Act:00-7 サーチ アンド レスキュー 2

 真っ黒な世界を緑色の文字や線が駆け抜ける。

 流れていく脅威表示、視界の中心に捉えたままの「タンゴ6-1」の文字とボックスアイコン――


 メインモニターを見回しながら、僕は操縦を続けていた。

 一瞬たりとも気を抜けない時間が流れ、集中力が切れそうになる。



 光源の少ない宇宙空間では、光学補正が無いとモビル・フレームMFを操縦するのは難しい。

 機体の光学センサーが捕捉した物体を機載CPUが分析、即時に脅威判定してメインモニターに反映。

 敵機、味方機、障害物――その全ての機動予測も情報として付属する。


 だから、メインモニターには文字や図形、線が大量に表示されていた。

 


『――速度を落としてゆっくり旋回、大きなデブリの傍を通るから気を付けて』


「――――わかったっ!」

 浮遊している障害物を割けつつ、先導するレティシア機の機動を予測して追従。

 「タンゴ6-1」のアイコンに付属している相対距離表示、機動予測表示、それらを見ながら頭の中で実際の動きをイメージする必要がある。


 刻一刻と変化している宇宙空間では、必ず同じコースを通過しても安全とは限らない。


 

 右手に握る操縦桿を動かし、機体の姿勢制御――方位や機体角度を操作。

 左側の操縦桿で水平方向へのスラスター噴射を行う。

 巡航形態クルーズモードは宙域戦闘機としての機能だ。高速移動と長距離航行のために使うものである。


 暗礁宙域を無事に通り抜けるには人型形態バトルモードの方が向いているようにも思えるが、人型の状態で大小様々なデブリの軌道に影響を与えずに通過するのは非常に困難だと言われている。

 人型状態は小回りが利き、柔軟に動けるが、手足や武器の長さが問題となる。


 一方、巡航形態ではコンパクトな状態になっているから、小さなデブリの軌道に対しての影響は少ない。

 人型兵器で暗礁宙域を高速移動しようとすれば、手足に小さなデブリが衝突してダメージを受けるだけでなく、それによって自機の機動が大きく変わってしまう。

 場合によっては、回復が不可能なスピン状態に陥ることもある――という事例も存在する。




『――クッソっ、曲がりきれねぇよ』


「訓練で何回も言われてる通り、もっと緩やかなスロットルワークをするんだ」

『わかってる、けどよ!』


 突然、真横から何かが追い越していく。

 それは光弾――曳光弾トレーサーだった。



『――ヨナ! デブリの迎撃はしないでっ!』

『無茶言うな!』


 〈T-MACS〉の両腕に装備されている10ミリ機関砲、巡航形態だと正面に向かって発射できる。

 主に障害物や宙域戦闘機に対して使う兵装だ。



 警報が鳴り、機体が大きく揺れる。

 センサーが方位を探知し、軌道が変わったデブリ群にマークが追加された。



「……大丈夫、ダメージは無い」


 ヨナが攻撃したデブリの破片が、僕の機体に当たったらしい。

 操縦に影響するような損傷は無いようだ。



「ヨナ、落ち着いて……もっと緩やかに旋回するんだ。慣性を使った『スライド・ターン』なんか使っちゃダメだ」


『……悪ィ、癖になっちまってるみだいで』


 一時的にスラスターを停止させ、加速分の慣性で進んでいる間に機体の姿勢を変更。再びスラスターを噴射して加速――――傍目から見ると、ほぼ直角に曲がっているように見える機動マニューバテクニックだ。

 戦技というよりはアクロバットに近い。

 ヨナは派手好きなせいで、そういったテクニックを見様見真似で実践する。それはシミュレーターや実機でも変わらない。


 見ただけのテクニックを練習するのは悪いことではないが、そこに理屈や思考が介入していなければ、ただの真似事で終わってしまう。

 戦技には使いどころがある。用法を守らなければ薬が毒になるように、戦技のせいで窮地に陥ることも起こりうる。――と講義で教えられたはずなのだが……



『比較的安全なコース選んでやってるのに、ヨナのせいで無駄になるところだった』

『――悪かったって』


「レッティ、責めるのは後にしてくれ。今は集中しよう」



 ――やっぱり、僕1人で来るべきだったか?


