Act:02-11 ジャンク・リベンジャーズ
出入り口のドアベルが鳴り、客が満足そうな表情で出て行った。
それを見届けながら、僕は空いた皿を片付ける。テーブルの拭き掃除をクロエに任せてキッチンへ戻る。
シンクで洗い物を始めようとした矢先、店内に電子音が響き渡った。
僕が対応する前に、妹のルカが店の奥に向かう。
デリバリーの注文用の通信端末の着信音はいつ聞いても騒がしい。
そうでなければ、注文を受け付けることができないのだから仕方無いことなのだが……
食器を洗浄し、水気を切っているとルカがメモを片手に戻ってきた。
そして、僕の目の前にオーダーの書いたメモ用紙を貼り出す。
「――注文、ヨナさんから」
「ヨナだって? 来ないと思ったら作業場にいたのか」
親友のヨナは呼ばれなくても店に来るほど常連客だ。
暇だったら朝から夕方、構ってくれる相手が居れば閉店まで居座ることもある。
さすがに迷惑……とまでは言わないが、彼と仲の良い客は多い。
そんな彼が店に来ない時というのは、仕事をしているということだ。
そして、彼は滅多にデリバリーを頼まない。
つまり、これは彼からの呼び出しだ。
「クロエ、フライドポテトから先に調理してくれるかい?」
フライの準備をしていたクロエに声を掛ける。
コンロの上にフライパンを置き、食用油を注いでいるところだった。
さきほど、各種ホットスナックのフライを頼んだばかりである。
「了解だ」
「配達でちょっと抜けるから、ルカから指示もらってね」
クロエが大きく頷く。
最近はフライ調理の練習を始めた。彼女は理解が早いし、調理の機会が多いからすぐに仕事を覚えてくれるだろう。
あとは経験を積み上げていくだけで、僕やルカが関わらなくても店内とキッチンは任せられるようになる。
注文はハンバーガーセットが2つ、付け合わせ分のホットスナックがギリギリ足りる量が残っていた。
もう少し遅ければ、揚げ終わるのを待たなければならなかっただろう。
別のコンロにフライパンを用意し、ハンバーガー用のミートパティを焼き始める。
同時にデリバリー用のプラスチックパックを用意し、梱包の準備をしようとするとルカがキッチンに戻ってきた。
どうやら、手伝ってくれるらしい。
「デリバリーは僕が行くよ、車空いてるし」
「はいはい――レタスとトマトのタッパーを出しておいたから」
妹のルカはとても仕事運びが上手い。常に気配りが出来ていて、みんなの仕事を滞りなくフォローしている。
他の人の作業を邪魔せず、動線を遮らず、的確にサポートしていく。
僕と母さんだけでは、きっと手が回り切らないだろう。
妹がいるだけで、店内の作業工程が半分になるくらいスムーズに仕事ができる。僕にとっては、最高の相方だ。
作業台には、加工済の野菜が入った保存容器とバンズの入った箱が置かれている。
ルカに感謝しつつ、作業を進めていく。
大規模演習以降、模擬戦で戦ったジンさんのおかげで僕の訓練成績は良くなっていた。まだ平均水準くらいだが、前に比べたら根本的にモチベーションが違う気がした。
――僕でも、やれるんだなぁ……
この前のシミュレーター訓練で、上位のチームに難無く勝った。
その時の2人の顔が忘れられない。
僕が単機で2機を撃墜し、レティシアと一緒に最後の1機を追い立てる。
後衛のヨナが撃ちやすい場所に誘導し、きちんと連携を発揮できた。
これまでの僕だったら――敵機の射撃だけで怯んでいただろう。あとは実機の模擬戦で結果を出すだけだ。
ミートパティを焼き終え、専用のソースをかけながらスライスしたトマトとレタスと一緒にバンズで挟み込む。
包み紙でしっかり梱包してから、プラスチックパックの中に収めた。
配達用の紙袋に2つのパックを入れて、準備完了だ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃーい」
ルカの声を背に受けながら、僕は店を出る。
駐車場にある自動車に乗り込み、発進。
ヨナの家と作業場がある場所は市郊外にあった。
遠くもなく、近くもない。そんな距離でもヨナは毎日来てくれる。
市内から離れ、しばらく走っていると小さな山のようなものが見えた。
小さくないスクラップヤードと格納庫――何度来ても、その規模は圧巻だ。
敷地に進入し、適当な場所に車を駐める。
