Act:01-9 フード・フロント
「ありがとうございました」
飲食を終えた客を見送り、使用された食器を手にキッチンへ戻る。
店内をモニカに任せ、わたしは食器の洗浄を開始。
客はそう多くない。
新しい客が入ってきても、余裕を持って対応できるだろう。
突然、キッチン内に電子音が鳴り響く。
何かの
端末を耳に当て、何やら会話を始める。
会話内容的に夜間帯に特別な客が来る――といった感じだろうか?
食器の洗浄を終わらせ、注文を確認――今のところ、残っているオーダーは無い。
今すぐやることもないので、事前に指示されていた貯蔵庫の整理を実施しようと移動する直前。カールの通話が終わった。
カールは店内にいる母親――モニカを呼ぶ。
キッチンに入ってきたモニカに、カールは向き直る。
「今夜、カナタ教官が来るってさ。買い出し行かないと――」
「いつもなら日曜じゃないか、急な話だね」
さっきの通話の内容だろう、特別な客というのは訓練部隊の教官のことらしい。
貯蔵庫は今朝補充が入ったから、備蓄は充分なはずだ。
それなのに買い出し――――補給作業が必要だとは思えない……
『買い出し』というのは、定期的な補給ではなく。
不足分を外部から買い入れて、物資を補充することだ。
そのためにコロニー内貨幣――もしくは、支払いを先送りにできるクレジットカードとやらを使うらしい。
――その現場を、わたしは見たこともないわけだが……
「せっかくだし、クロエちゃんも連れていきな。買い出し覚えた方がいいだろ」
「……そうだなぁ、そうするか」
カールがキッチンの奥、貯蔵庫のドアの方に行って、戻って来る。
その手には大きな貨幣入れ――財布が握られていた。
「クロエ、外出するけど……大丈夫?」
「いいのか?」
今日はわたしとカール、モニカだけだ。
2人が抜けてしまえば、たった1人で注文の受付と調理を行わなければならない。それは……とても大変なことだ。
「なんだい? アタシに気を使うんじゃないよ。買い物の1時間や2時間くらいもたせてみせるさね」
「大丈夫だよ、クロエ。母さんは卵料理以外はなんでもできるからね」
「一言余計だよ、オムレツ以外は作れるよ!」
店内に客は少なく、平日の午前中はそこまで客が入ることがない。
ならば、1人でも「業務」を遂行するのは難しくないのではないだろうか。
「じゃあ、行こうか」
カールはエプロンを外し、キッチンを出て行く。
わたしも同じようにエプロンを外し、モニカに預ける。
カールを追って店を出る。
そして、駐車場にある電気自動車に乗り込んだ。
その助手席に、わたしは座る。
「買い出し、とはどこで行うものなのだ?」
「ああ、スーパーだよ。セントラルシティには大きなモールがあるんだ」
――スーパー、モール? それはいったいなんだ……?
おそらく、商業施設のことを言っているのだろう。
他のコロニーでも、そうしたものに入ったことは無い。
カールが自動車を始動させ、走行を開始。
何度か見た街並みを通り過ぎ、市内の中心部へと向かっているようだった。
しばらくすると、交通量が一気に増えた。
セントラルシティの中央区に到達したらしい。
「もうすぐだよ」
カールの視線を追うと、正面に巨大な建造物が見えてきた。
その様相は、もはや要塞だ。
あれがコロニー軍の総司令本部だと言われたら信じてしまいそうになる。
だが、コロニー内環境における基地は外壁内部に埋まるような構造をしていることが多い。内部都市に露出する部分は基地機能を持たない場合がほとんどだ。
だから、これほど大きく建造されたものが軍事基地であるはずがない――
周囲の自動車も同じく、巨大な建造物に向かっているようだった。
カールはその流れに乗るようにして、駐車場に入っていく。
建造物の規模と同じくらいに駐車場も広い。
中に入ってしまうと、周囲の電気自動車とそびえ立つ建造物以外見えなくなってしまう。
これまでコロニーの内部都市を広いと思ったことはなかったが、改めて『都市』の規模の大きさを思い知らされた。
――それにしても、自分達の車の位置を覚えていられるだろうか……?
