Act:02-3 スカイ・デュエル 2
頭上には青、視界には雲と空の白が広がっている。
眼下には自然の緑と土の色、そこに線のように引かれるアスファルトの道路。
僕は今、空を飛んでいる。
モニター越しに見える空は、地上で見上げていたより寒々としているように思えた。
『――はぁぁ、ロックが似合わない景色だよォ』
『なによ、またモバイルプレーヤー持ち込んだわけ?』
ヘルメットのギアからは相変わらず暢気な友人たちの声が流れる。
コンソールを操作し、現在位置を確認。
もうすぐ摸擬戦が行われる空域に到達するところだった。
「前回みたいに無線に流さなければ大丈夫じゃないかな」
『甘いわよ、カール。音楽流してたら無線聴けないでしょう?』
『お前ら、オレのことなんだと思ってるんだヨ……さすがに対策してるって』
「対策?」『なにそれ』
不敵に笑うヨナ。
こういう時の彼は、ろくなことをしない。
『イヤホンを片耳だけにしてるんだぜ、これなら無線も聞こえるしナ』
――それもアウトだよ!!
ヘルメットのギアは左右から音が出るのは言うまでもない。
特定のアラームは方位に合わせた出力が行われる。それを元に回避機動や旋回をする必要があるため、警報は聞き逃さないようにしなければならない。
「……どうなっても知らないよ?」
『大丈夫だって、アラームが全部右耳から出るように弄ったからヨ』
「——それもっとダメなヤツだからね!!」
思わず、ため息が出てしまう。
しかし、それだけ余裕があるのは羨ましい限りだ。
僕はそこまでする度胸は持ち合わせていない――
突然、甲高い電子音が鳴る。
咄嗟にコンソールに目をやると、指定された空域に到達したのがわかった。
「タンゴ6-1、
『――タンゴ6-2』
『やっとだぜ、タンゴ6-3ィ!!』
センサーを戦闘コンディションに調整し、光学スキャンを開始。
まだ敵機は捕捉できていないようだ。
「散開しようか?」
現状、僕らは密集した隊形になっていた。
索敵は密集しているより、ある程度間隔を広げていた方が効果的だ。
しかし、距離が離れすぎると連携が難しくなってしまう。
その適度な距離感を保つのは、簡単なことではない。
『ええ、散開しましょう』
『よしッ、やるぞ!』
無線越しに、2人のやる気を感じた。
ひりつくような緊張感が肌を伝う。
僕は深呼吸しながら、メインモニターに映る空を注視する。
だが、突然警報が鳴り出した――
――接近警報!?
センサーが反応、すぐ近くに動体反応を察知。
それと同時に機体が大きく揺れる。何かの衝撃をまともに受けたらしい。
システムチェックを実施するが、ダメ―ジは無かった。
『こちらバンデッド。おはよう、諸君――』
『来たゾ! エンゲージっ!』
視界に機体が映り込んだ。即座に画像解析による機種判別が行われる――自分達と同じ〈T-MACS〉なのは疑いようも無い。
だが、妙な感じだ……
「グレー……? いや、違うな」
バンデッド――
望遠装置が敵機の動きに追従し、サブコンソールのモニターにその姿を克明に描き出した。
『――おいっ! マジかよ。ありゃ
――傭兵?
雲の間からもう1機現れ、密集隊形を組んでいた。
サブコンソールの小さなモニターに2機の〈T-MACS〉が並ぶ。
機体の一部に何かが描かれているのがわかった。
「……
『……もしかして、パーソナルエンブレム持ち!? 凄腕だぜ!』
コロニー軍には傭兵のパイロットが編入されていることがあると聞いたことがある。
つまり、目の前にいる機体がその傭兵なのだろうか。
『クソガキ共、ベース99のエトランゼと呼ばれた実力を見せてやるぜ』
『そんなに逸るなよ、いつも通りに行くぞ』
――あれ、どこかで聞き覚えがある声のような……?
『――来るぞ、CKっ!』
「タンゴ6、
スロットルを入れ、加速。
高度を示す数値が加速度的に増えていくのを見ながら、正面に捉えた敵機を見据える。
間もなく、センサーが敵機を捕捉。メインモニターに映る景色にボックスアイコンが追加された。
――やってやる!