料理の入った紙袋を手に、車から降りた。
様々なスクラップが積み上がった山を横目に、巨大な建物の出入り口へと向かう。
スクラップの山にも負けない規模の格納庫、とてもじゃないが修理工場とは思えないような大きさだ。
そのことに驚くこともない。ここは元々、軍が管轄するモビル・フレームの整備工場だったらしい。
ヨナのお父さんは軍の整備責任者だったと聞いた。
僕たちが移住してきた直後、この工場で大きな事故があり、市内に大量のモビル・フレームのトレーラーが立ち往生することになってしまった。
以降、軍の全ての機体はシティ内への搬入を禁止されることになり、この大きな工場はただの車両整備工場として使われている。
ヨナがパイロットに憧れるのは、この整備工場が理由だろう。
彼の父が整備士として一流だったこと、軍のパイロットに可愛がられていたこと、それが彼のパイロットとしてのルーツとなったようだ。
父親の素養のおかげか、ヨナは整備士としては最高の仕事人だ。パイロットとしては……ちょっと問題があるが。
合金製の重い扉を背中で押すようにして開け、中に滑り込む。
扉の閉じる大きな音が背後でしたのを聞きながら、僕は格納庫の中を見回した。
明らかに以前とは様相が違う。
ここには大量の車両や重機が集まる。それはヨナや彼の母の腕前に惚れ込んで頼まれたものが多い、個人で仕事をしている2人のところに集まる車両は癖のあるものやカスタマイズされたものがほとんどだ。
そして、単なる修理だけでなく。彼らは
そのため、物好きなドライバーのために特殊な車両を販売している。
そういった売り物もここにはあった。
だが、明らかに車両や重機の類ではないような物がトレーラーの上に寝かされていた。
入り口からでは脚部しか見えないが、僕が知っているどの機体とも形状が異なる。
近付いていくと、胸部と思わしき部分から人影が現れた。
煤と機械油で汚れたオレンジ色のジャンプスーツ、特徴的な髪型、浅黒い肌……どこからどう見ても、僕の親友に間違いない。
ジャンプスーツの袖で顔の汗を拭いながら、彼は僕に近付いてきた。
僕は紙袋を掲げるようにして、挨拶する。
「早かったじゃねェか」
「ちょうど空いてるタイミングだったんだよ」
ヨナと共に格納庫の奥へと向かう。
いつも事務所として使っている2階の部屋へ行くために、僕らは階段を駆け上がる。
上から見ると、大型トレーラーの上に寝かされた機体の全貌が明らかになった。
それは自治軍でも、地球軍でも使っていない機体だ。断言できる。
人型機動兵器が[モビル・フレーム]という統合名称で呼ばれるようになる以前、地球にまだ自然と文化が残っていた時代に起きた大規模な戦争。
そこで使われた最初の人型機動兵器、その姿を僕らは教本で目にしている。
ここにあるのは、それとそっくりに見えた。
――ヨナのことだ。上に行けば自分から話し始めるだろうな。
階段の上に辿り着き、ドアを開けると事務机とテーブルが並べられた部屋に辿り着く。
ヨナは真っ先に部屋の奥にある冷蔵庫に向かい、中からペットボトルを取り出した。
テーブルの上に紙袋を置くと、その隣にペットボトルが置かれる。市販のソーダだ。
「CKもメシ食ってないんじゃねえか? オレの奢りだぜ」
「これ、作ったの僕なんだけどね?」
鼻で笑うヨナ、僕はわざと肩を竦めてみせる。
今回の用件は、おそらくトレーラーの上にあった機体だ。
彼だって1人のランチくらい慣れっこのはず、話し相手を呼び出すためだけにデリバリーを頼むほど暇じゃないだろう。
早速、ハンバーガーに手を出すのかと思いきや、事務机から何かを取り出していた。
そして、冊子のようなそれを僕に手渡してくる。
それは、何かの技術資料だった。
「これは……?」
「戦史博物館の資料をコピーしたヤツだよ。なかなか許可が降りなくってサ」
表紙には『人型機動兵器論:大陸戦争編』と書かれている。
タイトルの下にはさきほど見た人型の機体と思わしき写真が載っていた。
ページをめくると、大陸戦争の概要とその時代に登場した新兵器に関する内容が書かれていることを示す目次が連なっていた。
そして、[AS-1]という項目にアンダーラインが引かれている。
――やっぱり、これか。
人類最初の人型機動兵器「
