Act:01-5 チキン・ワイルダー 2

 キッチンの作業台、その目の前でクロエの表情は強張っていた。

 

「どうしたの?」

 僕が声を掛けると、クロエは強張った顔をまま僕を見る。


「…………これ、なに」

 クロエが指差したのは、パウチされた鶏肉だった。


 もしかしたら、地球や他のコロニーでは生肉をパウチ包装するのは珍しいのかもしれない。

 実際、店頭ではパウチ包装よりスチロールトレーとビニールラップによる包装の方が一般的だ。

 だが、スーパーや問屋から商用ルートで購入すると、パウチ包装にしてもらうことができる。調理の幅が広がるからパウチの方が僕は好きだ。



「鶏肉だよ、鶏のモモ肉。今からフライドチキンを仕込むんだ」


「ふらいどちきん」


「そう、油で揚げるヤツ」


「あぶらであげる」


「フライっていう調理方法なんだけど……」


 どうやらイメージが掴めないらしい、というのが無表情の顔を見てもわかった。

 確かに食用油の流通は厳しいところがあるけど、それなりに一般的だと思っていた。

 だけど、実際のところは違うのかも知らない。


 揚げ物フライは油の管理や廃棄の課題がある。

 食用油の精製だって簡単ではないはずだ。このコロニーE2サイトでは大規模な農業プラントコロニーや高度に自動化された工業プラントが併設されているからできることであって、規模の小さいコロニーや気象変動で資源が少ない地球環境では食用油を大量廃棄するような調理法は一般的じゃないということなのだろう。

 僕は他のコロニーに行ったことがないから、その辺には詳しくない。



 ――最初は見せるだけにしておこうかな……


 手を動かして覚える方が簡単だが、ただ手を動かすだけで理解できるほど簡単な仕事は少ない。

 まずは仕込み全体の作業を見てもらってから、明日以降に少しずつ教える方が現実的だろう。


 

 フライドチキンは地球の大国が発祥の料理だ。

 歴史の中で様々な人種や身分の人々に愛され、最終的には全世界的なファストフードとして食べられるようになったらしい。

 だけど、気象変動や経済崩壊の影響、人工タンパクの登場により多くの食肉が地球上で食べられなくなったと歴史資料に記されている。


 「フェー・ルトリカ」で出すフライドチキンは、ファストフードとして食べられていたものを再現したものだ。

 父のスパイスは元々のものと比べると異なる内容らしいが、作り方自体はオリジナルを踏襲している。


 これを調べるのはとても大変だった。

 雑誌やアーカイブにしたレシピが大量に存在している。その中からオリジナルに近いもの、より美味しいものを模索し、今の作り方に集約した。



 名前の通り、フライドチキンは鶏肉を油で揚げたものである。

 しかし、その作り方は多岐にわたる。

 衣の厚さや食感、風味や味付け、地球上のあらゆる地域で亜種が存在する『フライドチキン』の奥は深い。



 様々な部位が存在する中で、オリジナルは骨付き肉を採用していた。

 だけど、僕らの出すものは骨を取り除いたモモ肉を使っている。

 実際に骨付きのものを使って試作品を作ってみた。結果的には骨付き肉の方が骨自体から旨味が出て、明確に味の差を感じるほどだった。


 美味しいものを出したい――が、骨付き肉は骨そのものを廃棄することになるし、ナイフとフォークでは食べづらい。

 手掴みで食べてもらうことも考えたが、この店を利用する客層のほとんどは複数品注文する。その時に手が汚れていると、カトラリーが入っているケースを汚してしまうかもしれないという懸念があった。


 また、骨付き肉の入手は難しくなかったが、どの部位にするかを決められなかったというのも理由の1つだ。

 最終的には商用ルートと市販、双方で入手できるモモ肉レッグを使うことに決定。



「今日は全体の流れを見せるから、次から工程ずつチャレンジしてみよう」


「了解した」




 ――まずはバッター液を作ろう。

 