 暗礁宙域のコース選びなんて、とても出来る気がしないが、それでも誰かを巻き込むよりマシなはずだ。

 ここまで来てしまった以上は乗り越えるしかない。



『お望みならアクロバットコースを選んであげるけど?』


「――レッティ!」


 普段のように言い合うのは構わないが、今は平時ではない。

 レティシアは先導機パスファインダーで身構えられるだろうが、最後尾のヨナには一切余裕が無い。おまけに彼の視点から追えるのは、僕のマニューバだけだ。

 だから、舌足らずの伝言ゲームのように、最後尾はより複雑なコースを飛ぶことになる。 




『……いいってことよ、CK。エースたるもの、こんぐらいでへばるかよっ』




『これからは大きなデブリが増えてくる。コースは信用せず、自力で回避して』



「了解」

『おうよ』


 これまでは、モニター越しに大小様々な石や装甲片が大量に見えていた。

 だが、レティシアが注意を促していた宙域に到達すると、光学スキャンによる補正が無くても補足できるほどの巨大な岩石が浮遊している。

 それほど動いてはいないようだが、これの間を通り抜ける必要があるらしい。



『――ショータイムだ、目を回すなよ』


「そっちこそ……」



 ――冗談じゃない。


 ただの哨戒任務なら、低速で通り抜けることもできる。

 しかし、今回は友軍部隊との連携無しで単独調査――偵察行動。

 行って、帰ってくる。燃料である推進剤の残量を気にしなければいけない任務なのだ。


 宇宙では速度を落としたからといって、燃費が良くなるわけでもない。適切な機体速度と姿勢制御で推進剤の消費量は変わってくる。メインスラスターだけでなく、方向転換や姿勢変更のために吹かすサブスラスターも推進剤を消費

するのだ。無駄が多いだけ、推進剤は浪費される。

 それに関して、僕らはそれほど得意じゃない。


 むしろ、僕たちが最も飛び方をしている訓練生だった。




『――いくよ』


 彼女の声と共に、レティシア機が急旋回。大きなデブリの合間に飛び込んでいく。

 僕もそれに続いて、旋回を始めた。



 ――速度は巡航速度、旋回率もそこまで……!?


 右手の操縦桿を引き起こし、進路を変える。

 巨大な岩石の岩肌が側面に迫ってくるのと同時に、全身が押し潰されるような感覚に襲われる――――Gだ!


 息が詰まり、瞼が重くなる。Gの圧は訓練で経験しているはずなのに、うまく対処できない。

 頭から血の気が引いて、だんだん意識が曖昧になる。

 視界がぼやけ、闇に蝕まれていく。



 ――まずい、Gロックだ……!


 頭では理解している。

 加速Gのせいで脳が酸欠になりかけているのだ。


 ぼやけた視界でも、前方で光の尾を引いて飛んでいるレティシア機の軌跡は追えていた。

 左右の激しい切り返し、上下の方向転換、そこからの緩やかなカーブ。

 デブリの傍を通る度に、重たくなる瞼をなんとかこじ開けていた。

 

  

 

 気付けば、先導機は速度を落として真っ直ぐ飛んでいる。

 僕はそこでようやく、ことができた。




『――――ール。カール、聞こえる!?』

 レティシアの声が無線から流れた。

 

