Act:02-4 スカイ・デュエル 3

 模擬戦を終えて、基地に帰投。

 機体から降りて、待機するための場所――指揮所に戻った。


 途中でヨナとレッティと合流し、雑に並べられたパイプ椅子に身体を預ける。



 やっと一息つけたところで、疲れ知らずのヨナが嬉々として話を始めた。


「やっぱりスゲぇよ、ってよ!」


 僕らが模擬戦で戦った相手、それは傭兵と呼ばれる人達だ。

 正規軍人ではなく、招致されたか志願したパイロット――予備役という扱いではあるが、実戦経験が豊富であることは疑う余地は無い。


 そして、僕にとっては顔見知りだったことも驚きだ。



 セントラルシティにある大型モール『ストア99』の水産部門担当のミッキーさん、青果部門担当のジンさん。

 この2人が傭兵だったなんて、微塵も知らなかった。

 知らないだけで、もっとたくさん傭兵がいるのかもしれない。


 このコロニーは地球から移民してきた人がたくさんいる。

 そこに傭兵として活動していた人が紛れていても、何もおかしくはない。

 


「あの髑髏スカルマークの人、すげえ角度の旋回してたよな。きっとヤベェG掛かってるぞありゃあ」


「会敵してすぐに撃墜されたヤツが何語ってんのよ」

「うるせーな、1分くらいは耐えたっての」


 ヨナとレッティはおそらく、ミッキーさんと交戦していたはずだ。

 僕はその動きを見ていないけど、ジンさんも凄かった。

 どれだけ実機に乗れば、あの領域に辿り着けるのだろうか……いや、量より質が重要なのかもしれない。


 おそらく、僕はそこまで辿り着けない。


 

 これまで、負けることには何も思わなかった。

 自分は仕方無くやっている、適性が無い、素養が無い。

 そんな言い訳ばかりが頭の中で繰り返されて、負けたことを忘れようとしていた。


 だが、今は違う。あと少しで倒せたかもしれなかった。


 トリガーが引けたら、勝った可能性があった。

 確かな手応えを、指先だけで触れていた感覚。

 それが、ずっと頭から離れない。



「そっちはどうだったんだ?」


「凄かったよ、ジンさんも」

「知り合いだったのか?!」


「ストア99に行けば会えるよ、仕事してるだろうけど」


「マジか、明日から毎日通うゼ」

「――営業妨害でセキュリティにつまみ出されるわね」

 

「あのな、オレだって常識というものがだな」

「へぇー、アンタに一般常識なんて大層なものがあったなんてね」



 勝つ可能性があったなんて、本当はありえない。

 それでも、自分の限界を超えた先で見た景色は……これまでの訓練とは大きく違っていた。


 ジンさんの機体に、ガンレティクルが重なった瞬間――手加減されていたとわかっていても、嬉しかった。

 僕にだって、ヨナやレティシアのように1人でも戦えるのではないかと思わず思い込んでしまうくらいに、ベストを尽くせていたと思う。



 これまで、僕は『必要最低限』出来ていればいいと考えていた。

 給料さえ貰えれば、妹の学費が払える分さえあれば――と、全く別のことばかりが頭の中にあった。

 だけど、今回はそうじゃない。

 

 ジンさんと戦っている間、そんなちっぽけなことはすっかり忘れていた。

 勝負のこと、ジンさんに勝つためのことしか考えられなかった。



 だから、これまでの僕は「戦い」以外のことで言い訳してきたのだと思う。

 労働者層であること、軍事に明るくないこと、妹の学費のために稼いでいること、それがあるから僕は勝てないのだと……勝手に思い込んでいた。


 それは、ただの現実逃避。

 僕は本当の意味で、「戦う」ことから目を背けていた。

 それは戦争に備えるとか、成績でトップになるとか、そういうことじゃない。


 ベストを尽くすためには、何をして、何を考えるべきなのか。

 僕は全く無頓着だった。


 その場さえ、やり過ごせればいい。

 でも、給料は欲しいし、恥ずかしいマネをしたくない。

 それは、都合の良い言い訳に過ぎなかった。


 とてもじゃないが、なんて言えない。




「――大丈夫か、CK?」


 ヨナとレティシアが心配するように僕を見ていた。

 どうやら、深刻そうな表情をしていたのかもしれない。


 僕は考え事をすると、どうしても悪い方向に考えてしまいがちだ。

 だから、暗い顔をして俯いていたのだろう。落ち込んでいるように見えてしまったのかもしれない。



「ああ、大丈夫だよ。なんともない」


「本当に? 気分悪かったりしない?」

 レティシアが僕の手をとって、脈を測る。

 