カール達が使っている車両は周囲のものと多少異なる形状をしている。
遠目からでも目立たないこともないだろうが、周囲一面に車両が置かれている中で探し出すのは……とても大変そうだ。
「えーと、Jの……7っと――」
車を駐めた途端、カールは車両の前方を確認していた。
どうやら駐車場には座標の表示があるらしい。駐車スペースにアルファベットと数字が記載されている。
――
わたしの識別ナンバーも『J07』――偶然な、はずだ……
正体が判明しているなら、こうして『買い出し』に同行できなかっただろう。
「よし、Jの7番……! クロエ、覚えておいてくれるかな」
「わかった」
その記号と数字は嫌でも忘れることはない。わたし自身の名前と同じだからだ。
カールの先導で施設へ向かう。
中に入ると、その光景に愕然とした。
室内空間の広さ、施設の奥行き――そして、たくさんの人間の姿……!
――ここは、本当に商業施設なのか?
行き交う人々の表情は明るく、とても賑やかだ。軍事基地の緊張感は微塵も感じられない。
しかし……商業施設にこれだけの民間人がいるということが信じられなかった。
物資、食料、人的資源が困窮しているはずのコロニーで、視界に必ず人影が映り込むほどの人口密度になるほどの民間人が『商業施設』にいる。
それは、わたしが聞かされてきた宇宙移民のイメージとはかけ離れていた。
「……大丈夫? クロエ?」
どうやら足が止まっていたらしい。
カールが心配してくれていたのがわかった。
「大丈夫だ、問題無い」
「行こうか、目的地はすぐだから」
再び、カールの先導で進む。
出入り口付近には様々な店舗らしきブースがあったが、カールはそれを無視して施設の奥へと歩いていく。
突然、視界が開けた場所に出る。
すると、そこに……大量の物資や食料らしき製品が陳列されていた。
その膨大な量に、思わず絶句する。
――どうやったら、これだけの物資を貯蔵できるんだ……?
コロニーの総人口を把握しているわけではないが、『余っている』ようにも見える。それだけ生産プラントやインフラ設備が優れているということだろう。
周囲を見回すと、樹脂製のバスケットを手にした一般人がたくさんいた。
辺りに陳列されている物資を手に取り、バスケットの中に入れていく……
ほとんどが食料――食品、もしくは加工品らしい。
目の前にある棚を確認してみると、金属製の容器に入った加工品だった。
表記を確認すると、『缶詰』と書かれている。
――そういえば、貯蔵庫にもこんなものがあったような……
フライドチキンやシチューに使う『肉』が、プラスチック・パウチで包装されていたのを思い出す。
パウチ・ラミネートもまた、
――まさか、ここまでとは……!
ふと、周囲を見回すとカールの姿が見当たらない。
開けた場所に出ると、区画の外周沿いにその姿を見つけた。
駆け足で追い付くと、カールは足を止める。視線は区画の壁側に釘付けになっていた。
わたしも足を止め、壁の方を見る――
――なんだ、これはっ!!!?
そこには壁が無かった。
正確には、透明な壁……のようなものがある。その向こうには液体、おそらく水が充填されたスペースだった。
そして、その水が充填されている中を――謎の生物が蠢いている。
手足は無く、目がギョロギョロと動き、身体をくねらせるようにして水の中を動き回っていた。
――これは、生き物……なのか?
