Act:02-9 デュアル・フェイス 2
「――つまり、潜入工作は充分可能だと思います」
わたしは自分が集めた情報を上官達に報告していた。
都市から離れた場所にある「ライフキーパー社」、わたしたち〈地球連合軍第47戦隊〉の偵察部隊の隠れ家だ。
格納庫の奥、オフィスとして使われていたような部屋にモニターや通信機材を設定。隊の司令室として運用されている。
モニターに表示されているのは、わたしが自分の足で偵察して得たものだ。
基地施設の様相、軍と提携している民間企業や個人、軍人がよく利用している施設、そうした断片的な情報を集めることが作戦立案に繋がる。
わたしは情報収集をしながら、いくつか作戦案を思いついていた。
報告と共にそれを説明、上官達の意見を聞くだけとなった。
「悪くないセンだ。迂闊に殴り込みに行くよりも効果的だし、例の新型機の対策も立てられるしな」
「隊長ッ!! 新型機の場所を特定して、おっぱじめた方が早いですぜ!」
「カーマイン、お前に意見は求めてないぞ」
「あまりイジめてやるな、マーカス。ヤツの言うように新型機の情報が必要だ。結果的にはドンパチはやらんといかんだろうがな」
隊長を含めた上官達が雑談でもするかのように、作戦について話を続けていた。
こうなると、なかなか話は終わらない。
しばらく、このまま突っ立って待つことになるだろう。
――さて、今日の夕食はどうしようか。
ここ最近、他のレストランに行くことが多い。
あまり金銭的余裕は無いが、住人の会話を盗み聞きできる場所となれば飲食ができる上に長時間滞在できる施設に限る。
オフィス街にある、比較的に安く飲食ができるような店を利用していた。
さすがに、何度も……というわけにはいかないが。
しかし、そのおかげで掴めた情報も多い。
民間人の中には有力な情報源となるタイプがいくつか見受けられた。自治軍の末端組織で働いている者、予備戦力として登録している者、そういった人物が油断したタイミングで何か情報を会話の中に零すことが少なからずある。
わたしは、そういった断片情報をきっかけに裏付けを行っていた。
ふと、工場内に視線を向ける。
窓ガラス1枚を隔てて、作業機械や重機が立ち並んでいる。そんな作業場で他の隊員やわたしと同じジュリエット・ナンバーが装備を整備していた。
大きなカバーで隠してはいるが、その下は旧式のモビルフレームがあるはずだ。
攻略作戦の最終段階、コロニー内部から政府機関や軍の司令部等を制圧もしくは破壊するために運用する。
コロニー内部に運び込むために、部品サイズまで分解。それをコロニー内で組み立て、数機で戦闘行動を実施する。
わたしはもう4回も経験した。機体の整備や構築はとても大変だが、整備作業そのものは苦には感じない。
むしろ、自分の乗機にさえ整備に関わりたいと興味を持つこともあった。
だが、そのような重要作業を任されることはほとんど無い。
わたしは部隊員の中で、最も若い。
それもあってか、同じパイロットだけでなく部隊全体から信用されていないように感じた。
「そういや、今日は何を買ってきたんだ? 当番は誰だったか……」
「オレっすヨ、今日はモールじゃなくてデリバリーにしましたよ。なんでも話題の店らしくって、タクシードライバーがやたら褒めてて気になったんスヨ」
「ほほう、お前にしては冴えてるじゃねぇか。もちろん、経費で落としてやろう」
「さすがっス!」
上官達はいつも現地の施設を利用して食事を取る。
この〈E2サイト〉では、加工食品や惣菜を買い込んでいたらしい。
「そろそろ、パティサンドに飽きてきた頃だしな」
「でも、支給品よりウマいじゃないスカ」
パティサンド――「フェー・ルトリカ」で言うところのハンバーガーだ。
だが、『ハンバーガー』とは大きく異なる部分が多い。
パティサンドと呼ばれるものは、基本的に保存食だ。
保存に適したバンズに酷似した乾燥したパンにパテ状の具を挟んだというものである。
もちろん、生野菜やソースの類は使われていない。
艦内で出されるパティサンドよりも、コロニー内での物の方が格段に『美味しい』ものであるのは言うまでもない。
コストパフォーマンスの良さや賞味期限が長いこともあって、一般人の携行食としてそれなりに普及していた。
「それにしてもだ。よくもまぁ、デリバリーを頼めたもんだ」
「音声通話で住所伝えてもわかんねーとか言い出すもんで、めんどくさかったんスけど。注文は出来たはずっス」
上官達が陽気に笑っている。
だが、わたしは上官の言っていたことに疑問を感じざる得なかった。
――デリバリー……この辺りに配達できるとなれば、デリバリー専門店くらいなものだろう。
料理を配達する以上、店舗からある程度の範囲でしか注文を受け付けていないことの方が多い。
特にそうした専門店は都市の中心部やオフィス街に構えている。
だから、郊外にある工場に料理を配達するような店はあるはずがない――
工場の内部で働いている仲間を眺めていると、突然動きが止まった。
全員が同じ方向を見ている。その方向は工場の正面ゲートがあるはずだ。
――どうしたんだ……?
