第2章:合流

Act:02-1 ネクスト・オペレーション

 平日の午後、コロニーの一般人は忙しく働き回っている。

 レストランの店内に客はいない。ここで働いてそれほど長くはないが、全く客がいない時間があることは理解できた。


 それはレストラン「フェー・ルトリカ」に問題があるのではない。

 純粋に、住人の労働時間が長すぎるだけだった。


 調べた結果、コロニー・E2サイトでは10歳から就労できるようになる。

 労働時間に規定は無く、休憩や休日も特に決まっていないようだ。

 そのため、昼食時間以外で自由行動をする余裕が無いということだろう。


 そして、ほとんどの住人が12時から13時以内で昼食を含めた休憩を終えてしまう以上、それ以降の時間帯では出歩く住人が少ないのは当然である。

 なら、店を閉めてしまえばいいのだろうが、「フェー・ルトリカ」は開店時間が長いことが売りの1つでもあるようだ。




 だから、今のわたしにはやることがなかった。


 仕込みは早朝に終え、作り置きする物も無い。

 客が来ないことを予想してか、モニカは店の奥で居眠りしているし、ルカは買い出し、カールは訓練のために不在だった。


 特に指示をもらっていないわたしは店内のボックス席に座って、外を眺めていた。

 ついさっきまでは店内とキッチンの清掃、貯蔵庫の備蓄の確認、思いつく限りのことをしたが……もう、やることがない。


 携帯端末で調べ物をしたいところだが、仕事中は身に付けないようにしていた。


 ――次からは持ち込むことにしよう。



 店内から眺めるセントラルシティはどこか騒がしい。

 行き交う電気自動車、駆け足気味に歩いていく労働者らしき歩行者、レストラン周辺で働ける場所は少ないはずだが、それでも人々は慌ただしく移動していた。


 そんな住人達を、わたしは呆然と眺めている。

 何かをしていれば、考える余裕は無い。

 だから、何もしていない今は……どうしても、考えてしまうのだ。



 ――このままじゃ、ダメだ。


 わたしは潜入工作員。レストランで働き、クロエという女性になりすましているのは任務のためだ。

 敵の戦力、コロニーの構造、武器や装備の調達……やるべきことは山のようにある。


 しかし、レストランの仕事で手が一杯でほとんど手を付けられていなかった。

 

 

 

 ――まったく、わたしは何をやっているんだ……



 いっそ、任務を放棄してしまえば楽になれるのかもしれない。 

 だが、自分が所属している『第47戦隊』の艦隊がこのコロニーに接近しつつあるはずだ。いつまでも〈クロエ〉でいられるわけではない


 それに――


 ――わたしはジュリエット・ナンバー。人間じゃなくて、兵器。


 道具には用途、つまり任務が必要だ。

 わたしに任務が無いということは、ジュリエット・ナンバーとしての――道具としての価値が無くなるということである。

 想像したことはないが、それはきっと「死」と同じだ。

 必要とされず、使われもしない。それは存在しないのと同じ。つまり、ただの肉塊になった死体と変わらない。




 

 ――後ろ向きになってはダメだ、やり方を考えないと……!



 窓の外を眺めながら、思考の回転数を下げていく。

 思い悩むのを止めようとした時、言葉にできない違和感が肌を伝う。


 じわりと背中が寒くなる感覚、本能的に危機感が煽られている感触。

 この感覚に、私は経験があった。



 ――監視されている?