あらゆる地形を走破し、どんな状況でも大口径火砲やミサイルを発射できる機動攻撃支援システム。優秀な駆動システムと
地上では敵無し。同じ人型機動兵器が登場しても、それは変わらない。
一時期、空軍機が機動兵器の主力になった時期もあったが、それでも陸戦では[AS]の方が有利だったらしい。
「どうしたのさ、あんなものを直すなんて」
百年以上前の機動兵器を手に入れられるとは思えない。
おそらく、あれは外見だけを似せた別物だ。
ここには軍や民間問わず、様々なスクラップが廃棄されているらしい。
中には自治軍のモビル・フレームのパーツも掘り出せたりするため、ジャンク漁りは彼の日課だと聞かされている。
「博物館からの依頼が来ちまってサ、ちゃんと歩ける機体が欲しいんだとヨ」
「あれ? 戦史博物館には実機があったんじゃ……?」
訓練の座学の一環で、戦史博物館には2度くらい入ったことがある。
とても大きな建物で、戦争で使われた兵器や武器が解説付きで並べられていた。特に機動兵器に関する展示にはたくさんの人が集まっていたのを覚えている。
旧世代の航空戦闘機、高機動戦車、そこに一緒に立っていたのが[AS-1]だった。
「いや、あれはただの
「いや、全然わからないんだけど……」
思い返してみても、全く偽物だとは思わなかった。
また今度、行ってみようかな—―
「それでよ、本題なんだけどサ」
話を切り出しつつ、ヨナは紙袋からプラスチックパックを取り出していた。
僕は手元の技術資料のコピーを眺めつつ、彼の言葉を待つ。
「CK、オメーにはテストパイロットをしてもらいてェのヨ」
「ふーん、そんなことか」
――今、なんて言った?
「ごめん、資料読んでてちゃんと聞けてなかったかも。もう一度言ってもらえる?」
「ふぁふぁら、ふぇふとはいほっと――」
「食べながら話さないでよ」
資料から目を離すと、ハンバーガーに齧り付いたままのヨナがいた。
半分くらいになったハンバーガーをパックに戻し、ソーダのペットボトルを一気に煽る。
一息ついてから、彼は再び口を開いた。
「テストパイロット、頼めるか」
「……なんで僕なのさ?!」
博物館からの依頼で動かせる展示物を作ってるというのは、わかった。
しかし、それのために何故テストパイロットが必要なのかがわからない……
「それもメンドクセー話でな、地球終戦記念日のパレードで歩くだけじゃなくて飛ばしたいんだとヨ」
「飛ばす? 正気か……?」
『地球終戦記念日』というのは、地球で『大陸戦争』という地球上の国家のほとんどが関与した戦争が終わった日を祝うためのイベントだ。
地球上での国家間戦争が無くなった日を記念してのものらしい。
戦車や装甲車、当時の軍装でパレードを行うというもので、さすがに人型機動兵器までは行進していなかったはずだ。
「150年って節目で、デカいことやりたいんだろうサ。そこで実機とほぼ同じくらいの性能と装備を備えたレプリカを作れってお仕事が来たわけヨ」
――それは、本当に可能なのだろうか……?
可能かどうかを考えても仕方ない。
この下には、既にほぼ完成に向かっている実物が存在しているのだから。
「なんで、テストパイロットが必要なんだ?」
「そりゃあ、スクラップから作るんだから調整が必要だろ」
さきほど見た機体の様相を思い出す。
軍の格納庫で見たような整備風景、それと全く変わりはない。とてもじゃないがスプラップの山からジャンクを搔き集めて作ったとは誰も思わないはずだ。
「教官に頼み込んで、廃棄する予定だったコクピット機材をタダでもらったんだ。……直す必要あるけどサ」
「コクピット……って、遠隔操作にするんじゃないの!?」
「——それじゃ、復元にならねーじゃン」
ヨナは自他共に認める
しかし、ここまで来ると筋金入りだと言わざる得ない。
突然、僕の手元から資料を奪われる。
そして、テーブルの上でひっくり返された。
技術資料のコピー、その反対側には図面とメモが書かれていた。
本来の機体構造、それにどのように近づけて、どのように変えるのか――
これまで専門的な話に散々付き合わされてきたおかげで、なんとなく理解できる。
「……これ、ほとんど〈T-MACS〉じゃん!」
「当たり前だろ、使えるモビル・フレームのスクラップとなればウチの機体しかねーっつーの」
――それはそうだけど……!