「だ、大丈夫だよ……」


 彼女の手の冷たさに、僕は反射的に手を引っ込めてしまう。

 怪訝な表情を浮かべるレティシア、ヨナも鼻の頭を掻きながら困ったような顔をしていた。



「いや、なんでもないんだ。本当に――」

 

 これは、僕の問題だ。

 誰かから貰った言葉や答えは、僕にとって逃げ道にしかならない気がする。

 だからこそ、僕の中で決着をつけなければならない。




「ヨォ、おつかれさん」


 聞き覚えのある声が、横の方から聞こえた。

 顔を上げると、そこには見慣れた金髪の角刈り頭――ミッキーさんが立っていた。

 すぐ隣にはジンさんもいる……が、険しい表情をしている。



「レティシア・イー、ってのはそこの嬢ちゃんかい?」



「はい、そうですけど」

 レティシアの表情が強張ったのがわかった。

 

 だが、どうしてミッキーさんとジンさんが来たのだろうか。

 それに――レティシアを探している理由は、一体……?



「悪いが、ちょっと話がある。付いてきてくれ」

 ジンさんの声色は、普段の穏やかなものとは違う。

 むしろ、模擬戦中の時に近いような気がした。



「悪ィな、カー坊。ちょっとお喋りしてくっからよ」


「……はぁ、そうですか」


 

 レティシアは2人と共に、どこかへ歩き出す。

 僕はそれを見送るしかない――と、思っていたが、ヨナがスッと立ち上がる。



「行くゾ、CK」

 そう言うヨナの表情は、どこか楽しそうだ。

 


「……そういうの、よくないんじゃないかな」


「なに言ってんだよ。こういう時こそ、弱みの1つでも握っておかねーとだロ!!」


 ――君ってヤツは……!


 だが、レティシアが呼び出された理由が気にならないわけではない。

 こんなことに好奇心を働かせるわけにはいかないが――



「でもさ……」


「いいから、行くゾ!」


 ヨナに手を引かれて、僕は無理矢理歩かされた。

 そして、3人の後を追う。


 ずっと黙々と歩き続ける3人、その雰囲気が良くないものだというのは遠目からでもわかった。

 しかし、どうしてレティシアなのだろうか?


 彼女が誰かに迷惑を掛けるとは、とても思えない。

 傭兵もしくはスーパーの部門管理者に何か縁があるようにも見えない。


 


 しばらく尾行すると、3人は人気の無い場所に向かっているのがわかった。

 この広大な基地で人がいない場所はたくさんあるようには思えないが、先導するミッキーさんとジンさんの足取りに迷いは無かった。


 そして、辿り着いたのは資材置き場のような場所だった。

 おそらく、格納庫とか建造物の補修用建材を置くスペースなのだろう。重機もいくつかあるから間違いない。

 

 周囲に人影は見当たらなかった。



 僕とヨナは3人からそれほど離れていない位置で身を潜める。

 辛うじて、物陰から立ち位置が見えるくらいの視野があったが、さすがに顔までは見えなかった。




「暑い中、すまねェな」

 ミッキーさんが言った。


 だが、普段のミッキーさんの声色とはどこか違う。

 抑揚が無いような、どこか無感情さが感じられた。




「なあ、君はあの模擬戦をどう思った?」

 今度はジンさんが口を開く。

 やはり、ジンさんも普段とは違う雰囲気だ。



「いえ、特に何も」

 つまらない時の話し方、普段通りのレティシア。


 そんな彼女に、2人が近付いていく。

 


 


「あのなァ、お前……本気じゃなかったろ」

 

 冷酷さを感じるような冷たい声色。それがまさか、ミッキーさんから放たれているとは、とても信じられなかった。

 レティシアに詰め寄っているのが、物陰からでもわかる。



「手を抜いていたことくらい、お見通しだ」


「あの2人は惨敗だったが、それでも全力だったぜ」





「それで? あたしには関係無い」

 

 淡々と言い放つレティシア。

 顔は見えないが、場が張り詰めたような気がした。


 おそらく、レティシアの言葉は……2人が求めた答えでは無かったらしい。



 ジンさんがレティシアに歩み寄る。

 そして、彼女の目の前で止まった。


 

「俺達は元戦争屋だ。プライドを持ってパイロットやってるのさ」


「つーわけでな、舐めたマネされるのは面白くないわけよ。悪いな、お嬢」


 ――レティシアが手を抜いていた?


