Act:01-8 ラブ・ハンバーガー

 今日はいつもと違って、客の数は少ない。

 その代わりに、朝からずっと店内に留まる客が何人かいた。


 

 モニカとルカが休みで、わたしとカールで業務を遂行している。

 キッチンをカールに任せ、注文オーダーの受付と配膳をわたしが担当。

 客が少ないから、わたしでもなんとかできている。



 

 店内に、突然銃声が鳴り響く。

 わたしは咄嗟にカウンターの内側に身を隠す――が、客は誰1人として倒れず、物も壊れていない。

 静かに店内を確認するが、弾痕や銃弾は見当たらない。


 だが、店内に連続する銃声が続いている。

 よく耳を澄ますと、それは機動兵器――モビル・フレームの機関砲やカービンの砲声に似ていた。

 わずかに混じるノイズで、それが現実のものでないと確信する。 


 店内にいる客を再度確認すると、その中に携帯端末の画面を眺めている若い男がいる。その端末から音が流れているようだった。


 カウンターから離れ、その客がいるボックス席に近付いていくと音がはっきり聞こえた。

 やはり、この客の端末から流れているらしい。


 後方から携帯端末の画面を覗き込んでみると、どうやら何かのシミュレーションのデータのようだった。

 戦場を俯瞰し、略図の中で動き回るマーカー。攻撃を示す射線が何度も描かれる。

 おそらく、コロニー軍が運用している可変型MF「スパロー」の戦闘データだ。


 交戦しているのは同じ「スパロー」同士――模擬戦の状況らしい。

 自軍として設定されている3機編成のチームは前衛、中衛、後衛とそれぞれ距離を離した状態で戦闘していた。

 前衛を中衛がフォロー、後衛は遠距離射撃に徹しているが援護はできていないようだ。


 突然、画面が切り替わりガンカメラのような映像が流れる。

 その中には敵機として設定されている「スパロー」が激しくスラスターを明滅させる……が、武装の照準から逃れられない。

 そのまま、カービンの短い連射を浴びて致命弾。撃墜――


「――クソォ、なんで避けられなかったんだ?!」


 どうやら、この男が撃墜された機体のパイロットらしい。

 何度もガンカメラの映像を繰り返し、撃墜されるまでのシーンを見直している。

 

 それもそのはずだ。

 この男が行っていたのは機動マニューバなんてものではない。

 スラスターを激しく噴射していたが、噴射時間と推力が足りていない。


 画面に表示されているステータスの数値情報から察するに、視点側の機体は敵機――この男の機体と同じ方向へ加速していた。

 動きの軸を合わせ、照準時間を短くしようとしたのだろう。それに対して短い回避機動で逃げようとするのは意味の無いことだ。

 静止中ならば精密射撃をしようとしていることがわかる。その射線を予測するのは難しくない。

 だが、機動中の射撃はではなく『面』だ。


 

 

 〈T-MACS〉「スパロー」のスペックはよく知っている。

 コロニー軍で広く普及している機体、変形機構を実装することで長距離行動も可能な量産機だ。

 しかし、性能は高いとは言えなかった。

 防御力と搭載推進剤量を重視した結果、入力に対する反応性が高くない。


 訓練機としても運用されているが、機体特性としては癖が無く、リミッターを掛ける必要がないほど操縦性に遊びがある。

 つまり、「スパロー」という機体は誰でも動かせるように作られているということだ。



 ガンカメラの映像が続く。

 次は中衛だった機体に照準が向けられた。

 撃墜された前衛と違って、今度の機体は反撃してくる。手に持っているカービンを発砲、視点側の機体は回避機動の中で再度狙いを定めようとする。

 その瞬間、中衛の敵機は上昇するように上方向へ加速。それに追従しようとした矢先に別方向から射撃――遠距離攻撃が差し込まれた。

 