[AS-1]では、モビル・フレームで導入されているコクピットフレームが存在しないため、半ば強引に胴体内にコクピットを設けるらしい。
本来は専用のフレームで覆われているコクピットから操縦機材を引き抜いて、新たにコクピットを作る予定のようだ。
「オレの知る限り、一番マトモにモビル・フレームをコロがせるのオメーしかいねぇんだ!」
「いや、ほら……レッティとか」
レティシアは操縦技能もあるし、センスも良い。
射撃も回避機動もトップクラス、それなのに訓練ではなぜか手を抜いていることが多い。
最近、僕らのチームは前衛を僕とレティシアで固めることがほぼ確定しつつあった。
並んで戦ってみると、よりレティシアの実力の高さを肌で感じる。
そして、いかに上手く手を抜いているのかが見えるようになってきた。
まるで実力があるのを隠すかのように、あえてミスしている。そんな彼女のことがよくわからないと思うこともある。
それでも、彼女が――レティシアが大切な友達であることは変わらない。
「あのな、アイツは癖が強すぎるのヨ。アレに任せたら機体がブッとんじまうって!」
「……そんなことは無いと思うけど」
「おいおい、頼むぜ。一生のお願いってことで」
「しょうがないな、わかったよ」
僕らの店で使ってる車両もここで直してもらっている。僕個人だけでなく、一家で世話になっている。
それに、ヨナからの頼み事は滅多にない。
だから、この頼みを断る理由は無かった。
「……それにしても、さ」
僕は図面を改めて見直す。
書き込まれた内容、数値、図、それから読み取れるヨナの仕事量は尋常ではない。
おそらく、彼と母の2人で作業を進めたのだろう。
だからこそ、完成まで進めようとしているヨナの熱量を感じ取ることができる。
そんな彼が、僕をパイロットとして認めてくれている。
そのことも、とても嬉しかった。
「やっぱり、すごいよ。ヨナは――」
「あったりめーだろ、オレのことただのオタクだと思ってたのか?」
得意げな彼の表情は、いつもと同じだ。
だが、今日の僕には……とても眩しく見える。
――負けていられないな。
ソーダのペットボトルを開封し、僕も紙袋からハンバーガーの入ったパックを取り出す。
ヨナがあれこれと興奮気味に語るのを聞きながら、薬のような匂いのする市販品のソーダで喉を潤す。炭酸が弾ける感触が心地良い。
彼の語り口と共に、僕も静かに熱を帯びていくのがわかる。
どんなに偉大な仕事も、最初は一歩から。
―—今から動かすのが楽しみだ。
実際に動かせるようになるまでは、まだちょっと遠い。
でも、不可能ではない。
これほどのことはやりたくてもチャンスが舞い込んで来たりはしないだろう。
僕の操縦技術と僕自身を信じてくれたヨナのために、尽力したい。結果を出してみたい。
自分の手で作った機体、それが自由に動いたら――ヨナはどんな顔をするんだろうか。
それを見るために、骨を折るのも悪くない――
ちょっと意地悪な気もするが、これは僕のための理由だ。
常に誰かのために仕事をしてきた。料理も、パイロットも、僕だけのためじゃない。
―—たまには、そういうのもいいよね……?
自分で作ったハンバーガーを手にしながら、あの機体が動く様子をイメージしてみようと思った。
ヨナがいかにあの機体に情熱を注いでいるかを聞きながら、僕はもう心の中ではコクピットの中に飛び込んでいた。
一刻も早く、操縦桿とフットペダルの感触を味わいたい。
そう思うのは、多分初めてじゃないだろうか。
見えもしないメインモニターに、見知った光景を思い浮かべる。
スクラップヤード、僕らが住むセントラルシティ、中心部のオフィス街の高層ビル、郊外の工業地帯――それを10メートルの巨躯から眺めたら……どんな風に見えるのだろうか?
コクピットの振動、ジェネレーターの鳴動、実機に搭乗していた時に感じていたものがこんなに楽しみに思えるのが、自分でも不思議だった。
―—それも、悪くないかな。
包装紙を剥いて、ハンバーガーに齧り付いた。
それは想像していた通りの、僕が作り続けてきた味。追い求めてきた味――
これをいつも通り、美味しいと言ってくれる。
そんなヨナのためにも、この仕事を頑張ろう――そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます