Act:01-10 フューチャー・フロント

 薄暗いコクピットの中で僕は冷や汗を流していた。

 操縦桿を握る手が汗で滑るような気がして、身に着けている制服で拭う。

 頑丈で硬い生地、作業着のようなそれの手触りは最悪だ。


 自分が焦っていることは理解している。

 負け続きの摸擬戦、訓練成績。それによる減給は僕にとっては死活問題だ。

 それでも、冷静を保たなければいけない状況だった――



「……敵機を見失った」


 再度、操縦桿から手を放し、コンソールを操作する。

 センサーを切り替えたり、僚機からのデータリンクを確認しても、敵機の反応は無い。



 甲高い電子音が鳴る。

 それは味方から通信が繋がった時に出るものだ。

 

 今は電子音の全てが、攻撃されたり、撃墜された時に鳴るアラームに聞こえてしまう。



『落ち着いて、カール――』


 聞こえてきた声はレティシア・イー、チームメンバーだ。

 どうやら、動揺が伝わってしまったらしい。

  


『オメーは落ち着き過ぎなんだよ、今攻めねェと負けちまうぞ!』

『――膠着状態なのにどうするのよ!?』


 今、僕たちはコロニー自治軍の基地でシミュレーター訓練を受けていた。

 相手は成績優秀な格上の訓練生チーム、これまで何度も敗れている。


 パイロットスーツを着ていないのに、息苦しく感じる。

 動きの無い状況はとても苦手だ。



 最初の会敵時に激しく撃ち合った。

 だが、互いに遮蔽物を得るために後退。デブリの多い宙域というエリア設定のおかげか、すぐに身を隠すことができた。

 それから様子を見ているが、動きは無い。


 編成は僕が支援機バックス、レティシアが先導機パスファインダー、ヨナが追従機チェイサーという内容だ。

 本来なら、僕が最後方から遠距離火器である『スマートライフル』で援護射撃するべき立ち回りだった。

 

 しかし、今日の摸擬戦の勝敗で減給が決まると告げられたせいで、レティシアとヨナは躍起になってしまっている。

 衝突ばかりしている2人がお互いのせいで負けると思い込んでいるために、より激しくぶつかっていた。



『お前が囮になって、敵機を誘い出せよ。機動マニューバには自信があるだろ!?』


『冗談じゃないわ、アンタなんか頭数にも入らないんだからさっさと犠牲になりなさいッ』


 これが実戦なら、通信量や機体の振動から位置を特定されてしまうだろう。

 シミュレーター上の摸擬戦だから、まだ助かっている。

 それでも負けるようなら、訓練生として――パイロットとして見込みが無い。と言われても当然だ。



 周囲を見回し、機体がデブリからはみ出していないかを確認。

 改めて、僚機の位置を再確認――2人とも見える位置にはいない。

 データリンクで表示されている位置は、自機の前方だ。


 身を隠している味方の位置は大雑把にしかわからない。

 高度差や姿勢もわからない以上、互いにどこをカバーできるかを把握できない。

 そうした場合、状況が動いた時に認識のズレが生じる。

 それぞれのイメージの中にある姿勢や立ち位置が違うために、いざ動き出すと肝心の援護や連携が得られないということが起きてしまうのだ。


 

 スマートライフルは長砲身で取り回しが難しい。

 本来なら、デブリに身を隠しながらいつでも撃てるように構えているのが正しい姿勢だろう。

 だが、身を隠すことに注力するために武器を下げたままだ。



 もしかしたら、自分達の位置は既に判明していて、敵チームは自分達の背後に回り込んでいるのではないか――――最悪の状況が頭の中で展開される。

 

 ――落ち着け、僕は焦ってるだけなんだ。


 

 訓練生として受け取っている給料は、僕のためのお金ではない。

 妹のルカが通学しているコロニー公営の高等学校の学費に充てているのだ。

 減給されれば、レストランの売上から捻出しなければならない。

 

 父のアントニオの営業活動のおかげで、レストランはなんとか経営を続けられるくらいの売上を保てている。

 だが、高校の学費を払えるほどの余裕は無い。


 だからこそ、僕の減給は死活問題なのだ。



 

 ――何か、手は無いか……?


