Act:00-6 サーチ アンド レスキュー 1
エレベーターのゲートが開き、格納庫区画に辿り着いた。
コロニーの最も外側、自治軍の管理区画。
機動兵器「
通路に設置されている大型モニターで搭乗機が準備されているブロックを確認し、指定された駐機所に移動。
連絡通路を通って、搭乗機が待つ場所へと向かう。
駐機所にはオレンジ色の機体が並んでいた。
訓練部隊用のカラーリング、一目で僕たちに用意された機体であることがわかった。
正規部隊はグレーやホワイトで決まっていて、テストパイロットや試験部隊は青や緑といったカラーが使われている。
機体はあくまで部隊ごとに用意され、個人にあてがわれるものではない。
だが、装備試験部隊や特殊部隊はそうではないらしい……
〈T-MACS〉「スパロー」
巡行形態に変形する可変型MF、コロニー軍事連盟で使われている人型機動兵器。
訓練機と実働機はほぼ同じ機体で、搭載する装備が少し異なるくらいだと教わった。
機体の目の前にあるコンソールで機体の状態を確認。
整備士や前回搭乗時のパイロットからの報告内容をチェック——この機体は実機訓練で搭乗した機体だった。機体の癖や操縦系の摩耗度は把握している。
ログの内容からも問題は感じなかった。
整備はすでに終わり、出撃できる状態にある。
あとは搭乗を済ませ、ブリーフィングを始めるだけ――
オレンジ色の機体、その胸部がせり出して、コクピットブロックが解放された。
側面からコクピットに乗り込む。
シートに身を収め、シートベルトを締める。
タッチパネル式の小型モニターを操作し、コクピットブロックを機体胴体へ戻す。
甲高いシャーシ音と共に、コクピットが機体に格納されていく。
そして、狭く、薄暗い空間に閉じ込められる。
何度も経験した搭乗体験。
いくら乗っても、この暗いコクピットに慣れる気がしない。
訓練通り、機体のシステムを稼働させるスイッチを入れていく。
コクピット内に格納されていたモニターが展開し、メインモニターのテストプログラムが始動。文字や図形が点滅するように表示されてから、システムステータスのウィンドウに切り替わる。
搭乗前にコンソールでチェックした通り、問題は見当たらない。
サブモニターをタッチ操作し、通信回線を開放。
規定のデータリンク回線に接続した。
『――やっとか、遅いぞ。
「ごめん、かなり遠くのブロックだったから」
『言い訳すんなよォ』
『――あたしは待ってない。それにヨナはあたしより遅かった』
『悪かったって、競争してたわけじゃねーんだから突っかかってくんなヨ』
「ヨナもレッティも、付き合わせてごめん……」
本来なら、出撃するべきじゃない。
僕らは訓練生で、実戦に参加できる練度も実力も無い。
それでも、僕はただ待っているわけにはいかなかった。
2人を巻き込むことになってしまったのは、申し訳なく思う。
『いいってことよ、オレがエースにのし上がるチャンス到来ってことさ』
『ヨナは射撃も回避も下手くそ、三流以下。もっと下』
『――ンだと!? 次の模擬戦で泣くまで落としてやるからな』
『大丈夫、ヨナの攻撃なんか掠りもしないわ』
「……あのさ、僕達は同じチームだから戦うことはできないよ?」
2人の仲は悪いわけじゃない。
チームで1番実力のあるレティシアにヨナが張り合おうとしているというだけだ。
僕から見ても、ヨナは操縦が特別上手いわけでもない。
おまけに「基本」が出来ていないのに「応用」を試そうとするものだから、そこをレティシアに指摘されて痛い目を見る。というのがいつもの流れだ。
『――出撃前でも元気があるのは良いことだ!』
唐突にシロー・カナタ教官の声が流れ、思わず背筋が伸びる。
『じゃあ、これからブリーフィングを始めるけど……準備はいいかな?』
「お願いします」
上位のコマンドがオーバーライドして、メインモニターに新しいウィンドウが展開。
コロニー・E2サイトを中心とした簡易図だった。
『哨戒部隊から、輸送船の残骸らしき大型デブリを遠距離から観測した。と報告があった』
コロニー周辺の簡易地図に小さなマークが打たれる。
防衛圏Sフィールド、その端の方だった。
