Act:02-7 フェアリー・ウィング
『――グリッドB7R、ロック完了。次はC07に向かう』
『ジュリエット05、作業は順調だ。そのまま向かえ』
目の前の作業に集中、操縦桿を握っている両手に力が入ってしまう。
深呼吸し、集中を切らさないように作業用ポッドのマニピュレーターを操作。
無事に固定装置を取り付けることに成功した。
吹き出るような汗を拭おうとしたが、分厚い宇宙服とヘルメットのせいで不可能であることを思い出す。
作業用宇宙服は装甲化され、簡単には脱げないようになっている。
「ジュリエット07よりアクチュアル、B04での作業を完了した」
『遅いぞ、C07はジュリエット05に任せてW99に向かえ』
「……了解した」
視線を上げ、コンソールから目を離す。
目の前には分厚いクリアキャノピー、その向こうにはどこまでも広がる宇宙の闇とコロニーの外壁が続いていた。
コロニーの側面、装甲化された外壁に長距離通信用の機材を取り付ける作業の途中。コロニー攻略作戦、その潜入工作任務の工程の1つだ。
『――どうした07、調子が悪いのか?』
「大丈夫だ、05」
〈クロエ〉としてコロニーに潜入してから、シミュレーターを見てすらいない。
身体が操作を覚えていても、感覚が鈍っているのがわかった。
他の隊員がそのことを把握しているように動いているのが、納得できない。
まるで、わたしが部隊のお荷物だと言うかのようだった。
「ジュリエット07、W99に移動する」
無線に向かって命令を復唱し、搭乗している作業ポッドを回頭。
民間に普及している作業用ポッド、その操縦システムはモビル・フレームとは大きく異なる。
だから、定期的にマニュアルの再読や訓練が欠かせない。
コロニーの壁面を作業用ポッドの脚で歩く。
吸着装置が働いて、無重力下でも接地していられる。
一般的な作業重機。こうした装備はどこにでもあり、コロニー自体も保有していることが多い。
だが、コロニーのメンテナンスや修繕作業にはいくらあっても足りていない。そこに民間企業によるサポートは欠かせない。
我が隊は、その隙を突いて工作活動を行っている。
指定された区域に移動させている最中、ふと周囲を見回した。
大小様々な岩石や何かの残骸、そうしたデブリを見ていると自分が撃墜された時のことを思い出してしまう。
羽根のような装備を背負ったモビル・フレーム。
攻撃を無効化する機能、恐ろしい精度と弾速を誇る火器――それを大胆不敵に操るパイロット。
あのような機体はこれまで見たことが無い。
次に戦うことになるにしても、
機体性能はもちろんだが、もっと有効な装備が必要だ。
――あの翼の防御がなんとかできればな……
あの翼付きの機体の機動力も侮れない。
パイロットもデブリ宙域を高速で駆け抜けてくるほどの実力を持っている。
――わたし程度の操縦技術で倒せる相手だろうか……?
複数機で追い込むことが出来れば、多少は有利になるはすだ。
しかし、全員が為す術無く撃墜されるリスクの方が大きい。
逆に「翼付き」を倒せれば、我々が懸念する問題はほぼ無くなるだろう。
視界の中で何かが光ったような気がした。
思わず停止し、辺りを見回す。
すると、無線が騒がしくなった。
『ジュリエット09より各員へ、高熱源体が複数接近!』
周囲を警戒していたモビル・フレームからの通信。
同時に望遠映像がこちらに送られてくる。
コンソールのサブモニターに映し出されたのは、真っ白な人型のシルエット。
特徴的な翼のようなパーツ、カービンサイズの火器、長く見える手足、それは間違いなくわたしを撃墜した――『翼付き』のモビル・フレームに間違いない。
「09、監視を継続してくださいっ!」
気付けば、わたしは無線に向かって叫んでいた。
『アクチュアルより07、お前をヤったのはアイツか?』
「間違いありません」
隊長の問いに即答し、サブモニターの映像を眺める。
最大望遠でノイズが酷いが細部はしっかり見えていた。
例の機体の背後に、複数の機体が連なっていた。
ジュリエット09がそちらの機体に望遠のフォーカスを合わせる。
明瞭になった映像には、見知らぬ機体が現れた。
「これは見たことがない。おそらく、Gユニット部隊と呼ばれているものだろう」
店に来るカールの友人――ヨナが度々口にしていた単語を、わたしは思い出すように呟く。
『E2サイトは独自の研究セクションがあるらしい。既存のモビル・フレームとは全く異なる構成だ』
隊長が感心したように言う。
ホワイト・セイバー隊の上官達は敵を嘲笑うことが多いが、誰1人として軽口を叩く者はいないようだった。
性能も装備も不明な最新鋭機動兵器、わたし達が最も恐れるべき相手だ。
羽根の付いた機体の後ろに続くモビル・フレームは、可変機の〈スパロー〉とは全く違う様相をしている。
白、青、異なるタイプが編隊を組んでいた。
よく見ると、腕や足が違うだけで胴体はほとんど同じような形状をしている。
――新型の量産機……か?