 僕やヨナと比べれば、レティシアはずっと実力がある。

 たまに訓練生とは思えないような操縦を見せたりすることはあるが、成績は上の下くらいだし、訓練生の中で実力者と評されていることもない。

 そんな彼女が、傭兵との模擬戦で手加減していた。

 

 とてもじゃないが、信じられない。2人の勘違いではないだろうか?



「傭兵の御機嫌取りは、あたしの任務じゃないの。構わないでよ」


 ――任務? どういうことだ?



 すぐ隣にいるヨナに視線を向けるが、小首を傾げるようにして「疑問」の意思表示をしていた。

 ヨナがわからないことが、僕にわかるわけがない。




「お嬢、オレ達は謝罪を求めてるわけじゃない。ただ、理由を聞きたいだけだ」


 ミッキーさんがレティシアに問う。

 しかし、彼女は答える素振りを見せない。



 そのまま沈黙が続く。

 レティシアも、大人の2人も一切物音を立てない。


 思わず身動ぎしたくなるが、それで尾行してるのがバレるのは嫌だ。

 友達を詮索するような恥ずかしいマネをしていることが発覚することだけは避けたい。


 しばらくすると、どこからか足音が聞こえた。


 

 


「やぁ、お疲れさん。2人とも」


 その声の主は、おそらくシロー・カナタ教官だ。

 レティシアと2人の間に割って入る。

 物陰から教官の制服が見えた、間違いない。



「大尉、どうしたんですか?」


「いや、まぁ……穏やかじゃない雰囲気の3人を見たって、教えてくれる親切な人がいてね。様子を見に来たんだ」



 ――誰かが通報した?


 もし道中で見つかっていたなら、僕らが尾行しているのもバレているかもしれない。

 だが、最初の待機所にはたくさん人がいた。そこの時点で誰かが連絡してくれたのだろう。



「大事な教え子が、怖い大人に説教されてるのは……教官としては、面白くないからね」

 シロー教官がそう言うのと同時に、レティシアを護るように彼女の前に立った。

 



「カナタ大尉、そこのお嬢は一体何者なんですか?」


「あなたならわかってるはずだ、彼女は普通じゃない――そうでしょう?」


 ――レティシアが普通じゃない?


 ふと、彼女のことを思い出してみる。

 家族はいなくて、アパートに住んでて部屋は僕の隣、毎日食事のためにウチのレストランを利用する。ハンバーガーが大好物……あとは、射撃と操縦が得意。


 ……変なところ、あるかなぁ?



「……君たちの疑問に答える義務は無い。それに、2人はもうの身分じゃないだろう? 細かいことに固執するのは、もう辞めないか?」




「アンタだって、まだ引き摺ってるんだろう? ルインのことを――」



「――その名前を口にするな」

 ジンさんの問い、ルインという単語にシロー教官が反応した。

 顔は見えないが、これまで耳にしたことのないような声色が聞こえた。



「もしかして、そこのお嬢が……」


「ルインはもう死んだ、関係無いだろ。それはっ!」

 シロー教官の感情的な叫びが、場を凍らせる。

 温和で、知的で、ユーモアたっぷりのシロー教官。そんな人の知らない一面を見てしまった。




「わかった。今回は大尉の顔を立てることにする」


「ジン、いいのか? このままじゃスッキリしねェだろ?」



 ――もしかして、僕らはとんでもない事を聞いてしまったのでは?


 何一つとしてわからないが、聞いてはいけない会話だったのは間違いないかもしれない。

 教官が感情的になってしまうワード、凄腕の傭兵が気に留める訓練生……

 


 ミッキーさんとジンさんが立ち去ろうとしている。

 ヨナに視線を向け、どうするかを問う。


 すると、顎で元来た道を示される――つまり、撤退だ。



 ヨナの先導に従い、僕らは待機所へと戻った。

 何事も無かったかのようにレティシアを迎え、そのまま3人でセントラルシティへと帰る。


 レティシアは自分が呼び出されたことについて、何も言わなかった。

 僕も、ヨナも、それについて聞くことはしない。



 ――僕らは何も聞かなかったんだ。


 

 何事もなく、3人で夕食を楽しんでから解散。

 これからもずっと、この関係が続けばいい。


 僕ら3人はチームで、親友。

 何か秘密を抱えていても、それを暴かなければ関係性は継続できる。


 この件についても、ヨナはさすがにマズいと判断したのか、秘密にすることを約束してくれた。

 

 明日も、明後日も、変わらない毎日が続く。

 僕は、それでいい。


 いや、そうであって欲しい。

 

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