Act:02-8 デュアル・フェイス 1
「アニキ―、パティ焼けたよ!」
「わかった! ドリンクも頼むっ」
「――ポテト、リングフライ、コーク追加だよ!」
「どっちも無いから、お客さんに伝えて!」
「あいよ!」
――汗が止まらない……
今日は普段より忙しい。
特に何かあるわけでもない普通の平日、そのはずなのに週末以上に客が入っていた。
「――ハンバーガーのセット、ドリンクはスカッシュ」
「はいよ」
出来上がった料理を母に引き継ぎ、配膳を任せる。
しかし、仕事はそれでは終わらない。
「デリバリーのは出来てる?!」
「今盛り付け中っ!!」
店内の席は満席、外には入店待ちの客が列を作っている。
そんな時に、デリバリーの注文も複数入って来ていた。
次々と舞い込んでくる客と注文、それを捌き切るにはもう1人くらい頭数が欲しい。
「なんでこんなに忙しいのに、フルメンバーじゃないのよ」
「しょうがないだろ、クロエは全然休んでなかったんだからさ」
演習や妹の学校行事が理由でクロエに出勤を強いてしまった。
休みの代わりに中途半端な時間で退勤してもらっていたが、それではいけないと思って数日休んでもらうことにした。
まさか、平日にこれほど混むとは微塵も思っていなかったのだが……
「まったく、猫の手でも犬の手でも誰でもいいから人手が欲しいもんだね」
額の汗をタオルで拭いながら、母がキッチンに戻ってきた。
空いたグラスに水を注いで一気に飲み干す。
「さすがに部外者を働かせるわけにはいかないよ」
以前もアルバイトの雇用を考えたこともあった。
しかし、中途半端な時間で抜けられたり、仕事内容を限定的にするのは条件的に難しい。
結局、自分達がやっているように店内からキッチンまで全部やってもらわないとならない。
適正な給料を支払うとなれば、僕らが給料としてぞれぞれに分配している金額以上の支払いをしなければならない。
売上げ以前に、店内はそこまで広くないため今の人数で充分であることも要因でもあった。
店の奥から電子音が流れてきた。
おそらく、デリバリーを注文する電話だろう。
妹のルカが作業の合間に通話に出る。
もうデリバリーの注文を2件受けている。配達担当の父が戻ってきてくれなければ、いつまでも注文を解消することはできない。
「フライ始めるから、こっちお願い!」
「あいよ」
母に作業を引き継ぎ、注文に対して不足しているスナックの調理を開始。
早朝で仕込んだ分はとっくに無くなっていた。
フライ用に使っている深めの鍋に、カット済のポテトを入れた。
油の中で気泡と音に包まれながら、ポテトが踊る。
それを横目に、次のフライを準備しているとルカが駆け寄ってきた。
「アニキー、車出せそう?」
「父さんは無理なのか?」
僕の問いにルカは困ったような顔をした。
どうやら、この忙しさに父も追い付いていないらしい。
残っているデリバリーの注文を確認すると、店から遠い場所を指定されていた。
戻ってきた父にこの配達を頼むとなれば、今受けた注文の配達は確実に遅れてしまうだろう。
僕抜きでも店を回すことはできないわけではない。
それに、電気自動車のドライバーライセンスを持っているのは僕だけだ。
――行くしか無いか。
新しい注文を確認すると、複数のセットメニューとドリンクがオーダーされていた。これを出すには一気に調理するしかない。
この注文量は普通じゃない。デリバリーを頼むような人は基本的に1~2人前くらいの分量を注文する。
――この住所……知らないな。
オーダーのメモに記載された住所は行ったことのない場所だった。
セントラルシティはブロックで分けられているため、住所と方向さえわかれば行きたいところに辿り着けるように造られている。
行けないことはないのだが、指定されている住所はデリバリーで向かうような所とは大違いだ。
オフィス街や大型マンションがあるわけでもなく、そこは広大な空き地があるだけのはずだ。住居等は無かったような気がする。
「ルカ、本当にこの住所なんだな?」
「2回くらい聞き直したってば、なんかうるさくて聞こえにくかったけど間違いないよ」
