある。


 そうしたに触れられることに、なんとなく嬉しく思うわたしがいるのがわかった。

 安心感、胸の奥が温かくなるような感覚に、わたしは心地よさを覚えている。


 それはきっと、目を向ければどこにでもある。

 わたしの場合は、カールの周囲にあった。

 レストランの店内、一緒に買い出しに行くストア99、移動中の車内……どこにいても、何をしても、そこにというものがある。


 ジュリエット・ナンバーでも、一般人でなくても、『美味しい』がいっぱいの料理を食べなくても、胸の中は温かくなる。

 この、なんとも言えない心地よさに―――わたしは飢えていた……気がした。


 ずっと探していたものを、ようやく手に入れられたような感覚。

 任務のことを忘れてしまいたい、そんなことが脳裏を過ぎるくらいに――わたしは〈クロエ〉としての生活に、没頭している。



 ――それでは、いけない……はずだ。


 3人がそれぞれの言葉で、変わった『わたしクロエ』を褒めてくれる。

 しかし、3人の言葉はわたしに向けたものではない。


 

 そのまま、3人と共にレストランへ戻った。

 楽しい時間はまだまだ続く、いつまでも繰り広げられる。

 そう、信じられる。


 それなのに、わたしJ07は息苦しさを感じていた。


 



  


 

  


 


 

 

 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る