 ボウルの中に鶏卵を割り入れて、泡立て器ウィスクで軽く混ぜ、そこに牛乳を注ぎ、少量の食用油を加える。

 そこに小さな容器に入れてある小麦粉を振り入れる。容器はちょうど必要な量に計量してあるので、そのまま全部入れてから混ぜ合わせればバッター液は完成。

 ここに下味を付けた鶏肉を漬ける。

 バッター液に漬けたおいたものをボウルごと貯蔵庫に入れておくことになる。時間的には数時間、目安として6時間くらいだ。

 

 午前中の分は、閉店直前に仕込んだものを提供する。

 今から作ったものは昼か、夜間に出すことになるだろう。


 いつも通り、3つのボウルでバッター液を準備。 

 あとはフリッター粉の準備と、鶏肉に下味を施すだけだ。

 

 

 ――まずは鶏肉をパウチから取り出して……




「カール、この子に仕事やらせるんだよ」

 不意に母から声を掛けられる。

 母は食器洗浄機からカトラリーや食器を取り出し、入れ替える作業をしていた。


「……指導は僕に一任するんじゃなかったっけ?」

「――ここに突っ立ってられると邪魔」


 クロエの立ち位置を確認するが、特に進路を塞いでいる様子はない。

 母の性分的に、周囲の状況を見て動いてほしいと思っているはずだ。

 

 クロエが仕事に失敗したのは、そもそも「仕事」を知らないからなのだろう。

 手紙の中でも、人に会えないだけで不自由なく生活していたと語っている。かなり裕福な家庭だったらしく、地球を出て以降も職に就いたことは無いと綴っていた。


 だから、クロエを普通の人と同じように厳しく指導してはいけない。

 そんなことをしても彼女自身の働こうとする意思を削ぐことになるだけだ。




「……ごめんクロエ、母さんの言葉は気にしなくていいよ」


「しーけー、わたしも手伝う。何をすればいい?」



 仕込みはたくさんあるが、あとで調理するものの準備しかしていない。

 調理や普段の業務になれていないクロエに、そうした仕事を任せるつもりもないし、僕も自分の作業をしながら教えられる自信は無い。

 なら、自分の作業を手伝ってもらう以外の選択肢は存在しなかった。



「じゃあ、このフライドチキンの仕込みを手伝ってもらおうかな」


 空のボウルを空いてるスペースに置き、鶏肉のパウチをいくつか取って並べる。

 あとは下味用の調味料を入れた容器も置いておく。



「クロエには、この肉に下味をつけてもらうよ」


「にく、したあじ?」


 調理台からハサミを取り、鶏肉のパウチ袋を切る。

 薄手の使い捨てゴム手袋を着用し、ボウルの中へ鶏肉を落とす。

 そして、ボウルの中で鶏モモ肉を広げた。


「袋に入っている肉をボウルの中に入れてほしい。ボウルの半分くらいまで、肉を広げて入れるんだ。ボウルはいくらでもあるから、細かい量は気にしなくていい」


 続けて、3枚ほど開封してボウルに入れた。

 そうしてから、調味料――香辛料と塩を混ぜたものを振りかける。

 

「ある程度、ボウルに肉を入れたら、この調味料シーズニングを軽く振り入れて――」

 続けて、ボウルの中の肉を混ぜる。

 調味料を馴染ませ、全体に満遍なくすりつけていく。


「肉全体にこの粉が付いたら終わりだ。こんな感じで数枚ずつやってもいいし、一気に肉を入れてから混ぜてもいいよ。そこはクロエが自分でやってみて、変えてみてもいいからね」


「……この粉にはも含まれているんだな?」


「そうだよ。だから入れすぎないように気を付けてね」


 昨日、クロエは塩と砂糖を間違えるという大きなトラブルを起こした。

 調理補助の際に起きたことだから、客に迷惑を掛けることにはならなかった。

 家族に「そもそも料理をしているところを見たことがないのだろう」と説明することで納得してもらったが、そのせいでクロエに対する態度は悪くなっていく一方だ。

 父や妹は直接的――クロエのいるところで不満を言ったりはしないが、母はそうではない。


 また客に迷惑を掛けるようなことがあれば、躊躇無く店から追い出そうとするだろう。


 この店は父と母のものだ。家族だけで運営するという方針を曲げさせて、クロエを働かせてもらっている。

 だから、クロエをフォローできるのは僕しかいない。

 