『当大型デブリの浮遊コースは、コロニーから離れていく進路らしい。現状では実働部隊のほとんどが哨戒や警戒任務に当たっているため、救難任務に割ける人員と装備が無い状態だ』
Sフィールドはデブリ帯、その密度も濃く、そこに飛び込むこと自体が危険だ。
訓練でその宙域で模擬戦をやることもあるらしいが、実働部隊に入ってからと聞いている。
僕らにはまだまだ先の話だ。
『――というわけで、志願してきた君たちに救難任務を実行してもらうことになった。だけど、生存者がいる見込みは限りなく低い。あくまで大型デブリの調査が目的だ』
小さなウィンドウが追加され、そこには大きな残骸が映っていた。
ガンカメラの最大望遠で撮影された画像、言われなければ輸送船だとわからないほどにボロボロになっている。
船内設備が動いているかもわからないのでは、生存者の安否を確かめるまでもないかもしれない。
だが、輸送船に刻まれている識別コードは、探している船のものだった。
あれにクロエ――――僕の遠い親戚が乗っていたことになる。
『今回、君たち〈
搭乗機の武装は標準的なマシンガン、ただのデブリ調査のためにあれこれと積む必要はない。
『レティシア訓練生の搭乗機には
あくまで僕らは調査――戦闘が目的ではない。
だからといって、潜んでいる敵と鉢合わせしない可能性を無視することはできないだろう。
僕らだけで対処する、なんてことは考えたくもない。
『最優先事項は、該当デブリが来航予定のディアライナー社所属のエクセリウス号であるかを確認することだ。生存者の収容は可能であれば実施しても構わない。だが、クルーザー無しでの救助活動は収容人数が限られる。状況判断に気をつけてくれ』
〈T-MACS〉は変形機能を有するが故に機体内に格納スペースが設けられていない。
そもそもMFにはコクピット以外に人を乗せることを想定しているわけがない。
アニメ番組のように手や肩に乗せて移動することはもちろん、狭いコクピットに他人を乗せられる余剰スペースなど存在しない。
しかし、緊急用メディカルポッドがあるなら話は別だ。
ポッド自体や中にあるジェルベッドのおかけで加速Gは軽減されるし、MFのマニピュレーターで保持しやすい。
本来なら救助任務には小型機動艇を随伴させるのがベターだ。
だが、あくまで調査任務としての体裁にしたいのだろう。僕らは訓練生、救助任務だと回収責任が発生してしまう。
最低限の応急処置しか実施できず、医療知識も乏しく、本格的な治療装備を持っていない。そんな僕らに出来ることは少ない。
出来ることがあるとしたら、メディカルポッドに自力で入ることが出来た生存者を回収することくらいだ。
『ナビ情報はレティシア訓練生機のみに共有している。何かトラブルが発生した場合、コロニーの方位に向かってくればいい。通信可能圏内に入ったらこちらから接続する――』
宇宙空間では、推定座標以外で自分の位置を把握することは難しい。
あらゆるモノが慣性によって動き続け、質量のある物体との衝突で容易に軌道が変わる。
だから、何かを中心とした簡易的な座標を用意するしかない。
それを基準に航行コースを設定したり、目的地を決める。
電子装備が意図的に破壊されない限り、コンパスがコロニーの方向を把握しているので、帰還する際はそれに従うことで辿り着ける。
『――先ほど入港した輸送船の搭乗員からの報告では、暗礁宙域の外れに連合軍の
地図上に青いアイコンが追加された。
自治軍の実働部隊、正規パイロットで編成された隊。その本来の哨戒ルートが線で描かれている。
だが、そのルートから大きく離れた位置――暗礁宙域へと進路を変更していた。
『また、君たちの後方を警戒するために〈Gユニット部隊〉が出撃する――』
『――装備試験部隊ですかぁッ!?』
ヨナの興奮した声がシロー教官の言葉を遮る。
それも無理はない。〈Gユニット〉というのは、このコロニーで試験開発されている最新型MFのことだ。
〈Gユニット部隊〉は、その最新鋭機を運用するために選抜・招集されたエースパイロットで編成されていて、青と白の特徴的なカラーリングを採用している。
おそらく、コロニー自治軍でも随一の実力者達だ。
そんなパイロットに背中を守ってもらえるのはありがたい……!