相手が傭兵だとしても、一応は全力を尽くす。
戦う相手が何者でも、勝てる可能性に賭けるだけだ。
敵機との相対距離がどんどん詰まってくる。
やがて、攻撃可能な距離に至った。
反射的にトリガーを引く……が、攻撃できない。
――しまった、火器の安全装置を外してなかった!!
視線を落とし、火器管制装置のスイッチノブを捻る。
メインモニターに照準とステータスが追加され、攻撃が可能になったことが通知された。
『気を付けて、カール!』
頭上から曳光弾が振ってくる。
咄嗟に機体を旋回させ、致命弾だけは避けた。
攻撃力の無い訓練用曳光弾だけを装備しているとわかっていても、武器で狙われているということだけで最悪の気分だった。
『……カール? もしかして、お前――カー坊なのか?!』
「その声、ミッキーさん……?」
セントラルシティにあるスーパー99という大型モール。
ミッキーというのは、そこの水産部門を担当している人物だ。
まさか、傭兵だったとは……
『訓練生だって聞いてたけどよ、まさか……』
ずっと警報が鳴りっぱなしだ。
バンデッド――敵役の機体が僕をずっと狙っているからだ。
『――スキありィツ!!』
別方向から曳光弾が飛んでくる。
それによって、敵機からの照準が外れたらしい。警報が鳴り止む。
『戦場でボーッとするなっ!』
正面から曳光弾の射撃と共に現れた敵機。
急上昇、何発か被弾したが問題無い。
『今度はジンさんか!?』
『――フフっ、楽しませてもらうぜ』
敵機が旋回、再び攻撃を仕掛けてくる。
その鋭い機動は、同じ機体に乗っているとは思えないような動きだった。
「――ヨナッ! レッティッ! カバーしてくれっ!!」
『お友達はミッキーと遊んでるぞ。――さぁ、どうする?』
――僕だけでやるしかないのか!?
機体モードを切り替えるスイッチノブを回し、変形シーケンス開始。
モニターが暗転、甲高いシャーシ音がコクピットを満たす。
短くない時間の後、機体が人型形態へと移行。
メインモニターに両腕に装備されている10ミリマシンガンの照準が表示された。
それを迫ってくる敵機に重ね、トリガーを引く。
前に突き出した両腕の下部から曳光弾が放たれ、彼方へ飛んでいく。
敵機は火線をひらりと避け、こちらに反撃してくる。
スロットルを最大まで入力、急上昇で敵機からの攻撃を回避。
加速Gで息が詰まり、一瞬だけ視界が暗転する。
そのせいで敵機を見失ってしまった。
間髪入れず、警報が鳴り出す。
すると、右後方から光弾が飛んでくる。センサーが察知するのとほぼ同時、回避は間に合わない。
被弾を知らせるアラームが鳴る。しかし、10ミリ機関砲弾ではなかなか致命弾には至らないようだ。
実機での演習はシミュレーターと違って、被弾による操作性の制限は無い。
だからといって、被弾しても大丈夫なわけではないが……
敵機を狙うために回頭、通り過ぎた敵機を背後から攻撃――命中弾無し。
――クソ、当たらない……!
単に僕が射撃を当てられないだけなのだが、それだけじゃない。
〈T-MACS〉の性能を限界まで引き出しているだけでなく、戦い方を理解している。こちらがどうやったら攻撃できないかを把握していて、自分が有利になる立ち回りをしているようだった。
敵機が旋回して、再び攻撃してきた。
狙いを定めるのを中断し、回避に専念。薙ぎ払うように発射された曳光弾の弾幕から逃れるために、スロットル入れつつ操縦桿を傾ける。
機体姿勢を意図的に崩し、横方向に推力を偏向。光弾の群れをなんとか避けた。
再び、敵機を狙おうとするが――また同じように距離を取られてしまう。
一撃離脱。
機動力を活かし、短い攻撃時間で反撃を与えずに交差を繰り返すという戦術。
回避機動の最中に攻撃するため、高い操縦技術と刹那的なタイミングで照準を会わせることが求められる。
これに対抗するには、同じように一撃離脱をやるしかない。
――僕に、やれるのか?!
