第2話 バニロ


 田舎育ちでどこか幼い性格をした赤い髪の青年バニロは召喚術に憧れていた。腰の召喚書サモンブックのホルスターがその証拠。しかし、そこにはまだ納められるべき本が収まっていない。

「はぁ、俺も欲しいな、召喚書サモンブック

 そんなある日だった。村はずれの草原で、村随一の召喚術師ガリゴがサモンバトルをするのだと言う。バニロは見学しないわけにはいかない! と決意した。

 そして見た。リルカの恐るべき実力を。それで。

「師匠~! 待ってくださいよ師匠~!」

「師匠師匠うるさいのよ。まだアタシはアンタを弟子にするなんて決めてない」

「俺、師匠しか頼れる人いないんですよ~! お願いしますよ~! なんでもしますから~!」

「……へぇ? なんでもするんだ?」

「はい! 私用雑用なんでもこざれですよ!」

「なんかそこまで迫られると引くわね。ま、でもいいわ。そこまで言うならやってみなさい。アタシを満足させられたら弟子にしてあげる」

「マジですか!? やったー!」

 跳び上がって喜ぶバニロ。ため息をくリルカ。

「……じゃあまずはお菓子を買ってきなさいバニロ」

「はい!」

 ばっと駆け出すバニロ。リルカはその行動力に思わずまた引き気味になるのだった。


「こんなもんでいいですか師匠?」

 両手いっぱいに様々なお菓子を抱え込んで来たバニロ。

「いいじゃない。このアップルパイなんか美味しそう……じゅるり」

「どーぞどーぞ! 今日は俺のおごりッスよー!」

「は? 当たり前じゃない。なんでアタシが払うのよ」

「えっ」

「えっ?」

「……いやなんでもないっす」

 次からは買って来る量を控えて来ようと思ったバニロだった。

「んー! このシュークリーム美味しい! あんたお菓子選びのセンスあるわね!」

「ホントっすか! じゃあ弟子に……!」

 そこで制すように手の平をバニロに向けるリルカ。

「まだよ、だけどアンタを試してあげる。アタシの家に来なさい」

 バニロはその言葉を受けて。

「マジっすか! 行きます行きます!」

 そうして二人は村の奥へと入っていく。そこは旧市街と呼ばれる寂れた場所だった。

「此処に師匠の家が?」

「最近、引っ越して来たばかりなのよ」

「このアイスル村になんの用が?」

「……探しモノよ。正直、見つかりそうもないけど。……着いたわ此処よ」

 そこはボロ小屋と言ってもいいような場所だった。恐る恐る扉を開ける。中も荒れ放題だった。家具は散らばり、床は剥がれ草が生え、壁に穴が開き隙間風が入って来る。天井にも穴があり、雨が降ったら雨漏り確定だ。

「ここをリフォームしなさい。それが次の仕事よ。それが出来たら弟子として認めてあげるかもね」

「いやいやいや! 俺一人じゃ無理っすよ!」

「あらもう音を上げるの? まあでも確かに

 そう言ってバニロにを手渡すリルカ。

「……! もしかしてこれって!」

「ブラウニーの召喚書サモンブックよ。読み込んで家の修繕に役立てなさい」

「はいっ!」

 こうしてバニロ初めての召喚術が始まった。


「我が呼び声に答えよ。ブラウニー!」

 そこに現れたのは小型の獣だった。しかし二足歩行で手には箒を持っている。大きさはバニロの腰ぐらいまでだろうか。バニロは十九歳で、平均的な身長をしているのでそこまで大きくないのが分かる。例えるなら熊の子供くらいだろうか。

「……こんなちっこいのでホントにリフォームなんて出来るのか?」

『ちっこいとは失礼な! これでもブラウニーでは大きい方なんだぞ!』

「うわ喋った!?」

 ブラウニーが怪訝な目をする。

『お前、召喚獣と召喚術師が心で繋がっている事も知らないのか? これは馬鹿な主人に当たってしまったぞ』

「あ……いやいや! 知ってたし! 初めてで少しびっくりしただけだし!」

『ホントか~? まあいいぞ。さっさと呪文を唱えて仕事をさせるんだぞ。それが召喚獣の務めだからな』

 バニロは慌ててパラパラと召喚書サモンブックのページをめくった。

「ええと。〈修繕リメイク〉!」

『いきなり大仕事なんだぞ……』

 ブラウニーはテキパキと掃除を始める。家具を片づけ、床、壁、天井を張り替え、さらにどこからともなくペンキを取り出し壁に塗りたくっていく。

 するとバニロが尻持ちを突いた。

「な、なんだ? 急に力が……?」

『お前ホントに素人なんだぞ。召喚獣は召喚術師の魔力を使ってわざを使っているんだぞ。つまりお前の循環する生命エネルギーを使っているも同然なんだぞ。それが減ったら疲れるのは当然なんだぞ』