 全身から冷や汗が出ているのがわかった。

 指先が震え、視界が霞む。危険な状態だったのは間違いない。



『大丈夫かCK? バイタルがアラート鳴らしてたぞ』


「大丈夫、問題無い……」

 パイロットスーツのバイタルチェックがデータリンクを通じて、2人に警告を出していたらしい。

 我ながら、情けない話だ。



『ごめんカール、あたし……もっと緩いコースを……』


「いいんだ、レッティ。もう大丈夫だから」

『どうせCKのことだ、デブリにビビって急に操縦桿引いたんだろ。後ろから見れば丸わかりだぜ?』











『そう言うアンタだって、無線に悲鳴が流れてたわよ。レコーダーにばっちり録音されてるからね』


 ――やっぱり、まだまだ未熟だなぁ……



 呼吸を整えつつ、コンソールを操作。レティシア機に与えられているナビ情報をデータリンク越しに共有。それをサブモニターに表示させた。

 簡易図上では、目標の大型デブリ――損壊した輸送船まで目前のようだった。




『もうすぐね』


「ああ、周囲の警戒を頼む」


『あいよ、それがオレの担当だな』



 先導しているレティシア機が動きを変えた。

 進路方向を見ると、人工物らしき破片が見える。



『目標を補足したわ』

 彼女に追従すると、ブリーフィング時に見た画像と全く同じの輸送船らしき物体があった。


 今もどこかの装甲が剥がれ、破片が散っている。



『……やっぱり、あたしも行く』


「いいや、レッティは待っててくれ」

『――でも、敵がいるかもしれないし……!』

  

 レティシアの言うこともあり得る話だ。

 救助に来た敵部隊に対して、攻撃やを仕掛けることもある。


 だが、民間の輸送船でそんなことをしても意味があるのだろうか?

 軍にとっての重要人物VIPがいるとか、重要物資があるとか、そうした情報があるなら話は別だが……




「……わかった。じゃあ、船首のコクピットで情報収集してくれ。僕は艦内を捜索するから」


『だけど、カールに……』

「大丈夫、死体くらいなんともないさ」


 ――大丈夫、なわけないか。


 それでもやるしかない。

 パイロットスーツの気密性のおかげで匂いを感じられないだけマシだろう。



 制動を掛け、損壊した輸送船に接近。

 

 スイッチノブを回して、人型形態へ変形。

 精密操作モードを起動し、左手のマニピュレーターで輸送船のフレームを掴む。

 崩落しないのを確認してから、コクピットハッチを開放。気密が抜ける音と共に外界が見えた。

 目の前には大きく裂けた輸送船の損壊箇所。薄暗くて中は確認できない。



「ヨナ、機体を自立支援モードに切り替える。指揮権はそっちに」


『あたしは機体を隠してるから、ヨナに機体を託さないわよ。壊されたくないし』

『――あいよ、さっさと行ってこい。ぐずぐずしてたらオレの撃墜スコアが増えちまうぞ』


『増えるのはスコアでしょ?』


『うっせーな、オレは遠巻きから警戒しておいてやるからさっさと行けっての』




「頼んだぞ、ヨナ」


 サバイバルキットから拳銃とライトスティックを取り出し、パイロットスーツのベルトキットに取り付ける。


 コンソールを操作し、機体を自動操縦に切り替える。

 同時に遠隔操作権限をヨナ――タンゴ6-3に与えた。



 コクピットハッチから身を乗り出すと、周囲の惨状に思わず背筋が凍った。


 残骸や破片だと思っていた多くのそれは、正確には輸送船のそれではない。

 赤、白、ピンクに赤黒い、それはヒトの部位や破片だった。

 輸送機の残骸だったとしても、それには血液らしき赤い液体が付着している。


 輸送機に何が起きたのか、それはわからない。

 だが、搭乗していた人達は……恐ろしい目にあったのは言葉にするまでもないだろう。



 生存は絶望的――――輸送船の事故なんて想像したことも無かった。

 それによって、乗員がどんな目に遭うのかも――わからなかった。


 目の前に広がっているのは、その結果だ。

 誰もが口を揃えて言った『絶望』、生存者を探そうともしない理由。


 ――探しても、無駄……なのか?


 

 接近するまでの間に見た輸送船は、辛うじて形状を保っていた。

 まだ気密を保っている場所もあるかもしれない。そこなら――生きてられるはずだ。



 ――諦めるもんか。


 ここに来たのは、クロエを見つけ出すためだ。

 友達を巻き込み、教官に無理を言って、危険を冒してまで辿り着いた。


 無数に広がるヒトの欠片の中からだって、彼女を探し出してやる。

 


 足元を蹴るようにして、推進力を得る。

 そのまま、輸送船の損傷箇所から船内に侵入。


 中に入ると、照明が点いていない薄暗い通路だった。

 通電していないからだろうか?