 中衛の敵機は単独で2機を相手にするが、別々の方向から攻撃を受けて撃墜される。 

 残りの後衛も結局、追い込まれて落とされてしまった。




「――ヨナ、店の中ではイヤープラグしてよ……」


 不意に後ろから声がして、振り返る。

 そこには怪訝な表情をしたカールが立っていた。


 端末を手にしていた男が振り返って、笑みを浮かべる。


「別にいいじゃんかヨ」

「――良くない! ほら、クロエも注意しようとしてたみたいだし」


 携帯端末を持っていた男は色黒の肌で、オレンジのジャンプスーツツナギを着用していた。おそらく整備士なのだろう。


「ちょうどいいや、コークとフライドポテトのおかわり」


「……イヤープラグしたら、注文取ってあげるよ」


 カールがそう言うと、整備士風の男は胸ポケットから短いコードを取り出す。 

 それを携帯端末に差し込んだ。


「これでいいだろ?」


「コークとフライドポテト、注文承りました……」

 カールは深い溜息を吐きながらキッチンへと戻っていった。


 整備士風の男は端末をテーブルに置き、わたしの方を見る。



「どーも、オレはヨナ。CKのマブダチだ」


「まぶだち……?」

「――親友ってことだヨ!!」


 どうやら、カールの知人のようだ。

 訓練映像を見ていたということは、この男もカールと同じく訓練生なのだろう。

 

「マブダチって言葉、地球発祥って聞いたんだけど!?」


「……知らない」


 そういえば、輸送船の救助任務に同伴した『親友』がいたとカールは言っていた。

 それはこの男のことなのだろうか?



「まぁ、座れよ。そろそろ休憩時間だろ?」

 ヨナという男の言うとおり、店内の時計はわたしの休憩予定時刻を指し示していた。

 彼に促されて、わたしもボックス席に座る。



「そんで、カールのとこで働くの楽しい?」


「……たのしい?」

「ま、まぁ……仕事だしなぁ――」


 

 ――「たのしい」とは、何だ?


 それを聞こうとした矢先、店内に新たな客が入ってきた。

 咄嗟に席を立とうとしたが、休憩時間に入っていることを思い出す。

 

 休憩時間はどんなに忙しくても業務に関与してはいけない――とカールの母であるモニカから注意を受けていた。

 同じことをカールやルカからも言われている。

 『休憩時間』というものをそれだけ重要視しているということだ。


 だが、対応できる人員を減らすのは愚策ではないだろうか?

 そうした事態が発生しないように余剰人員を確保し、休憩時間を適切に規定して人員を常に現場に配置できるようにすべきだ。

 


 新しい客はキッチン向かって小さく手を振ってから、周囲を見回す。

 こちらと目が合った途端、明らかに不快そうな表情をした。


 若い女、カールやヨナと同じような年齢のように見える。 

 小さなバッグ――鞄を肩から下げ、帽子を被っていた。

 一見、ただの女性客にしか見えない――が、何故か違和感があった。

 それを言語化できないが、普通の客とは何かが違う。


 若い女はまっすぐこちらに向かって歩いてくる。

 そして、わたしとヨナが座っているボックス席の前まで来た。


「……何やってんの?」


 わたしに向けた言葉かと身構えたが、ヨナが鼻で笑って反応する。


「一昨日の反省会だよ」

「別にやらなくてもいいじゃない、敗因はわかってるんだし」

 そう言いながら、女はヨナの隣に座る。


「敗因はオメーが前に出なかったからだろ」

「バックスの射程圏外で敵機と踊ってたのはどこのどいつ?」


「――どうせCKの援護しかしねェんだろ?」

「――どうせCK以外と連携するつもりないんでしょ?」


「やんのか!?」「やるの!?」


 ヨナと女が睨み合う。

 この女も訓練に参加していたのだろう。

 

 映像を見た限り、前衛のヨナ機は他機と連携が取れているようには見えなかった。

 女が言うように、ヨナが連携できなかったせいで戦況が崩れたというのは一理ある。

 しかし、後衛は前衛がいなければ敵に距離を詰められて落とされてしまう。相互に連携が取れる距離を維持する努力が必要なのが後衛の辛いところだ。




「……2人とも、ケンカは余所でやってよ」

 トレーに皿と黒色の液体が注がれたコップを乗せて、カールが不機嫌そうな顔をしている。


「オイオイ、そりゃあ無いぜ。お前も反省会に参加しろヨ」


「あのね、仕事中だってことくらいわかるでしょ――」

 カールは困惑しているようだ。大きな溜息を吐く。

 

 ヨナの言動からすれば、カールも訓練に参加していたに違いない。

 前衛がヨナ、後衛が女――となれば、カールは中衛なのだろう。

  


