Act:02-2 スカイ・デュエル 1
携帯端末のアラームが聞こえて、目を覚ます。
時刻を確認すると、普段よりも早い時間帯。
今日はいつもと違う。絶対に遅れることはできない予定がある。
だから、早起きする必要があった。
顔を洗い、支給されている軍の制服を着て、ブーツを履く。
そうしてから、部屋を出た。
ドアを開けると、すぐ目の前に誰かが立っている。
腕を組み、壁に寄りかかっているのは、僕にとって幼馴染みたいな存在の女子だった。
「おはよう、カール」
「レッティ、早いね」
レティシア・イー、僕やヨナと同年代でレストランの常連。
何かと一緒に行動することが多い上に、僕らは自治軍訓練生のチームでもあった。
今日は自治軍の大規模な実機演習が行われる。
別のプラント・コロニーに移動して、そこで機体に搭乗することになっていた。
せっかくだから、ヨナが僕ら2人を迎えに来てくれる予定だ。
アパートの出入り口を目指して歩き出す。
1歩踏み出した瞬間、僕の腹が悲鳴を上げた。
「お腹空いてない?」
「妙なタイミングで腹に入れると、集中力が鈍るから食べない方がいいわよ?」
「――そうだよね、終わってからいっぱい食べた方がいいか」
今からレストランで朝食を作っていては、演習まで間に合わない。
ギリギリに起きたわけではなく、単純に物理的な距離があるためだ。
アパートを出ると、柔らかな日差しに晒された。
人工太陽の熱光線、夜明けから数時間程度だから熱さを感じることはない。
――今日は暑くなりそうだ。
この「セントラルシティ」があるセントラル・コロニーは定期的に気温が高い日が設定されることがあった。
内部環境を整えるために必要だと教わったが、こういう日は辛い料理や冷たいデザートが普段の倍くらい注文される。
店は忙しくなるだろう――が、僕は手伝えない。
クロエはしっかり仕事してくれるから心配することは無いが、妹のルカや母がアイスクリームをつまみ食いしないかの方が気掛かりだった。
アパートの駐車場に向かう途中、後方から聞き覚えの無い走行音が聞こえてきた。
振り向くと、明らかに通常の電気自動車とは異なる形状をした車両が走行している。
前後に少し長いシルエット、低い車高、随分前に見せられたアーカイブ映像に出ていたような車両だった。
セダンと呼ばれるタイプの車両形状というのはなんとなく覚えている。
特別そうな車両が僕らの前で止まる。
窓が開き、そこから見覚えのある顔が現れた。
「待たせたナ」
やはり、ヨナだった。
今日も相変わらず、元気そうだ。
「運転よろしく頼むよ」
レティシアと共に後部座席に座る。
思っていたより狭くて、彼女の肩がぶつかってしまう。
「悪ィな、この車は趣味用でさ。狭いのは仕様なのヨ」
「いいから早く出発しなさいよ」
レティシアがそう言うのと同時に、車が急発進する。
路面でタイヤが悲鳴を上げ、甲高いシャーシの音色が車内を満たす――
「これ、相当弄ってるよね!」
「まぁ~な」
暢気に笑うヨナ、その運転はとても荒々しい。
急加速、急減速、急ハンドル。モビル・フレームに乗る前から激しい機動に揉まれていた。
車間距離もギリギリまで詰めるし、状況に合わせた減速が出来ていない。
こんな運転でどうやってライセンスを貰えたのか、本当に不思議だ。
そんな運転のおかげか、セントラルシティ内にある自治軍基地にすぐ辿り着いてしまった。ゲートでIDを見せ、敷地内に進入。
大きなゲート付きのトンネルに入っていく車列に加わり、地下道路へと向かった。
基地同士で繋がっている軍用通路、僕らが向かうのは「コロニー・E2サイト」の農業区画である『ヒルサイド・プラント』だ。
非常に大きいプラント・コロニーで、全体構造だけでもセントラル・コロニーの数十倍はあると言われている。
その上空で、僕らは空中戦の訓練をすることになっていた。
無機質な壁、真っ白な道路。変化が一切無い景色の中を数時間くらい走っていると、ようやく出口が見えてきた。
外に出ると、そこもまた軍事基地だ。
強い日差しと熱気、車内にいても体感温度が上がったような気がした。
ヒルサイドの基地はセントラルシティにあるものとは大きく異なっている。
こちらの基地は本格的な防衛設備や滑走路があり、敷地内には大量のモビル・フレームが駐機されていた。
訓練生用のオレンジ色のカラーリングだけでなく、正規部隊のグレーに塗装された機体もある。着々と演習に向けた準備が進められていることは遠目でもわかった。
そして、僕らは基地施設に到着。
駐車区画に車を置き、施設の中に向かう。
セントラルシティよりも大きな人口太陽の熱で、コンクリートの地上は陽炎が揺らめいていた。
背の低い建造物、そこは軍の指揮所の1つだった。
同じ制服を着た下士官に案内され、ロッカールームに移動。その手前でレティシアと別れ、パイロットスーツに着替える。
その後、下士官に番号札を手渡され、格納庫の1つで待機を命じられた。
僕らと同じように招集された訓練生、予備役の大人、様々な男女がそこにいた。
屋外とは違い、日差しが遮られると途端に温度が低くなったように感じる。吹き込んでくる風が異様に冷たく感じられた。
しばらくすると、大型の輸送車や乗用車の車列が格納庫前に止まる。
番号が読み上げられ、次々と車両に乗り込んでいく。
しばらくして、自分の番号が読み上げられた。