 ライトスティックを折り曲げて点灯、青色の光が通路を照らす。

 一見、ただの無機質な廊下のように見えたが、様々な施設にアクセスできる通路のようだった。

 ざっと見る限り、レストランや娯楽室といった施設があるらしい。


 「レストラン」というプレートが付いているドアをそっと開けてみると、テーブルや食器が宙に浮いていた。

 重力制御ユニットが損傷する直前まで乗客はここに来ていなかったということだ。


 スタッフ用通用口を通って、厨房を覗き込んでみると、食材や鍋が宙を舞っている。

 人の姿は無く、調理中に避難もしくは退避したということになるのだろうか?


 

 コンロの上に乗ったままになっているフライパンが気になり、蓋をそっと取り外す。

 フライパンの中には……粘度のある液体が入っていた。

 傍にあったスプーンでフライパンをかき混ぜると、野菜や肉が入っているのが見える。


 ――これは、シチュー……か?


 ライトスティックの青い光のせいで、元の色がわからない。

 周囲にあった缶詰や食材から察するに、これはきっと…………











『――なにやってるの、カール』


 ヘッドセットからレティシアの声がして、思わず振り返る。

 だが、周囲に人影は無い。



『3時上方』

 彼女が言う通りに右側の天井を見ると、そこにはカメラがあった。

 おそらく、厨房全体を見回す監視カメラなのだろう。



『こっちはコクピットと警備室を抑えたわ、監視カメラと船内の状況を調べてるんだけど……』


「ぼくはその……」


 まさか、調理場を物色しているなんて報告はできない。

 民間輸送船で出される料理に興味が無いと言ったら嘘になるが、考えるより先に身体が動いていた。



『まぁ、思っていたより余裕そうで何よりね』


「……ごめん」



『そこのブロックは生命維持装置も死んでるみたいね、生存者がいたとしても助けられない。……船首側に2ブロック進んで左舷側の辺りは気密が生きてるみたい、探すとしたらそこよ』


「ありがとう、調べてみるよ」


『気を付けてね……』


 レティシアからの情報を頼りに、生存可能な区画へ向かう。

 壁や床を蹴って、飛ぶように廊下を進む。


 推進機器が付いたバックパックを使っても良かったのだが、取り出すのも仕舞うのも手間のかかる代物で、面倒臭くて使わないことにしていた。

 無重力下での移動は訓練を受けていたし、船外に出てしまったとしてもヨナに遠隔操縦してもらった〈T-MACS〉で回収してもらえばいい。


 真っ黒闇の通路を、ライトスティックの頼りない光量で照らしながら進んでいく。

 拳銃のグリップに手を掛けつつも、引き金には指を掛けたくなかった。

 実銃射撃の成績が低くて、苦手意識がある。それだけの理由じゃない。


 人を傷付ける道具に、指先が慣れてしまうのがイヤだった。

 モビル・フレームを操縦して、コロニー外で戦う。それはみんなを守るための戦いだからいい。

 しかし、拳銃やライフルといった重火器を手にするということは、コロニーを守り切れなかったことを意味するのではないだろうか。

 そんな状況にはしたくないし、させるつもりもない。


 もしもの時のために――――それだけのために、引き金を軽くするようなことはしたくない。

 


 ――甘い考えなのはわかってるけど……




『――何か、ヘンだ』

 不意に、レティシアの独り言が無線に乗った。

 


「どうしたの?」


『……ここに、誰かが来た?』

 彼女の声色が、どこか冷たく感じた。

 執拗にヨナに絡んだり、笑いながらハンバーガーを頬張っていた彼女とは、まるで別人のような――



「レッティ?」


『……違う、数時間前。血痕の粘度や血液の飛散具合からすると、最近負傷したばかりだ。飛散した体液に混合物が――』

「レッティ!? 大丈夫?」


 抑揚の無い彼女の声に、僕は不安を感じた。

 ただでさえ、危険地帯にいるというのに通信相手を信じられなくなったら、誰を頼ればいいのか、わからなくなってしまう。



『――カール、あたしもそっちに行く。迂闊に部屋に入らないで』


「わかった、レッティも気を付けて」



 拳銃をホルスターから抜き、安全装置を外す。

 引き金に指を掛けないようにしながら、僕は先を急いだ。


 レティシアが輸送船のコクピットで、何かを見つけたり、感じ取ったりしただけなのだろう。

 だから――何か、起きるわけじゃない。



 全身から冷や汗が噴き出しているのがわかる。

 呼吸が荒くなり、手足が強張っていた。

 