返事をしながら、ルカは大きめのフライパンを取り出していた。
そして、別のコンロ台に移動。どうやら彼女もフライの準備に取りかかっているようだ。
2人で調理すれば、間に合わないこともないだろう。
「母さん、ドリンク!」
「あいよ」
山盛りのフライドポテトを鍋から引き上げ、網を重ねたステンレスのバットに移す。
ルカの方も順調に作業を進めている。
僕は盛り付けの方に行った方が良さそうだ。
「店内のポテトとリングフライ、揚がったよ!」
「カール、塩の容器詰め替えておくれっ!」
デリバリー用のプラスチックトレイを準備した矢先、2人から同時に仕事を頼まれてしまった。
母も、妹も、仕事が忙しい時は周りが見えなくなる。
僕もそうならないように、気を付けないと……
あれやこれやと作業を進めていると、店の奥から重い足音が聞こえてくる。
タオルで汗を拭きながら入ってきたのは、父だった。
「ふー、暑いし、忙しいね……」
「アンタ、ボーっと突っ立ってないで次の配達に行きなっ!!」
「はい、コレ」
「えぇ……一休みもさせてくれないの? 1号車、エアコン効かなくて大変なんだからさ」
父にしては、珍しく泣き言を漏らしていた。
それは仕方無いのかもしれない。通常の5倍くらいのペースでデリバリーの注文が来て、車を走らせている。泣き言の1つくらいは当然だろう。
洗浄済のプラスチックコップを取り、水道水を注ぐ。
キッチンの冷蔵庫にあるロックアイスを2つだけ入れて、父に手渡した。
「今は、これで我慢」
「おぉぉ、忙しすぎてコークも飲ませてくれんとは……」
水道水を一気に飲み干し、氷だけ残ったコップを受け取る。
父は紙袋を手に、貯蔵庫の裏口から出て行った。
申し訳ないが、僕らにも余裕は無い。
頼まれた作業を終えて、デリバリーの品を準備する。
店内の注文をやりきった。出るなら今しかない。
「はいよ、セットのドリンク」
「ありがとう!」
ドリンクカップを固定する台紙を差し込み。紙袋に料理の入ったパックを詰める。
店の奥から自動車のスターター・キーを持ち出して、僕は紙袋を抱えたままキッチンを抜けた。
「行ってきます!」
「気をつけるんだよ」
「住所間違えないでよねー」
2人の言葉を背に受け、僕は貯蔵庫へ向かう。
そこから搬入口を抜けて、店の外に出る。
店の正面にはまだ何人もの客が並んで待っていた。
普段ではありえないような来客、それがどうして今日だったのか知りたいとは思ったが、今はそれどころではない。
客の列を横目に、駐車場にある電気自動車に向かう。
外装の塗装が剥げたり、錆びてしまったりする小型車両。それが僕らが所有している電気自動車だ。
スクラップヤードからパーツを探し出し、ヨナと一緒に組み上げた。
おかげでタダ同然で手に入れることができた。ヨナの家族には感謝しても足りない。
運転席に座って、スターター・キーを差し込み、回す。
甲高いシャーシ音、回転数を示すメーターがしっかりと表示される。
ブレーキペダルを踏みながら、シフトレバーをドライブレンジの場所へ動かす。
車体の振動が変わったのを感じながら、ブレーキペダルから足を放した。
ゆっくりと前進し、車道に合流。そのまま郊外方向へ向かう。
流れていく景色から植林や高層ビルは消えていき、規模の大きい工場や倉庫が現れてきた。
これに近い景色を見られる場所はあったが、ここまで極端ではなかった。
まるで工業用のプラントコロニーみたいだ。同じシティ内とはとても思えない。
しばらくして、指定された住所の付近まで辿り着いた。
信号待ちの間に、オーダーの書かれたメモを確認のために開く。
数人分、パーティーでも開くかと思うような量の注文。指定された住所、それと何かの名前のような単語が書かれていることに気付いた。
「……ライフキーパー? 聞いたことないな」
疑問が思わず口に出てしまう。
少なくとも、そのようなワードに覚えはない。
おそらく、住所と関連があるのだろう。
もしかしたら、企業名なのかもしれない。
しばらくすると、書かれていた住所に辿り着く。
道路の路肩に車を停め、降り立つ。
周囲を見回すまでもなく、『ライフキーパー』は目の前にあった。