 周囲を見回すが、自分を見ているような人物は見当たらない。

 むしろ、この食い入るような視線は常人ではないだろう。おそらく、遠距離……もしくは入り組んだ場所から見ているに違いない。


 席から立ち、ゆっくりと外の景観に意識を集中させる。

 不審な人物、偽装しているような行動をしている通行人は見当たらない。

 レストラン周囲に隠れられそうな建造物は少ない。店内を覗き込めるのは地表くらいなものだろう。


 ――いや、待て……それだけじゃない。


 すぐ近くには電気自動車を駐めるための立体駐車場があるはずだ。

 そこからなら、店内の様子がわかるだろう。


 立体駐車場を確認するが、逆光で目が眩んでしまい、普段との違いがわからない。

 だが、視界の端に何かが映り込んだような違和感があった。


 周囲を見回しても何かあるわけではない。

 だが、そうしている内に視界に赤い光がチラつくようになってきた。

 窓辺から少し後退ると、窓から差し込む光に僅かだが色が混じっているように見える。


 よく見ると、窓枠に赤い光点が浮き上がっていた。


 ――レーザーサイト?


 重火器に付けるような赤いレーザー、その照射点が目の前に這ってくる。

 そして、私の眼前でそれが点滅し始めた。



 不規則に点滅するそれは、誰かが意図的にやっているようにしか思えない。

 だから、すぐにその意味を確信する。



 ――これは、暗号通信だな。


 自分が所属している「ホワイト・セイバー隊」は潜入工作を主任務とする部隊だ。戦闘行動も任務に含まれるが、基本的には潜入工作員のサポートをするのがわたしを含めたジュリエット・ナンバー隊員の役割である。

 そして、場所や簡素な指示を行う際、独自のルールで定めた交信方法を用いる。


 音、光、その間隔を用いて文字や数字を伝達する手段だ。

 一般的なモールス信号とは異なり、独自の解読方法が必要になるように設定されている。


 手元の小型クリップを取り出し、メモ用紙に伝達内容を記入していく。

 光の場合は点滅だけでなく光点の動きも重要だ。それを書き出し、暗号を解読。


 指示の伝達を終えたのか、レーザーの赤い光点が消える。

 3回ほど繰り返された伝達事項は、わたしに対する指示だった。



『2ブロックB O M西to W、|路地裏で待つ』


 ここから西に2ブロックは市街地だ。

 大きな道路に面している区画であるため、指示にあったように路地裏も存在する。

  

 暗号形式、伝達方法、それは間違いなく仲間からの連絡。

 ここで無駄な時間を過ごしている場合ではない。


 店内を確認し、モニカが眠っていることを確かめてから貯蔵庫へ移動。

 貯蔵庫から屋外に通じる搬入口を解錠、そこから店を出た。

 店の出入り口は来客を告げるためのベルが設置されている。店で働いているとベルの音に敏感になる。長年働いているモニカなら、熟睡していたとしてもベルの音で跳ね起きるだろう。



 指示通り、西を目指して歩く。

 歩行者が多いため、知り合いに目撃される可能性は低い。

 普段と変わらない平日午後、わたしにとってはではなくなってしまった。 


 2ブロック先、大型道路に面した区画に辿り着く。

 すぐ建造物間の隙間にある路地裏へ足を踏み入れる。


 街を出歩いている時はトラブルを避けるためにこういった道に入ったことは無かったが、このコロニーの治安が良いため危険性は感じられない。

 人気の無い路地裏を少し歩いていると、視界の端に人影が見える。

 咄嗟に身を隠そうとするが、その人影の体躯を見て、わたしは安堵した。


「よく生きてたな、ジュリエット07」


 野太く、掠れた声。のっしのっしと歩く巨体。

 その姿は、わたしの上官であり、所属している「ホワイト・セイバー隊」の部隊長である男の様相そのままだった。

 サイズが合わない作業着を身に付けた男は、火の付いた煙草を咥えながら路地裏に立っている。


「ドミニク大尉――」


 わたしは隊長の前に立つ。

 ドム隊長は、わたしの姿を見て怪訝な表情をしていた。



「お前は……どうやら厄介な状況らしいな」


「自分は――」


 状況を説明しようとするが、顎で何かを示される。

 その先には電気自動車が駐められていた。それに乗り込むと、運転席にはアンソニー曹長が座っていた。


「生きてたかチビ!」

 