僕は返事をしてから、指し示された車両に乗り込む。軍用の軽車両、その後部座席にはレティシアが乗っていた。僕はその隣に腰掛ける。
間もなくして、車が走り出す。
普通の電気自動車よりも大きく揺れ、シートは硬くて乗り心地が悪かった。
「緊張してる?」
不意に、レティシアが声を掛けてくる。
何故か、彼女の表情が曇っているように見えた。
それは多分、気のせいだ。
「それなりにね、まだ2回目だし……」
コロニー内での空間戦闘は高度や人工重力に気を付けなければいけない。
宇宙空間は障害物と加速度に注意する程度で済むが、領域制限のある内部環境をモビル・フレームで飛ぶにはかなり神経質になる必要がある。
安全な空域、模擬弾を使うと言っても、直下には人が住んでいるという事実が、僕にはとてつもなく恐ろしく感じられた。
「大丈夫よ、演習だから死なないし。減給も無いから」
「それはそうだけど」
予備役まで招集される訓練では成績査定は行われない。
だからといって、手を抜けば指導教官から手痛い叱責を受けることになる。
車列が向かう先には、巡航形態で駐機されている〈T-MACS〉の姿があった。
遠目からでも整備士達が機体の調整を行っているのが見える。
車列が止まり、車から降りるように指示された。
手渡された番号札は、搭乗する機体のナンバーと同じらしい。
レティシアと別れ、自分の番号と同じ数字が描かれた機体へと駆け寄る。
僕の搭乗機は整備士によるチェックが済んでいて、いつでも動かせる状態にあった。
コクピットに乗り込み、機体を始動。
早速、データリンクを通じて情報が送られてくる。
既に電子メールで受け取った内容と同じ演習スケジュール、現在の進行状況、敵味方の配置……見るべき情報はたくさんある。
しかし、今回の演習は規模だけは大きいが、戦闘自体はそれほどでもない。
順番に発進し、指定された空域で敵部隊と交戦。
コロニー内の環境での空間戦闘というお題目はあるものの、おそらくは戦時状況での指揮通信の訓練が目的なのだろう。
次々と出撃、帰還してくる部隊の誘導、的確な離発着をするための演習ではないか――と考えたものの、確信は持てなかった。
――そんなこと考えてる場合じゃないな。
データリンクの部隊表示にレティシアとヨナの機体が追加される。
間もなくして、部隊間通信が開通。
コクピットとパイロットスーツがリンクしたのを確認してから、僕はヘルメットを被った。
『――——よぉ、CK。準備はいいか?』
コクピットに乗ると、一段とテンションが高くなるヨナ。
いつも通り過ぎて、彼が緊張しているようには微塵も思えない。
「気が早すぎるよ、僕らは後半の方のプログラムだよ?」
『カールの言うとおりね、少しは落ち着いたらどうなの』
『――うっ、お前らは冷たすぎるぜ』
演習の前半は正規部隊から始まる。僕らのような訓練生は後回しだ。
問題は、相手がどの部隊になるかだ。
前回の大規模演習では、正規軍の部隊が相手だった。ヨナが真っ先に撃墜され、僕とレティシアでなんとか粘ったものの、最終的には撃墜判定をもらってしまった。
『そういうアンタは、撃墜されないことだけを考えなさい。へたくそ』
『うるせー、それなりに頑張ってんだよ。少しはオレの成長を見やがれ』
実際、ヨナの操縦は改善されてきている。
この間の捜索任務の時だって、機体を損傷させずにデブリ帯を抜けた。
今では、むしろ僕の方がお荷物になっているようにすら思える。
射撃も下手、突飛な回避機動もできない。
教本に書かれていることを、やっとできる程度の操縦技術。
だから、色んな戦技やテクニックを習得しようと躍起になっているヨナはすごいと思う。それだけモビル・フレームが好きで、強くなりたいと純粋に邁進している証拠でもあった。
それに比べて、僕は……給料のことしか考えていない。
『――カール?』
「……あぁ、大丈夫。日差しにやられてただけだよ」
『ヒルサイドの人工太陽、熱いもんなー。でもそのおかげで野菜とか麦が育つってんだろ?』
「そのおかげか、空がとても青いよ。地球の空も、こんなに青いのかな」
『馬鹿言わないで、今の地球は環境汚染で空が緑色って言われてるじゃない』
『はぁ? それは汚染されてる地域限定の話だろうが。オメーも少しはお勉強しやがれ』
『――何よ』
『――なんだよ』
――また始まった。
事あるごとに衝突するヨナとレティシア。
演習前だっていうのに、2人は全く緊張していない。
2人のやかましいやり取りを耳にしながら、僕は空を仰ぎ見た。
硬いコクピットシートに背を預け、陽炎が揺らめく地上から青い空に意識を向ける。
セントラルシティと同じく、ヒルサイド・プラントの空もまたジェル状のドームで覆われている。
それが内部環境の湿度や天候を左右し、宇宙環境から中を守っている。
そのジェルドームが無い世界―—地球の空は、どれだけ広いのだろうか。
きっと、広大過ぎて迷子になってしまうのだろう。
でも、それもいいかもしれない。
コロニーの中は、狭すぎる。
広い空なら、きっとなんだってできるだろう。
自由が感じられるはずだ。
僕は、その自由を――感じてみたい。
次々と発進していく機体を横目に、僕は何も考えずに青空を眺めていた。
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