もしかしたら遺伝子改変や汚染が進んで、奇妙な生物が生まれてしまったのかもしれない。
コロニーでは、そういった動物を食料にしているのだろうか――
「よぉ、カー坊じゃねぇか」
背後から声がして、わたしは飛び上がりそうになった。
気配を察せずに背後を取られた不覚。奇妙な生物を見て動揺してしまっていたことを、わたしは隠せなかった。
「どうも、ミッキーさん」
振り返ると、そこには白衣と帽子を被った男が立っている。
帽子の隙間から金髪が見えていた。
白衣の男が腕を組みながら、カールに視線を向ける。
「今日はどうした? 大尉の予約でも入ったか」
「そんな感じです、今日のオススメはなんですか?」
すると、白衣の男――ミッキーと呼ばれた男が小首を傾げる。
数秒間の沈黙の後、得意気に指を鳴らした。
「今日はサーモンとエビが良いヤツ入ってたな。サーモンはセミドレスの加工品だけど、エビは……ほら、そこの水槽に」
ミッキーが指差す方向を見ると、壁に埋め込まれるように小さなスペースがあった。
そして、そこに入っていたのは……とても生物とは思えないものだった。
足がたくさん生えていて、色も半透明。
やたらと細長い部位やどこを見ているかわからない目のような部位、とてもじゃないがこれを生物だとは信じられない……
「今朝、ベイサイドから運ばれてきたヤツだから新鮮だぞ。ヒルサイドの養殖モノとはクオリティが別格だぜ」
「でもお高いんでしょ?」
「――今なら、6匹セットで1000クレジットだ」
「や、やすい……!」
どうやら、このミッキーという男は店員らしい。
カールと親しげに話しているということは、彼と知り合いなのだろう、
「大尉に振る舞うってんなら、8匹におまけしとくぜ。あとはどうする?」
「サーモンの生食用ブロックを1つ、エビもセットで1つお願いします」
「――あいよ。準備に時間掛かるから余所回ってこい」
そう言うと、ミッキーは従業員通路へ入っていった。
それを見届けてから、カールはわたしに振り返る。
「じゃあ、他の売り場を回ろうか」
「了解だ」
歩き出したカールに付いていくと、今度は大量の野菜らしきものが置かれた区画に辿り着いた。
オニオン、ニンジン、ポテト、レタス――見覚えのある野菜も並んでいる。
カールは近くに積み上げられていたバスケットを手に取り、野菜の棚を眺めていた。
――野菜というものはこんなに種類があるのか!?
その区画は様々な色に溢れていた。
赤、黄色、緑、白、ブラウン……その多種多様さに驚きを隠せない。
周囲の一般人の流れに逆らうように、1人の男がこちらに向かってくるのが見えた。
その男は何かの制服のような格好をしている。
保安要員かと思ったが、武装はしていないようだ。
カールの背に隠れるように身を潜めていたが、すぐに目の前までやってくる。
男の上着には『ストア99』と書かれていた――ということは、この区画の従業員なのだろう。
「やぁ、CK。今日はどうしたんだい?」
どうやらカールの知り合いらしい。
男にしてはやや長めの頭髪が特徴のような男だ。
連合軍だったら、規律違反として注意を受けそうな長さ。その長い頭髪が前に垂れて、顔の半分が隠れている――
「今日は水産物に用があって……」
「そうか、ミッキーのところか――そうだ、ウチの妻が作った新鮮なトマトとリーキがあるんだけど、どうかな?」
「ありがたいんですが、ちょっと在庫抱えてるので――スイートオニオンはあります?」
「あるよ、そこの平台さ」
男の指し示した棚にあるオニオンを手に取り、バスケットの中に放り込む。
いつも目にしているオニオンとは外皮の色が少し違うようだ。
「それで、何を作るんだい?」
「生サーモンと剥きエビのビネガーソースの……マリネです」
「ああ、あれか! じゃあ、エシャレットもいいかも……」
「奥さんのトマトって、ミニトマトでしたっけ? それもいくつかもらっていいですか?」
「――ありがとさん!」
話が淡々と進み、男が野菜の山からいくつかを手にとって、カールのバスケットに放り込む。
エシャレット……細長くて白い野菜も初めて見る。
「こいつはおまけだ」
エシャレットという野菜より太く、緑色の棒状のものがバスケットに入れられた。
「これは……すごいリーキですね、ジンさん!」