 遮蔽物から機体の上半身を露出させ、周囲を見回す。

 相変わらず、大小様々な岩や残骸が漂っている。景観に新しい要素は無い。


 スマートライフルを構えそうになるが、咄嗟に入力をキャンセル。

 通常の火器と違い、スマートライフルにガンカメラは搭載されていない。

 遠距離射撃用のセンサーが付いているが、射撃時の照準波で敵に察知されてしまう。

 センサーを使わなければ、精度は落ちるが察知はされない――



『――オイ、アレ見ろよ』


 データリンクで映像が送られてくる。

 同時に座標が指定され、メインモニターに表示が追加された。


 サブモニターに転送されてきた映像には、デブリに紛れるように漂う武器があった。〈T-MACS〉用のカービン、ゆっくりと回転するようにデブリの間を浮遊している。


 ヨナから送られてきた情報が反映され、こちらでも捕捉できるようになった。

 光学センサーの望遠機能を最大にしてカービンを視認。見慣れた武器のグラフィック、そこに真新しさは感じない――



 ――あれ、どうしてカービンが?!



『CK、撃つなよ。あれは罠だ』


「……罠、だって?」



『別に撃ってもいいんじゃない? あれを壊せば、少なくとも敵の武装を減らせる――戦力を削ぐことになるでしょ』


 レティシアの言うことはもっともだ。

 前衛が装備しているカービンが1挺減るだけでも、かなり有利になるだろう。

 少なくとも、敵の先導機パスファインダー追従機チェイサーは近距離戦を強いられることになる。



『――冗談じゃネェ、あれはこっちの位置を割り出す手だ。安易に撃つんじゃねーよ!』


 ――そうか、その手があったか。


 敵の位置を探るには、敵に撃たせればいい。

 自分の身を晒すなんて危険を冒す必要は無い、咄嗟に出てきた物や『撃つ価値のある物』に対して反射的にトリガーを引くパイロットもいるかもしれない。

 射線さえわかれば、敵の位置を特定するのは難しくないはずだ。

 

 だが、コントロールされてない機動の最中にある物体を狙撃するのは、非常に難易度が高い。

 機動兵器や宙域戦闘機は動きに変化が起きる前に、スラスターの噴射や姿勢変更といった「前兆」と呼べるべきものがある。


 しかし、ただ浮遊している物体というのは何が原因で機動が変わるかわからない。望遠映像やセンサーではわからない大きさのデブリ、物体そのものの重心の偏り、そうしたもので簡単に動きが変化してしまう。


 敵の戦力を削ぐつもりのが自分達を追い込むことになる――それはつまり、罠だ。


 

『スマートライフルなら余裕でしょ、なんだったらアタシが撃ってもいいんだけど?』


『――オメーの位置から撃てるならな。それにカービンじゃ、撃っても当たらんだろ』


  

 レティシアが期待する効果の『敵の武装を減らす』というのは、確実に射撃を命中させられた場合のみに得られるものだ。

 むしろ、命中させられる確率の方が問題だと言ってもいい。 

 

 標準的な携行火器であるマシンガン、その近距離用である『カービン』は精密射撃が行えるような精度は無い。

 ただ、35ミリ砲弾をばらまくだけの武器でしかない。



 前衛であるレティシアとヨナの機体はカービンを装備している。

 いくら高い操縦技能やテクニックを持っていたとしても、火器の性能を変えることはできない。

 つまり、出来るとしたら後衛の僕だけだ――



 コンソールを操作し、センサーを稼働せずにスマートライフルを構える。

 浮遊する敵チームのカービンを捉えつつ、操縦桿のトリガーに指を掛けた。

 メインモニターの望遠画像にスマートライフルの照準が重なる――が、センサーで捕捉していないため、照準補正は得られない。


 

 

 ――当てられるか……?


