Act:00-3 ブロークン・ダウン 3
何かの反応を感知したジュリエット08を追って、わたしは暗礁宙域の中を飛ぶ。
浮遊しているデブリから目を逸らし、その反応の正体へと接近する。
すると、その正体は民間の輸送船のようだった。
遠距離からの望遠映像で、武装の存在は認められない――
『ジュリエット07、どう思う?』
「明らかに民間機です」
わたしは端的に告げる。
『そういうことじゃなくて――』
おそらく、どう対処するかという話だろう。
発見されて通報されてしまえば、この作戦は困難なものになるだろう。
しかし、乗客だけでなく物資も乗せている可能性がある。コロニーへの輸送や補給を断つことも任務内容として優先される事例だ。
「――ジュリエット07より、セイバー・アクチュアル……」
指示を請うために、上官を呼び出す。
だが、応答は帰ってこない。
デブリによって通信が遮断された可能性がある。
他の
隊形を崩さずに、ホワイトセイバー隊の護衛に専念しているということだ。
「ジュリエット08、自分達で判断するしか……」
『――わかってるわよ!』
民間機を撃墜するのは容易い。
だが、痕跡が残ってはいけない。正当な理由が無い限り、民間人を殺傷してはいけないというルールがあるらしい。
コロニーを攻撃する時は事前通告をして、宣戦布告する。
戦うか、降伏するか、それをコロニー内の自治機関が正式に告知するのを待たなければならない。
だが、ただ宣戦布告して戦闘に突入しても、無駄に犠牲者が出てしまうだけだ。
我々『第47戦隊』は宣戦布告前に潜入し、破壊工作によって軍の統制を崩したり、一般人を煽動したりといった『仕込み』を常套手段としている。
司令官である〈イークス・ライヒート〉提督はその手腕で、複数のコロニーを大規模戦闘に発展させずに降伏させていた。
わたしが出撃する時は潜入部隊の護衛や全面戦闘になった時だ。
だから、基本的には機体に搭乗して戦闘するか、コロニー内に乗り込んで白兵戦に参加するかだ。
民間機を撃墜しない方向性として、拿捕が現実的である。
積荷や乗客を確認し、別の輸送船に非戦闘員を移送してから艦隊の母艦に監禁するという展開だ。
今回は潜入任務であるため、コロニー側に察知されるわけにはいかない。
しかし、我々も同じくコロニーに向かっているため、最終的にはどこかで鉢合わせしてしまう。
ならば、対処してしまった方が得策だろう。
「拿捕しましょう」
『――前を押さえるから、コクピットの真横にいてちょうだい!』
わたしが応答するより先に、ジュリエット08の機体が急加速する。
それに追従し、民間輸送船へ接近。
普及しているボックス型巡航輸送船、長距離航行で主に運用されているタイプの宇宙船舶だ。
小回りの良さと長距離通信装備があることが特徴で、低コストで内部スペースが広めになっている――と隊長から聞いたことがある。
ジュリエット08機が輸送船を追い越し、急制動。
民間輸送船の進路を塞ぐように、ジュリエット08が停止。機体の前面を輸送船に向け、マニピュレーターで保持しているマシンガンを構えた。
わたしも機体を減速させ、輸送船に並ぶ。
頭部センサーの望遠機能で輸送船のコクピットを覗き込むと、慌てて宇宙服を取り出している様子が映った。
ジュリエット08機が輸送船に対して、小型ワイヤーガンを撃ち込む。
秘匿通信をするための機能や、特定の機器を遠隔操作することができるものだ。
我々の機体に搭載されているワイヤーガンには搭載機器に対して、ハッキングを自動で実施する装備でもある。
これで、ジュリエット08は輸送船に対して直接的な通信が行えるようになった。
『あたしたちは地球連合軍、今すぐに停止しなさい!』
無線にジュリエット08の声が流れる。
しかし、輸送船のパイロットからの応答はない。
だが、当のパイロットは一心不乱にコンソールを操作しているようだった。
『――聞こえてる?! 今すぐに減速しないと落とすわよ!?』
声を荒げるジュリエット08に対して、反応は無い。
唐突に、無線に微かなノイズが入り始めていた。
そして、雑音と共に無線から音声が流れ始める。
『――こちらイカロス宇宙運送、連合軍のMFに包囲されている! 誰か助けてくれ!』
どうやら輸送船のパイロットは助けを求めることにしたらしい。