「そーよ。スクラップヤードで修理工やってるアンタと違って、カールは忙しいんだから」

「――うるせぇな、あそこはパーツ漁りが楽だからいいんだよ。あんまり文句言うと、オメーのエレカ直してやらねーからな」

「うわ、サイテー。脅さないと話もできないの?」



「――レッティ、いつものでいい?」


「お願いしまーす」

「あっ、オレも――」


「ヨナは先にこれを平らげてからだね」

 カールが抱えていた皿をテーブルの上に置く。

 そこには山のように積み上げられたフライドポテト、赤と白がソースの入った小さな容器が皿の上にあった。

 そして、黒色の液体が入ったコップをヨナの前に置かれる。



「――いいじゃんか、ポテト抜きのバーガー単品で」

「そういうのやってないから……計算面倒だし」

「じゃあほら、このポテトはみんなでシェアするから――」


「……わかったよ、ハンバーガー2つだね? レッティもコークでいい?」

「よろしく」


 注文内容をメモしたカールの視線がヨナの端末に向けられている。

 映像はさっきのものとほとんど同じ展開だ。 


「一昨日のシミュレーターは僕のせいだってことで決着ついたじゃないか」


「そ、そりゃあそうだけどサ」

「——そうでもしないと、アンタのせいになっちゃうもんね」

「おう、やんのか?」

「上等じゃない、へっぽこ」


 どうやら、レッティと呼ばれているこの女とヨナは仲が悪いらしい。

 そこに割って入るカール、それに渋々従う2人。チームとして、どうなのだろうか……? 


 それよりも————




 ――——『ハンバーガー』とは、なんだ?




 テーブルにあるメニュー表を確認。

 「メイン」の項目に、たしかに『ハンバーガー』という単語がある。

 だが、会話の中で聞いた限りではフライドポテトとドリンクが付いてくるということしかわからない。

 これまで『ハンバーガー』を注文されるタイミングは何回かあったが、運悪く別の作業を任されてしまい、その現物を見ることは無かった。


 

 ならば、この機会にその『ハンバーガー』とやらを試してみるのも悪くない。




「——おい、クロエさんが注文決まったみたいだゾ」


 周囲を見回すと、さっきまで口論していた2人とカールが揃ってわたしを見ていた。

 黙って見られているのも嫌なので、メニュー表をカールに見せながら注文する。

 


「わたしも、ハンバーガー」


「飲み物はどうする?」

「——おいおい、ハンバーガーにはコーク一択だろ。他の飲み物を合わせるなんて信じられないぜ」


「それに関してはあたしも同意見、バーガーにコーヒーなんて合わせた日にはコロニーのジェルドームに穴が開くわね」

 


「——君たちね、店のメニューにケチつけるのはやめてよ?」



 よくわからないが、『ハンバーガー』には『コーク』という飲み物が合うらしい。

 作っているところを何度か見ている。黒色のシロップを市販品の炭酸飲料で割ったものだ。

 シロップには多種多様なものが入っていたのを見たが、それが何かはわからない。




「コークを頼む」

 

「ハンバーガーを3つに、コークが2つ。注文承りました」


 カールがキッチンへと戻っていく。

 本来ならわたしも手伝うべきなのだろうが、今は休憩時間中だ。



 カールが去ると、ヨナは携帯端末に集中してしまう。

 ふと、レッティという女と視線がぶつかった。


「はじめましてよね、あたしはレティシア・イー。何度か見てると思うけど、よろしく」


「わたしはクロエだ」

「ええ、よろしく。クロエさん」


 レティシアと名乗った女は、確かに客として何度か見かけたことがある。

 ほとんどカールやモニカが対応してしまうため、わたしが直接話すことは無かった。

 


「そういえば、あのネックレスはどこで手に入れたの?」


「ねっくれす……?」

 

 思い当たるのは、本物の〈クロエ〉からIDカードと共に剥ぎ取った装飾品しかない。青い鉱物がはめられたものだ。


「あれは——」

 正直に『奪った』とは言えない。

 〈クロエ〉が記憶喪失だという設定はカールの友人にまで伝わっていない可能性がある。



「すまないが、覚えていない」


「ふーん、あんなにキレイな地球産のブルー・サファイアはそう簡単に手に入らなそうだから、地球から持ってきたのかと思ってたわ」

「——おい、ネックレスの分析結果は教えたよな。かなり昔の代物だって言ったろ、もしかしたら家宝かもしれねーじゃん。聞くのはヤボだって」


「まぁ、別にいいけど」



 ――もしかして、怪しまれているのだろうか?