「だろう? こりゃ、スープに入れたらすごいことになるぜ」
バスケットに放り込まれたそれを手に取ってみると、その重さや密度が感じられる。
野菜の知識は無いが、このリーキと呼ばれる野菜の良さがわかるような気がした。
「ありがとうございます!」
「いいさ、君なら美味い料理に使ってくれるってわかってるからね。——そういえば、マッコールじいさんが妙なモンを仕入れたって言ってたな。行ってみるといい」
カールは頭を深々と下げて、野菜売り場を後にした。
次に向かったところは、一面が赤やピンクのものが入った容器が並んでいるところだった。
よくみると、見覚えのあるものがいくつかある。
どうやら、食肉が置かれている区画らしい。
いつもカールが使っているようなパウチ包装されたものや、プラスチックトレーに入れられたものもある。
カールはいくつかを手に取って、肉を見比べていた。
わたしも肉を比較してみる。
値段や量もバラバラで、統一感が無い。名称や形状、色も様々だ。
どうやら、肉には様々な分類があるらしい。
レストランでよく使っているのはチキンのモモ肉、ポークのロース、ミンチだ。
それらもここに並んでいる。
「やっと来たか、アントニオのとこの坊主――」
声がして振り向くと、そこには老人がいた。
突き出すように長く伸びた鼻、皺だらけの顔――見たら絶対に忘れないだろう。
そんな老人はミッキーと同じような白衣を身に着けていた。
手を擦り合わせながら、カールの方を見ている。
「どうも、マッコールおじさん」
「じいさん、でいいんだぞ?」
老人の表情が崩れ、笑ったように見えた。
それも束の間、背に回していた手にはプラスチックラップで梱包された何かが握られている。
「ほれほれ、これはお買い得じゃぞ……ラムじゃ」
「ラム肉……えーと、ヒツジだよね。E2サイトで育ててるところあったっけ……?」
「無いぞ、これはE6サイトの牧場から仕入れたもんじゃ。試しに食ってみたが、なかなかのもんじゃったわい。——まぁ、ジャパンのトーキョーで食ったラムとは比べ物にならんがの」
老人の手に握られていたのは、骨付きの肉のようだ。
こうして、骨付きのものを見ると「肉」は動物から取れるタンパク質――筋肉だということがよくわかる。
つい最近まで、肉というものが動物由来であることすら知らなかった。
暇潰し――情報収集の一環で、携帯端末でオンラインアーカイブを検索した際、あまりに衝撃的すぎて。ベッドから転げ落ちてしまったほどだ。
「昔はマトンも美味かった……今じゃ、マトンを状態の良いまま仕入れる方法が無いんだよ。その代わりにラムを仕入れたわけだがね」
「ラムは若いヒツジ、マトンは成長したものでしたよね? 当時はどうやって調理してたんですか?」
「——そりゃ、ヤキニクじゃよ」
「……グリル、ですよね?」
「違うぞ、ヤキニクはヤキニクじゃよ」
カールが困った表情をしている。
どうやら、このマッコールという老人は料理に詳しいらしい。
知識面でカールを圧倒しているように見えた。
「スパイスの方はどうでした?」
「あぁ、来月まで待ってくれんか。金と恩を積まれたら何でも仕入れるってのがウチの信条なんだが、今は戦争とやらのせいで航路が塞がっちまってるんだよ。それがどうにかなりゃあ、今すぐにでもスパイスの山を持ってこれるんだがね」
「——僕はただの訓練生ですよ。何も出来ませんって」
コロニー間の遠距離航路は「補給線」として分断されているはずだ。
民間の輸送船が軍に関与している可能性があるため、見過ごすことはできない。
コロニー軍の有する『機動部隊』はそうした航路を守る戦力だが、ピンポイントで分断されるような戦略には対応できないようだ。
連合軍の戦隊はそれぞれ独自に行動しているが、中には航路を潰すことを目的にしている部隊もいると聞いたことがある。
「まぁ、傭兵でも雇ってなんとかするわい。少なくとも、そう思ってるのはワシだけじゃない。来週にはまとまった資金が集まって、部隊を編成できるようになるじゃろう……」
「軍は動いてくれないんですか?」
「あまり大きな声では言えん話だがのォ…………数週間前、輸送船が墜落したじゃろ? あれは連合軍の仕業らしい、あくまで噂程度じゃがな」
老人がわたしに視線を向けてきた――が、一瞬でカールに向き直る。
――まさか、疑われている……のか?
