Act:02-5 デリバリー・チェイス
――ヒマだ……
今日はカールが大規模訓練のために早朝から不在。
妹のルカ、母親のモニカ、そしてわたしの3人で働いていた。
大規模訓練にはレストランに訪れる客の多くが参加しているせいか、ほとんど来客は無い。
普段通りに業務を遂行、仕込みや本日分のホットスナックの準備。その他諸々の作業を終えて、あとは接客対応をするだけとなった。
しかし、店に来る客は片手で数えるほどしかない。
コロニー軍がいかに民間人を抱え込んでいるかが実感できる。
コロニーの規模に対してモビル・フレームの数が多すぎることが何度もあったが、こうして住人を戦力として運用しているのをわたしは全く知らなかった。
――それでも、ここまで客が来ないというのは……
調べたわけではないが、コロニー・E2サイトは若年層の労働者が多いようだ。
だから、こうした軍の訓練が行われると住人の大半が参加してしまうということなのだろう。
事実、カールやその友人も民間人パイロットなのだから、軍の中で民間人の割合はかなり大きいはずだ。
――大規模演習の今日は楽に過ごせそうだ。
モニカは店の奥で椅子に座って居眠り、ルカはボックス席の1つを占有して読書。
わたしもカウンター席に座って待機しているが、咎められるわけでもない。
――体力の回復に努めるか……?
ここ最近は調べ物で出歩くことが多くて、疲労が溜まっている。
ようやく合流できたドム隊長からの指示は無く、自主的に情報収集を実施していた。
コロニー自体が公開している情報と、実物にどれだけ差があるのかを確かめるという作業だ。
公開されている基地の位置情報や規模、設備の数、セントラルシティには数多くの軍施設が存在している。
その公開情報がどれだけ信用できるかを調査した。
事実、自治軍自体が公開している情報はほとんど信用できるものだった。
手の内を明かすかのように公開された情報はそのまま作戦に使うのは難しくない――となれば、今度はその裏側の情報を探すことが必要となる。
あとは頃合いを見て、部隊と合流して作戦に参加しなければ……
突然、店内に電子音が鳴り響く。
あまりにも唐突だったため、立ち上がってしまった。
だが、その音は日頃から聞き慣れているものだ。
店の奥で居眠りしていたはずのモニカが、通信端末のインカムを着用。通話を開始。
短いやりとりをしながら、小さいクリップボードを取り出してメモを取っていた。
すると、今度はボックス席のルカが自身の携帯端末を取り出し、耳元に当てていた。
おそらく、誰かに連絡を試みているのだろう。
――この流れは、
店で作った料理を注文した住人に届けるという業務形態。
それを専門にしているところがいくらかあるらしい。わたしも試しに使ってみたこともある。
「フェー・ルトリカ」においては調理とパッケージングのみを行い、配達するのは父親のアントニオやカールの担当であった。
通話が終わったモニカがカウンターに立つ。
そして、わたしを見た。
「さあ、仕事だよ」
「了解だ」
わたしはキッチンに戻り、手を洗浄。作業体勢に移行した。
遅れて入ってきたルカは、困ったような顔をしている。
「どうしよう……パパは通話に出てくれないし、アニキは演習だし――」
「なンだい?! あのトンチキ、どこ走ってるんだか……」
どうやら、配達をする役割を担うアントニオと連絡が取れないらしい。
しかし、注文を受けたからには応じなければならないだろう。
2人が頭を悩ませている間に、わたしはモニカから受け取ったメモを確認。
注文内容は『ハンバーガーセット、スナックセット』にオプションのポタージュとドリンクがいくつか。
――これなら、なんとか出来そうだ。
ハンバーガーはともかく、セットに含まれる『フライドポテト』と『オニオンリングフライ』は既に調理済みだ。
デリバリー用のプラスチックパックに盛り付けるくらいなら、わたしにもできる。
――いや、それくらいしかできない……
料理は少しずつ訓練していた。
カールやルカの監督下で実施しているが、思っていたよりもやることが多くて覚え切れていないのが現実だ。
未だに調理前の食肉に抵抗感がある。
いずれは、あの弾力や生々しさを克服しなければならないだろう。
『ハンバーガーセット』の付け合わせ、『スナックセット』に必要なフライドチキンをデリバリー用パックに詰め、『スナックセット』の方は粘着テープとビニールラップで封をする。
遅れて作業を始めたモニカを横目に、ルカに歩み寄る。
手元の端末で何かを入力しているルカ、その様子は焦っているように見えた。
「どうしよう、クロエさん……!」
携帯端末の画面をわたしに見せてきた。
そこにはいくつかの項目と数値――価格が記載されている。
「どこのタクシーも特別料金だよ、これじゃ赤字になっちゃう」
「あかじ……?」
「お金が足りなくなっちゃうってこと!」
――なるほど、それは問題だ。
携帯端末で様々なアーカイブを閲覧した際、飲食施設の経営指標のような情報にアクセスしてしまったことがある。
気になって「フェー・ルトリカ」を調べてみたが、あまり利益を出せていないらしい。
民間の飲食施設は市内中心部にあることが多い。
しかし、この店は少し離れた区画にあった。人口密度や流動比率的に場所が悪いということなのだろう。
また、中心部のオフィス街と呼ばれている区画は様々な民間企業が所有するビルが建造されている。
つまり、クレジットを多く所有する住人働いているのが中心部の区画だ。
そこから離れた場所にあるということは、相対的に利益が得られなくなる。
だからこそ、コストを抑えなければならないということなのだろう。
「しかし、車両はあるはずだ」
わたしの問いに、ルカは首を横に振る。
「ダメだよ、ママもアタシもライセンス持ってないし」
――ライセンス……? 身分証のことか?