 彼女の仕事ぶりで全員の信頼を勝ち取ってもらうしか、この店で働き続けられる方法は無いだろう。

 最悪、別の場所で働いてもらうことになる――


 しかし、僕はクロエと約束した。

 彼女が記憶を失って、約束を覚えていないとしても――それを果たさない理由にはならない。




 クロエは恐る恐るといった感じで、パウチ袋を開けていく。

 鶏肉に触れる度に身震いしているように見えたが、僕が見せた通りにモモ肉を広げて、調味料を合わせている。

 ボウルに入れる量も適切で、細かい指摘をしなくても作業は進んでいた。


 残りの鶏肉パウチの入った箱を近くに持ってきて、クロエに声を掛ける。

 これで、バッター液に漬ける鶏肉の準備ができるだろう。



 キッチンの棚から金属製の大きいバット容器を取り出し、小麦粉を入れる。

 バット容器の底が見えないくらいになったら、そこに父が作った特製スパイスを混ぜ込む。



 ――これでフリッター粉のできあがり。

 あとは前日に仕込んでおいたバッター液漬けの鶏肉を、このフリッター粉に塗してから油で揚げるだけだ。



 貯蔵庫から漬け込んでいるボウルを取ってくる頃には、クロエの作業はほぼ終わっていた。

 コンロ近くの作業台にフリッター粉のバット容器と仕込みがおわっているボウルを置き、クロエの元に向かう。


 彼女は自分が開けたパウチ袋の山を抱えて、辺りを見回していた。

 

「その袋はゴミ箱でいいよ」


「了解」


 初日は食器や空き瓶をゴミ箱に入れようとしていたらしい。

 分別や食器洗いの指導をしたおかげで、同じことは起きていないようだ。



 両手の空いたクロエが再び作業台に着く。

 そこに、バッター液の入ったボウルを移動させた。


「次は鶏肉のボウルに、この液体を入れてもらうよ。これを漬け込むんだ」


「つけこむ……」


 見本を見せるためにクロエと共に作業台を移動、前日に仕込んだものを見せる。

 ボウルの上に被せたフィルムラップを取ると、クロエはボウルの中を覗き込んだ。


「この白いのがバッター液、さっき僕が作ってたヤツ。これからクロエが下味を付けてくれた鶏肉を浸すんだ」


 クロエがボウルの中から鶏肉を取り出す。バッター液の雫が滴り、水音を立てる。


「量は溢れるほど入れなくていい、鶏肉が浸るくらいでいいんだ。あとはラップを被せて、作業は終わり」


「……この粉を付けた意味はあるのか?」

「――もちろん、これで肉の水分や風味を調節するんだよ」


 細かい部分まで説明しても良かったが、それでは手が止まってしまう。

 彼女が指導しなくても作業できるようになったら、話をしてもいいかもしれない。



「じゃあ、これでやってもらってもいい?」


 ボウルごと注いでもいいのだが、事故を防ぐためにも慎重にやってもらった方がいいに決まっている。

 調理器具の中からレードルオタマを取って、彼女に渡す。



「あとは……大丈夫?」


「大丈夫だ、問題無い」


 とりあえず、彼女を信じるしかない。

 このまま作業を見守っていては、朝の仕込みが時間内に終わらないだろう。


 僕はフライドチキンを揚げていく作業に手を付けることにした。

 底の深いフライパンをコンロに置き、食用油を注ぐ。フライパンの端に温度計を取り付けてから、コンロのスイッチを入れた。 

 電気加熱式のクッキングヒーター、それによってフライパンの温度が上がっていく。

 


 ――本当はガスがいいんだけどなぁ……

 

 父がキッチンに立っていた時はガス式だった。

 しかし、ガスボンベの交換や管理が面倒で経費も掛かるということで、設備は全て電化製品に入れ替わってしまった。

 昔はどこもガス設備を使っていたらしいが、今は徐々に電化製品を利用する流れになっている。政府主導の商品開発や整備が進んでいるからだろう。

 