 わたしの偽装は完璧とは言えない。

 偽装工作カバーストーリーも充分ではない。疑われる要素はいくらでもある。

 

 やはり、一刻も早く潜入部隊と合流しなければ……!





「おまたせ、ハンバーガーとコークだよ」


 カールが皿を抱えて、わたしたちのボックス席までやってきた。

 皿とコップを受け取り、各自に渡す。


 そして、わたしの目の前に『ハンバーガー』がやってきた。

 野菜や肉といった具材をパンようなもので挟んだ料理のようだ。

 それを撥水加工された紙で包んでいる。



 一方、コークは飲んだことは無いが炭酸飲料であることはわかっている。

 細かい気泡が透明なコップの底から沸き、よく冷えているためコップ表面に結露の水滴が滴っていた。



 ――これは、どうやって食べるんだ?


 具材をパンで挟んだ『ハンバーガー』は、思っていたより分厚い。

 スライスカットされたオニオン、赤くて水気のある野菜―—トマト、ミンチ状にした肉をこねるようにして加工したものを焼いた「ハンバーグ」、それらの具材の厚さがそのまま『ハンバーガー』という要塞を構築していた。


 ナイフとフォークを取ろうと手を伸ばすと、ヨナが鼻で笑っていた。

 どうやら、これはカトラリーを使わずに食べるらしい。



「もしかして、ハンバーガーの食べ方をご存じない?」


「その通りだ、わたしはハンバーガーというのを食べたことがない」


 すると、ヨナは『ハンバーガー』を包んでいる紙ごと手に持った。

 両手で抱えたそれを、しっかり握る。


「いいか、食べるときはこうやって手で潰しながら食うんだよ」

 そういって、ヨナは『ハンバーガー』に齧り付く。

 大きく欠損した部分から、赤と白のソースが見えた。


「そして、こいつを——」

 ヨナは続けて、『ハンバーガー』の隣に盛られていたフライドポテトの一片を摘まむ。

 それを自分が齧り付いた『ハンバーガー』の断面へと持っていく。

 断面から溢れ出るソースを、フライドポテトで拭うようにして、それを口に放り込む。



「——これがハンバーガーの食い方ってやつヨ」

「いやいや、最後のは邪道でしょ」

「うるせーな、これが美味いんだから間違いじゃねーって」


 レティシアからの指摘を受けつつも、ヨナは『ハンバーガー』を食べ進めている。



 どうやら、『ハンバーガー』というのはカトラリーを使わずに手掴みで食べるものらしい。

 肉と野菜、おまけにパンも食べられる——――もしかして、これがあれば一皿で必要な栄養素を摂取できるのではないだろうか?


 簡単に食事を済ませられ、バランスも考えられている……ということは、これは軍用糧食レーションに近いのかもしれない。

 


 わたしもヨナに倣って、『ハンバーガー』を手に持ってみた。

 具材――特にハンバーグのせいで、重く感じる。


 ――手で潰しながら……


 彼がやったように、『ハンバーガー』全体に圧力をかける。

 すると、要塞の壁のように分厚かった『ハンバーガー』が薄くなった……ように見える。


 ――齧り付く!


 口を大きく開け、『ハンバーガー』に歯を立てる。

 上下で具材を挟むパン、水気のある生野菜、「ハンバーグ」から出てくる液状化した脂、具材に塗られているソース、それらが口の中で混ざり合って複雑な感触を構成していた。

 

 赤と白のソース、「ハンバーグ」から染み出る脂、生野菜の独特な『甘い』と匂い、そのどれもが混ざり合っていても別々に存在する。

 生野菜は「サラダ」で食べていたから慣れていたが、肉やソースと合わせると全く違う印象になった。

 特にトマトが違う感触だ。単体では『甘い』と別の何かを感じるが、『ハンバーガー』の中では『甘い』が強く感じられる。



 ――これは、『美味しい』だな。


 