特定の専用車両や重機は搭乗前に、正規の訓練を受けた証明書を発行する必要があると聞いたことがある。
おそらく、ルカが言った『ライセンス』がそれのことだろう。
ならば、わたしは『ライセンス』を持っているのと同じことだ。
「わたしは運転できる」
「えっ? でも、ライセンス持ってないんじゃ……」
「必要無い、提出する機会を作らなければいいだけだ」
ルカが携帯端末を操作し、何かを調べ始める。
そうしている間に、モニカがハンバーガーを作り終えた。包み紙で梱包されたそれをパックの中に収めた。
デリバリー用パックの封とドリンク類のパッケージングが終わると同時に、ルカが声を上げる。
そちらの方に振り向くと、ルカは笑顔になっていた。
「地球でライセンス取っていた場合、こっちで再発行する必要無いんだって!」
「では、ライセンスを持っていなくても大丈夫なのか?」
「……いやあ、そうじゃないんだけど。ちゃんと講習受けたんですよね?」
母艦内の格納庫で装備や機体を牽引するトレーラーや小型牽引車を運転したことがある。
また、コロニー内で武装蜂起の準備をするために自動車を運転することは何度もあったし、自信もある。
セントラルシティの散策は充分とは言えないが、交通ルールや制度は把握出来ていた。
実際に車両を運転してみたわけでは無いが、不可能ではないだろう。
「ああ、訓練だけでなく実際に運転していた」
「――ホントですか! なら安心ですね!」
そう言ってから、ルカは店の奥に向かい、すぐに戻ってきた。
彼女の手には、自動車のスターター・キーが握られている。
「行きましょうか!!」
「ああ、了解だ」
「安全運転だよ、しっかりね」
「はーい、行ってきまーす」
複数の紙袋を手に、わたしは店を出る。
すぐ近く、店の隣にある駐車場。そこにあちこちが錆だらけの車両があった。
紙袋をルカに預け、運転席のドアを開ける。
人口太陽で熱された車内の空気を、顔面でモロに浴びてしまった。
息が詰まりそうな熱さに、思わず呻いてしまう。
――さっさと始動しよう。
車両には空調装置があるはずだ。
それを稼働すれば、すぐに汗も引くほどの冷風を浴びることができるだろう。
計器類のコンパネ脇、そこにスターター・キーを差し込み、回す。
小さな作動音と共に、計器類が一斉に光り出す。
間もなくして、甲高いシャーシ音が鳴った。
自分と助手席のルカがシートベルトを着用したのを確認、ルームミラーとドラミラーの位置確認、運転席のシート位置と高さを調節、これで走行前確認は完了。
「道は覚えているか?」
「大丈夫だよ、ほら」
ルカが自分の携帯端末をコンパネ上部に設置した。画面にはナビゲーションアプリらしき情報が表示されている。
周辺の地図と道路情報を俯瞰した図が展開されていた。
「進行方向に地図を合わせたいのだが」
「はいはい、ホイッと」
ルカが画面の隅をタップすると、表示されている地図の向きが変わった。
進行方向に合わせて動くようになったらしい。これなら見ながらでも運転出来そうだ。
「発進する」
「よーそろー!」
シフトレバーをドライブレンジに入れ、アクセルペダルを踏み込む。
計器類の情報に問題は無い、見た目の割にはしっかり整備されているようだ。
ゆっくりと加速しながら車道に侵入、それほど多くない車の流れに紛れた。
携帯端末のナビ、道路標識、それらに従い市内中心に進路を定める。
複数車線の大型道路に合流、大小様々な車両と共に中心部であるオフィス街へと向かった。
すぐに高層ビル群が視界に入る。
あれだけ高いと破壊されたときの周辺被害が凄まじいだろう。
戦時だというのに、攻撃標的になりそうな建造物を造ってしまうことが理解できない。
――やはり、このコロニーの住人は危機意識が足りないな。
だから、わたしはこうして潜入できているわけだが。
ナビ情報に従い、大型道路から下層の通常道路へ降りる。
ビルの間を走り抜け、目的のオフィスビルの地下駐車場へ入った。
適当に車を駐め、車体をロック。そのまま徒歩でビルの中へ進む。
「クロエさん、運転上手なんだね!」
ルカが楽しそうに言った。
だが、あの程度の混雑状況なら誰でも走行できるだろう。
道路もよく整備されているし、標識も見やすい。
道自体もそこまで複雑ではなかったようにも思える。
普段から電気自動車に搭乗してなかったとしても、安心して運転できるような環境だと断言できるだろう。
「車の運転はそう難しいものではない。ライセンスを取得するのは難しくないはずだ」
「うーん……とりあえず、学校を卒業してからライセンススクール通おうかなぁ」