ジュリエット08の通信を経由せずに、輸送船の無線を拾っている。おそらく、
距離やデブリで通信が阻まれて、それがコロニー軍に届くことはありえない。
運が良ければ、この通信をわたし達以外が拾うことはあるだろうが、その相手は限られる。
この暗礁宙域のデブリ密度はかなり濃い。
輸送船の救援要請を聞いていたとして、デブリが大量に漂う宙域を高速で突破してくるのは困難だ。
高性能な機体、経験豊富で度胸のあるパイロット――実戦経験が少ないコロニー自治軍のパイロットにそんな芸当ができるわけがない。
――念のため、センサーの感度は上げておこう。
『こいつッ!!』
激昂したジュリエット08が輸送船に機体を寄せた。威嚇のつもりだろう。
これ以上、ここで時間を浪費するわけにはいかない。責任を追及されるのを覚悟で、この輸送船を破壊することも考慮しなければならない。
『――減速、しなさいよ!』
ジュリエット08機が手を伸ばす。
輸送機のパイロットを驚かせようと思ったのだろう。恐怖を与えれば、指示に従う――そう考えたのだ。
だが、ジュリエット08機の左腕が輸送船のコクピットに届こうとした瞬間――
コクピット内が電子音のアラームに満たされる。
――
機体を咄嗟に後退させ、反応のあった頭上に武器を向ける。
MFの両手で保持しているガトリングカノン、その回転砲身のモーターが稼働。シャーシ音と共に砲身の回転が始まった。
デブリの向こうから光弾が飛来、それを避けつつ輸送船から距離を取る。
「――ジュリエット08! 後退してください!」
『――わかってるわよ!』
すると、ジュリエット08機は右手に持ったマシンガンを輸送船に向けて発射――
「――08、いったい、何を!?」
『あたしの言うことを聞かないから――』
マシンガンから発射された45ミリ徹甲弾が、輸送船を破壊していく。
外装が裂け、船体がバラバラに砕ける。
破片から人や物が飛び出していくのが見えた――
そして、頭上から降り注いでくる弾幕によってジュリエット08機の右腕が破壊される。
わたしは攻撃してくる敵機に向け、ガトリングカノンを斉射――
いくつもの
光学センサーが反応し、対象をフォーカス。
「――ジュリエット07、エンゲージ!」
デブリの影から現れたのは人型、機動兵器のモビル・フレームだった。
しかし、そのシルエットには見覚えがない。コロニー軍の機体といえば、変形機構を持つ機種が一般的。
だが、目の前に現れた機影はそれとは大きく異なる。
肩や膝が長く、攻撃的なシルエット。大きな翼のようなユニットを背負っているのが印象に残る。
敵射撃を回避、応射――——命中せず。
デブリに身を隠し、周囲のスキャンを実施。
同じく、大きなデブリの陰に隠れているジュリエット08機が見えた。
右腕ごと武装を失っている状態では、足手まといでしかない。
交戦を継続するにも、撤退するにも、丸腰ではどうしようもないだろう。
バックパックに装備している兵装ハンガー、そのサブアームを直接操作して、予備武装のマシンガンをジュリエット08機へと放り投げる。
慣性だけでデブリとデブリの間を飛んでいくマシンガン。
しかし、その機動は途中で終わる――
ジュリエット08の元へと投げられたマシンガンは、敵機によって撃ち落とされたのだ。
マシンガンは破壊され、破片が周囲に飛び散る。
——これは、マズイ……!
敵機はかなり高性能なセンサー、精密射撃が可能な兵装を備えている。
密度の濃いデブリ宙域で、デブリの中に紛れたマシンガンを特定し、短時間で狙撃した。
機体も、パイロットも、並大抵のモノではない。
おまけに位置を特定されることすら臆さずに撃ってきた。パイロットの度胸や状況認識は一級だ。
――だからといって、ここで時間を無駄にするわけにはいかない。
「08、あとは頼みます」
『――どうする気よ!?』
ガトリングカノンを投棄、位置情報をデータリンクでジュリエット08に伝達。
背中にマウントしていたシールドをマニピュレータで保持し、正面で構える。
『……本気?』
「ガトリングカノンはサブアームでも使用可能。部位欠損したジュリエット08よりも、当機の方が回避機動を充分にこなせます――」
五体満足な方が、敵も脅威だと判断するはずだ。
わたしが陽動を実施した方が、成功率が高い――はずだ。
――やるしかない!