 

 僕の遠距離射撃――狙撃のスコアは平均以下だ。

 どちらかと言えば、ばらまく方が性に合っている。

  

 

『――焦んなよCK、先手を取られたら負けちまうゾ!』


『大丈夫、カールならできる』


 問題なのは敵機の位置がわからないことだ。

 後衛も前衛も、互いの位置がわからないために身動きができない。

 少なくとも、敵の後衛さえ見つけられれば状況は好転するはず――




 ゆっくりと回転しているカービンをレティクル越しに注視していると、トリガーを引かなければならないという強迫観念のような感覚に襲われる。

 武器を持ち、標的を撃つ訓練を受け続けていると、反射的にトリガーを引こうと身体が動くようになってしまう。

 それは必ずしも、良い結果を出すとは限らない。



 トリガーから指を離し、深呼吸。


 ――落ち着け、撃っても僕の腕じゃ当たらないんだ……



 シミュレーターでは光学センサーが捕捉できないサイズのデブリは存在しない設定になっている。

 大きな残骸以外でカービンの動きが変わることはない。


 つまり、カービンの機動は投棄された時から大きく変わってはいないはずだ――


 カービンが流されていく方向の反対、流れてきた元を辿れば……そこに敵機がいるということになる。




 機体をゆっくりと回頭させ、頭の中でイメージした「カービン」の流れてきたコースを視線で辿っていく。

 すると、視界の中で何かが光ったのが見えた。


 機体を静止させ、最大望遠でデブリを観察。

 しばらくすると、そこから見覚えのある造形のパーツが飛び出した。


 箱のような形状の頭部、縦に並んだ2つの光学センサー、オレンジ色のカラーリング――それはまさしく、僕らの乗機と同じ〈T-MACS〉だった。

 それだけじゃない、すぐ近くにもう1機潜んでいた。


 ほとんど隣接、密集した状態で2機は並んでいる。

 片方は大型火器――僕と同じくスマートライフルを装備、もう一方は何も持っていなかった。僕らの前に流れてきたのは、この機体の装備なのだろう。



 ライフルのセンサーが動いていないのを確認し、敵機へ向ける。

 遮蔽物からはみ出た機体の部位に、照準を重ねた。



 目測では、さっきのカービンとそう変わらない距離だろう。

 撃てば当たるかもしれないが、当たらない可能性の方がずっと高い――




 ――なら、やることは1つだ。



 深呼吸してから、データリンク画面を見る。

 今から2人が全速力で向かってきたとしても、おそらく30秒――それだけあったら、孤立した後衛機を落とすのは難しくない。

 おまけに2機もいる。もしかしたら、もっと早く落とされてしまうかもしれない。


 それでも、僕が耐えられればそれだけで有利な状況を作れる。




「敵機を捕捉、2機」


 チームの2人に連絡しつつ、簡易的な座標を取得。それをデータリンクで伝達。

 これで挟撃が可能になった。連携も取りやすくなるはずだ。



『――待ってな、すぐに駆けつけて』



「2人は残りの1機を見つけ出して欲しい。あとは投棄されたカービンを回収しようとする前衛の敵機に対処してくれ」


 頭数を減らした方が有利になるのはこちらも同じ。

 相手は主兵装を失った前衛とフル装備の後衛、条件的には僕たちの方が有利だ。


 

 ――やってやるっ!




「2人とも、任せた」


 スロットルを入れ、機体を加速。

 遮蔽物にしているデブリから機体を露出させ、身を隠している敵機に狙いを定める。

 撃つべきは、同じ後衛機――


 

 デブリから敵機も同じく上体を露出させてきた。

 機体と同じくらいの長さを持つスマートライフル、その射程と精度を活かせなければチーム戦は勝てない。


 それさえ封じれば、勝機があるはずだ。

 それは相手にとっても同じ。向こうからしても、後衛機はどうしても落としたいだろう。


 陽動、時間稼ぎ――僕に出来ることはそれだけだ。



 コンソールのスイッチを操作し、スマートライフルのセンサーを稼働。

 再度、照準を敵に向けるとセンサーが敵機を追従。自分たちの乗機と同じ機種である〈T-MACS〉に菱形のマーカーが重なる――



 ――当たってくれぇっ!!