「アンソニー、早く出せ」


 勢い良く走り出す自動車。わたしは慌ててシートベルトを締める。

 後部座席に座ったわたしに、助手席にいるドム隊長が身を乗り出すようにして覗き込んできた。



「報告しろ、J07」


「――了解」



 わたしは自分がコロニーに潜伏することになった流れを説明した。

 J08と共に民間輸送船を止めようとして失敗したこと、謎のモビル・フレームと交戦して撃墜されたこと、輸送船内にある死体からIDを奪って身分を偽装したこと、レストランで働いていること。

 改めて、自分の置かれた状況を思い返してみると最悪一歩手前でなんとか踏み留まっている状態だというのを認識させられた。


 だが、それもここまでだ。

 あとは部隊と合流し、ようやく任務を始められる……



 車はどんどんセントラルシティの衷心から離れていく。

 市街地の外れ、そこに大きな建造物が見えてきた。

 高さだけでなく、規模も大きい。遠目からでもそれが格納庫の類であることはすぐに理解できた。

 我々の得意とする戦法のためにもこのような格納庫が必要であるため、驚くことはない。

 


 曹長はそのまま敷地内に侵入、車をそのまま格納庫の中へと走らせた。

 重々しいゲートの向こう、そこには作業用の重機や宇宙空間での工作作業に用いる装備が並んでいる。

 そして、トレーラーの上で組み上げられているものは――旧式のモビル・フレーム〈20式type-20〉だ。



 車から降りようとすると、ドム隊長が「待て」と制止してきた。

 助手席のダッシュボードを開けると、簡素な軍用携帯端末と拳銃が置かれている。それを小さな鞄に入れて、わたしに突き出す。



「本来なら合流してもらいたいところだが、お前の置かれた状況的にはが好ましい。もうしばらくは民間人として過ごせ」

「――それでは任務がっ?!」


 隊長がやれやれと肩を竦めた。

 自分でやったことではあるが、これ以上偽装を続けるのはリスクが大きい。

 正直、楽になりたいという気持ちが大きかった。




「情報共有や手伝ってもらいたいことは端末で伝える。仕事の合間に来て手伝うくらいなら、俺はとやかく言わない」


 わたしは仕方無く、頷いて肯定の意思を示す。

 ドム隊長は大きな溜息を吐いて、ドアを開けて降車。


 助手席のドアが閉まると同時に、曹長は車を走らせる。

 格納庫を出て、再び市街地へと向かっていた。





「いいか? 隊長はお前が嫌いでやってるんじゃねェぞ?」


 運転中に、アンソニー曹長が言う。

 それはわかっている。理解できている。


 だが、納得したくなかっただけだ。

 わたしが消えれば、コーサカ家全員が心配して探し始めるだろう。それで追跡されてしまうと、我々の正体を暴かれる可能性がある。

 それは避けなければならない。



「まぁ、お前とJ08が騒いでくれたおかげで入り込めたんだ。その点はみんな感謝してるぜ」


「合流が遅れたのは何故だ?」

「――手続きが面倒でな、このコロニーはあんまりビジネス向きじゃなかったらしい。スペース・コロニーの環境整備会社だって名乗っても信用してもらえなかったみたいでよ」


 「ホワイト・セイバー隊」の潜入工作の常套手段である、民間企業に偽装する段階が順調ではなかったらしい。

 だが、格納庫で武装蜂起の準備を進めているということはその問題はクリアしたということなのだろう。



 車がレストランの駐車場に停まり、わたしは何も言わずに車から降りる。

 これまでよりはマシな状況になったと思いたい。


 わたしがここにいるのは、任務のため。

 〈クロエ〉でいるのも、そのためだ。



 ――そう思わないと、わたしは…………



 ずっとカールを騙し続けなければならなくなる。

 それは、わたしには不可能だ。



 いつもと同じ平日の午後。

 通りすがりの住人がわたしを凝視しているような気がして、居心地が悪かった。

 

 

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