『……あくまで、彼らも調査を目的とした任務だ。君たちに干渉することも無いし、バックアップだと思ってくれ。任務を手伝ってもらうことは期待しない方がいい』
『了解です』
『わーっかりました!』
「了解」
情報を展開していたウィンドウが消えていき、データリンク越しの干渉が無くなる。
『――タンゴ6、出撃。生きて帰って来いよ』
カナタ教官の言葉を最後に、通信が切れる。
それと同時に、コクピットが大きく揺れた。
機体を固定しているハンガーユニットが持ち上がり、格納庫上部にある基地区画へと運ばれる。
臨戦態勢の機体にパイロットが搭乗し、出撃まで待機する場所。
宇宙空間まで、すぐそこだ。
振動が止まり、メインモニターに薄暗い空間が映り込む。
間もなくして、遠方の方でゲートが開いていくのが見えた。
光源の無いカタパルトデッキ、その向こう側はさらに闇が深い。
微かに浮遊しているデブリを、光学観測でシステムが認識してアイコン表示で知らせてくれる。
コロニー周辺は日々、自治軍の砲台部隊や防衛艦隊がデブリを掃討してくれていた。それでも、大きなデブリは浮遊している。
そのデブリが岩石であれ、宇宙船や戦艦の残骸であれ、コロニーにとってはミサイルや砲弾と変わらない。
『こちらオペレーションセンターより、タンゴ6-2へ』
女性オペレーターからの通信が入る。
もうすぐ射出され、宇宙空間へと放り出されるのだ。
そして、そこからは自分の身は自分で守らなければならない。
『……タンゴ6-2?』
「——こっ、こちらタンゴ6-2、コーサカ訓練生っ!」
応答しなければならないというのに、硬直してしまっていた。
何度か訓練でカタパルト射出を体験し、この流れも繰り返しているはずなのにすっかり忘れている。
操縦桿を握り直し、操縦桿上部にあるスライダーに親指を乗せた。
射出許可が出たら親指を動かし、スロットル・スライダーをスライドさせてスラスターを噴射、カタパルトで加速、そのまま宇宙空間へと放り出されることになる。
工程のイメージは思い浮かぶのに、現実感が無い。
——こんなことなら、鎮静剤を打っておくんだったなぁ……
戦時の精神安定剤として用意されている〈鎮静剤〉は訓練でも使ったことがある。集中力が増して、不安が無くなる効果があるが、副作用が多い。
その中でも、数日間味覚が無くなってしまうというのが、僕にとっては恐ろしいものだった。
いくら機動兵器の訓練生でも、いつでもその役目を担っているわけではない。
平時はほとんどの人が仕事や学業に勤しんでいる。
僕の場合は、家族で経営しているレストランでの仕事がある。
味覚が無ければ、厨房に立つのは難しいだろう。
だが、死ぬよりマシだ。
どんなに副作用や反動があったとしても、戦闘で死んでしまったらおしまいだ。
少なくとも、死ぬような薬ではない。
それでも「味覚が無くなる」というリスクを恐れて、僕は鎮静剤を服薬しなかった。
これから戦場になるかもしれない宙域に飛び込む。より大きなリスクを前にしているというのに、コクピットに乗り込んでもなお、その現実を実感できていなかったのだろう。
命を懸けてでも、クロエを救い出す。それは揺るぎはしない。
だが、本当に危険に飛び込む覚悟はできているかどうかは、自分でもわからなかった。
いっそ、薬で不安も悩みも吹き飛ばしてしまったら、迷うこともなかっただろう。
だから、今更になって「怖くなって」きたのだ。
この途方もないほど広大で残酷な暗黒の世界。
そこで生存するのは限りなく不可能なのは誰でもわかる。
だけど、そこに取り残される恐怖は……誰にもわからない。
「生きているかわからない」から、救助に行かなくていい。という道理は無い。
0か1か、助けに行けば救えた命もあったはずだ。
もし、クロエの死体を見ることになったとしても、それは向かわなければわからない。
何もしないで後悔したくない、できることをしたい、それだけで友人や教官を巻き込んで宇宙に出ようとしている。
それは馬鹿のすることだってことは、自分でもわかっている。
でも、救いに行かなければ、クロエを生還させられない。
僕が死ぬのは構わない。
覚悟を決め、選択した。
だが、巻き込んでしまったヨナやレティシアが死ぬことになるのは嫌だ。
本来なら、僕1人で出させてもらうつもりだった。