新しい機体を作るだけの技術力や予算を確保することは、コロニー軍には困難だと思われていた。
だが、その認識を改める必要があるかもしれない。
『……これは、計画を変える必要がありそうだ』
隊長が溜息交じりに呟いたのが、無線に乗って流れてくる。
これまで通りのやり方でも、劇的な開戦を展開することはできるだろう。
しかし、接近した戦隊がこれらの新型機に圧倒されてしまっては意味が無い。
内部での武装蜂起と、外部からの制圧、これはタイミングを合わせるだけでなく。短時間かつ効果的に行わなければならないのだ。
もし、内部での武装蜂起で政府機関を黙らせたとしても、本隊が内部を制圧出来なければコロニーを掌握することはほぼ不可能である。
本隊がコロニー内部に辿り着けなければ、いくら優位であってもわたし達は全滅することになるだろう。
『――各機、作業は中止だ。撤収しろ』
隊長からの無線に応答し、それぞれが格納庫を備えた小型輸送船へと帰投していく。
わたしも移動を中止、脚部の吸着装置を停止させて壁面から離れた。
操縦桿とフットペダルによる入力操作で、宇宙空間を推進。輸送船へと向かう。
壁面から充分に離れたところで、鈍い音が伝わってくる。
小型のデブリに衝突したのかと思った矢先、コンソールに新しい通知が表示された。
それは、専用ワイヤーを使った短距離通信だ。
無線や光信号を使わないため、通信が傍受されることはない。
「こちらジュリエット07」
『オレだ』
ワイヤーを繋げてきたのは、ドム隊長だった。
コンソールを操作し、通信強度を確認。
コクピット内のミラーを使って、隊長機を視認した。
『あの翼があるヤツ、お前はどれだけ詳しい?』
「交戦は一度だけです、接近戦を仕掛けましたが撃墜されました」
あの戦闘を思い出す。
民間輸送船を拿捕しようとして、頭上から攻撃を受けた。
ジュリエット08と共に応戦するが、高精度の精密射撃や謎の防御装備によって、わたし達はいとも簡単に撃墜されてしまった。
『敵の武装は強力です。短砲身でありながら、ロングバレル・カノン級の精度と貫通力を発揮する火器で撃たれました。カービンサイズの手持ち火器でしたが、間違いありません』
取り回しが良く、射程と威力に優れる。そんな都合の良い武器があるわけがない。
しかし、実際にそれを使ったところをわたしは見ている。
「それだけではありません。敵には大口径機関砲弾を無力化する装備を保有しています」
『――無力化? どういう意味だ』
「そのままの意味です。損傷を与えることができませんでした」
翼ようなユニットによって、見えない壁のようなものを形成したとでも表現するべきだろうか。
一体、どのようなテクノロジーを使えば、あの奇跡を実現できるのか――
――もっと、情報が必要だ。
『……それにしても、J07』
「なんでしょうか」
『お前、レストランの仕事は大丈夫なんだろうな?』
「今日は休みです」
『そうじゃない。人並みに働けてるのかを聞いている』
――出来てる、と思いたい……
最近はミスを指摘されることは減ったが、まだまだ一般人のように振る舞えているようには思えない。
疑われても仕方無いが、E2サイトはまだ平和そのものだ。
不審な行動や証拠が見つからなければ、大事にはならないだろう。
少なくとも、コーサカ家の人達はわたしの部屋に入ってくることはない。
それに、武器装備や資料は入念に隠蔽出来ている。問題無いはずだ。
「善処はしています」
『まぁいい、今度様子を見に行ってやる。任務と同じくらい仕事も真面目にやれよ』
「了解です」
通信が切断され、ハッチが開いたままの輸送船はもう目の前まで迫っている。
ふと、隊長や上官達がレストランに来た時のことの脳内でイメージしてみようと思った。
きっと、横柄な態度で入店してカウンター席を独占するだろう。
わたしが仕事をしているのを眺めながら、メニューを開く。
そして、隊長達がどんな料理を注文して、その『おいしい』によってどのような表情をするのだろうか……
少しだけ、隊長達が来店するのが楽しみに思った。
自分が知ってる人間がカールの料理にどのような反応をするのか、今すぐにでも見てみたい。
作業用ポッドを固定し、船内に引き込むためのロボットアームが伸びてくるのを眺めながら、これからの予定を考えようとしていた。
おそらく、現在時刻は昼時。
ロボットアームが作業用ポッドを掴んだ。
軋むような機械動作音がコクピットを満たす。
それに同調するように、わたしのお腹が鳴る。
思えば、今日は朝食を取っていない。レストランでの業務が無ければ、わたしはいつも中途半端な時刻に食事を取っていた。
――今日は何を食べようかな。
セントラルシティにはたくさんの『おいしい』が待っている。
調査のためにと街を歩けば、知らない景色と一緒にたくさんの『おいしい』との出逢いが待っていた。
屋台、コンビニエンスストア、レストラン、フードコート。店のメニューにも載っていない料理があちこちにあった。
頭の中にぐるぐると、様々な料理の名前と色が思い浮かぶ。
まだ見ぬ料理がわたしを待っているに違いない。
だが、今はコロニーの外。
これから市内に戻っても、ランチタイムは終わってしまう。
――ならば、『あまい』で攻めるべきだな。
頭上にあるポッドのハッチが、重々しく開く。
任務は任務。わたしの口と舌と、さっきから鳴りっぱなしのお腹が料理を待っている。
わたしは意を決して、作業用ポッドから飛び出した。
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