妙な胸騒ぎがした。
何か、取り返しのつかなくなってしまうような――今すぐ行動を起こさなければならないという、焦燥感が出てきたのがわかる。
しかし、それがどうしてなのかはわからない。
気付けば、わたしは部屋を飛び出していた。
機材やコンテナの間を通り抜け、隊員達の視線が向けられている場所へと向かう。
物陰から様子を窺うと、隊員の1人が何者かに詰め寄っていた。
機動兵器サイズの機械整備に使う大型レンチを手に、今にも殴りそうだ。
もう少し距離を詰めると、事態の詳細が見えてくる。
――あれは……カール!?
見覚えのある紙袋を両手に抱え、ゆっくりと後ろに下がっているのは間違いなくカール・コーサカだ。
キッチンで身に付けているエプロン、ズボンの裾で隠れているミリタリーブーツ、普段通りの服装だった。
さっきの上官達の会話が脳裏に蘇る。
郊外でも料理を配達するような店、音声通話での注文、デリバリーサービスが使える飲食施設がいくつあったとしても条件に該当するのは……1つしかない。
曹長が注文した先は、「フェー・ルトリカ」だ。
デリバリーを担当しているのは父親だが、忙しい時はカールも出ることがあった。
カールに詰め寄る隊員の怒鳴り声が工場内に響き渡る。
どうやら、侵入者だと思って警戒しているらしい。
――どうしたらいい……!?
注文した当人はゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。
おまけに隊長と談笑しながらだ。
周囲を見回すと、武器庫として使用している倉庫からジュリエット・ナンバーの隊員の1人が出てきた。
そして、彼の手には拳銃が握られている。物陰に隠れるようにしながら銃口に
――ま、まずい……
騒ぎを聞きつけ、最年長のジュリエット・ナンバー隊員が事態の収拾を図ろうとしているのだろう。
簡単で、迅速で、確実な手段。ここには隠蔽に使える装備や設備もある。
このままでは、カールが殺されてしまう――!
わたしは物陰から飛び出し、拳銃を持った隊員が駆けつけるよりも先にカールの元へと向かう。
デリバリー用の紙袋を抱えたカールに抱きつくようにして、その動きを止めた。
「――うわっ、今度は……あれ? クロエ……?」
見上げると、紙袋から美味しそうな匂いが漂ってきた。
中身はおそらく、フライしたスナック……フライドチキンのセット、各種ホットスナックが入ったスナックセット、それが複数あるようだ。
「CK……」
――しまった。どうやって事態を収拾するか考えてなかった。
「どうして、ここにっ?!」
「そ、それは……」
馬鹿正直に『武装蜂起のための作戦会議に来た』とは言えるわけがない。
それに、カールはわたしが休日にどのような行動を取っているかは微塵も知らないはずだ。
――いや、カールを殺すのは……ダメだ。
カールは顔が広い。軍の訓練教官とも親しいとなれば、痕跡の捜索は徹底的に行われてしまうだろう。
曹長がレストランに音声通話回線を開いた記録が残っている以上、ここでカールを失踪者にしてしまうのは作戦失敗とほぼ同じことになる。
「ここは、一体――!?」
どう弁明しようかと考えていると、背後で複数の足音が聞こえた。
すり減った靴底が出す特有の足音、分厚いジャケットの衣擦れの音、上官達が近付いてくるのがわかった。
カールから離れ、振り返る。
腕を組み、堂々とした表情の隊長が立っていた。
そして、組んだ腕を解き、カールに歩み寄る。
「――配達ご苦労さん、すまんね。ウチの従業員が怖がらせちまったようだ」
整備用の大型スパナを握っていたのは伍長だった。
今回が初任務ということで、気が逸っていたらしい。
副隊長に連れられるように、伍長は工場の奥に消えた。
「……いえ、こちらもお忙しい時に声を掛けてしまったみたいで――」
そう言いながら、カールは視線だけで周囲を見回しているようだった。
明らかに警戒している。このままでは、通報されてしまうかもしれない。
この場でカールを見逃しても、武装蜂起することもなく任務が失敗してしまう。
――どうしたらいい……?
