第5話 霊脈


 いつもの草原だった。緑色の水面が煌めいて美しい。

「さて、ここまでやって来たわけだけど。理由は分かる?」

 リルカがバニロに問うた。

「いえ、さっぱり」

 ととぼけるというか本気で分からなそうにしているバニロ。

 リルカは持って来ていた筆の柄でバニロの頭をジャンプして叩いた。そうしないと届かないのだ。

「バカ弟子! ここの雰囲気をよく感じ取りなさい! あなたはもう召喚術師の端くれなのよ?」

 バニロはそう言われて空気を感じ取ってみようとする。

「すぅー、はぁー。いい空気っすねー」

 ペチコンとまた叩かれる音が草原を駆け抜けた。

「このバカ弟子! そうじゃなくて霊脈レイラインを感じ取りなさいって言ってるの!」

「……霊脈レイライン?」

「そう、野良召喚獣モンスターが発現しやすい場所の事よ」

「やだなぁ、師匠。この村にはモンスターなんて出ない平和な村ですよ?」

「少し前、まではね」

 含みのある言い方だった。

「どういう意味です?」

「私があの大男とのサモンバトルで天竜を呼んだじゃない? そのせいで此処一帯の霊脈レイラインが活発化しちゃったみたいなのよ」

「……いやいや、なにしてくれちゃってるんですか師匠」

「……まあミスは誰にでもあるモノよね……(実はちょっとした狙いがごにょごにょ)」

 後半は小声でバニロにはよく聞き取れなかった。

「じゃあつまり何っすか。此処にはモンスターが出ると!?」

「そう、霊脈レイラインには普段、大魔力マクロに溶けてる召喚獣達が現出しやすい環境が整っている。いいえ逆ね。そういう環境が整っている場所を霊脈レイラインと呼ぶの」

「どっから来るんすか……怖いんすけど……」

「さあて、あんたも召喚獣を出しなさい! 今に飛び出して来るわよ!」

 ザザッ! と草原を駆ける何者かの影。

「あれは……?」

 よく目を凝らしてそれを見ようとするバニロ。そこにリルカが飛び掛かって来たではないか。

「危ない! 伏せなさい!」

 二人して草原へと倒れ込む。口に土臭さが蔓延する。しかし次の瞬間そんなものは気にならなくなった。

 バニロ達が立っていた場所の草が刈り取られていたからだ。

「……なんだこれ?」

鎌鼬カマイタチの〈風切ウインドカッター〉ね。やっぱり天竜に呼応して東の方のモンスターが現出してると思ったわ」

「めちゃくちゃ危ない奴じゃないっすか」

「落ち着きなさいバニロ。此処はあんたとブラウニーでなんとかするのよ」

「そんな……!」

「さあ! 私の操るデーモンと戦った時を思い出して!」

 師匠の言葉を受けて、リルカの瞳を真っ直ぐに見つめて、覚悟を決めるバニロ。己の頬を思い切り両手で叩く。綺麗な紅葉が咲いた。

「よし! やるぞ! 我が呼び声に答えよ! ブラウニー!」

 腰のホルスターから召喚書サモンブックを抜き取り唱えた。

『出番だぞ!』

 箒を持った子熊が現れる。敵はまだ草原の奥。バニロは考える。

「……よし! ブラウニー! 〈構築クラフト〉で火打石一式を作れ! その火で草原を焼き払うんだ!」

『そんな小さい火種で大丈夫なのかだぞ? かまどぐらい作った方がいいんじゃないかだぞ?』

「え、ああそうか。じゃあかまどで!」

『がってんだぞ!』

 地面を箒で掃くブラウニー。するともこもこもこっと土が盛り上がりあっという間にかまどが出来る。火まで入っている。

「さあ! 炎を開放しろ!」

『あいあいさー! だぞ!』

 かまどが口を開き火を噴いた。かまどとはこういうものだっただろうかと疑問に思うバニロ。

 しかしバニロの目論見通り草原は焼き払われた。そこには美しい緑の水面の見る影もない。黒焦げだ。

 そこにちょっと焦げた鎌鼬カマイタチも居た。

「さあ! この白紙召喚書ブランクブックを使って捕まえなさい!」

 リルカがバニロに本を一冊投げつけた。突然の事で対応出来ず、顔面でキャッチするバニロ。

「いてて……これをどうすれば……?」

「こう唱えなさい! 『荒ぶる御霊よ、我が元に集え!』ってね」

 バニロは白紙召喚書ブランクブックを開く。

「はい! 荒ぶる御霊よ、我が元に集え!」

 するとたちまち突風が吹き荒れる。

 それは白紙召喚書ブランクブックが周りの空気を、いや大魔力マクロを吸い込んでいる証拠だった。

 焦がされた鎌鼬カマイタチが、その突風に乗る。本へと吸い込まれていく。そして本に完全に取り込まれた瞬間、バタンッ! っと本は閉じ、白色の表装から緑色の表装へとその姿を変えた。

「よく出来たわ! バニロ! これであなたの新たな可能性が開いたってわけ!」

「俺の新たな可能性……?」

「そうよ、野良召喚獣モンスターの捕獲。霊脈レイラインの安定化は、召喚術師本人の経験値上げ。レベルアップ。小魔力ミクロの増大にも繋がる大仕事なんだから!」

「そっか……俺。そんなすごい事出来たんだ……やったー!」

 実は、というか最初に話した事ではあるが、これが完全に師匠の尻拭いをさせられている弟子という構図になっている事にバニロが気づくのはまた今度の事であった。

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