「でも、自治軍は警戒を強めてくれたはずですよね……なら、大丈夫じゃないですか?」
老人は顎を撫で、数秒間考え込むように沈黙する。
「お前さんの不安がそれで解消されるなら、それでいい」
カールは不満そうな表情のまま、小さく頷く。
それを見て、老人は微笑んだ。
「そろそろ、ミッキーの準備ができる頃じゃろう。また、何か仕入れたら連絡するからな」
「ありがとう、マッコールおじさん」
「――じいさんでいいぞい。またな、カール」
老人に手を振って、肉の置かれた区画から離れる。
他の区画を巡り、ミッキーという男が管理している水槽のある区画に戻ってきた。
開けた場所に白衣の男――ミッキーが待っていた。
両手にビニールの袋が握られている。
近付いてカールが声を掛けると、ミッキービニールの袋を突き出してきた。
「ほらよ、サーモンの生食用ブロックと活きエビだ。エビの方は氷水に漬けてるけど、今日中に使い切ってくれ」
「大丈夫です、その辺りの知識は持ち合わせてますので」
「余計なお世話だったか! 大尉にごちそうしてやってくれよ」
紙片と共に、ビニール袋を受け取る。
カールは片方をバスケットに入れ、残りをわたしに手渡してきた。
反射的に中を覗き込んでしまう。
そこには……例の、足がたくさん生えた半透明の動物が入っていた。
氷と水が入った樹脂製の容器の中で、微かに蠢いている。
「——これ、本当に食べられるのか?」
思わず、口に出てしまった。
それに対して、ミッキーが笑う。
カールも同じように笑いつつ、わたしの問いに答える。
「食べられるし、おいしいよ。他の魚介に比べて下処理も簡単だし、色んな料理に使えるからね」
再度、謎の生物を確認。
表面はプラスチック樹脂に似た光沢と、硬質さがあるように見える。
それにしても、液体の中で活動できる動物がいるとは微塵も思わなかった――
「おいおい、嬢ちゃんは地球生まれだろ? 魚やエビを見たこと無かったってのか?」
「——ミッキーさん、彼女は……」
「おっと、いけねぇ……悪かったな、お嬢」
「大丈夫だ、問題ない」
カールは頭を深々と下げ、ミッキーと別れた。
この辺一帯の区画、その出入口へ向かう。
すると、そこには保安検査場のような設備が置かれていた。
荷台、検査用と思わしき機械、スキャナー……金属探知機のようなゲートは見当たらないが、通路が狭められて一般人が列を作っている。
わたしたちも列に加わり、順番を待つ。
先に手続きらしき作業を行っている一般人の様子を見ると、バスケットに入れた物にスキャナーをかざしていく様が繰り広げられていた。
電子音と共に、小さなモニターに数字が加算される。
おそらく、物の値段が表示されているのだろう。
――検査場……ではないのか。
わたしたちの番が来て、黙々と手続きが進む。
カールがバスケットに入れたもの、それに付いているシールにスキャナーがかざされ、数字が加算されていく。
そして、ミッキーという男が手渡してきた紙片にも同じようにスキャナーが使用される。
合計の数字が小さいディスプレイに表示され、カールがカードを取り出す。
それを機械に通すと、作業員が紙袋を渡してくる。
会計が終わったということなのだろう。
何事も無く、わたしとカールは建造物から出た。
野菜の入った紙袋、肉ではない謎のブロック、エビという呼称の奇妙な生物、それらを抱えて車に乗り込む。
カールが電気自動車を始動し、走行を開始。
駐車場を出て、市内の大通りへ戻っていく。
そこまで来て、わたしはようやく安堵することができた。
たくさんの一般人が集まり、見覚えのない設備や物に溢れている場所、体験したことのない状況や環境に緊張していたらしい。
商業施設から離れたところで、疲労が遅れてやってくる。
瞼が重くなって、思わず眠りそうになる。
だが、手元の『エビ』が入った容器が蠢いて、気味が悪くて眠気が吹き飛ぶ。
敵の兵士の首を絞めたり、ナイフで掻き切ったり、手の中で人間を始末することは慣れているはずなのに、動物が蠢いていることに違和感を覚えるのはどうしてだろうか……
袋の中に覗き込み、氷水の中でもがく『エビ』を眺める。
これが動物だとはとても信じられない――
そうしている間に、カールの運転する電気自動車はもう店のすぐそこまで迫っていた。
これからカールによって、この『エビ』は調理される。
そして、『美味しい』ものになり、客の表情を明るくするのだろう。
野菜も、『エビ』も、カールの手にかかればすごいものになる。それが料理というものだということは、なんとなくわかるようになった。
わたしは料理をすることはできない。
だが、もっと『料理』というものを知りたい。
この『エビ』はどんなものに変わるのか、今から楽しみだ。
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