 『ハンバーガー』はとても強い『美味しい』を感じる。

 たしかに、これは何度も食べたくなってしまうだろう。


 

 一度手を止め、フライドポテトに手を出すことにした。

 これは何度か食べたことがあるから知っている。ポテトを特定のサイズにカットし、油で揚げる——フライしたものだ。


 表面はフライすることで固くなり、歯を立てるとザクザクと音が鳴る。

 中は柔らかくなっているが、高温になっているので注意が必要だ——が、とても『美味しい』。

 

 赤と白のソースは、ケチャップとマヨネーズというものだとカールが言っていたのを思い出す。 

 どちらも市販品だが、どちらも『美味しい』


 『美味しい』ものに『美味しい』を掛け合わせると、とてもすごい『美味しい』になる——――この組み合わせを考えた人間は、とても頭が良い。



 『ハンバーガー』、『フライドポテト』――あとはコークが残るのみだ。


 結露の水滴が滴るコップを手に取り、気泡が沸き立つ黒い液体を口に含む。

 すると、口内が刺激で満たされる。

 気泡が舌を包み込み、洗浄するかのような感触に思わず身震いしてしまう。


 ――なんだ、これは……!?


 炭酸飲料は一度だけ口にしたが、これほどの刺激は無かった。

 やはり、このコロニーはあらゆるものが高い品質を保っているらしい。

 

 再び口に含むと、刺激以外にも様々なものを感じることができるようになってきた。

 『甘い』と様々な匂いが口に広がり、飲み込むとじわりと心地よい感触が得られる。この『甘い』や匂いより、喉の奥を洗浄するような刺激がとても鮮烈に感じられた。

 

 ――こんな飲み物は、今まで飲んだことない!


 強い『美味しい』は口の中に残る。

 コークはその残滓を洗い流すようにリフレッシュさせる働きがあるらしい。

 ヨナやレティシアの言うように、『ハンバーガー』とコークは抜群のコンビということだ。


 

「どうだ、美味いだろう?」

 ヨナが得意気な表情をする。

 


「アンタが作ったんじゃないでしょ、黙って食いなさいな」

「――んだと!?」「――なによ!?」


 

 2人の言い争いも、どこか心地良く思える。

 それは『ハンバーガー』や『コーク』による効果なのだろうか?

 

 『美味しい』食事と賑やかな時間、それは軍では得られなかったものだ。

 わたしたちジュリエット・ナンバーは専用の糧食を与えられ、食事時間がかなり短く制限されている。

 当然だが、誰かと話しながら食事をすることは許可されない。

 

 

 もし叶うなら、わたしだけでなく。他のジュリエット・ナンバーの隊員にも、カールの作った料理を食べさせてみたい。

 わたしの仲間にも『美味しい』を共有したい。


 それが……この状況の恩恵を受けているわたしが、仲間に見せられる成果だ。

 

 もっと、『美味しい』を知らなければ――


 もちろん、任務も重要だ。

 だが、イークス提督も言っていた。

『――勝つことよりも、勝った後のことを考えろ』と。  

 

 わたしはこの作戦を遂行し、生き残る。

 生き残ったら――みんなに、『美味しい』を知ってもらいたい。


 ここでは、たくさんの人が様々な表情を見せる。

 同じように、仲間達の「様々な表情」に興味が湧いた。



 すぐにカールやルカのような調理技術を身に付けるのは困難だろう。

 わたしは――『美味しい』への興味から逃れられそうもない。 


 あえて、逆らわず――その好奇心に従ってみたい。

 

 だからこそ、死ぬわけにはいかない。 

 そのためにも、しっかり働いて信用を得なければならないのだ。

 

 ――まずは、エネルギー補給だ。


 再び『ハンバーガー』に齧り付き、その強烈な『美味しい』を味わう。

 違う『美味しい』をフライドポテトで体感し、コークの刺激で洗い流す。


 このサイクルを、わたしはいくらでも繰り返せるだろう。

 だが、それはもうすぐ終わってしまう――



 またいつか……明後日、いや――明日……『ハンバーガー』を食べよう。

 

 いつでも『ハンバーガー』が食べられるようになったら、きっと最高だ。

 そのためにも、頑張って業務を遂行しよう。


 そして、もっと――『ハンバーガー』よりもすごい『美味しい』を見つけるんだ! 

 



 

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