ああでもないこうでもないと考える暇も無く、次の攻撃がやってくる。
早めに攻撃して接近させないようにするが、こちらの射撃はあっさりと避けられ、前回と変わらない速度で距離が詰まってくる。
『――敵を中心に戦うんじゃない!!』
ジンさんの言葉が、無線を震わせる。
回避機動が読まれ、避けようとした先に光弾の弾幕が撃ち込まれていた。
もはや、僕はジンさんの手の上で踊らされているに過ぎない。
技量差は明らかだ。どうやっても、僕はジンさんに落とされるだろう。
もはや、撃墜判定を貰うのは予定調和と言ってもいい。
交差。通り過ぎていった敵機に振り向き、その背後を追うように撃ち込む。
曳光弾は遠ざかっていくジンさんの機体に掠りもしない。
――当たるわけがない、か。
機体姿勢を整え、次の攻撃に備える。
だが、敵機は突っ込んでこない。
大回りに旋回して、こちらの様子を窺っているように見えた。
『臆するな、機動兵器は動いてこそだ。自分から動けっ!』
一撃離脱を迎撃して勝つのは、僕には不可能だ。
ならば、ジンさんの言うように機動戦でやりあうしかない。
だが、それで勝てるわけでない。
ただ、足掻くことが許されるようになっただけだ。
機体を変形、巡航形態に移行する。加速し、敵機の動きに追従。
ジンさんの左右へと激しく切り返す機動。それに付き合うせいで、旋回時の強烈なGが体力と思考を奪う。
視界の色が失われ、音が遠のいていく。
現実感が無くなっていき、コクピットにいるのかさえも曖昧になってきた。
それでも、目は敵機を追う。
指先の感覚が希薄でも、手は操縦桿を握り締めている。
僕は、まだ戦っている――
『――状況に流されるな。自分の動きに、敵を取り込むんだ!』
あらゆる音が置き去りになったような世界の中で、ジンさんの声だけがクリアに聞こえた。
狭まっていく視界で、激しく飛び回る敵機を追う。
自分がどのように動かしているかもわからない。目の前の敵機に付いていくだけで精一杯だ。
――もう、少し……あとちょっと、だ。
照準の動きが敵機に追い付く。
何度も繰り返したアクロバットの中で、なんとなくジンさんの癖がわかるようになった気がした。
そして、機動を先読みし、照準を機影に重ねる。
――あとは、トリガーを……!
肝心な所で指が動かない。
いくら人差し指に力を込めても、トリガーを引けそうにない。
このチャンスを、僕は――逃すのか?!
力を入れなくても引けたはずのトリガーが、故障して動かなくなってしまったかのように固くなったように感じる。
しかし、トリガーを引くチャンスを――タイミングを、僕は失った。
『――――君は、もっと執着するんだ』
視界が一瞬で真っ暗になった。
それは、操縦桿を思い切り引いて失神したからではない。
急旋回で消えた敵機が、突然目の前に現れた。
僕の進路を塞ぐように飛び出して――否、回り込んできた。
いつの間にか、人型形態に変形していて、両腕をこちらに向けている。
極至近距離、避けられるわけがない。
『……勝ちたいという気持ちに、
激しい閃光、アラーム、メインモニターが真っ白になるほどの銃撃を浴びる。
そして、甲高いビープ音と共に無線から声が流れた。
『タンゴ6-1、致命的損傷。貴機は撃墜された。即座に帰還ルートに従い、基地へ帰投せよ』
操縦桿から手を離し、全身の力を抜く。
ヘルメットのバイザーを上げ、空調で冷たくなっている空気を吸い込む。
意識が鮮明になり、落ち着いて物事が考えられるようになった。
――やっぱり、僕は負けたか。
操縦桿を握り直し、規定の進路に機体を向ける。
「タンゴ6-1、これより帰投する」
模擬戦が終わり、緊張が解けてきた。
激しいドッグファイトで揉まれた身体が、思い出したかのように痛みを訴えてくる。
しかし、未だに空戦の最中にいた時の感覚が抜けない。
アラーム、武器の発射音、ジンさんの言葉――それが何度も頭の中で繰り返される。
勝てるはずがない、勝つ要素すらない。
誰が見ても、僕に勝ち目なんか無かったはずだ。
負けて当然、それは考えなくてもわかる。
それなのに――――
僕は、悔しかった。
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