学校というものを把握はしていないが、レストランでの業務と学業とやらを両立するのは簡単ではないはずだ。
そこに自動車運転の訓練を差し込む余地は、おそらく無いだろう。
駐車場からしばらく歩くと、ビルのエントランスと思わしき場所に出る。
その広さに、思わず目眩がした。
ただのビル、民間の建造物なのに、どうしてこれほどの余裕のある構造になっているのだろうか。
なんらかの誇示を目的とした造形、もしくは『業務』の用途以外に活用するつもりなのか。
しかし、どのように考えても、この広さを有効的に運用できる気がしない。
戦闘状況になったら、圧倒的な広さのエントランスが拠点として使われたりすることは……無いだろう。
注文された料理が入った紙袋を手に、受付へ向かう。
そこでルカが担当者と短いやりとりをして、しばらく待機。
すると、エレベーターから出てきた男がこちらに向かってくる。
深い青色のビジネススーツ、ピカピカに光沢が輝く革靴、労働者の中でもかなり裕福な層の住人なのだろう。
そのような人物でも我々と同じものを食べるというのは驚きだ。富裕層はそれに見合った食事をしているものだとばかり思っていた。
「注文したジョンです」
「お待たせしました。フェー・ルトリカのデリバリーです。注文された料理はこちらになります」
男が懐から紙幣を取り出し、ルカに手渡す。
それと交換するように紙袋を男に渡した。
「ありがとう!」
料理を受け取った男が、笑顔のまま言い放つ。
――どうして、礼を言うんだ?
対価を支払い、求めた物品を手に入れる。
これは普通の取引。だから、感謝を言われるのはおかしいのではないだろうか。
両手に紙袋を持ったスーツの男はそのままエレベーターへ向かう。
背中越しでも、男が浮かれているのがわかった。
男が見えなくなってから、ルカがこちらに振り向く。
「じゃ、行こっか」
「了解だ」
駐車場に向かう最中、わたしは疑問をルカにぶつけることにした。
大したことではないのだが、妙な感じがしたからだ。
取引で欲しいものを手に入れて、それで嬉しいのは理解できる。
だが、それは対価を支払ったからであり、礼を言って感謝するのは筋が通らないように思える。
「ルカ、あの男はどうして笑っていたんだ? それに感謝を言葉にしていた」
「――へっ? 普通じゃない?」
――しまった、一般常識だったか!?
余計な事を言ってしまった。
取引だとしても、欲しい物を手に入れたら感謝を述べる。というのは極自然なこと――それを知らなかったとすれば、わたしの正体が……!
「そういえば、クロエさんってお金持ちだったんだっけ。人と接する機会が少ないとわからないかもしれないけど――」
何か言い訳をしようと考え込んでいたわたしは、思わず立ち止まっていた。
そんなわたしを、ルカが覗き込んでくる。
「美味しいものを食べられるって、楽しいし、嬉しいものなんだよ」
そう言ってから、ルカは笑った。
美味しい、甘い、辛い、すっぱい、冷たい、温かい、そのどれもが感情を動かすに足る要素だ。
だから、料理というものは凄い。
「それに、デリバリーを頼むってことは、あの人何度も注文している人だよ」
「そうなのか?」
「そうそう、リピーターってやつだね。意外と多いんだよ。ウチのお客さん」
店に来る客を分析したことはないが、言われてみると見たことがあるような人物がよく来店しているように思える。
きっと、カールが作る料理には人を惹き付ける力があるということなのだろう。
「それにさ――」
ルカがわたしの正面に立つ。
そして、満面の笑みをわたしに向けてきた。
「――美味しいものって、食べる前から人を笑顔にさせるものだからねっ」
「そういうものなのか」
「そうだよ!」
納得はできないが、受け入れることにした。
人は必ずしも、ロジック通りに動くわけではない。
しかし、わからないから良いこともあるのかもしれない。
誰も明日のことなどわからない。
カールも、ルカも、わたしも、誰も明日や明後日を見通すことなんてできないはずだ。
だから、目の前にある美味しい料理を、何も考えずに食べることができる。
それはきっと、平和だからできることなのだろう。
再び自動車に搭乗し、店へ戻った。
今日も、明日も、明後日も、わたしはレストランで働くだろう。
それがいつまで続くかはわからない。
むしろ、わからないままの方がいいのかもしれない。
それが終わるということは、平和が終わる時だからだ。
もう少しだけ、『平和』を味わっていたい。
わたしは、そう思ってしまっていた。
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