それは他の建物に比べて、1回り小さい。わずかに開いたゲートから騒音が漏れ出ていた。
大きな看板に「ライフキーパー」と書かれていて、住所を示す識別表示はメモに書かれてものと一致する。
ならば、ここがそうなのだろう。
大量の紙袋を抱えながら、ゲートが微妙に開いた建物へと向かう。
オフィスがありそうなところが一目でわからないなら、従業員に聞くだけだ。
ゲートをくぐり抜けると、そこは整備工場のように見えた。
本格的な作業場のようには見えないが、設備は整っているように思える。
あちこちで
その1人に近付いて声を掛けようとしたが、妙な違和感に気付く。
思わず足を止め、周囲を改めて見回す。
よく見ると、この工場はどこか変な感じがする。
おそらく、重機や車両を整備する機材が置かれているのだろう。
しかし、それにしては大きすぎるトレーラーが用意されていた。明らかに中を隠すような大きなカバーシート、巨大なコンテナ。とてもじゃないが、建物の規模と中身が不釣り合いな印象があった。
これほどのものを整備するとしたら中途半端な工場ではなく、もっと大きな設備が必要なはずだ。
おまけに工具も変だった。
整備用途規格の工具を使ったことはあるが、ここにあるのはどれも普通のものよりグレードが良すぎる。
多分、
しかし、そうだったとしても設備の規模が小さすぎる。とても認可を受けた企業とは思えない。
それに、そうした工具は一般的な重機や車両の整備には使わない。
兵器、武器、そうしたモノを扱う時に使われるものだ。
「――お前、誰だ?!」
声を掛けようと思っていた作業者がこちらに気付いたらしい。
工具を手にしたまま立ち上がり、近付いてくる。
「えっ――と、デリバリーの注文を受けたフェー・ルトリカというレストランの者です……」
作業車は若い男。大型のレンチを肩に担ぐようにしながら、僕を睨んでいた。
作業者の服装に視線が釘付けになる。
どこにでもあるようなジャンプスーツの作業着、油と煤で汚れた手袋、
「ナニ見てんだよ」
「すみません、住所はこちらで間違いないでしょうか?」
オーダーの書かれたメモを取り出し、若い作業者に見せようと突き出す。
ふと、作業者の足下に目が行った。
僕が知っている整備作業者というのは、靴紐の無いタイプのブーツを着用していた。
整備している機械、設備に巻き込まれるのを防いだりするのが理由だったはずだ。
しかし、目の前にいる作業者の靴は……しっかりした造りのミリタリーブーツ。
丈夫そうな靴紐がきちんと結ばれている。
手が何かに弾かれるような衝撃を受け、思わず後退ってしまう。
どうやら、若い作業者が僕の手を払ったようだ。手にしていたはずのメモが工場の奥へ飛んで行ってしまう。
「勝手に入ってきてんじゃねェゾ」
「す、すみません……オフィスとか、受付とか、見当たらなかったので――」
言い訳をする僕を許さないとばかりに、作業者の視線が鋭くなる。
――もしかして、ここは……危険な場所だったか?
セントラルシティの治安は良い方だ。
しかし、工業地区や郊外が同じとは限らない。
この「ライフキーパー」という工場は、整備工場のように見えるチンピラの溜まり場なのかもしれない。
むしろ、チンピラよりもタチの悪い可能性が――
両手で使うような大型レンチを手に、作業者がにじり寄ってくる。
その様相からは、普通の整備士だとはとても思えない。
――ここは、一体……?!
ただ注文を受けただけなのに、大変なことに巻き込まれてしまいそうだ。
料理の入った紙袋を手にした状態では、逃げるのも難しい。
「――お、落ち着いてください! 僕は料理を届けに来ただけで……」
思っていたよりも大きい声が出ていたらしい。
あちこちにいた作業者が手を止め、こちらを見ていた。
しかし、助けてくれる様子は無い。
「喚いてんじゃねェ、うるせェンだよ!」
レンチを手にした作業者が怒鳴る。
僕は紙袋を抱えたまま、後退ることしかできない。
――僕はどうなるんだ……!?
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