 トリガーを引く。

 何かが破裂したような発射音と共に、光弾が放たれる。


 長い銃身から撃ち出される90ミリ高速徹甲弾、宇宙空間を駆け抜け――敵機の装甲には……当たらなかった。


 

 敵機はこちらを捕捉すると身を隠していたデブリから飛び出し、戦闘態勢になった。

 後衛は同じくスマートライフルを構え、主兵装を持たない前衛は派手に飛び回りながらも僕との距離を詰めようとしている。



 奇襲は失敗。スマートライフルのセンサーから発した照準波が感知され、敵機は回避機動を実施。

 おまけに僕の射撃の下手さも加わって、命中弾にはならない。



 照準波を感知、コクピットにアラームが鳴り響く。

 射撃姿勢を解き、急上昇――敵の射撃をなんとか回避。


 間髪入れずに前衛が接近してくる。

 腕をこちらに突き出してきた――腕部に搭載されている10ミリ機関砲を使うつもりだろう。

 10ミリ弾は低威力だが、装備を破壊される可能性が高い。被弾は避けた方がいいに決まっている。


 前衛との距離を保ちつつ後退、同時に敵の後衛からの攻撃を警戒。

 ヨナとレッティが遠距離攻撃を受けないようにするには、僕が引きつけなければならない。

 


 警報が鳴った。

 敵の後衛機がこちらを狙っている。

 

 動きながら撃つことも出来なくは無いが、射撃姿勢を取るために動きを止めた方が確実に当てられる――と習った。

 その教え通りに、敵の後衛機は動きを止めている。

 本来なら撃ちたいところだが、迫ってくる前衛に接近されないまま撃つのは困難だ。

 


 モニターに映る2機の敵機、それに重なるロックオンマーカー。

 そのどちらに攻撃するか、僕は決められない。

 

 1秒にも満たない刹那、それで勝敗が決する。

 それを何度も思い知らされてきた――


 ――だから、今度こそっ!



 照準を後衛機に重ねた。

 レティクル越しに、敵機が同じようにスマートライフルを構えているのが見える。

 撃墜されるかもしれない――が、その銃口が僕に向いているということはヨナやレティシアには向けられない。

 2人の奇襲が状況を変えるはずだ。


 

 ――当たってくれぇっ!


 想いを込めて、トリガーを引く。

 振動と発射音がコクピットを震わせ、発射炎の閃光が瞬いた。

 そして、光弾が敵機に命中する――――が撃墜には至らない。発射した徹甲弾は後衛機の左腕をもぎ取っただけだ。

 姿勢制御に問題が出るかもしれないが、それだけでは後衛機を無力化したとは言えない。


「――落ちてくれよッ」


 再びトリガーを引き、発射。

 だが、反動で照準が逸れて命中弾にならない。

 焦ってトリガーを何度も引きそうになるが、そうしたところで当たらないのはわかっている。


 深呼吸しながら、トリガーに指を掛けなおす。

 モニターに映るロックオンマーカーを注視、スラスターの明滅や表示されている数値の動きに集中する。

 敵機の機動を読み、機載CPUが算出した未来予測に照準を重ね、動きが変わる度に照準を合わせ直す。


 そして、僕はトリガーを引こうと指に力を入れた――――



 しかし、発射時とは異なる閃光がモニターいっぱいに広がる。

 警報と通知、メインモニター中央に表示されていた照準が消えて、敵から狙われているロックオンされていることを告げる警告がモニターの隅に表示されていた。


 目の前にはバラバラになったスマートライフル、コンソールには右腕が損傷しているというステータスの表示が出ている。

 メインモニターには腕を突き出すように構えた、敵チームの〈T-MACS〉がすぐそこまで迫っていた。


 ――しまった、集中し過ぎた……!


 僕の悪い癖だ。何かに集中すると途端に周りが見えなくなる。

 そのせいで、接近していた前衛機のことを忘れていた――

 

 距離を詰めてきた前衛機がこちらの右側へ回り込んでくる。

 損傷した右腕はマニピュレーターだけでなく、底部に装備している10ミリ機関砲も使えなくなっていた。

 

 ――このままじゃ、やられるッ!!



