Act:00-4 ストランド
やや薄暗く、いくつものモニターが並んでいる大きな部屋。
巨大なモニターに表示されているのは、この『コロニー・E2サイト』所属の部隊からの情報だ。
複数のオペレーターがやりとりを続けている。
自治軍司令部、統合司令センターのオペレーションルームは緊迫した空気に満ちていた。
数時間前、周辺宙域で戦闘が発生したという報告が届く。
機動兵器パイロットの訓練生の僕達は実戦配備に就くことは無かったけれど、[セントラルシティ]内にある司令部で待機することを命じられた。
だが、僕はここでのんびりと状況が終わるのを待っていられない。
今日は僕にとって、とても大切な人がやってくる予定なのだ。
しかし、その人が搭乗している輸送貨物船の情報が全く届かない。
むしろ、到着予定時刻を大幅に遅れていた。
黙っていると、嫌な想像ばかりしてしまう。
戦闘に巻き込まれたのではないか、地球軍に拿捕されてしまったのではないか、そういった『最悪の展開』だ。
「ちっとは、落ち着けっての」
「――ご、ごめん……」
どうやら、僕の焦りが伝わってしまったらしい。
僕を肘で小突いたのは、親友の〈ヨナ・ボーボックス〉だった。
相変わらず、飄々とした態度で余裕が感じられる。
「心配するのはわかるけど……こんなの、初めてじゃないんだからサ」
「わかってるよ……」
パイロットスーツを着用して、司令部で待機するのは珍しくない。
だが、教官に進言してオペレーションルームに入れてもらったのだ。
少しでも早く情報を手に入れるために、すぐに出撃命令を受けられるように――
「……それにしても救難捜索任務だなんて、よく言い出したもんだ」
ただ待っているのは簡単だ。
しかし、正規部隊のほとんどが警戒任務に当たっているのが現状である。
コロニー周辺で待ち構えている状態の人達が民間の輸送船を探してくれるわけがない。
自由に動ける部隊――それは、僕達くらいだ。
「僕らだって、実機訓練をやってるんだ。戦闘にならなきゃ問題無いよ」
「オイオイ、敵機落としてエースに成り上がろうゼ!」
――まずは、射撃を命中させられるようにしないとね……
僕もヨナも、訓練生の中では下から数えた方が早いくらいの成績だ。
そんな僕らが出撃できる可能性は限りなく低い。
――それでも、何もせずにはいられない……!
しばらくすると、足音が近付いてくるのがわかった。
無駄話をしていることを注意されるかと身構えていたが、それは杞憂に終わる。
「すまない、待たせてしまったな」
穏やかな声色の男性、その顔には見覚えがあった。
そして、男の後ろを歩いている少女にも――
「シロー教官!」
「おいおい、なんで端末が繋がらなかったんだ? レッティ?!」
僕らの訓練教官を務めている〈シロー・カナタ〉大尉。
男女問わず、人気のある若い教官だ。
優しいだけでなく、細かいフォローまでしてくれることで知られている。
その教官の傍にいるのは、幼馴染みの〈レティシア・イー〉。
同じ訓練生、僕とヨナ、彼女を含めた3人のチームだ。
待機に入る前に携帯端末で連絡を入れたが、応答が無かったのが気掛かりだったが……何事も無かったらしい。一安心だ。
「まぁ、待ちたまえ。レティシア君は訓練中だったんだ。シミュレーター訓練で欠員が出ててね」
レティシアは僕やヨナとは比べものにならないほどの好成績を残している。
はっきり言って、僕らがお荷物になっているくらいだ。
それでも、彼女はチームを解散せずに一緒にいてくれる。
「……そう、訓練。だった」
彼女が零すように、言う。
とりあえず、それを信じるしかない。
「それで、救難任務は――」
「ああ、なんとか許可をもらったよ。君たち〈T6〉チームだけがこの任務に就いてもらうことになる――」
――よし、これで出撃できる。
そのまま教官は言葉を続ける。
「ポイントは絞り込めていて、その周辺はほぼクリアだ。君たちは標準装備のままで出撃、当該ポイントでの捜索に任務に当たってくれ。詳細は機体搭乗後に行う――以上だ」
「「――了解!」」
僕らは敬礼してから、機体がある格納庫区画へと向かう。
ヨナやレティシアと共にオペレーションルームから出て行こうとすると、シロー教官に引き留められた。
2人に先に向かうように促し、教官に向き直る。
「……言い辛い話なんだが――」
教官は身体を寄せてきて、耳打ちするように小声で話し始める。
「どうやら、輸送船は戦闘に巻き込まれたらしい。哨戒部隊が漂流する破片や遺体を確認しているようだ」
――嫌な展開だ……!
想像していた通りの状況になってしまった。
それでも、諦めるという選択肢は無い。
「大丈夫です、それでも……任務を遂行します」
「ああ、君のお客さんが生きている可能性は少なからずある。それでも最悪の状況だということは覚えていて欲しい」
――大丈夫……じゃなくても、信じるしかない。
僅かな可能性、それに託すだけだ。
見捨てるわけにはいかない。
僕にはモビル・フレームを操縦出来て、最低限でも戦える。
他人から与えられた力でも、それを使える時に使わないのはもったいないことだ。
「それと――」
シロー教官が小さく笑う。
「この貸しは、美味いシーフードで頼むよ」
「――お任せください!」
僕は教官に再度敬礼し、オペレーションルームを去る。
せっかく、教官がなんとかしてくれたチャンスを――無駄にするわけにはいかない。
僕の搭乗機が待っている格納庫に駆け足で向かいながら、不意に「彼女」のことが脳裏を過ぎる。
手紙でやりとりをしていただけの親戚、それも年上の女性。
そんな彼女を、僕は特別に感じている。
僕のために様々な料理を調べ、探し、それを教えてくれた。
地球での生活が厳しくなって、一緒に暮らすことになったと決まった時はとても嬉しかった。
知らない所からやってくる、初対面の人物。
お互いの生活の悩みや苦しみを共有し、励まし合った。
共通の楽しみである『料理』を、2人で探求しようと誓った。
――クロエ・コーサカ……もうすぐ、君を迎えに行くよ。
顔も、声も、様相も知らない。
それでも、彼女は――クロエは、もう家族の一員だ。
だから、僕は助けに行く。
出来ることを成さないのは、みっともないことだ。
僕には力があって、助けを待っている人がいる。
戦闘が起きると決まっているわけでもないのに、僕は昂ぶっていた。
ここにヨナがいたら、きっとからかわれていたに違いない。
僕は仲間も、家族も、知り合いも、誰も見捨てない。
守るためにパイロット訓練生になったわけではないが、有事に備えることは当然のことだ。
連絡路を走りながら、抱えていたヘルメットを被る。
いつもは窮屈に感じていたのに、今はそうは思わない。
――やっぱり、ハイになってるなぁ……
緊急事態で、もっと落ち着かなければいけないというのにすっかり興奮している自分に、思わず失笑してしまう。
これではヨナと変わらない。
だが、出撃してから笑う余裕なんてないだろう。
残酷で、凄惨な現場を目撃することになるかもしれない。
でも――それは、しょうがないことだ。
地球と宇宙移民との紛争――つまりは、戦時下なのだから……
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