それが、シロー教官の協力で僚機同伴になってしまった。
戦闘でなくても、事故や二次遭難で死ぬ可能性もある。
ここまで来たら、考えてもしかたないのかもしれない。
コクピットシートに座っておきながら、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくも思える。
あとは、やり通すしかない。
『——タンゴ6-1、発進。……6-2、出られますか?』
——僕は、やれる。
訓練成績は良くない。
座学は平均、身体能力も並み。
でも、僕は数少ない自慢できることがある。
「タンゴ6-2、行きます!」
『進路クリア。カタパルト、射出シーケンス——』
薄暗い射出口にガイドマーカーの淡い光が灯った。
機体各部を固定していた装置が外れ、足元から立ち上がってきたストッパー・アームが機体胴体を支える。
────僕は、本番に強い……はずだ。
『——射出開始、カタパルト始動』
ガイドマーカーの光が赤から、緑へと変わる。
それが、発進可能となった合図だ。
操縦桿上部のスロットル・スライダーを奥にスライドさせ、スラスターを噴射。
機体が振動し、メインモニターやコンソールの数字に変化が現れる。
間もなくして、強烈なGと共に機体が加速。カタパルトによって、瞬く間に宇宙へと放り出されていた。
『——オペレーションセンターよりタンゴ6-2、幸運を祈ります』
女性オペレーターの言葉が終わった途端にデータリンクが解除され、回線が制限された。
メインモニターには、レティシア機——タンゴ6-1の識別コードが付いているアイコンが映っている。
遥か前方で、僕やヨナが来るのを待っているはずだ。
一旦、操縦桿から手を放し、大型のスイッチノブを回す。
機体モード変更のための操作——それと同時に、コクピットが暗転。いくつものシャーシ音がした後、再びメインモニターに宇宙空間が描き出された。
だが、画面に表示されている情報はさっきまでと違う。巡行形態——クルーズモードでは、専用の表示に切り替わるのだ。
当然、操作入力も大きく変わる。
スロットルを緩め、兵装の安全装置を解除。
センサーの反応基準値やレーダー、ガンカメラを戦闘時の設定に切り替えていく。
それがようやく終わった途端、突然警報が鳴り出した。
咄嗟にメインモニターを見回すが、敵機や接近するデブリの反応は無い────と油断していたら、背後から何かが僕を追い抜く。
それはオレンジの機影。
僕と同じく〈T-MACS〉だった。
『——イヤッホォォォっ! やっぱ、実機は楽しいぜェ!』
どうやら、さっきのは接近警報だったらしい。
ちゃんとセンサーが戦闘コンディションであることが証明された。
『……ヨナは後衛、カールより前に出ないでよ』
『おおっと、すまん。
こんな状況だというのに、相変わらずだ。
その底なしの明るさに、思わず笑ってしまう。
これから悲惨な光景を目の当たりにするかもしれないというのに、ヨナとレティシアからは緊張や恐怖が伝わってこない。
物事を重く受け止めているのは、僕だけのようにも思えてきた。
『——行こう、カール。大切な人を助けに』
『さっさとぶっ飛んでいこうぜ、オレたちのエースストーリーのプロローグを飾りによォ!』
頼りになる2人がいるおかげで、前に進める。
僕だけだったら、どうなっていたかは想像できない。
今までずっと、この3人で過ごしてきた。
きっと、これからも変わらない。
今日でそれが終わらないようにするためにも、全員で生還する。
そこに、クロエも加われば最高だ。
顔も知らない。
声も知らない。
髪が何色で、どんな肌の色で、瞳の色や服装だって知らない。
それでも、クロエは特別な人だ。
どんな形であれ、彼女を救い出す。
その決意を、この行動を、無駄にするわけにはいかない。
電子音と共に、メインモニターにデブリを示すアイコンが大量に追加された。
この向こうに、クロエが乗っていたと思われる輸送船がいる。
これまでの人生最大の無茶を成功させるために、僕は操縦桿を握り直す。
深呼吸してから、スロットルを最大まで入力。
先導するレティシア機に追いつくために、機体を加速させた。
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