 ガス式の調理機械の方が火力調節もしやすいし、余熱調理もできる。それに直火も使える。

 だが、電気式はただ加熱するしかできない。不便だ。



 油の温度が上がっていくまでの短い時間の間に、別の作業を進める必要がある。

 モーニングメニューやセットメニューのスープやポタージュを用意しなければならないからだ。

 本来なら作業を分担して進めるのだが、今日は妹の登校日というのもあって慌ただしい。誰もスープに手を付けていなかった。


 別のコンロに大きな鍋を置き、貯蔵庫からスープ缶とポタージュ缶を持ってくる。

 誰でも買える市販品、それを暖めてから『ちょっとした一手間』を加えて提供している。それだけで「市販品と同じ」と文句を言われたことはない。



 缶切りで缶詰を開封し、鍋の中に入れる。

 スープとポタージュの鍋がいっぱいになったところで、コンロのヒーターを稼働。

 これで開店する頃にはどちらも温まっているだろう。



 油の温度が適温になるまでに、鶏肉にフリッター粉を付けないといけない。

 モーニングメニューには含まれていないが、朝のデリバリーや追加で注文する客は少なくなかった。

 だから、開店前にいくらか揚げておかないと間に合わない。


 ボウルから鶏肉を取り出し、バット容器のフリッター粉の上に置いて、粉を塗す。

 両面にたっぷりとフリッター粉を擦り付け、空いているバットに並べる。

 空になったボウルをシンクに置き、大きめのバット容器と油切り用の網を手にして、コンロの前に戻った。


 温度計が揚げ始めるのにちょうど良い温度を示していた。

 早速、フリッター粉が付いた鶏肉を油の中に落とす。

 鶏モモ肉を包むように気泡が湧き、フライパンから熱気と共に音が溢れる。

 次第に香ばしい香りが湯気と一緒に立ち上り、キッチンに広がっていく。


 数分後、肉をひっくり返すと見事なブラウン色になっている。

 衣もしっかり付いて、良い感じだ。



 クロエも作業を終えた頃だろうと思い、横を向くと……そこには彼女がいた。

 フライパンの中を覗き込むのに夢中で、僕が振り向いているのに気付いていない。


 どうやら、クロエの方は作業が終わったようだ。

 並べられたボウルにはきちんとフィルムラップが被せられている。

 あとは、仕込みが終わったボウルを貯蔵庫に運ぶだけとなった。


 

 再度、肉をひっくり返す。

 両面ともこんがりと揚がっていた。

 

 ――今日も良い感じだ。


 網を置いた大きいバットに揚げたてのフライドチキンを置き、油を切る。

 すると、すぐ隣から腹の虫が鳴く音が聞こえる。

 

「……すまない」


「いや、いいんだよ。気にしないで!」


 早朝からの作業で腹も空いた頃だろう。

 あとは開店に向けて、より忙しくなる。ゆっくり朝食を取るなら今しかない。



 フライパンに次の鶏肉を入れてから、テイクアウト用のプラスチックパックを取り出し、そこに揚げたてのフライドチキンを入れる。

 トレーの上にパックと皿を用意。そのタイミングで母がキッチンに戻ってきた。



「クロエに朝食を取ってもらうけど、いい?」


「あいよ、そこのトレーがそうなんだね?」

「――そうだよ」


 フライパンの油の中を観察している最中のクロエに声を掛ける。

 すると、我に返ったような顔のまま、僕を見上げていた。



「カウンター席で待ってて、クロエの朝ご飯を用意するから」


「わかった」

 手を洗ってから、クロエはキッチンを出る。

 

 トレーの上にはベーカリーからもらってきたばかりのバケットが置かれ、妹がサラダボウルに生野菜を盛り付けて、トレーの上に加える。

 トレーと一緒に空のマグカップを手にして、僕は店内に移動。


 そして、カウンター席で待っているクロエの前に置いた。


「ひとまずはお疲れさま。どうぞ、召し上がれ」


 クロエは大きく頷く。

 それから、僕はキッチンに戻った。


 クロエが仕込んだフライドチキンのボウルを貯蔵庫に移動させ、モーニングメニュー用の鶏卵パックを手にキッチンに戻る。

 モーニングは卵料理が多い。常連の中には作る人を指定する客もいる。

 店内で対応するのが母でなければ、その指名はほとんどが僕だ。

 中には母の作るオムレツや目玉焼きフライドエッグを求める人もいる。僕の方が美味しく作れる自信があるが、人の好みは多種多様だ。

 