「……なんか師匠より師匠してる」

『ふん、終わったぞ。これで仕事終わりなら帰るぞ』

「ああ、お疲れ」

『こんどはサモンバトルで戦わせるんだぞ!』

 綺麗になった家の中で座ったままボーっとするバニロ。そこにリルカが現れる。

「あら、随分、綺麗になったじゃない。あなた素質あるかもね」

「……すげー疲れましたけどね」

「ま、最初はそんなもんよ。さ、お菓子にしましょ。お茶会よ」

「ホント師匠はお菓子好きっすねぇ」

「あんたもアタシの弟子候補になったからには、お菓子を絶やす事のないように」

「…… って事は!」

「ええ、半分くらいは認めてあげるわ。あんたは今日からアタシ、リルカ・ハーケンナッツの弟子候補よ。いい? 候補だからね? ちゃんと仕事しないとちゃんと弟子としては認めないから」

「やったー!!」

 飛び上がって喜ぶバニロだった。


 そして更なるリルカからの試練は続く。

「次はこの大岩を壊してみなさい」

 村の外れにある崖の近くにあるバニロの身長より大きな落石を指してリルカは言った。

「了解っす! 我が呼び声に答えよ、ブラウニー!」

 バニロの下に魔法陣が煌めき、箒を持った小型の熊のような生物が現れる。

『合点だぞ!』

「あの大岩を壊せ!」

『は? 無理だぞ?』

「え?」

『え?』

「はぁ……」

 ため息を吐くリルカ。バニロは頭を掻きながら。

「おっかしいなあ?」

 などと言っている。リルカは飛び上がってバニロの頭をはたく。

「ちゃんと呪文を唱えなさい! そうしないと召喚獣は真の力を発揮出来ないでしょう!?」

「はっ! そうか呪文呪文……」

 ホルスターから召喚書サモンブックを抜き取り、パラパラとページをめくるバニロ、しかし首を傾げてしまう。

「あれぇ? おかしいっすよ師匠。ブラウニーって何かを作る系の呪文しかありません」

「そういう妖精だからね」

「えっ、じゃあ大岩壊すなんて無理じゃないですか!」

「はぁ……あんた見込みないかもねぇ……」

 リルカに呆れられるバニロ、その瞬間。何かを自分は見落としている事に、遅々として気づかされる。

「そうか……!」

 リルカは感心したように「へぇ……」と息を漏らした。

「ブラウニー! 〈構築クラフト〉! 木を切ってを作れ!」

『なるほど。それなら出来るぞ!』

 自分の爪で木を削り、箒で地面を掃いて、土を操り、破城槌を組み立てていくブラウニー。

 完成する破城槌。木で出来た車輪に支えられた丸太の槍が横たわる。

『完成だぞ!』

「よし! それを押して大岩を壊せ!」

『あいあいさー! だぞ!』

 子熊のような獣がその身丈に似合わない怪力で破城槌を押していく。加速する破城槌。そこが坂道になっていた事もあって途中からは転がるように進んでいく。

「いっけー!」

 そして――

 ガツゥン! と丸太の槍が大岩にぶつかった。そして見事、大岩を崩してみせた。

「やった! どうっすか師匠!」

「ま、いいんじゃない? 最初にしては上出来だわ。でも破城槌なんてよく知ってたわね?」

 ぱちぱちと拍手を送るリルカ。

「へへっ、これでも歴史の教科は満点だったんですよ?」

「歴史で破城槌なんて習うのかしら?」

「うちの学校じゃ習いましたよ?」

「その学校大丈夫?」

「そんな事より師匠! どうなんすか結果は!?」

「んー、そうね。本当はもっと試したいところだけど。私、ちょっと急ぎの用事があるのよね。だからその手伝いとしてアンタを弟子にしてあげる。それでもいいなら付いてきなさい」

「……やったー! これで俺も召喚術師だー!」

「もう召喚術師にはなってるんだけどね……」

 呆れたように笑うリルカ、そんな事も気付かずにはしゃぎまわるバニロ。ブラウニーを抱きしめようとして嫌がられていた。

 リルカはそんな様子を見ながら、こんな奴が手伝いで大丈夫か? と少し不安に思うのだった。

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