 ――そう、何も……いるわけない。


 ただの民間輸送船。

 VIPも、軍の極秘物資も、何も無い。


 そんな輸送船に、敵がいるわけがない――



 

 レティシアの言っていた区域まで辿り着くと、照明だけでなく、エアロックまでもが生きている通路があった。

 気密ドアに損傷や歪みは無い――つまり、正常に加圧されているということだ。


 エアロック区画を通り、個室のドアを見て回る。

 ドアの横に、マグネットプレートが貼られていた。それが利用している乗客の氏名なのだろう。

 すると、外周側の個室に探していた名前があった。

 

 『クロエ・コーサカ』

 まさしく、僕が探している女性の名だ。

 


 ドアを開けようと、開閉ボタンに手を伸ばそうとした瞬間。レティシアも向かっていることを思い出す。

 個室のドアから少し離れ、飛び込めるように壁を背にするように位置取った。



 間もなくして、パイロットスーツを着た人影がこちらにやってくる。

 それはレティシアだった。

 同じく拳銃を手に、こちらに向かって飛んでくる。


 僕はクロエの個室を指差すと、その手前で止まった。



 レティシアは拳銃を構えながら、ドアに近付く。

 そして、ドアの開閉ボタンを押す。ロックは掛けられておらず、あっさりとドアが開き、レティシアが部屋に飛び込んだ。


 背にした壁を蹴って、レティシアの後に続く。


 だが、そこには誰もいなかった。

 赤黒い液体と、家具や荷物が部屋の中を漂っているだけだった。



 ――まさか!?


 部屋の奥にある「メディカルポッド」、それに近付く。

 すると、そこには誰かが入っていた。



 覗き窓から見えるのは、短く切られた白い頭髪と、どこか幼さを感じる顔だった。

 そして、彼女の首元にあるIDには――クロエ・コーサカという文字が記載されている。




「クロエだ!」

 僕は思わず叫んでいた。



 それと同時に、視界が歪む。

 全身からどっと力が抜けて、手の中から拳銃が抜け落ちていた。


 ただひたすら、嬉しかった。

 絶望的とまで言われていた状況下で、彼女は生きていた。

 

 ――僕は間違っていなかったんだ。

 大切な友達を危険に巻き込んだのは、本当に申し訳なく思う。

 

 それでも……この選択をして、良かった――と心からそう思えた。

 




『……カール、泣くのは帰ってからにしましょう。帰還するまでが任務なんだから』  


 咄嗟に目元を拭おうとして、ヘルメットのバイザーに阻まれる。

 それを見て、レティシアが笑う。


 僕も、つられて笑う。

 

 

 緊張が解けたところで、僕たちは救助作戦の段取りを始める。

 メディカルポッドを船外に排出してから機体に戻り、ポッドを回収してコロニーへ帰投。



 道中も特に問題は起きず、無事にコロニーに帰還する。

 到着と同時に、メディカルポッドごとクロエを軍に引き渡した。

 すぐに入院が決まり、手術は成功。

 負傷していたが自力で応急処置したおかげで、大事には至らなかったそうだ。


 回復するまで病院施設で治療が続けられることになった。

 検査の結果、後遺症は無し。


 あとは目を覚ましてから、精神鑑定を受けるだけだ。

 彼女が――クロエが、僕たちの家族の一員になるのは……もうちょっと掛かるだろう。

 

 

 彼女と共に働ける日を、一緒に過ごせる日を――僕は楽しみにしている。

 

 ――目を覚ましたら、最初に何をごちそうしようかな……


 手紙の中であれこれとやりとりした料理のレシピを頭の中でこねくり回しながら、病院施設に向けて電気自動車を走らせていた。

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