ライフキーパー社のことを誤魔化せたとして、わたしがここにいることの説明が難しい。
今、怪しまれるのは良くない。
ようやく、作戦行動が行える段階まで進行。休日に長時間外出することも増える。その動向を追跡されれば、あっという間に我々の素性が暴かれてしまうだろう。
わたしたちを守るのは、でっちあげた会社のプロフィールくらいだ。
個々の素性を調査されれば、嘘で固めた偽装は簡単に崩されてしまう。
何か言い訳を考えていると、隊長のドムが口を開いた。
「この間、そこのお嬢さんには道を教えてもらってな。大事な商談に間に合うことができたわけでよ。そのお礼にウチを案内して、メシでも奢ってやろうと思ってたんだ」
「そうなの?」
――これはフォローだ!
隊長と口裏を合わせれば、それっぽいカバーストーリーを仕立てられる。
おまけに、他人のフリもすることができるから関係を探られることもない。
「そのとおりだ。しーけー」
わたしの返事を聞いて、カールの緊張が僅かに緩んだように見えた。
そして、思い出したかのように、手にした紙袋を隊長に突き出す。
「……注文された料理です。冷めちゃったかもしれませんが」
「遠いところまで配達してもらって悪かった。評判の店だって聞いたもんで、ついつい無茶なことを頼んじまったなぁ」
隊長は料理の入った紙袋を受け取り、懐から紙幣を取り出す。
クリップで挟まれた紙幣を、カールの手に握らせる。
「お釣りはいらんぞ、こいつはチップだ。さきほどの迷惑料込みってことで」
「……受け取れません。多すぎます」
デリバリーメニューを思い出し、注文された料理の金額を大まかに計算してみた。隊長が支払いに出した金額は注文量の約5倍分もある。
いくらなんでも払い過ぎに思えた。
紙幣の束を突き返されそうになった隊長は、わざとらしく困ったような顔をする。
どんな時でも堂々として、大声で怒鳴り散らす普段の姿からは想像できない顔だ。
「ウチは最近来たばかりでね。コロニーのメンテナンス会社として評判を落とすことだけはしたくないんだよ。今日、ウチの従業員が怖い思いをさせちまったことを――どうか、内密にしてくれんかね」
すると、隊長は懐からまた1つクリップで挟んだ紙幣を取り出す。
それをカールが着用しているエプロンのポケットにねじ込んだ。
「どんな仕事でも、評判は大事だろ?」
笑みを浮かべる隊長、それに対してカールは困惑したような表情を浮かべた。
レストランも、カール自身も、金には困っているはずだ。
多少支払いが増えたことは、むしろ嬉しいことに違いないのだが……
「それは……そうかもしれませんが」
返事をしながら、貰った紙幣を計算するカール。
そして、紙幣のほとんどを隊長に突き返した。
「僕も、あなたの言う評判を落としたくないので……受け取りません」
「そうか、わかった」
突き返された紙幣を受け取り、隊長は声を出して笑う。
――どういうことだ?
客が多く払うのを、どうしてカールは受け取らなかったのだろうか。
多額の支払い、チップを受け取ることが『評判』とやらを落とすことになるのか――わたしは理解できなかった。
「気に入ったぞ、坊主。次は店に直接行くことにする」
「その時は……精一杯、お作り致します」
深々と頭を下げ、カールは背を向けた。そのまま工場から立ち去る。
ゲートの向こうで電気自動車が始動しているのが見えた。
「行かなくていいのか?」
――行った方がいいのだろうか……?
たしかにこのタイミングで帰宅した方が楽ではある。
だが、作戦の計画と準備は終わっていない。それを進める方が何よりも重要だった。
わたしは隊長が抱えている紙袋を2つ受け取って、険しい表情の隊長を見上げた。
ここにいるのは、任務のためだ。時間を潰すためではない。
「まだ、作戦内容を確立してませんから」
それを聞いた隊長はわざとらしく笑う。
「――仕事熱心なのは、良いことだ。ジュリエット07」
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