 少なくとも、スマートライフルが使えない時点で僕はお荷物だ。

 だが、撃墜されていない以上は微々たるものだが脅威となる ――だから、敵チームは僕の相手をする必要がある。



 僕に残された射撃兵装である『10ミリ機関砲』を稼働、画面の中央にガンレティクルとそれに付随する弾道予測表示線が表示された。

 回り込もうとする前衛機の方に機体を旋回させる。


 すると、敵の前衛機がこちらに向かって接近してきた。

 そして、足の爪先から青白い炎が噴き出す。


 〈T-MACS〉の近接格闘装備、プラズマジェット・ブラスター。

 推進剤を浪費して、敵機を両断できる兵装。通称「ブーツ・ブレード」

 喰らえばひとたまりもない、一撃で撃墜されてしまう。



 ――距離を取らなきゃ……!


 咄嗟に後退しようとするが、あっという間に目の前まで接近された。

 敵の前衛機が足の爪先を伸ばすようにして、噴射炎をこちらに向けてくる。

 今から回避機動をしても間に合うわけがない。



 ――ここまで、か……


 メインモニターが閃光に染まった。

 咄嗟に瞼を閉じてしまう。


 そして、いつも通りにコクピットが暗転して……教官から叱責の無線が飛んでくるはずだ。

 



 いくら頑張っても、届かないモノはある。


 適性、素質、素性――人生はそれらが全てだ。 

 生まれた時に備わっているものこそが人の限界を左右する。

 それを、僕は何度も思い知らされてきた。


 だから――ここまでなんだ。



 しかし、コクピットの振動は止まらない。

 恐る恐る目を開けると、コクピットは明るいままだ。




『――待たせたなっ!!』


『得意気に言わないでよ、撃ったのはあたしなんだけど』



 ――どういうことだ……?


 眼前にいたはずの敵機は見当たらない。

 それどころか、敵後衛機も捕捉できなかった。


 すると、目の前に1機の〈T-MACS〉が現れる。

 即座に敵味方識別が施され、味方機――チームの2番機であることが表示された。

 


『悪ィ、敵機を探すのに手間取っちまってナ』


「……いや、助かったよ。ヨナ」


『被弾はしたけど、被撃墜は無し……これなら減給にはならないでしょ』


 データリンク上で敵機の反応が消えた。どうやら、レティシアが追い立てていたらしい。

 ほとんど役に立たない僕の代わりに、2人が敵チームを倒してくれたようだ。



「ありがとう、レッティ」


『――今回はたまたま、運が良かっただけよ。次からはカールも……少しは良いとこ見せてくれないと、ね』


「……頑張ってみるよ」



 ――頑張る、か。


 おそらく、僕にはパイロットや兵士としての適性は無い。

 うちでやってる店だけでは妹の学費が払えないから、こうして訓練生になって予備戦力の一員として賃金をもらっている。


 それを続けることに、意味なんて無い。

 ヨナやレティシアがいるから続けられているだけだ。

 


 きっと、これからも2人に助けられながら続けていくのだろう。

 それを少しだけ――悔しく思ってしまうのは、僕が負けず嫌いだからなのかもしれない。

 勝つためには、もっと努力が必要なのはわかっている。


 だが、僕はに訓練生になったわけではない。

 今はこのままでもいい。


 僕には、まだ――理由が無いからだ。

 

 



『――状況終了、各自シミュレーターから退出しろ』


 教官の声が聞けて、僕はホッとした。

 ようやく、この息苦しい空間から抜け出せる。


 汗だくになった制服を脱ぎ捨てたい衝動に耐えながら、シミュレーターポッドから出た。

 勝利に歓喜するヨナ、照れ隠しをするレティシア、そんな2人の笑顔を見ながら教官の下へと向かう。


 親友が喜んでくれるなら、たまに勝つのも悪くない。

  


 


 その後、結果的に減給は免れたが、成績優秀なチームに勝ったことで八百長試合をしてるんじゃないかと教官に疑われた。

 数日後、同じチームと再びシミュレーターで模擬戦をさせられ、ぐうの音も出ないほどに叩きのめされる。


 

 ――やっぱり、負けるのは嫌だけど……下手に勝つのも良くないな。


 真っ暗なコクピットで、そう思った。

 

 

 

 

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