他の機体と通信ができない以上、敵をここで食い止めなければならない。
これ以上、先に進まれても、後退されても、わたし達の作戦が失敗するリスクがある。
「――行きます」
操縦桿のスロットル・スライダーを全開、最大出力、最大加速。
Gによる痛み、ショックで一瞬だけ世界から色が失われる。
歯を食いしばりながら、メインモニターに映る
光学センサーが敵機の姿を再捕捉。
翼のようなバックユニットを背負った機体が、こちらに武器を向けている。
――こっちに撃ってこい!
デブリを避けながら、ランダムな回避機動を実施。
上下左右、あらゆる方向に切り返すような動きを挟みながら敵機へと突撃。
武装はシールドの裏にマウントされたニードルスピアだけだ。
だが、勝負はその前に終わる――
敵機のディテールが望遠機能を使わなくてもわかるほどに距離が詰まってきた。
向こうも焦ったのか、何発か発射するが掠りもしない。
『――やるわよ!』
「了解ッ!」
大きく旋回するようにして、敵機の視線を誘導。
デブリの薄い場所へと誘い出す。
『ジュリエット08、ファイア!』
敵機に向けて吶喊。
シールドを構えたまま、敵機に突っ込むように飛び込む。
そして、そのタイミングでジュリエット08がガトリングカノンで攻撃を開始。
宇宙の闇を切り開くように飛んできた光弾が、敵機に命中――したはずだった。
装填されていた徹甲弾と榴弾が小爆発を起こす。
だが、敵機は健在。
『――当たったはずなのに……ッ!?』
敵機を避け、急旋回。
改めて、敵機を視認するとさっきまでと様子が違っていた。
背中の翼のようなユニットが、変形して前方へと伸びている。
それが何らかの作用で、ガトリングカノンの攻撃を防いだようだ。
再び、ガトリングカノンの攻撃が始まる。
伸びた翼のユニットが発光すると、命中するはずの弾が手前で爆発しているように見えた。
そして、その最中に敵機は武器を持ち上げていた。
「ジュリエット08、回避を!」
わたしが警告するのと、ほとんど同時に――敵機の武器から発射炎が瞬く。
間もなくして、ジュリエット08からの通信が途切れた。
――なんだ、あの機体は……!
搭載している武器も凄まじいが、攻撃を無効化した翼のようなユニットも理解不能だ。
あんなものを、コロニーで作れるはずがない。
敵機がこちらを向く。
前方に伸びていた翼が元に戻り、ジュリエット08を撃墜したライフル系の火器――その砲身がこちらに向けられていた。
わたしには飛び道具が無い。
ならば、やることは……1つだけ。
シールドの裏にマウントされているニードルスピアを稼働。
合金製の槍がシールドから伸びたのを確認し、わたしは操縦桿を握り直す。
勝ち目は無い。
でも、逃げられる可能性は微塵も無い。
なら、足掻くだけだ。
操縦桿のスロットル・スライダーを親指で押し、フットペダルを踏み込む。
強烈なGの感触がやってきたと同時に、視界いっぱいに光が満ちる。
それが敵の攻撃によるものだと理解するのは、難しい事では無かった。
――やられた。
一瞬で意識を刈り取られ、思考も感覚も喪失する。
その刹那、わたしは何も考えられなかった。
自分が死んだことも、任務に失敗したことも、何もわからないままだ。
だが、瞼を開けると……わたしは生きていた。
コクピットは激しい損傷でモニターや電装系が破壊され、その破片が自分の身体に突き刺さっている。
真っ暗なコクピットに、赤い雫が舞っている。
それはわたしの「血液」だと判断できるようになるまで、しばらく時間が必要だった。
乗機が撃破され、負傷し、周囲のデブリと同じように浮遊していることに、自分でもまだ信じられなかったからだ――
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