 

「アニキ―、スクランブルエッグ作っとくよー」


「えっ? 僕が作るけど……」

 卵料理用の小さなボウルを取り出そうとしたが、それを妹が奪っていった。

 その手には、粉末卵の袋が握られている。



「アニキの美味しいけど、今からじゃ間に合わないでしょ」

 

 悔しいけど、妹の言うとおりだ。

 卵液を粉末にしてインスタント食品化した『粉末卵』はとても便利な商品と言える。加える水の量と加熱時間を調節するだけで、誰でも簡単にオムレツやスクランブルエッグを作ることができる。

 しかし、肝心の卵の風味はほとんど無く、味も薄い。

 ちゃんとした生の鶏卵とバターで作った卵料理は粉末卵のものとは比べものにならない。


 ――注文受けたら作ればいいか……



 忙しい時は粉末卵を使うことになっているが、僕はなるべく避けるようにしている。

 来た時間によって料理のクオリティが変わってしまうのは、客に対してとても失礼なことだ。それは店に来てくれた客を選別してからサービスを提供しているのと変わらない。

 食は――料理は、誰にだって平等に楽しむ権利がある。

 だから、客に差を付けるわけにはいかないのだ。


 ――理屈通りにはいかないけどね……



 

 コンロのスープとポタージュの入った鍋が温まった。

 スープカップにポタージュを注ぎ、再び店内に戻り、クロエの席に向かう。


 彼女の目の前にあるトレー、その脇にスープカップを置く。

 だが、トレーの状態に思わず首を傾げることになった。

 


 ――どうして手を付けてないんだ?


 クロエは座ったまま、テーブルの上に手を置いている。

 ナイフやフォークはカトラリーケースから取り出されず、マグカップには水すら注がれていない。

 彼女の視線はずっとフライドチキンに注がれている。



「どうしたの? 嫌いなものあった?」

 僕の声に反応するように、顔を上げた。

 

 

 


「わたしだけ、先に食べていいのか?」


 彼女の問いに、僕は思わずハッとした。

 もしかしたら「召し上がれ」という言葉だけでは、ちゃんと伝わらなかったのかもしれない。

 そこを僕は少しも考えていなかった。


 言葉が伝わるから、意味も伝わる――というのは大きな間違いだ。

 だからこそ、伝えることに注力することが必要になる。




「いいんだよ、これから忙しくなるからさ。クロエは慣れないだろうからたくさん食べて、力をつけないとね」


 クロエは大きく頷く。

 カトラリーケースからフォークを取り出し、フライドチキンに突き立てる。

 衣が砕ける音、そこから溢れ出す脂、それを眺めているクロエは、とても明るい表情をしていた。

 そのまま齧り付き、ザクザクと音を立てながら咀嚼する。


 その様子を、僕は隣の席に座って眺めることにした。

 バケットを千切り、生野菜を頬張り、ポタージュを舐めるように飲む。

 その一口ごとに、クロエは目を輝かせていた。




「美味しい?」


 思わず口から出てしまった問いに、クロエは興奮した声色で答える。





「――おいしい!」


 

 レストランでの仕事は覚えることがたくさんある。

 クロエは仕事ができないわけじゃない。時間と余裕、適切な指導をすればちゃんとできるのだ。

 これからどんどん仕事ができるようになって、一緒に料理を作れたら――それは約束していた通りの、2人で色々な料理を研究する日々となるはずだ。


 

 ――焦っちゃ、ダメなんだ。


 

 クロエとの約束は、まだ終わっていない。

 いつでも始められるし、終わりはない。


 まずは、全員で楽しく仕事できるようにすることが最優先だ。




 開店すれば朝食を求めて、たくさんの客が来店する。

 多くの人達に、良い1日をスタートしてもらうためにも――――今日も頑張ろう。



 時計が開店時刻を示し、店の外でぞろぞろと集まってきた客の姿が見える。

 キッチンにいる母と妹の準備が出来ているのを確認し、僕は店の出入り口のドアを開けた。


 そして、店の前で待っている客達を、大きな声で出迎える。




「――いらっしゃいませ!」


 いつも通りの、僕らの1日が――始まった。   

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